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2015-03-30 23:40:10

3.29多摩川花見にて

テーマ:清子インタビュー

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2015年楽ちん堂お花見 

 

3月29日、天気予報では雨でしたが、ニッケイグループの中島さんが呼びかけ人になり、スタッフムラタが準備担当となって、花見を計画しました。おとなりの柏父が場所取りを担当してくださり、大きな桜の枝下に集合。花に嵐の通りでしたが、子どもたちを中心に河原にみなが集まると、不思議に風が冷たくなくなりました。カフェのおいしいケータリングに、みなが持ち寄ったお酒や団子などで、のんびり楽しい時間を持ちました。パラパラときた雨を避けて、楽ちん堂に場所を移してまた一盛り上がり。そこで、雄三さんが挨拶をして、こういう機会だから一人ひとりがこことどういうつながりかたをしているか、どう思っているかを話そうと言いました。各自の気持ちは別稿として、最後に話してくれた清子さんの挨拶と、翌日に電話で少し聴き足したことを以下にまとめてみました(吉村順子)。

 

 

2015年3月29日午後4時半 

楽ちん堂

この間のカタリスト バでの芝居、確かに新しい局面に達したと思います。感慨無量です。すごいことだったと思います。こういうときには、なぜかみんなが集まろうっていうことになるのね。今日の花見がそう。集まることができて、花の下で一緒にいられたこと、楽ちん堂でこうやって集まれたこと、とてもよかった。

 

元旦から始めたBlogに掲載して、ずっと、イッセー尾形の事業をやってきた経緯を振り返っています。すると、何かをやろうとしてやったわけではないことが改めてはっきりしました。やむを得ずその状況に対処しているうちに、すべてがそういうようにして成ったんだなって。

 

その中でもいくつかやって来れたことのポイントがある。最近で言うとアマントという大阪の特別な場所での公演がそうだと思うのね。アマントがあるのは、戦争で焼け残ったほんの小さな地域。そこは戦前の建物のままに残っていて、そこに今でも住んでいる人は代々の住人だった人が多い。今はその何代目かの40才台のグループが引っ張っていってる。彼らは日本の教育だけでなくて、海外を自由に見て回った経験を持つ人が多くて、海外で見たコミュニティを自分たちの街にも作ってみようということで、地域をそのままに、おもしろい企画や運営方法でコミュニティを作り上げている。古材を使って修繕することを基本にしていて、戦前の街の空気を残しながら、新しい街を作ろうとしているの。共通通貨を持っていて、よそからやってくるお金、円は貯金しておいて、貯めたお金をコミュニティのために出資するということにしているんだって。今はどんどん観光客も来て、お金も大きな額になっているよう。すると、そこのリーダーもだんだん責任も大きくなってきて、しんどいこともあるだろうなと思いました。私が彼に村長ってよびかけたら、彼はうれしそうに、そういう規模の感じでやっていけばいいかな、と笑っていた。

 

お芝居は、彼のやっているスナックというか、舞台つきの店でやった。そこで彼はダンスもやるみたい。泊まるところは?と聞くと、同じように古い日本家屋のゲストハウスに連れて行ってくれた。けっこう古いおうち。和式のトイレ、3段ベッドの部屋。

 

でね、楽ちん堂もこれを目指そうって思ったんですね。カフェをやる前には、親が夜帰ってこれないときなどに、子どもをうちにお泊りする預かりをやっていました。土日も子どもと過ごせないような仕事の仕方している人も多いし、シングルのお母さんが遅くまで働いて、子どもを一人にできないってこともある。これからもそういう子どもを預かろうと思います。手助けそのものを通貨として関係できないかな。まだ、どんな風にとは具体化できないけれど、気持ちをかけることを通貨として換算できないかなと思う。もちろん、本当のお金が必要なこともあるし、働きに対してお金で報いるってことも必要です。でも、お互いに気持ちをかける、愛情というと照れくさいけれど、そういうことを具体化することを通貨として、お互いに助け合うようなことが回っていくといいなと思うんですね。せめてしゅういちも、そういうようにお互いの力が出しあえたらいいなと思う。

 

みんなが、ここで得るものを大切にしてくれているのはよくわかりました。一方で、この関係性や営為がずっとこのまま続くだろうかって不安も、言葉にしないでもっているのもわかっているんですね。雄三の年齢のこともある。楽ちん堂の経営のこともある。でも、カフェは今日初めて、デリバリーの注文が入りました。それも、この間の初めての大規模なケータリングのお客さまが、美味しかったからと注文をくださった。少しずつうまくいくようになっている。雄三も、今こうしていると、冴えない表情の感じだけれど、芝居の寸前にはとんでもなくエネルギッシュに集中して、作品を引き出していく。この不安定さが、作品の原動力にもなる。

 

雄三とね、イッセー尾形、尾形一成さんの関係にも確かにそれがあったんです。

雄三に初めて足のガンがみつかって闘病生活に入りながら作品を作っていたころね。尾形さんもこのまま雄三との作業を継続するか、独立して一人で役者をやるかって迷ったと思う。そういう迷いをもったまま、2人はとても密な仕事をして、代表作って言える作品をそのころに作っているの。人間関係って、ずーっと良いまま継続するなんてだれも思っていないのね。でも、そういう不安定さに直面することで創造的なことが起きるとも思うの。

 

スタッフもね、この3年間不安定さを感じながら、一方でここで働くことの意味を各自が理解していった。ここでは、各自の存在に注目してくれるってこともわかってくれました。外に出て働いたときの疎外感をみなが知ったから、ここでもう一度やりたいって気持ちになっているんだと思います。

 

誰が来ても受け入れるけれど、だからといって「はいはい、そうね」というわけではなく、上手に話さなければいけないとも思わず、話すからといって人を説得する必要もない。そういう関係性をみんなが共有しているすばらしさを、スタッフも確信しているんです。昨日の花見もね、ムラタがほとんど一人で河原に設営してくれました。で、終わったあとの片付けは、あやのがモクモクとこなしてくれた。だれがどう働くか、競争にもならず、自分たちがここでできることを認められるためでなく、やるようになっているのね。

今現在の関わりに意味や目的、ましてや成果を望まずに、ただ寄り添うことの安らぎで、私たちは一緒の時間を過ごしているのだと思います。

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2015-03-30 10:04:08

Mワークショップ#58  3月21日生きてるだけでみんな合格 レポート5 終わり

テーマ:ワークショップ

5フラガール

カイマナヒラー 

3人のフラダンスを踊る女性。

音楽が終わると、一番若く、のんびりしている感じの女性を真ん中にはさみ、柱にもたれるような姿勢で、おばちゃん2人がまくしたてていく。中の女性はただ、頷くのみ。

一人は、早く子どもを生むように言う。その後も繋がるようなつながらないような話題をとぎらせずに繰り出す。息を吸い込む間を奪い、もう一人のなぜか赤ん坊を抱いた後ろ側の女性が、東北弁でまくしたてる。嫁に行った娘の姑が、もう10年も経つのに、息子の学費を返せと言ったとのこと。早口で思い切り東北弁の抑揚をつけて話す。

500万やよ、はあーどこにあるの?

