シリア空軍基地強襲 「違法だが正当」な論理とは | 因幡のブログ

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 米国東部標準時の4月6日、シリア中部に位置するシリア政府軍のシュライアート空軍基地に対して、地中海に展開した米海軍の駆逐艦ロス(DDG-71)とポーター(DDG-78)が巡航ミサイル「トマホーク」を発射して攻撃し、同基地に多大な損害を与えました。

攻撃の理由と経過

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(地中海からシリア空軍基地に対してトマホーク巡航ミサイルを発射する米海軍のミサイル駆逐艦ポーター 画像は米海軍http://www.navy.mil/management/photodb/photos/170407-N-JI086-301. より)

 そもそもシュライアート空軍基地に対する攻撃は、遡ること3日前の4月4日にシリア北西部のイドリブ県において、シリア政府軍が化学兵器を用いた空爆を実施し、子供達を含む多数の死傷者が出たことに起因します。実はこの化学兵器を用いた空爆を行った航空機が飛び立ったのが、まさにこのシュライアート空軍基地だったというわけです。この化学兵器による惨状は動画や写真とともに世界中に拡散され、多くの反響を受けました。これ以降の米国の動向について、国防総省からの発表をもとに簡単に見ていきたいと思います。
 空爆が行われた翌日の4月5日、米国のトランプ大統領はマティス国防長官に対して、この化学兵器の使用に対する報復のための軍事的オプションを検討するよう命じました。そこで複数の提案がまとめられ、様々な会議等を経て最終的なプランがまとめられました。
 4月6日、最終プランがトランプ大統領に示されました。そこで大統領から実行命令が下され、地中海に展開した米海軍の駆逐艦ロスとポーターから巡航ミサイル「トマホーク」が60発発射されました。このうち1発は海上に落下したものの、残りの59発は全て目標に命中し、管制塔や戦闘機の格納庫や燃料・弾薬庫などの重要な基地機能を破壊しました。また同基地には化学兵器の貯蔵施設があったようですが、化学兵器の漏えいを防ぐために米軍は予め目標から外していたようです。

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米軍が公開したシリアのシュライアート空軍基地の攻撃評価写真、航空機を格納するバンカーが破壊されているのが分かる。画像は米海軍http://www.navy.mil/management/photodb/photos/170407-N-XX999-002.JPG より
 
攻撃は正当なのか
武力行使が許される要件
 この攻撃について当初から指摘されていた問題点は「この攻撃は正当なのか?」というものです。第二次世界大戦後、基本的に戦争は違法化されました。ただし例外として①「他国からの侵略に対処するための自衛権の行使」②「国連決議に基づく集団安全保障措置」③「第二次世界大戦で連合国と敵対した枢軸国(旧敵国)の再侵略に対する軍事的措置」の3つが設けられました。つまり上記に該当する以外の軍事的措置は基本的に違法という評価を受けるわけです。では今回の米軍によるシリア政府軍基地への攻撃はどうでしょうか。まず化学兵器による攻撃を受けたのはシリア国民であり、米国や米国民ではありません。またシリア政府軍に対する武力行使を容認した国連決議も出されていません。そしてシリアは旧敵国の中に入っていません。つまり今回の米軍の攻撃は、普通に考えれば違法という評価を受けることになるでしょう。

例外の例外
人道的干渉とは
 しかし武力行使に関する上記の例外以外にも、「例外の例外」とも言えるものが存在します。それが「人道的干渉」です。人道的干渉とは簡単に言えば「人権侵害や虐殺などの非人道的な行為を阻止するために軍事力を用いて介入すること」で、古くは19世紀に他国での宗教による対立や迫害に対して自国が干渉する理由として用いられました。近年軍事行動に際して人道的干渉の論理が用いられた例として、1999年の「NATOによるユーゴ空爆」が挙げられます。これは当時セルビア内にあったコソヴォ自治州に住むアルバニア系住民が、セルビア大統領による自治州の自治権削減に反発して反政府闘争を起こし、これに対してセルビアがアルバニア系住民を虐殺したことを理由として、NATOが国連安保理の許可なく空爆を実施したものです。この時にNATOが示した空爆正当化の根拠が「人道的干渉」でした。
 ここで注目したいのは、NATO側の主張としてはこの空爆を「法的に正当化」することをあえて避け、「道義的に正当化」することに注力した点です。つまり空爆をしなければ虐殺による被害が増えてしまうが、かといって国連安保理は上手く機能しない、ならば国際法上合法かどうかは別にしても道義的責任に基づいて我々が...という論理です。このことから、このユーゴ空爆を「違法だが正当」なものと表現する場合もあります。これは法的な議論というよりはむしろ倫理的・政治的な次元での議論で、ある意味グレーゾーン的な議論と言えなくもないでしょう。
 では今回のシリア政府軍に対する攻撃に話を戻しましょう。トランプ大統領を始めとした米政府関係者は、今回の米軍による攻撃を「化学兵器使用に対する報復措置」と説明していますが、その中で化学兵器の非人道性を述べています。特にホワイトハウスのスパイサー報道官が記者団に対して今回の攻撃を「人道目的の措置」と説明したことは、ある意味象徴的でしょう。つまり米政府としては明示的に「人道的干渉」と述べているわけではありませんが、人道的理由を今回の攻撃に対する正当化の根拠としたいことは明白です。
 ただし、米国による今回の攻撃が人道目的であったとしても、その違法性に関する指摘がなくなるわけではありません。そのために米国がこれから行うべきは

・シリア政府軍が化学兵器を用いたという確実な証拠を示すこと。

・国際社会の理解を十分に得ること。

 でしょう。実は後者に関しては今日、中国の習近平主席が米国のシリア攻撃に「理解を示す」と発言したことを、米国のティラーソン国務長官が明らかにしています。今まで米国の軍事行動に対して慎重姿勢を示していた中国が今回米国に理解を示したことは、今後の国際社会での世論形成に大きな影響を与えそうです。

参考記事・文献

・「The Pentagon’s play-by-play of the Syria strikeshttp://www.defensenews.com/articles/syria-chemical-attack-us-response (2017年4月8日 20時08分 最終閲覧)

・ 柳原正治・森川幸一・兼原敦子(2010年)「プラクティス国際法講義」信山出版株式会社