★新刊情報★

高橋いさを最新戯曲集

①『海を渡って~女優・貞奴』(論創社)

表題作に加えて朗読劇「父さんの映画」「和紙の家」(村松みさきとの共作)「母の法廷」の四編を収録。定価¥2000

2015年5月、全国書店にて発売中!

②『交換王子』(論創社)

マーク・トウェイン作「王子と乞食」を翻案した表題作に加えて、駆け落ちカップルの逃避行の顛末を私立探偵が回想するコメディ『旅の途中』を収録。定価¥2000

2015年9月、全国書店にて発売中!

③「I―note②~高橋いさをの演出ノート」(論創社)

1991年から2012年まで、著者か演出した舞台の稽古の際に俳優、スタッフに配られた演出ノートを公開する。定価¥2000(予定)

しばらくお待ちください。
































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2016-08-25 09:23:49

刑事・平塚八衛兵

テーマ:
「刑事一代~平塚八兵衛の昭和事件史」(佐々木嘉信著・産経新聞社編/新潮文庫)を読む。「昭和の名刑事」と呼ばれる平塚八兵衛を語り手に氏が手掛けた昭和の重大事件の内幕を語る。扱われる事件は以下の七事件。

●吉展ちゃん事件
●帝銀事件
●小平事件
●スチュワーデス事件
●下山事件
●カクタホテル殺人事件
●三億円事件

事件名を見れば一目瞭然だが、昭和の時代を騒がせた有名事件ばかりである。では、それらの事件の犯人と対峙した平塚八兵衛とはいかなる人物か?

「平塚八兵衛(1913年~1979年)は、警視庁に在籍した刑事警察官。茨城県新治郡土浦町(現:土浦市)出身。退職時の階級は警視。「落としの八兵衛」「喧嘩八兵衛」「鬼の八兵衛」「捜査の神様」など数々の異名で知られる敏腕の刑事であった。なお、在任中に手がけた事件は殺人だけでも124件に上り、戦後の大事件の捜査でも第一線に立ち続けた。その中でも特に平塚の名を高めたものとしては、戦後最大の誘拐事件と言われた吉展ちゃん誘拐殺人事件において、犯人の小原保のアリバイを崩して自供に至らせた粘り強い取り調べがある」(Wikipediaを要約)

わたしが知る限り、日本で最も有名な刑事である。わたしはリアルタイムで平塚氏のことは知らないが、この人に知名度があるのは、引退後、「三億円事件評論家」としてマスコミに多く登場したせいだと思う。本書はそんな平塚氏がそれぞれの事件の内幕を「語り聞かせる」という手法で描かれる。「べらんめえ口調」と言うのだろうか、くだけた語り方が独特で、そこに地を這うように凶悪な犯罪者を追い詰めてきた一人の刑事の逞しいバイタリティを感じる。科学捜査を嫌い、勘と足を頼りに難事件に取り組むその姿勢は、まさに「昭和の刑事」と呼ぶに相応しい。また、たくさんの有名事件を扱い、捜査に当たるその姿は、たくさんの有名戯曲を華麗に舞台化したスター演出家のよう。2009年に本書を原作としたテレビ・ドラマが渡辺謙主演で作られた。


*同書。(「Amazon.co.jp」より)
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2016-08-24 08:20:12

夫の気持ち

テーマ:事件・事故
「茨城県笠間市でパトカーの追跡を受けていた車が事故を起こして女性が死亡し、運転手が逃走した事件で、33歳の男が逮捕されました。男は無免許でした」(8月21日)

先日、こんな記事を見かけた。女性は23歳で、運転していた22歳の夫も重傷だという。つまり、夫は何の前触れもなく、若い妻を突然失ったというわけである。生き残った夫の気持ちを想像するといたたまれない。

交通事故は毎日起こり、毎日どこかの誰かが命を落としているのだとは思うが、この事故がちょっと特異なのは、事故を起こした男が無免許で警察から逃走中であったという点である。しかも、男は事故を起こした後、救護もせずになおも逃走し、その後に逮捕されたのだ。単なる不注意運転ならまだしも、裁判になった時に裁判員たちの被告人への心証は限りなく悪いにちがいない。命をとりとめた夫も、単なる事故なら諦めようもあるが、逃走車に衝突されて理不尽に妻を殺されたとなると、怒りの矛先は勢い事故を起こした男へ向かうことになるのではないか。彼は「無免許で車を運転し、警察に追われて逃げた男」に妻を殺されたのだ。被害男性の処罰感情は、最大のものであろう。

わたしは運転免許を持っていないので、道路交通法についてまったく疎いのだが、本件は「危険運転致死傷罪」で起訴されて15年くらいの実刑が下されるのではないか。しかし、夫にしてみれば「たかが15年」である。犯人は40代で刑務所から出てくるのだ。法は万物に対して中立であるべきだと思うものの、被害者の心情と法の下す量刑は、常に大きな隔たりがあるにちがいないと思う。たぶん妻を失った夫の無念は計り知れないだろうから。