と、間にいる若い女性はただ聞いているのみ、挟んだ2人の女性はさらに猛然と話す。何かに似ていると考えたが、銃火器のようとしか思い出せない。銃火器?

休憩も終わったのか、またひとしきり上手側の女性がリードして3人が踊りだす。

 

7会長の葬儀

奥方を真ん中に一族や部下が並び、会長の葬儀シーン。黒衣で並ぶ人から見た会場は人もまばら。奥方が、そのかんさんとした状態を言葉にしながら、つい、微笑んでしまう。実際の観客も少ない状況と重なる笑いもおこる。会長は心臓の発作を起こして急死したのである。

と、上手舞台の外に会長がたつ。死者の一人語りである。

 

わたし、家族に殺されましたんや。階段の下で倒れて、ああ、苦しい、心臓や、救急車。そしたら妻が来てくれて、ああ、助かるとおもたら、まあ、あなた!と言って様子を伺いよってそのまま、台所へ朝飯作りにいきよったんですわ。

そしたら、チズ子が来て、おじいちゃんおじいちゃん!いうから、ああ、助かると思ったら、そのままわー、言うて外に出て帰りよらんかったんですわ。

まあ、こういうとき一番頼りになるのは、婿のただしくんで。

冷静に私の脈をとって、脈がありません、と言って、そっと黙礼して行ってしまいよりました。いや、わし、どっくんどっくん、脈してましたんや。

終幕

 

それぞれのシーンでは、登場している人の切羽詰まった必然が描かれています。切羽詰まっているけれども、奥方と愛人のシーンにおいてさえ、お互いが相手を支えることによって事態は作られるという共有感が浮き彫りにされたと思います。

最初のシーンは、出来の悪い社員に会長が説教をします。その突出した具体。口角の下げ方まで指導します。鈴木部長とのやりとりでも、営業実演を見た上での次の就職斡旋。会長が昭和の人情と現場主義で会社を大きくしてきたことがわかります。

この作品の気持ちのよさというのは、どのシーンでも、相手の存在と五分五分に渡り合おうとする誠実さにあると思いました。対立するシーンが多いけれど、お互いが大切にしているのは、2人の間にある、何かであることを疑っていないというか。

 

おわかりのように、大塚家具の父娘の内紛を題材にとった作品です。今回の稽古は土曜日の本番につき、前夜の稽古にはほとんどだれも参加できませんでした。それまで切れ切れに作っていたシーンをその朝に発展させていったのですが、何を利用したというと、まあ、火事場の馬鹿力というか、ようするに、その場で前のシーンをよく見るということ。3時に開演でしたが、1時半の休憩のときには、自分たちのシーンを通して稽古することもおぼつかなかった。その休憩のあと、シーンを連ねていきました。最後のところもどのように終わるか、開演の直前にみな、「今、明かされた、本番の秘密」という感じで受け止めました。

稽古のやり方が質的に変わっていました。雄三さんは、細かい駄目だしをあまりしません。そして、このシーンで何を見せたいのかを、最初に言うのでなく、7分目くらいできあがった時点で、告げていました。計算していたようには見えないけれど、うまくいったんじゃないかな。大体シーンができあがって、せりふもスムーズに紡げるな、と演じ手が思い始めた時点で、その2人がせりふのやりとりをすることが、作品全体の中でどういうポジションをもつか。それが、なんの抵抗もなく、するっとな、と伝わっていきました。

 

ワークショップが次の段階にどのようにして上がるのかが、興味の対象となりました。つまり、今回は、できるだけ、作品そのものに触れる時間を減らして、そのとっさのナマの感じでみんながつながってつくり上げるという手法。雄三さんの演出力は、発進する力をあたえ、参加者の推進力を信じたのです。もっとおもしろくなるとしたら、もっと稽古を少なくするのでしょうか?それとも、みなが稽古の段階でやったことを本番に禁じ手にして、相手とのライブを楽しむのか。いずれにしてもワークショップは20年で地味に変容してきました。その変容が、社会全体の変化によるものなのか、ワークショップ自体のポジティブな変容によるものなのか、もう少しお時間をいただき、そこのところを考察してみたいと思っています。

 

 

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2015-03-29 21:54:14

Mワークショップ#58 3月21日生きてるだけでみんな合格 レポート4

テーマ:ワークショップ

紅子と会長

(赤ん坊を抱いていない紅子と会長。紅子は会長と同行してのお出かけをせがむ)

ねえ、北陸新幹線のグランスターのチケット買ってくれるっていったでしょ。

 予約してやったやないか

それは一人で行くってこと?

 行ったらええやないか。赤ん坊と一緒に行ったらええやないか。

 むりやで、今忙しい。

レストランテ サトウのインペリアルルーム予約してくれたら我慢してあげる。

 無理や、それただしくんと娘のお見合いに使ったとこやないか。

聖路加で人間ドックに行くっていってたのは?

 そのうちな。

そのうちそのうち、って会長いなくなっちゃうじゃない。

もういい、UFO呼んで。

 何言い出すねんな

お前といたら何でもできるて言ってくれたじゃん

 あっち行ったら呼んでやる

 

(会長は、携帯で呼び出されて仕事の話しをする。うまく行ってない空気)

紅子は澄んだ声でポップミュージックを歌いだす。

 すると、歌の世界では会長は青年になっていて、デュエットし、やがて端正にタンゴを踊っていく。

5フラガール

カイマナヒラー 

3人のフラダンスを踊る女性。

音楽が終わると、一番若く、のんびりしている感じの女性を真ん中にはさみ、柱にもたれるような姿勢で、おばちゃん2人がまくしたてていく。中の女性はただ、頷くのみ。

一人は、早く子どもを生むように言う。その後も繋がるようなつながらないような話題をとぎらせずに繰り出す。息を吸い込む間を奪い、もう一人のなぜか赤ん坊を抱いた後ろ側の女性が、東北弁でまくしたてる。嫁に行った娘の姑が、もう10年も経つのに、息子の学費を返せと言ったとのこと。早口で思い切り東北弁の抑揚をつけて話す。

500万やよ、はあーどこにあるの?

と、間にいる若い女性はただ聞いているのみ、挟んだ2人の女性はさらに猛然と話す。何かに似ていると考えたが、銃火器のようとしか思い出せない。銃火器?

休憩も終わったのか、またひとしきり上手側の女性がリードして3人が踊りだす。

 

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2015-03-29 11:25:37

Mワークショップ#58 3月21日生きてるだけでみんな合格 レポート3

テーマ:ワークショップ

社長と秘書

色気ではないな、仕事ができる、ではないな、という感じの秘書。社長は背中を向けている。

秘書が口を開くと、ロボットみたいな高い抑揚のない言い方にびっくりする。

 

社長、この書類のこの部分、社判押してくださいって言われたんですけど

 くるりと向き直って、穏やかな声で質問に答える社長。経験豊かな家庭教師みたいな言い方。

分かりました!

