俺、磯野カツオ。19歳。ホスト暦1ヶ月。
歌舞伎町という街はどこもかしこも香水と汗とフルーツのにおいが充満していて、世田谷の閑静な住宅街で育った俺はたまにうっと餌付きそうになるけれど
それでも1ヶ月この街で働き酒を飲みゲロを吐き飯を食っていれば、いつしか俺の体臭が香水と汗とフルーツのにおいに綺麗にすり替わる。
夕方5時に出勤。新人に与えられた雑務をこなす。
あっという間に時間が過ぎ、店が開く。歌舞伎町の夜がはじまる。
店はOPENしてすぐに満卓になる。ほとんどの客はナンバーワンの客だ。
皆、まだこの場に到着していない担当の登場を今か今かと待ち構え、期待に満ちた表情を浮かべている。
俺は彼女たちのことをいつもこんな風に思っていた。
底抜けでバカで不思議なやつらだ、と。
ただの鴨でネギで財布で銀行なのにも関わらず、彼女たちはそうであることを理解し享受した上で、ナンバーワンに高い酒を卸し、その泡沫の夢のために身銭を切る。
不可解だが興味深い。それが客だ。それ以上でもそれ以下でもない。
21:00過ぎ。
ナンバーワンが出勤。今日は白スーツ。憎らしいほどにキマッている。
「はよーっす」
この店のナンバーワン、三郎。通称サブちゃんだ。
平均月間売り上げ約3,000万円、月間指名本数200本。
この不況時に驚異的な数字だ。異常ともいっていいレベル。
歌舞伎町の帝王――。人は彼をそう呼ぶ。
実際、この『CLUB MIKAWAYA』の売り上げはサブちゃんの独壇場であり、ナンバー2以下のホストとサブちゃんは、売り上げ的にも実力的にもかなりの開きがあった。
だが俺は、他の新人みたいにこの人をネ申みたいに扱って、あわよくばおこぼれに預かろうとしているハイエナではない。
正直に言おう。俺は真剣に、サブさんに勝つつもりでホストをやっている。
無理?無茶?無謀?なんとでもいえ。
俺がこの店で働くようになってから今日で1ヶ月が経つ。
つまりそれは、俺がサブちゃんと再会してから1ヶ月が経ったということだ。