*交通事故。(「雑談ネタ倉庫」より)
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2016-08-23 08:39:51

嵐が来た

テーマ:エトセトラ
昨日、台風が関東地方を直撃し、交通機関などに大きな影響を与えた。学校の仕事も休みになり、ポカンと空き時間ができた。そして、少年時代に経験した台風の日を思い出した。

大人は台風を嫌うが、子供は台風好きである。それは紛れもなく台風が非日常的な出来事だからである。大人にとっては迷惑この上ない台風が、子供にとっては歓迎すべきイベントになる。空が雲に覆われ、激しい雨と強い風が町を襲う。いつも見慣れた町がいつもと違う風景に一変する。その非日常感覚が少年を興奮させる。「台風○号」「日本列島」「襲う」「上陸」「猛威」「被害」といった言葉が嫌が上にも「巨大な怪獣」を連想させるのも少年の興奮に拍車をかける。雷鳴があるなら、それは怪獣の咆哮(ほうこう)にさえ聞こえるかもしれない。台風は科学的に解明できる自然現象に他ならないが、激しい雨と荒れ狂う風は、どこか人智を越えた神の存在を意識させる。「神がお怒りになっている!」ーーロマンチックな少年は、そんなことを考えたりする。

思えば、自然現象は人間の心模様の類推で語りやすい。晴れは喜び、雨は悲しみ、曇りは憂鬱、雪は静寂、雷は怒り、風は不安・・・そういう意味では、台風=嵐はさしずめ最大の悲しみと怒りと恐怖の表現たりうる。「ターミネーター」(1984年)のラスト・シーンは以下のやり取りで締めくくられる。

メキシコ付近のガソリン・スタンド。
荒野に吹き荒れる風。
ジープに乗っているサラ・コナー。
少年「Mira Mira! Viere la tormenta!」
サラ「何て言ってるの?」
父親「"嵐が来る!"と言ってます」
サラ「・・・知ってるわ」

後に核戦争が起こり、地球は壊滅状態になることをサラだけは知っているのだ。


*宇宙から見た台風。(「Wikipedia」より)
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2016-08-22 09:04:07

デスロール

テーマ:エトセトラ
最近、ネットでよくワニ(鰐)の動画を見ている。たまたま見つけたサイトにワニの動画があり、それをきっかけに恐いもの見たさの心理からワニの捕食動画に興味を持ったのだ。わたしは今まで生きてきて、本物でワニを見たことはないように思う。

まず何よりワニのフォルム(姿形)というのは凄いと感じる。神は地上にさまざまな生き物を作ったが、その中でもワニは特筆すべきフォルムを持っていると思う。現在、地球上に生息する生き物の中で最もジュラ紀の恐竜の名残(なごり)を残す生き物はワニだと思う。岩肌を思わせる突起物で覆われたあのゴツゴツした体表、規則的に並ぶ瘤のような鱗、食うことを最大の価値として造形されたとしか思えない大きな口と鋭い歯。「おぞましい」という言葉が実によく似合う容貌である。「気持ち悪いモンスター」が登場する「エイリアン」や「プレデター」を作り出したクリエイターたちもきっと参考にしたにちがいないそのフォルム。「怪獣」と呼ぶに相応しいその醜怪な容貌。

ワニの捕食動画は例えば、こんな感じ。水辺で水を飲む鹿。と、水面を音もなく進むワニの背中。「?」となる鹿。と水面から水飛沫を上げてグワアーッと躍り出るワニ。そして、鹿の頭部にガッチリと噛みつく。渾身の力を使って逃れようとする鹿。しかし、ワニは水中へ鹿を引きづりこみ、体を回転させて鹿の肉を引きちぎる。顎をカクカク合わせて肉片を呑み込むワニ。ワニが体を回転させて、捕食する生き物の肉を引きちぎることを「デスロール」(死の回転)と呼ぶことをわたしは初めて知ったが、何という残虐な、そして理に敵った攻撃方法であろうか!

思い出した。ずっと昔に読んだ岡崎京子さんの「PINK」という漫画は「ワニを飼う風俗嬢」が主人公だった。彼女は、ワンルーム・マンションのバスでワニを飼っているという設定で、うら若きミニスカートの「女の子」と容貌醜怪な「ワニ」という取り合わせが、ほとんど「芸術的」と言える設定の漫画だった。いつか本物のワニを間近で見てみたいなあ。


*ワニ。(「Wikipedia」より)
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2016-08-21 08:19:08

時分の花

テーマ:エトセトラ
リオ・オリンピックの真最中。さまざまな競技で活躍する日本人アスリートの話題を目にすることが多い。そして、選手たちの年齢について思いを巡らせた。現在までに金メダルを獲得した選手の年齢は以下のようなものである。