 

社長、ハリウマさんなんですけど

 うんー、彼女はね、ベトナムから・・・・なんだよ。

分かりました!

 

社長! わたし、もう少し植物ふやした方がいいと思うんです。

 うん、虫がわくんだ。

 

社長! わたし、なんでここに回されたんですか?

 男女雇用機会均等法でね、一定数以上女性の管理職を置くことってなってるんだ。君のFB見てたら、楽しそうだから、こういう子が社長室にいたらいいかなーと、君にきてもらったんだ。

分かりました!

私、国際基督教大学出てるんです。就職してから、やっぱり英語活かそうと思って、ガイドの試験受けようと思ったんです。働きながら学校行ってたら2つのことできなくて、会社やめたら、試験落ちちゃって、で、NGOに誘ってもらって、で、それから転職して・・・・・

子どものころ宇宙飛行士になり額て、でも、理系の大学出てないとだめで、数学苦手なんです。で、高校のときに、声がいいね、って言われて音大に推薦してあげるって言われて、でも私お断りしたんです。それから、絵を描くのもすきなので・・・・・・・・・

(略歴の披露がとまらなくなる)

フランスからお母さんに電話したら、それからえーとHP作るの楽しいなって、

(社長、こちらを向く)

プログラマーになろうと、そしたら、・・・大きく泣き出す。ウワー、アアー、アアー、私が私が、・・・・・

 

社長、そっと歌いだす。

 ある日、森のなか、くまさんに出会った

唱和する秘書。やがて陽だまりのような時間になる。

2人退場)

 

4 女性と会長

孫娘と会長

とっぽい表情でくしゅんとしている若い女性。上手側に会長。どうやら祖父と孫のよう。

 

おじいちゃん、お金貸して!

おじいちゃん、知ってた?生ビールって期限があるんだね。居酒屋でバイトしてたじゃん。で、終わって帰ろうとしたら、飲んでけよ、ッて言われて。はい、そうですか、って飲むじゃん?あー、やべえやべえ、終電だ。あ、走った走った。はい、セーフ。したらさ、止まるのね。しょうがないからタクシーで帰るじゃん。あたし考えたんだよ。今日働いた分、タクシー代で消えるな。

 

おじいちゃん、働くって大変だね。でね、販売のしごとにしたの。そしたら高島屋行ってきて、ッて言われて。お昼ね、社員食堂行って、ッて言われていったの。そしたらさ、みんなスーツばりっと着た女の人とかさ、いっぱいでさ。合コン?と思ったけど、違うんだよ。あ、これだめだ、って外に行こうとしてさ、考えたんだ。ここでおいしいごはん食べたら、この間のタクシーと同じことになる。じゃ、コンビニでパンとコーヒー買って、公園の茂みのとこに座って食べようとしたらさ、外で物食べてる人いないの。現場のおじちゃんと私だけ。現場で働こうかと思ったけど、無理だね。どうしよう、おじいちゃん。どこにも行けない。

  何がしたいんや?大体おまえはなー、(と昭和の人が説教垂れるときの決まり文句をしゃべる)

 高校のときもそうや、遠い高校行きたいいうからいかせたったやないか、そしたら、いかんようになって、でもしばらくしたら、大学いかんならん、言うて。しばらくしたら、やっぱり留学したい言うて。大変やったんやぞ。手まわしていかせるの。そやのに、お前夏休み帰って来て、まあ、美味しい飯食わしたろいうて、連れて行ってやったな、そしたらお前長い休みやなあ、あれからずっと日本におるやんか。あれ、どうなったんや。そのうち、アクセサリー作るいうて、・・・・で入学金やらなんやら払って、で、4日でいかんようになったやないか。そしたら次はカメラ、言うて・・・・

この間ガス止められちゃってね。水でさーシャワー浴びたら、後頭部パキンパキンになって、もう頭痛くて。おじいちゃん、ぜったいやめてね。だめやから。

 

 なんぼほしいんや。

30万。

 おまえ、うちの会社の初任給知っとんのか?

じゃ、20

 すぐに下げるな。商売人の孫が。

18

 18か。(と部下に金のは行った封筒を持ってこさせて数える)

ありがとう。(と言いつつ、祖父の手にある2万円を奪う)

 

 (祖父、孫から顔をそむけるようにして、携帯から電話をする)

 あー、こちら上野警察です。

あー、チズ子がなんかしたんですか?うちのチズ子が。

 窃盗です。2万円とりました。

え、何ですか。うちのチズ子が、何をしたっていうのですか、チズ子に替わってください。

 おじいーちゃーん。

チズ子、お前懲役3年だぞ。

 

(と、祖父と孫の入れ替わりごっこは続き、小遣いのせびり方も発展していく。)

 

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2015-03-27 13:11:43

私がWsレポートを書く千の理由

テーマ:ワークショップ
3月27日の雄三さん語録から引用。

20年の付き合いがある、芝居の仲間が、突然、小説を書き始めた。本を読んだこともないと思っていた人だったからちょっとびっくり。大阪市営バスの運転手であるマッチャンは、運転手控室の会話のみで、物語を創っている。保険のセールスレディーのかおりさんは「盗作だろう」と疑うほどの完成度のあるものを書いてきた。後の何人かも、書こうとする意欲が見て取れる。

 

この突然変異は吉村順子さんの「雄三WS」のレポートにあるのは間違いない。今年の一月一日から「イッセー尾形・ら(株)のブログ」で、20年に渡る「雄三WS」のレーポートの連載を始めたのだ。

吉村順子さんは、10数年の付き合いで、残らず「雄三WS」に立ち会って下さり、そのレポートを書いてくださった。大学の心理学の教授という専門職の立場で「雄三WS」に興味を持ったのだろうが、この長い年月とレポートの膨大さは、興味の枠を超えていると思う。だからといって専門職の延長でもないだろう。むろんこれは逆の言い方もできて「熱烈な興味と、専門的な野心」ともあらわせる。

以下 吉村の投稿です。
なんで私がこんなに長くWSのレポートを書いているのか。
たくさん理由があって、雄三さんが「そうだろう、そう思ってたよ」ってにやにやしたとたんに、「うそでした」って言いたくなるような気もします。どれも本当でどれも大した理由ではない。つまり、板に乗って滑るのが楽しくて、滑らないよりは滑って行く方が楽しいから。変化していくものに、乗っかっていくのがおもしろかったんだろうな。大学の教員には、そういう楽しみ方はなかったかもしれない。

