ブラジル、ペルー、コロンビアなど南米の9カ国に広がるアマゾンには、世界最大の熱帯林が残され、地球上でもっとも生物多様性が豊かだ。

6万種の植物、300種を超える哺乳類、1000種以上の鳥類が生息している。

 ブラジル環境省は、この5月「20048月までの1年間のアマゾン熱帯林破壊面積が26130平方㎞2に達し、それ以前の1年間に比べて6%増加した」発表した。この面積は長野県2つ分に相当し、年間の破壊面積としては、1995年の29000㎞2に次ぐ。

ブラジル国立宇宙研究所(INEPE)の衛星画像によると、すでにアマゾンの熱帯林の17.3%(±5%の誤差)が消滅した。他方、ブラジル環境団体「イマゾン」は昨年、INEPEの衛星画像を使って調べたところ、熱帯林の47%がすでに失われたと発表した。この団体は1990年にアマゾン川中流のベレンで創立され、内外の約20人のアマゾン研究者で構成されている。


この破壊が進む最大の原因は、従来の肉牛用の牧場の造成と伐採に加えて、アマゾンに急拡大してきた大豆栽培だ。世界的に大豆ブームが起きるたびに、アマゾンの熱帯林は大豆畑に転換されて森林が消えていく。ブラジルは30年前にはほとんど大豆を作っていなかったが、いまや米国に次ぐ世界で2番目の生産国にのし上がった。日本の大豆の輸入先としても米国に次ぐ2番目で、年間約90万トンが送り込まれている。


ブラジルの大豆生産は、1970年代に入って起きたペルー沖のアンチョビー(カタクチイワシ)の大不漁とともにはじまった。アンチョビーの魚粉は最重要の蛋白質飼料であり、家畜業界はこの代替品の大豆や大豆粕(油をしぼったあとの粕)に殺到して価格が暴騰した。ブラジルでは日系農民がわずか大豆を作っていただけだった、多くの農民が参入して空前の大豆ブームがおきた。アマゾンの気候や土壌は大豆に適していなかったが、新品種の開発で栽培が可能になり、生産は爆発的に増加した。


今回の大豆ブームは2002年後半からはじまった。狂牛病(BSE)が世界各地で発生するのにつれて肉骨粉などの動物蛋白質が家畜の飼料として敬遠され、ふたたび大豆需要が急増してきた。だが、日本やEUでは消費者の反発で、遺伝子組み換え(GM)大豆が大半を占める米国、アルゼンチン、ブラジル南部の大豆は使えない。


大豆輸出のライバルのアルゼンチンが、米国の大手穀物会社の圧力に屈して除草剤耐性GM大豆の作付けを増やすなかで、ブラジル北部のマットグロッソ州などのアマゾン地域では、「非GM大豆」の生産に特化してきたことが、この地域の需要が大きく伸ばすことになった。とくに、EUでは非GM大豆が歓迎されて、ブラジル大豆の3分の2を輸入しているほどだ。このために、シカゴ商品取引所の大豆相場は、2002年~04年に2倍になり、ブラジルの生産量はこの間に1.5倍に、輸出金額は2.5倍にも急伸した。


昨年以来、ブラジル南部のリオ・グランデ・ド・スル、サンタ・カタリーナ州などの古くからの農業地帯が、深刻な干ばつに襲われて場所によっては壊滅状態だ。このために、干ばつ被害のなかったアマゾン地域への増産圧力が高まる結果にもなった。マットグロッソ州などの北部諸州では20%もの増収になった。


このマットグロッソ州は、この20年間で広大な面積の森林が大豆畑に変わってしまった。空からみると、かつての数十mを超える巨木の茂っていた熱帯林は、ほとんど姿を消し、平地は地平線まで大豆畑が広がっている。傾斜地は、熱帯林を焼き払って牧場に変わった。


アマゾンには南米の先住民の最後の砦だが、コロンブス到達以前にはブラジルだけで500万人以上が住んでいたと推定される先住民は、ブラジリアの環境社会研究所(IAS)の調査によればわずか32万人しか残されていない。その生き残った先住民も、この大豆ブームで生活圏を奪われて息の根を止められようとしている(詳しくは岩波新書『地球環境報告Ⅱ』参照)。

広大な大豆畑の所有者は、地元の有力者である場合が多く、ブラジルの主要な大豆生産地となったマットグロッソ州では、個人としては世界最大の大豆生産者であるブライロ・マッギが知事として君臨する。2003年に知事に当選したマッギ氏は、就任後の10年で大豆の作付面積を3倍に増やことを公約に掲げて、環境保護団体は彼が就任後森林破壊が加速したと抗議している。


ルラ・ダシルバ大統領の率いる中道左派政府は「地球上でもっとも貴重な自然のアマゾンを守るためにさらに規制を強めていきたい」と主張している。だが、現実の政策としては、昨年末で2000億ドルを超える世界最大の対外債務の返済のための外貨獲得の手段として大豆輸出を後押しする。

だが、マリナ・シルバ環境相は、アマゾンで破壊の根本的理由として「急ピッチで進む開発が原因であり、アマゾンの経済のあらゆる側面について持続可能な基準を作らないかぎり、監視と管理だけでは破壊と闘うのは不可能だ」としている。


同時に他の石油や鉄鉱石などの原材料と同じように、中国の大豆輸入の急増が国際相場を押し上げる原因になっている。中国は世界で4番目の大豆生産国だが、ついに世界最大の輸入国に躍り出て、中国の大豆輸入量は、2003/04年度には2300万トンに達した。これは日本の輸入量の5倍を超える。世界の貿易量が約6000万t。その3分の1を中国が輸入していることになる。


これ以外にも、150万トンの大豆油が輸入している。これは800万トンの大豆に相当するので、合計で3000万トン近い大豆を国際市場から買い入れていることになる。食生活の向上で肉消費量の増加伴う飼料や食用油の需要が増したことが理由だ。また、食肉の消費拡大に対応するために飼料の需要増加が大豆輸入を増加させている。 


中国では食料品の消費拡大が依然として止まらず、国際市場から大量の農産物を調達することが見込まれ、食糧の海外依存の高い日本にもっても、今後の輸入の量と価格のうえで大きな問題となりそうだ。

米国のレスター・ブラウン氏(現アースポリシー研究所所長)が1994年に著した『だれが中国を養うのか?―迫りくる食糧危機の時代』という著作のなかで中国の膨大な食糧需要を警告したが、10年余を経て現実の問題として登場してきた。

(岩波書店刊「科学」に寄稿したものの、再掲です)