実家では何回か猫を飼っていたが、いちばん長く思い出深いのは、高校2年のクラスメイトのお祖母様の家からもらったアミと、その息子を一匹残したチャコです。

石神井のお宅に遊びにいったとき、チンチラが外に遊びに行って出来てしまった子猫たちがいて、そのうちの一匹にくぎ付けなった。シルバーがかった短毛に目にはくっきりアイラインでチンチラの気高さを受け継いでいる。出入りの植木屋さんが「この子なら欲しいと言っている」と聞き、両親に話してすぐにお迎えに行ったのだ。

21年生きて、私が遅くに産んだ息子を見てその冬に亡くなった。

 

子育ても一段落して、自分が元気なうちにあと一回猫を飼いたい気持ちはあるが、最近落ちている子猫もいないし友人に頼んでもいま一つタイミングが合わない。

 

猫好きは知れるのか、最近は多頭飼育崩壊のご相談がままある。相談があれば区の担当所管につないでボランティアが里親探しの対応を…となるのだが、そのような手続きより「何匹がもらって」と言われることもある。しかも間に世話役の人が入って、多頭飼育の当事者がどこの誰だかわからない。高齢者が多いのでメールで相談や写真をやりとりすることもできない。

猫はご縁があれば飼いたいとは思うが、出来れば知っている信頼のおける人(ルート)から、安全な環境で育てられた猫を、自分もこの目で見て好感が持てる子を迎えたい…というのはわがままでしょうか。

以前多頭飼育の現場を見たことがあるが、家の中に多くの猫が跋扈して尿のにおいに満ち、飼い主さんは普通に暮らせているのだろうかと正直思いました。

 

昨年は家の裏に来る猫に叶わぬ恋をして、私が帰る時分に玄関ポーチに座っていたり、声をかければ立ち止まって振り返るところまで心が通じた。そういう出逢いならノラちゃんでも構わないのよ。

「多頭飼育で困っているから貰って」と引取ることが前提のように言われると見に行くことも出来ない。

 

最近人間でも、産み捨てとか、そうなる前に内密出産をという問題がある。ネットのコメントに「こんなに不妊治療をしている人が多いのだから、産んで里子に出せば貰ってくれるはず」とよく書いてあるが、果たしてそうだろうかといつも思う。