1998年の暮れのワークショップ身体文学の1回めに出たときに、これはずっと追っていきたいと私が思ったのは、ワークショップの中身よりもスタッフの存在でしたね。
業界の人の専門家ぶった投げやり感とも違ってました。かったるいなという空気をまとってないと不安になりそう、でもなんでも必死という二面性。平気で人に字の書き方聞いてきたり、言ったことと違った進み行きに、ごめんなさいってするのも、にこにこして言ってしまうし。そのうち、清子さんが来て、本人の目の前で、「この子たち、学校行ってないからね、失敗するのよ」と大声で言ってしまう。でもって、わずかな成功もまた、自分のスタッフなのに人前で褒めてしまう。その場でうろうろしている、たぶん学校行きたくないし、居場所もないって人を見つけると、積極的にスカウトしてしまう。
どう考えても10代だろうってスタッフもいるし、うんこ頭のポチオがもっとも立派な顔立ちだし。

その頃は、バブルもはじけて、みんなが大学に進学しないと就職できないぞ、ッて感じで進学していたころです。学歴とも能力とも無縁にスタッフを集める。というか、むしろ、適応の悪い人に声掛けして仕事をしてもらう。あちこち、齟齬はあるけれど。でも、イッセー尾形の一人芝居はプラチナチケットだし、来場したお客さんはみなピカピカした顔をして帰っていく。おもしろいなあと思ったんですね。このスタッフがどうやってもっと大人になっていくのか、成人になっていくのか。見届けたかったというのが一つの理由。

もう一つの理由は、たくさん人を集めて、その人の欠点をその場で指摘したりする乱暴なやり方なのに、雄三さんがものすごく清潔で、道徳的な人だったので、このギャップのダイナミズムを言語化してみたかった。そして、そんな無茶な指摘に対して、逆ギレしたり、ひっそり泣いたりしている参加者が、終わり頃には見事にふてぶてしく楽しそうに大声で笑うように変容していくという、短期間でお芝居ができることと同時進行している、強引なのにしっかりした自己受容のシステムがおもしろかったんですね。

これは、カウンセリングという仕事とはまったく反対のアプローチでもあります。侵入的にならず、相手のペースに添って話を聴き、相手が準備ができたときに控えめに解釈をして、理解を共有していく。その結果、症状も少しずつとれていく。というのが、私の仕事だったはず。

でも、すごく共通点があるような気がする。うまくいえないけれど、それがどういうところか、言葉にしてみないと気持ちが悪かった。同じ専門分野の人にいくら話しても、吉村さん余計なことにかまけてるよ、っていう感じの反応ではありました。科学研究費に応募しようとしても、自分のやりたいことが演劇分野なのか、心理学なのかどうしても区切れない。ししかし、評価されないってことは、このワークショップの面白さに気づいている専門家はいないってことか。じゃ、ジブン、おもろいやん。ジブン、やったらええやん。

このジブン、っていうのは、あんたってこと。つまり、私はもう一人のジブンに、やりつづけなはれ、と号令をかけたのですね。
こうワークショップ記録を書くことで本来の仕事が大きく変化して困ったことはありませんでした。むしろ、このワークショップで起こっていることを言語化すると、そこから照射されて臨床心理の仕事が理解できるような気がしたこともあります。

一回では言い切れないな。もっと違うことも言ってみたい。そんなはっきりした一面的なことではおさまらないのよね。理由なんてない、コレクションよ!というのが納得できる理由の気もする。この項、また続きを書くかもしれません。

目立たないけれど、続きを3月30日に書いています。
3つ目の理由は、私が臨床心理士であるということと関係します。臨床の場でお目にかかる方のことは守秘義務で堅く秘密を守ります。しかし、ヒトは困っているときに、本当に深い知恵を出したり、尊い犠牲的行為をしたり、また、ひどい裏切りに木津ついたりします。人というものへの興味はつきないなと思います。でも、話すことはできない。ところが、Mワークショップでのことは、書くことができます。その人の生き方や、生活の情報を共有することもおおいにあります。そこから、臨床で得た人の知恵を再確認することもしばしば。ワークショップを書くことで、私は自分の専門の活動から得た知見を書き留めて発表することができるのです。
4つ目の理由は、最初に私がこのワークショップに参加しようとした動機です。私は20年ほど前、物書きになりたくてしかたがなかったんです。もともと10代のころから、物書きになりたかった。でも、臆病な長女性格で、やりたいことより、とにかく資格や学歴を確保しようとしました。結果、継続的な仕事をもつことができたのですから、何も問題はありませんが。でも、物書きなりたいなあ。ということで、金沢で初めて行われた身体文学「1週間でシナリオが書ける」というお知らせに応募したんですね。まあ、そこからこのレポート書きの作業が始まりました。ここで書くレポートは、まず森田雄三、清子が読んでくれます。さらに、スタッフの手によって、たくさんのアクセスをもつHPに掲載してもらいました。これだけで物書き、と呼べなくもない。ありがたいですね。そして、この1月1日から、しばらく更新がとだえていた このBlogの管理人兼ライターとしてデビュー。
1日のアクセス数は1000を超える日がおおいです。その中から何十人の方が、読んでくださる。これはもう、私の夢が実現したとも言えます。ありがとうございます。18年の年月をMワークショップとともに過ごしてきたことで、夢がかないました。物書きで食べることはできなかったですけれど。だから、私の夢を実現するためには、ともかく学歴と資格で食い扶持を確保することが第一でした。そのおかげと、Mワークショップで夢が実ったのです。なんで吉村がずっと興味を持ち続けてレポートを書くか、と雄三さんがつぶやいた疑問への答え、1000は嘘ですが、3つよりはおおい4つ理由はありました。

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2015-03-27 09:35:20

Mワークショップ#58 3月21日生きてるだけでみんな合格 レポート2

テーマ:ワークショップ

2 奥方と会長

 顔を迷惑そうな表情に固定された奥様が登場。記号として、大島の着物を羽織っている。

 

あの女、なんですか。孫ほども年が違うじゃないですか。話し合わないでしょ。と、文句をいう口ぶりから、どういう時期にも愛人がいたことがわかる。すると、羽織った着物姿が大奥のえらいさんみたいに見えてくる。と、聞き流している会長が平常の声で、「おかわり」という。こちらも日常のやりとりは平常の声で「あ、はい」と受け取る。

 飯茶碗の行ったり来たりが終わると、嫁から義父への恨み節になる。もう一人語りなのに、なぜか開かれた言い方。貯めこまないスキルを磨いたらしい。

あ、メジロ!

 わしもこれから毎日うちにおるでのー

聞こえているのかいないのか、かつての会長が出張から帰ってくると、ワゴンいっぱいに野菜を買い込み、ソレを配る苦労にため息をついたと思ったら、

 

菜の花やてんとう虫とアブラムシ

かりんとう奥歯が抜けて縁の下

 

と句を口にしたと思うと、実家の蔵には淡幽があった雪舟があった。日本舞踊を習っていたと述べたかと思うと、急に摘んだ口調になり「お侍であれば、いっそ私がご介錯。舌をかみきってさしあげましょう」と芝居がかる。怖い。

あの女、紅子さん、どういう関係なんですか?

