夕方妹からメールがきて、今日父を見舞ってくれた際にリハビリから帰る父とばったり会い、リハビリを担当してくれている作業療法士の方から父が入院生活からくる「抑うつ状態」に陥っているということを聞いて、心配している
トイレも自力で行けなくなって、殺風景な部屋での単調な生活から軽い「うつ」が始まったらしい
母が亡くなってから父はあの家で母との思い出と一緒に暮らしていたことで、なんとか平常を保てていた
もちろん、私や妹が日参したことも大きいけれど、「家の持つ力」というものは思った以上に父に生活する喜びを与えていたのだと思う
今日午前中はお花のレッスンに行き、お昼は長年の友人であるK子さんの家に呼んでもらい、ランチをごちそうになった
彼女の家はアメリカだったか、カナダだったか「輸入住宅」で、木をふんだんに使った彼女のセンスの光るすてきなお家で、手作りの品々で飾られてとても居心地がよかった
家というのは長年住んでいるうちに味が出てきて、その人らしさがにじみ出て、温かみも増す
わが家も築30年以上の家だけれど、使い込んだキッチンもリビングも狭いけれど私にとって心から落ち着く場所になっている
夫はいつもリビングの特等席に座って、私がキッチンでお皿を洗ったり、野菜を刻んだり、お湯が沸く音を聞きながら、テレビを見たり、新聞を読んだりして過ごすことが多い
テーブルにはいつも花を飾り、玄関は季節のしつらえをして、外出があまりできない夫が楽しめるように気を配っている
母もまたそんな人だった
父は母を通して季節を感じ、食事を通して会話もはずみ、毎日お風呂にも入り、カチャカチャというキッチンからの音を聞いて安心していたのだろう
私たちが日参していた時も私たちがキッチンに立ち、いろいろと作業をしているとほっとするのか、ソファーで気持ちよさそうに寝転んで昼寝を楽しむこともあった
もし、遠い将来K子さんのご主人が年を取って、体が不自由になったとしても住み慣れたあの木のぬくもりのある家で過ごしたいと願うだろう
母親よりも妻と過ごした時間の方が長くなった「夫たち」は、妻の香りや趣味や料理になじんでしまい、そこ以外に「終の棲家」などどこにもないのだ
私は父の憂鬱の原因がわかるだけに、どうしたらいいのか本当に悩んでいる
少なくともできるだけ早く外出の許可をもらって、外に連れ出そう
そして短い時間だけでも戻って、あの家の空気を吸わせてあげたい
妹はたぶんまた「なんでそんなことするの?」と反対するだろうけど、父の「うつ」を解消するにはそれしかないだろう
「パパは幸せだね・・・いつも私がいてさ」
「そうね・・・アリガトウゴザイマス・・・」
「私、お父さんのことまだ施設に入れたらそれで終わりって思えないからね。最後まで人生を楽しんでもらいますから。だからパパも多少の不便は我慢してね」
そう言ったら夫は目を大きく見開いて何度もうなずいた
家は建物じゃなく、思い出・歴史・人格・安らぎ・・・それに人生
K子さんの家を訪れて、お気に入りのものに囲まれて暮らす幸せというものに改めて気づかされ
私と夫との暮らしも、父の暮らしもどちらも大事にしていこうと思っている・・・