秘本・阿部お定(カストリ出版) | お散歩日記

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路地裏、バラック、長屋、昭和の香りがする飲食街、遊郭赤線跡地、廃墟、古い町並み、山奥・・・・そんな場所を訪れては下手糞な写真を撮っております。

カストリ印靡かせて浮世に斬り込む粋な出版社、カストリ出版より新刊本を拝受。









「長田幹彦著 秘本・阿部お定」
、昭和十一年恋人の男性自身を切り取り、大衆の耳目を猟奇的に集めた昭和の妖婦・阿部定が題材。表紙及び附録に添えられているポストカードの虚ろな眼で耽美な表情を読者に見せる阿部定の絵はあこ氏の作品。











本著は所謂後期カストリ雑誌たる「夫婦生活」昭和二十五年九月号から翌年二十六年八月号まで連載していた長田幹彦氏の小説「阿部お定」を纏めた作品。全集にも未収録の長田氏が晩年に筆をとった珍しい著書である。

また附録の「阿部定資料集」は、阿部定と性科学者高橋鐵との対談、弁護人手記、出所後に舞台女優となった際の日記など昭和の文芸誌、カストリ雑誌、講談誌に掲載された現在では目にすることが難しい貴重な文献が収録。阿部定に惹き付けられている諸氏にとって必読の書であることは間違いない。






雑誌「あまとりあ」昭和二十九年十二月号ヨリ。阿部定の写真を下記に。「あまとりあ」は前述した高橋鐵氏が主筆の性科学雑誌。この号では翌年に昭和三十年を迎えることから「エログロナンセンス昭和30年回顧」と銘打った特集が組まれている。




「尾久の待合で石田の吉さんと定の二人が、それこそ情痴の果ての挙句、サダつちやつて・・・・・」、戦前戦中戦後と文字通り激動の時代を乗り越え昭和三十年を迎えんとした時期でも猶、時代に刻み込まれたエログロ事件として阿部定はカウントされていた。






「秘本・阿部お定」文中に登場する暴露本「お定色ざんげ」広告。出所後、身を隠し良人と平穏な生活を営む阿部定。長田幹彦氏の筆によると、定の過去について何も知らない良人がある日この本を借りてきて、好色な笑みを浮かべながら目の前で読み始めた、と。定が大激怒の挙句、「色ざんげ」の著者を告訴したことでも知られる。





「お定色ざんげ」と同じ販売元である石神書店より発行のカストリ雑誌「オール猟奇」(昭和二十二年十月号)。阿部定に告訴された後、いち早く著者の木村氏へのインタビュー記事が掲載されている。如何にもカストリ雑誌然とした提灯記事、今どきの言葉を用いればステマ記事と言ったところか。











「秘本・阿部お定」巻末の解説にて編集発行人の遊郭部氏は、阿部定を「アイドル=偶像」と定義した上で以下のように綴っている。


阿部定という女は、少しばかり多淫多情な性行が祟り、過失によって情婦をあやめ、戦前戦後と世間にさんざん弄ばれた挙げ句、自分が最も唾棄していたはずの衆目を集める道化として生きざるを得なかった女ではなかったか。少しでも生きやすくなりたいがために、自分の意志とは無関係につくられた「世間から期待している自分像」に自分をころして嵌め込んで生きる。いつの間にかそれが自分自身になっていた。





・・・・・・・有名人たる阿部定を神輿の上に担ぎ上げて、一儲けしようと商売を仕掛けた出版界、文化人、興行師の類が、表現の自由を謳歌出来た戦後混乱期に乗じて現われたことは明白である。実際に阿部定との邂逅、書簡のやり取りを交わしていた長田幹彦氏の目に映る阿部定像は小心で、初心な部分をも垣間見せている。

そして長田氏が繰り返しているように、阿部定は単に多情な女だった訳ではなく、大変にcleverな女性だったと言う点も見逃せまい。阿部定の人格が齎した故だったのか、女の本質なのか。捜査員に語った記号機械的な供述調書からは浮かび上がってこない深い部分が本書には現われている。