 今日これからくるから、本人に聞いたらええ。

 

歌曲を英語で歌う奥方をおいて会長は退場。

 

愛人紅子と奥方

 赤ん坊を抱いた紅子登場。チラとも見ずに、奥方は声をかける。

挨拶はいらないわよ。

うちの人はね、お外でトイレは苦手なの。門柱のあたりでもうバタバタして走ってくるの。

私のね、三面鏡で自分で白髪を染めるのよ。

 

ケチなのよ。

私が盲腸で夜中に苦しんでいるのに、もう少し我慢したら、通常料金や。

あら、(と子どもに気を向けて)お名前なんて言うの?

 

 フェルナンドです。

私がこういうとでも思った?と『』に入れて、罵詈雑言を浴びせる。と、

 ヒデさんて、愛情のかけ方がわからない人ですね。

 

紅子、静かに聞かせる歌を歌う。平然と澄んだ声で。

 

奥方、ひきとって

隠し切れない残り香が、とど情念の歌を拳をきかせて歌う。

 

ふと両者目をあわせる。

 平然と、紅粉がやや先に目を正面に向ける。

奥方、歌の続きで「あなたを殺していいですか」と。

両者目をあわせる。奥方また、同じフレーズを歌い、やおら、立ち上がり、

紅子に

「ぷすっ」とマンガ調の声で刺す仕草をする。紅子も呼応して

「あっ」と言う。かつてストーカーのような男に刺されそうになった話しをする。人事のように。

 

予め決められた手順のような儀式が終了し、奥方はおそらくふくさに包まれたものをワキから紅子に差し出す。

「これ、おしるし。うちの家紋が入っているので、よかったらお使いになって」

 

 ご丁寧に

両者声を合わせて、前を向き

 

これからもよろしくお願いもうしあげます。

 

3 社長と女性

社長と妻

おめでとうございます、って言う人に、ありがとうございますって言えばいいじゃない。

座ってください、って挨拶?

部屋に入るときノックしないし、入ったらしめないし。

私の父はね、夕食のあと自分の部屋にこもってしまった。そこで映画の古城の主題歌レコードをかけるの。何をしているのかな、とそっとドアを開けてみたことがあるんだけれおd,机の上に地図を広げて、蛍光マーカーで印をつけていたわ。

 

決めたっていったじゃん。口出さないって。

 

大学卒業して、イギリス行くって言ったら、父に反対されたのね。それまで何も反対しなかった。行けないって言われたわけではない。賛成出来ないなーって。それだけ。お父さんの命令であなたと結婚したわけではないからね。

 

お茶いれましょうかって言ってくれたのは、ただしさんだけ。

娘の話しを社長はただ黙って聞いている。

社長の妻、会長の娘は一人

曇りガラスの、と歌いだす。

 

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2015-03-26 11:00:34

Mワークショップ#58 3月21日生きてるだけでみんな合格 レポート1

テーマ:ワークショップ

生きてるだけでみんな合格

 

二子玉ライズビル8階 カタリスト バにて

15時開演

 

前夜、白熱した稽古を見に行かねばと訪問したらば、越野さんが顔作ってなんかセリフ言ってハイ終了。終わったらあとは誰もいない。幼児とお母さんはいつもどおりいたけれど、翌日は子どもたちのイベントでお芝居には出られなくて、稽古とは別のモードでくつろいでいる。いや、これほどのんびりとした公演前夜も珍しいですね。

 そして翌日は現地に午前中に集合しての稽古。通し稽古とかそういうのでなくて、今日演じるお芝居を20分劇場でやっつけてしまうのです。話しは変わりますが私は金沢にいて、ついにスキーは滑ることができなかった。でも、見ていてアタマでは分かりました。滑っていく板に身体を乗っけていけばいいのだ。そこでアタマやおしりがついつい、板より後ろに気持ちを置くと、転んでしまう。雄三ワークショップ芝居も、とにかくどんな板でも乗っていくことができると自分が信じることができたら、できる。以前は、そう信じているのは雄三さんだけで、参加者は自分には全体に責任がない、と自分の持ち場面だけ必死になっていました。今回、参加者自身が、春スキーさながら、雪の下の芝生が見えてるけど、とにかく板が滑るならば、身体をのっけ続けるわよ、という感じで、結局とてもうまく行きました。スムーズに見えたけど奇跡。

 

シーンごとの稽古は1時くらいまで続き、まだ、シーンの終わりを確認していないところも多かった。大体この時点で、雄三さんも含めてだれも順番をイメージしていなかったはず。

休憩して、通してやってみようというところで、ああ、もしかしたらこんな感じ?とイメージがつながりました、が、自分の前のシーンを通してみることができるのは、なんと本番のみ。そして、その本番を舞台袖で観客として楽しむことが、次のシーンの色合いを決めさせたんですね。

 

こういう土壇場仕事だったのよ、と書くと、「いい加減」「結局その程度」、とお叱りめいた批評が飛んできそうです。でも、私たちが目指しているのは、こういうことなんだと思う。

日常はシナリオがなくても、劇的に進んでいってるでしょう。それをきちんと舞台に乗せて、見なおすとアートじゃないか、というコンセプト。自分たちがつくり上げるシーンと世界を、本番に至る短い時間に共有し、他者の稽古に集中し、その稽古にインスパイアされて、自分に湧いてくるもの、今舞台の上の相方の空気と一緒になって生まれる関係性の妙、それを大切にキープしながら、ポンとどこかで破調する、という一連の遊び。大切な透き通った玉を足上げたり、不安定な持ち方で手渡しリレーしていくみたいな、そんなことをやろうとしているんだとみんなが共有している。その結果の舞台はとてもおもしろかった。

 

1 部下と会長

ヒラの部下と

下手に立ち尽くすなぜかにやついた男性。会長は上手に背をまげて座っている。

いきなり、

お前 アホか!見積もりの桁まちがえたと言うぞ。

なんでや、口角あがっとるやないか

叱られとうもん、下げなアカンねん ほれ、こうや

なんや 足元 揃えて

と前進駄目だし箇所だらけ

 

しゃあないな、鈴木部長呼んで

 

部長

はい、なにか御用でしょうか

お前呼びよんじゃ、用に決まっとる

なんでそんなハイテンションなんや

 

判子押したやろ

次の株主総会で、社長の案に賛成します、て

なんでハンコ押すんじゃ。わし、追い出されてもええんか。

先週飯食いに行ったとき、お前ぼろぼろ泣きながらいうたやろ

 社長のご恩は忘れません

そういうのコウモリ言うんやぞ

社長呼んで

 

社長

社長はやおら座り、ももに自分の両膝をあてて、前に手を組み、だんまり。

これだけで卑屈な姿勢ながら、自分がコントロールしている感じになる。

 

値段下げるいうやないかどういうこっちゃ。

ベッド150万、ソファ50万から。何おもしろうて5,6万のソファ売るんや。

 財務指標分析しておもしろいことがわかりました。在庫の回転率。全体では3.5以上ですが、100万以上の商品に限ると、1.1。一年に一つしか売れないということです。

決算上黒字ですが、金融収支で生まれています。投下資本利益率。効率的に運ばなければいけません。

客にさわってもらって売るのが商売や。インターネットでベッドのよさがわかるか!お前、うちの娘も写真で決めたんか。会うて、手握って決めたんやろ。

 株主総会、代表権は私に一本化します。ご苦労様でした。

 

解雇された部長

 馘首になってしまいました。

わしもや。

お前まだ金もいるやろ。現場で物売れるか?

