3月14日 日曜日は、近鉄の歩け歩け大会
「春を呼ぶ龍光寺の寝釈迦まつり」に参加しました。
久しぶりの近鉄のハイキングです。
三重県鈴鹿市になります。
善吉丸のブログでは、
3度目の登場で、1年前の3月15日が最初でした。
1年前のブログを見ても、周囲の風景がぜんぜん変わっていなく
名古屋線の急行停車駅で、唯一の自動改札未設置であるのも
変わっていませんでした。
大黒屋光太夫は、この地出身の江戸時代の白子廻船の船頭さん
伊勢から江戸へ出航中、暴風にあい、船は梶と帆柱が折られて
太平洋を北に向かって漂流
7ヵ月後、
ロシアとアラスカに位置するアリューシャン列島の孤島に漂着
そこで4年間極寒に耐えながら、木材を集め船を作り
カムチャッカ半島に辿りつきました。
その後、帰国のため、ロシア中を旅し、
ようやくロシア皇帝エカテリーナ2世から帰国の許可を得ます。
その後、ロシア使節ラクスマンと共に帰国を果たし、
日本史上初めてロシアを見た日本人となりました。
帰国後は、
江戸に住み蘭学者や知識人と交流し、西洋の知識を広めました。
一年前にも、同じようなタイトルのハイキングに参加しましたが
そのときのコースとは、ほとんどの部分が異なっているようです
近鉄名古屋線、鈴鹿線の踏切を渡って、東方向へ歩いていきます。
春のポカポカ陽気になりそうです。
それにしても、たくさんの人が参加されています。
道幅が狭くなり、住宅地の中をくねくねと曲がりながら
しばらく歩いていくと、前方に堤防が見えてきました。
伊勢湾です。
遠く、知多半島を望みます。
朝の光に照らされ、
広々とした海の景色は、とても気持ちがいいものです。
の石碑がありました。
徳本上人は、江戸時代の念仏行者で、
ただひたすら「南無阿弥陀仏」を唱えて、日本各地を行脚し
庶民の苦難を救った清貧の思想の持ち主です。
このお堂は、海から上がったと伝えられる、徳本上人の名号碑が
祀られているそうです。
遠く、対岸には、中部国際空港セントレアが見えています。
また、海沿いへ戻っていきます。
とても、楽しそうな公園でした。
歩行者信号の位置が、とても高い位置にあります。
そのまま、まっすぐ進んでいきます。
伊勢若松駅の名古屋寄りの隣駅で、普通列車しか止まりません
ハイキングにも、なかなか登場してこない駅の一つです。
さらに左へ曲がり、その道を、しばらくまっすぐ歩いていきます。
左に見えてきたのは、箕田小学校です。
広い田畑の中に、一本の大きな木があります。
この木は、名古屋線を走る近鉄電車からも、良く見えていて
善吉丸が幼い頃から、ずっと気になっていた木です。
今回、この木のそばに、いくことになりました。
この写真では、ズームアップして、近いように見えますが
目に見えているのに、なかなか近づけないものです。
今日は風もなく、とても穏やかなポカポカ陽気です
こういう広々とした場所を、のんびり歩くのもいいですね
この木の根元にいる人たちが、とても小さく見えるほどの大木でした。
枝張りは、東西約32メートル 南北約35メートル
「長太の大樟(なごのおおくす)」とよばれ、全国的にも有数の大木
で、樹齢は1000年以上と伝えられています。
この木のもとに、延喜式内社大木神社があったといわれています。
この木が、語りかけているようです。
とても、癒されました。
そして、いっぱいパワーをもらいました。
ここまで、約4.4km、この続きは明日です。
お楽しみに(^O^)/