書評2 | ビッグのブログ

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今年も今日で終わりです。大晦日は今年1年間を振り返って、来年こそは何々を目標にするみたいな事を書くのが普通かもしれないが、もう既に来年から医者に戻る事も決めているので、ここでは書かない。

「嘘と絶望の生命科学」榎木英介著。著者は東大理学部を卒業し、神戸大学医学部に再入学。現在は私もお世話になってた病理診断の分野で病理医として働く。生命の組織の不思議さ、美しさに引かれ毎日顕微鏡を覗くかたわら、ご自分で一時期経験した日本のバイオ研究の問題点を社会に訴え続けている。

「ピペド」とはピペット奴隷とかピペット土方の略語で、特にバイオ系ポスドクのことを揶揄する呼び名として本でも紹介されている。いつかはビッグデータが出ると信じて、毎日休みなくピペットを持って実験に従事している博士研究者。しかし、その夢が叶う事はなく、任期が切れて、次の職場を探すことになるという不毛なサイクルの繰り返し。そのうち、プレッシャーに耐えられなくなり、STAP細胞のようなねつ造をしてしまうか、真面目な人は精神的に病み、研究の世界からドロップアウトしていく。博士研究者を雇っている上司の教授や部長はいい論文を書くために、彼らを奴隷として扱い、都合のいいところでポイッと捨てる。

この本で気付かされたのはバイオは本来理系ではないことだ。物理や化学や数学と違って、特別の知識がない人でもできるから入りやすい。数学とは違って、結果が曖昧なので労働集約的になりやすい、つまり、時間をかければかけただけ、「それなりの」結果が出てしまう。だから、休み返上で実験をやり続ける。しかし、そうやって苦労して出した結果が人類にとって本当に意味があることなのかどうか、普遍的な真理なのかどうか、実はほとんどの場合、疑わしい。有名な3大雑誌に載った論文のほとんどが再現性がない、つまり偶然うまくいっただけの結果であることが既にわかっている。今の日本の若い研究者は、多かれ少なかれ就職や出世のために3大雑誌に載るのを目標に実験をしている。昔のように、生命の不思議や美しさの源を探るのがもはや動機ではなくなってきている。要するに目的と結果が逆になってしまったのだ。これでは独創的な発見が生まれるわけがない。

バイオに関しては、日本の将来は危機的であると思う。国が無計画にポスドクを増やし、バイオ研究に多額のお金を与え、競争させる。競争することが研究を発展させるという考えに異論は無い。しかし度が過ぎると、国にとってわかりやすく魅力的な研究にはお金がつくが、地味で独創的な研究は捨て去られる。このような国策の結果、今のバイオ研究が生き残りをかけた出世や名誉だけの世界になっている現状を国は理解しているのだろうか?アメリカと違って、日本のバイオ産業の規模は小さく、飽和状態なので、ピペドを受け入れる余力もない。雇用主はこの現状を利用して、研究に夢を持っている若者をだまして、今日もまた新たなピペドを作製しようと画策する。

日本分子生物学学会の会長はSTAP細胞の問題に積極的だったので、私は少し期待していた。しかし、この人のブログの中で、この本を読んだ感想を書いていたが、全く現状を理解していないことに愕然とした。所詮、雇用主である教授や部長らはピペドの問題解決は自分を苦しめるだけなのであまり触りたくないのだ。ピペドには訴える場所ももう無い。だから、ピペドは今の自分たちの置かれている状況の異常さ、無意味さに自ら気付き、早くバイオ以外の分野に移らなければならない。いつも優遇されるエンターテーナーもどきの研究者たちはさよならしよう。競争とモラルハザードで病んでしまった心を治して、まともな心を取り戻そう。この本をすべてのバイオ研究者に読んでもらいたい。