 はい、「こちらの桐タンスは」

あほ、タンスとかもうええわ

 さんま売ります。

やめとけ

 「こちらのパールですが、巻きと、照りが大切でございます。パールはお葬式で皆さんがおつけになって、一線に並ぶと、質がはっきりわかってしまいます。こちらは8.5ミリ。 

ええやんけ、(電話で誰かに依頼する)

は、お願いしますわ。

 そしたら、お前月曜の15時やぞ。行けるな。

 

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2015-03-18 07:46:41

Mws センセーズ タマダレポート-3タマダ自信を失う?

テーマ:ワークショップ

タマダレポートその3 芝居になってきた

 

3回目くらいから芝居になってきたのかな。

ケイコはいつも雑談のような形から入っていく。

森田さんが聞く。

「最近何かあった? それはどういうこと? 分かんない。分かるように説明して。」

「そういうことはよくあるの?」

「そういう時は、どう対応するの?」

「じゃあちょっとやってみようか。」みたいな感じ。

 

「怒ってみて。」「あなたとあなた座って。」

『怒るんですか?』

「そうだよ。」

『この人は誰ですか?』

「知らないよ。自分で決めてよ。あなたが普段やってるようにやればいいんだよ。」

『何を怒るんですか?』

「聞き返さないで。質問の形をとりながら自分の居心地をよくするみたいなことをしないで。聞き返すのは先生の悪い癖ね。」(結構本気で怒る)

『えーでも・・・』

「わかった、じゃあみんなに聞いてみよう。この人は何をして怒られていると思う?はい、あなたから。」

『けんか。』

『カツアゲ。』

『自転車泥棒。』

「違うなあ。そっち方面じゃないでしょ。見てごらんよ。もっと内にこもっているよね。」

『万引き。』

「何を盗ったの?」

『シャーペン。』

「つまんない。」

『下着泥棒。』

「違うなあ。その物が欲しかったんじゃないのね。わかんないかなあ。この人もっと屈折してるでしょ。目的は別にあって、そのために盗まないと面白くないじゃん。」

『友達の絵の具を盗って捨てた。』

「どうして?」

『その友達がライバルで。昨日も理科のテストで負けて悔しくて、今日美術の時間にポスターの完成日なのでそのじゃまをしようとした。』

「いいねえ。そういうことは本当にあることなの? ある? じゃあそれでいこう。」

「この人は友達の絵の具を盗って捨てた人ね。はい、怒って。」

『今日はなんで先生に呼ばれたかわかるか?』

「違う違う、もっとズバッと言って。」

『最近悩みがあるんと違うか?』

「違うよ。近藤の絵の具を取ったのはおまえか! ここから入って。」

 

怒ってみて、と言われて驚いた。同じことをした生徒に対して、教師の怒り方は千差万別だ。こんなに違うとは思わなかった。しかも教師としての力量がはっきり出てくる。

考えてみれば、授業をおこなうための研修はよくあるし、人の授業を見てスキルを向上させる機会もあるのだが、生徒指導はしばしば密室でおこなわれるために、他人の指導の様子を見ることはほとんどない。もちろんそのような研修もなく、個人の努力にゆだねられているのだ。

たぶんケダモト君だと思うが、若い教師で

「先生も若いころはいろいろあったんだ・・・」みたいなことを平気で言うやつがいてひっくり返った。本当にそんなことが言うやつがいるんだよね。そうだよ、当然だけど、教師って自分はそんなに怒られたことがないやつが多いんだ。

 養父、小濱、辻、中西・・・この辺りは教師としても相当の力があることも分かった。森田さんにそう言うと「ああ、そう」だって。まあ、関係ないか。

 

 生徒指導をやりだしてから、森田さんも乗ってきたような気がする。

自分たちには分からないんだけど、森田さんの「いいねえ。」「おもしろいねえ。」と言うせりふが増えてきた。僕たちは日常を再現しているだけで、他の教師の指導ぶりを見るのは教師としては実は大変面白い。でも、これを一般の人が見て楽しいわけ? みたいな感じ。

でも森田さんが「こんなセリフはプロの脚本家でも書けない。」と喜んでいるので、ホンマかいなそうかいな、まあいいかと思うことにした。

 

この頃いつも東京から森田さんと一緒にオゴウちゃんが来ていた。オゴウちゃんは写真を撮ったり録音をしたりしてくれるんだけれど、シャッターを押しながら、いつもめちゃくちゃ嬉しそうに笑ってくれる。

「こんなんでいいんですかい?」と不安でいっぱいだった僕たちは、いつもオゴウちゃんの笑顔に励まされていた。少なくとも僕はこの時期森田さんをまだあまり信用できてなくて、オゴウちゃんのためにやっていた。

 

同じくよく笑ってくれたのはアヤさん。元アバンギャルズといわれても、僕たちには何のことだかよく分からないが、胡散臭い人たち。みたいな受け止め方をしていた。特に松ちゃんはいつも部屋の隅に暗く座って、ニコリともせず、ジゲンの座り方で五右衛門の目をして、僕たちを見ていた。で、たまに森田さんから「マツオちょっとやってみて」と言われるとつまらなそうに出てきて、「先生、俺の妹を妊娠させたやろ。」みたいに、あの頃の僕たちには対応できないほどのセリフをぶつけられた。僕は松ちゃんのことを「こいつ絶対2,3人殺してるやろ」と本気で思っていた。

その点アヤさんは地元播州の人間で、保育園の先生。すぐに分かり合えて「先生たちめっちゃ面白い!」と喜んでくれた。僕はしばしばアヤさんに森田語をホンヤクしてもらっていた。松ちゃんも「えー松ちゃんは、人なんか殺してないから安心してー」と言われてほっとした。松ちゃんが実にピュアなまじめな人だと分かるのは何年も後になってからである。

 

 この頃から、僕の中では微妙な違和感が生じていた。

 授業をやってみたり、生徒指導をやってみたり、学校生活の色々な場面を再現していると、そのこと自体をうまく処理することはできるのだけれど、なんかほかの人に比べて僕は面白くないような気がする。

 研修じゃないんだから、処理できても意味がない。ケダモトなんかはアタフタジタバタするんだけれど、その慌てっぷりが実にいい。小濱ちゃんの斜めから入っていくような独特の切り口。辻ちゃんの歌舞伎のように大げさなでも人を引き込む魅力。養父さんのたくまぬユーモア。おだやかさと懸命さがの合間にもれ出てくる教養。中西さんの有無を言わさぬ口調。強烈な追い込みかけていたくせにそれを全部なかったことにするような優しい笑顔。

 

 「俺って、もしかして面白くないやん。」

気のせいかな、いやそうじゃない。やっぱり気のせいかな、いややっぱりそうじゃない。

小学生の頃から、周囲を笑わせることを生きがいにしてきたのに、中学生のときは通知簿に「授業はそっちのけで級友を笑わせることに集中している」と書かれたのに。生徒たちはいつも「タマダ先生の授業が一番面白い」と言ってくれるのに、負けている。ありえない。でもやっぱり面白くないやん。どうしよう。・・・続く

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2015-03-17 06:07:52

雄三です。鹿島中学の図書館での稽古の事

テーマ:ブログ

 僕が覚えているのは、運動場が見える図書室で日が落ちてから稽古していた事。壁越しに、突然、豚が絞殺されるような、何とも例えようのない叫びが聞こえて来た。驚く僕に「生徒指導ですよ」と玉田先生が椅子に浅く腰掛け両足を伸ばしたまま教えてくれた。不良生徒が首でも絞められているのかと思ったら、叫び声をあげているのは尾池校長らしかった。そういえば、稽古を監視していた尾池校長がいない。薄くなった髪の毛を由井正雪みたいに長くしてオールバックにしている尾池校長があんなキーキー声を上げるのかと、ちょっとびっくり。

 

 たまたま不良生徒を叱る生徒指導の場面の練習をしていたから、「あなた方、芝居だからといって嘘をやっちゃいけませんよ。本当はあんな風に激昂して指導しているんじゃありませんか」と現実の再現が芝居だと説明すると、「あれやればいいんですか」と先生全員が納得。ベテランの先生たちは「豚の絞殺される声」を軽々と出してくれた。中でも、文学肌で良識の塊のような養父先生が声を張り上げたのが面白かった。絶叫しながらも「象と鳩」のたとえ話をする。「お前は象じゃ、力が強いからじゃれついてくる鳩と遊ぼうとしただけで、鳩は死んでしまうんや」と童話みたいなことを言う。怪我させた不良生徒に、ふざけただけでも弱い子は怪我をするという趣旨。怒鳴りながら、よくこんな童話のような事を喋れるなぁーと感心したものだ。

 

 生徒指導から戻った尾池校長は、何事もなかったかのように座っている。教師全員が固唾を飲んだのが「ピシ」という微かな音。3、4回は続いたかな。「一枚10万ですわ」と尾池校長。叱られた不良生徒が窓ガラスに石を投げて報復しているのだという。

 

 後から知ったのだが、兵庫県では有名な体育教師が稽古場にきた。いかにもの体育教師だから、強気の女性教師の中西さんに「体育祭」にしたらどうかと、体育教師に提案してもらった。体育教師には「体育大会でいい」と主張する。僕の思い付きじゃなく、その体育教師が「体育大会」に拘っているのを直前の雑談で喋っていたからだ。

 二人の論争は、はっきり対立になり、「面白い芝居になる」と思っている僕を尻目に、二人のやり取りは白熱化していった。「いま『あんた』って言うたよな。なんや『お前』」と体育教師。中西さんは「お前はないでしょう」とやり返す。体育教師は「とことんやったる」と、腕まくりをはじめて、芝居どころではなくなった。僕が止めても、二人は息を弾ませていた。

 この稽古一回で、この体育教師は二度と稽古に来ることはなかった。

 

 実は学校現場は、部外者の僕が想像しているのとは違って、何かすごいものをはらんでいるのに気が付いた。本音を覆って建て前で過ごしているというのかな。兵庫の地は気性が荒い漁師町があり、神戸大阪のベットタウンになっていて、子供の家庭環境がバラバラなのも関係していると後で聞いた。

 

 我々が生徒指導を芝居にしているという関係で、「近畿生徒指導」の研修会でロールプレーをやって欲しいとの依頼があった。稽古をしているセンセーズに不良生徒を演じて貰い、現役の生徒指導の教師に、どんな叱り方をするのかの研修。

千人の劇場に客性は満席。近畿にはこんなに多くの生徒指導の先生はいるのかと驚いた。ほとんどがニコリともしない強面だったからかもしれないが。

そのロールプレイに志願してくれた本物の生徒指導の教師が舞台に並ぶと、それだけ言葉は悪いが暴力団のような迫力がある。小濱先生にリーゼントのカツラで相手役をしてもらうと、迫力のある一人がいきなり小濱先生の胸ぐらをつかんで「よう、俺のとこまで来たな!」と、有無を言わさず脅す。小濱先生も驚いたのか、顔面蒼白になりながら「何するんじゃ!」と言い返す。最初から、芝居どころではない雰囲気になってしまった。慌てて止めに入る僕。

 

 この事に対する、感想や意見は様々にあるとは思うが、とにかく良識ある教師の息子の僕には知らない世界だった。何も彼らが暴力教師と思ったわけではなく、迫力がある教師が、究極の場面では必要であり、教育界全体が容認しているということだ。不良生徒の暴力がエスカレートしていて、それを受けて立つ迫力が教師の側にも求められているということだろう。

 

 どうやら不良生徒の側は「伝説になる」のが目的らしいのだ。「あの中学にはあんなワルがいたで」とか「お前は、この学校創立以来のワルや」となりたいらしいのだ。だから、生徒指導の教師をギャフンと言わせたいのだ。だから、弱い教師には悪ふざけ程度で、本命は迫力のある教師なのかもしれない。だから不良生徒の本当のワル振りは、一部の教師しか知らないという事になる。

 

 この学校の裏を知らない限り「雄三WS」は何をやっているのか分からないのだ。例えば「教師は偽善者です」というのも、学校の裏側に関わらなければ教師は「良い人のつもり」で過ごすことが出来るのだ。

 

この原稿では「暴力」について書いたが、教師の最も重要な事は授業だ。確か、NHKが取材で稽古場にテレビカメラが入った時だと思うが、「詰まらない授業」をしてくださいと指示した。

僕の考えでは「大抵の授業は詰まらない」と思っている。「分かる授業」「面白い授業」をやっていると思っている教師は「出来ません」とか「より詰まらなくしよう」と演じる。他の教師の授業が下手で退屈と思っている教師が、正当に自分の授業を詰まらなく演じられるのだ。自分の授業を捉え直すと言い換えてもいい。

 そりゃそうだけど、「詰まらな授業」はNHKではカットされていた。僕には面白かったけどね。

 

 最近「自分は良い教師」で「面白い授業」をしていると信じている教師の参加者がいる。涙が出るほど熱心だから、僕も根負けして、最近は怒鳴るのを止めた。僕の言っている事はチンプンカンプンだろうに、必ず稽古場に来る。職員室では教師としての疎外感を感じているから、はっきり嫌う雄三が、まだ落ち着くのかなぁーと思う事にしている。

 

 中学校の校則が、滑稽なまで細部まで取り決めるのは、規則を守らせる為というより、子供たちに規則の裏表を体験させるためにあるのではないかと思う。どの程度、規則に従えばいいのかを覚える。だから、規則をきっちり教える教師も必要なら、大目に見る教師も大事なのではあるまいか。

そして教師の世界は狭いから、同僚とはほぼ一生付き合わねばならない。だから表面上は仲良く、裏に一物あるというのが、正当な社会の縮図と僕は思っている。子供にとっての初の社会体験だから、カリカチャされた「本音」と「建て前」が分かりやすいのだろう。その体現を教師は日々行っているから、少ない稽古でも学校社会を演じることが出来、学校以外の一般社会にも観客のイメージが広がるのです。

 

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2015-03-16 21:33:07

Mws センセーズ タマダ先生の記憶-2

テーマ:ワークショップ

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大湊の夜から一ヶ月くらいたって稽古が始まったように記憶している。

月に一度、土日の夜の18時~21時。高砂市の鹿島中学校の図書室でおこなわれた。1年間ケイコを続け200511月の研究会で発表しようということだった。

研究会について説明しよう。正式名称は兵庫県中学校教育研究会国語部会という。兵庫県を8つくらいのエリアに分けて毎年持ち回りで開催され、各地区を代表する先生たちの研究授業と文科系著名人たちの講演の2本立てで構成される。これは全ての教科でおこなわれ、おそらく全国どこの県でも同様に実施されていることだと思う。

当日は兵庫県中の国語の教師が4、500名ほど集まる。この時の講演者の顔ぶれがすごい。金田一春彦、壇一雄、幸田文、阿川弘之、犬養孝、川崎洋、吉野弘、井上ひさし、桂枝雀、大村はま、野坂昭如、なだいなだ、別役実、藤本義一、佐々木幸綱、立松和平、CW・ニコル、ねじめ正一、今江祥智、重松清、工藤直子、養老孟司、平田オリザ、谷川俊太郎…少しだけ書こうと思ったけれど、キラ星のごとく並ぶ豪華な顔ぶれ、省略できない。最近は教科書に出た人たちの中から選ばれるようで、教育出版の教科書にイッセーさんが出たことから尾池先生が目をつけたようだ。尾池先生というのはどうしようもない俗物根性に時折辟易させられることもあるが、しばしば常識を超えた行動力に驚かされる。常人にはありえないパワーで前進する姿には爽快感すらある。尾池先生なくして僕たちのWSは成立しなかった。こればかりは間違いない事実である。この時のいきさつについてもイロイロあったようだが、森田さんが語られると思うので割愛する。

 

あまりよく覚えていないが、最初は、「何かしゃべって。」「二つの言葉を言って。」みたいなWSだった。尾池先生が精力的に人集めをしていて、鹿島中学校の職員はみんな動員されていたし、他の中学校からも教科を問わずに集められたため、毎回12,3人が来ていたと思う。のべて100人くらいの人が来て、ほとんどの人が二度と現れなかった。まるでバブルのようにはじけて消えた。そのときのメンバーで今も残っているのは養父、小濱、慶田元、玉田くらい。3回目くらいに辻ちゃんがきて、辻ちゃんが中西さんを呼んできたのかな。

 

僕には最初からすごく魅力的な集いだった。生まれて初めてコカコーラを飲んだ子供のように刺激的だった。今まで動いていなかった紙粘土のような脳細胞に、血が通って動き出すのがわかった。森田さんが語る言葉の一つ一つが新鮮で面白かった。

 

「本当に言葉を聞いてる人は、うなずいたりしないのね。うなずくのは私は聞いていますという記号なのね。」

「退屈だからあくびをするとか、考えてるから腕を組むとか、分からないから首をひねるとか、つまらない芝居をするのはやめてくれる。あなたたちは芝居なんてできないんだよ。そんな訓練を受けてないんだから。」

「ほら見てごらん、この人ゆがんでいるでしょ。まっすぐ立てないだろ。つらい労働を長時間しているとゆがみが体に出て来るんだよ。それが仕事をするということね。外圧に合わせて自分の身体を変形させているんだよ。」

「いちいち、僕に聞かないで。あなたのセリフはあなたの中にあるんだよ。考えないでね。考えたってたいしたものは入っていないんだから。あなたは現実の世界で実際に使っているはずなのね。思い出せばいいだけなのね。」

「分からなかったら困ればいいだけなのね。困ってる姿ほど面白いものはないんだから。自分が何を言うか分からなければ、見ている人にはまったくわからないだろ。大丈夫、本当にとまってしまったら誰かが助けてくれるから。」

「自分の中でダメでどうしようもないと思い込んでいるところこそが、その人の魅力になるんだよ。一番チャーミングなところなのね。あなたが見せたいと思っている自分なんて誰も見たくないんだよ。」

 

残念ながら、というか今考えてみると当然というか、これを面白いと思える人は実際にはあまりいなかった。誰でもそうなのか、いや、やはり教師とモリタWSとは相性が悪いと思われる。なぜだろう。

 

教師と言う人種は、日ごろ上からモノを言っているので、雄三さんに理不尽に怒られたり、からかわれたりすることに耐えられないのだろうか。いやむしろ、こんなところで、よく知らない人の前で自分を開いたり、さらけ出すリスクに耐えられないのだろうか。

自分で考えていてもイマイチ腑に落ちないので、WS仲間であるカウンセラーの中村さんに聞いてみた。森田WSと教師の相性が悪いのはなぜか?

 

中村さんによると「①教える人は教わることが苦手である。②教師は自分を開くことに抵抗がある人が多い。③教師は準備したことをしゃべるのはうまいが、即興は苦手である。」とのことだった。

 

なるほど、確かにいえてる。かくいうタマダも自分を開くことは抵抗ないのだけれど、即興は苦手である。いつも結構ネタを繰ってやってしまう。で怒られる。あなたたちレベルの人間が考えてできることはタカが知れてる。それよりも豊かな無意識に頼りなさい。

でもね真っ白になって立ち尽くしているとき、カカシの気持ちがよく分かるんだ。とりあえず頭の中にはワラクズしかない。あるいは空っぽのプールの気持ちとかな。

とりあえず、少数派であることは間違いのない事実だけれども、養父、小濱、辻、中西、タマダ・・・この辺は見事にはまった人たちだね。慶田元ははまってないけどイヤイヤきていた。やがて、ケイコは芝居の形になり始める。・・・続く

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