●川井梨紗子(21)【レスリング】
●高橋礼華(26)【バドミントン】
●松友美佐紀(24)【バドミントン】
●伊調    馨(32)【レスリング】
●登坂絵莉(22)【レスリング】
●土性沙羅(21)【レスリング】
●金藤理絵(27)【水泳】
●内村航平(27)【体操】
●田知本遥(26)【柔道】
●ベイカー茉秋(21)【柔道】
●大野将平(24)【柔道】
●萩野公介(21)【水泳】

つまり、オリンピックの主体となっているのはみな二十代の若者である。そして、アスリートがアスリートとして最も輝くのは二十代であるということである。まあ、こんなことはわたしが改めて指摘するまでもなく、誰でもわかるものの道理である。アスリートでなくても、人間のからだが一生のうちで最もその身体能力を発揮するのは二十代であろうからである。そして、ふと俳優もアスリートと同じかどうかを考えてみた。

わたしの感覚で言うと、二十代の俳優は基本的にみなぺーペーである。もちろん、実力のある若い俳優はたくさんいるが、「天下を取る」には到底及ばない。俳優として「天下を取る」には、少なくとも後20年はかかるのではないか。つまり、俳優は身体能力を問われる仕事であるにはちがいないが、アスリートのように記録を出すことや試合に勝利することが一義ではない。だから、言葉にはできない「味わい」のようなものが出てくるには、ある程度の年輪が必要なのだと思う。かつて世阿弥はそれを「まことの花」と言った。

アスリートの世界と似ているのは、俳優の世界ではなく、色気が重要な役割を果たす女の仕事の世界ではないかと思う。例えば、ホステスとかレースクイーンとか。女が人生の中で一番造形的に美しいのは二十代であるように思うからである。「ナンバー1ホステス」というような人は、だいたい二十代中盤から後半くらいの女の人ではないだろうか。世阿弥は、「時分(じぶん)の花」という言葉で、若い俳優の魅力を語ったが、オリンピックで活躍する若者たちは、まさに「時分の花」を咲かせていると言えるのではないか。


*「風姿花伝」岩波文庫(「Amazon.co.jp」より)
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2016-08-20 08:16:54

欲望の最前線

テーマ:エトセトラ
「アメリカの俳優、ジョニー・デップが妻で女優のアンバー・ハードと離婚する声明を発表した。和解金は7億円」というニュースを目にした。芸能界のゴシップには興味がないので、スター俳優が誰と離婚しようがどうでもいいのだが、美しい妻と並ぶ髭面のジョニー・デップの写真を垣間見て、「ああ、この人は欲望の最前線で生きているんだなあ」と感じた。

それがどんな世界であっても、「第一線」と呼ばれる場所に生きる人間は、生臭いことに関しても「第一線」にいるということだと思う。「第一線」=トップ・フロントには、線の後ろにいる人間には決して知ることができない生々しい欲望が渦巻いているにちがいないからである。簡単に言えば、「金と女」である。

その世界で功を遂げ名をなすことは、人間なら誰しも望むことであるように思う。かく言うわたしにもそういう欲望があることを認めないわけにはいかない。しかし、功を遂げ名をなすとは、同時に欲望の最前線に放り込まれるということでもある。右を見ても左を見てもどす黒い欲望が渦巻いている世界。それを引き受けてなお前向きにその世界を生きていける人間のみ、「第一線」に立ち続けることができる。

榎本「ヤバくねえ暮らしがしたいなら、ここ出て牛乳配達のニーチャンにでもなりな。もっともテメーなんか雇ってくれる牛乳屋があっての話だがな」

拙作「VERSUS 死闘編~最後の銃弾」(論創社)のなかで復讐に燃える男が煮え切らない相棒に言う台詞である。大金をめぐって激しく対立する悪党たちの拳銃アクション演劇。その通り。欲望の最前線に立ち続けるのが嫌なら、牛乳配達でも何でもして生きていけばいいのだ。牛乳配達をしても人間は生きていくことはできるのだから。確かにこの芝居に登場する悪党たちは、紛れもなく「欲望の最前線」にいる人間たちである。


*ジョニー・デップ(「gooブログ」より)

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2016-08-19 08:26:28

先輩作家の言葉

テーマ:演劇
先日、劇作家の小松幹生さんの訃報を知った。演劇の世界に30年余りいながら接点はなく、面識はない。ただ「雨のワンマンカー」「心猿のごとく騒ぎ」という二冊の戯曲集の作者として存じ上げているにすぎない。フェイスブックを通して、わたしの教え子で「劇団エリザベス」を率いるのエリーくんが小松さんの追悼文を書いているのが目に止まった。

「大学2年くらいのときに戯曲の新人賞に応募して、少しばかり選考に残っており、それでそのときの選考員がたまたま小松さんで。そこから意見を頂戴したくて新宿のシアタートップスだったかが入っていたビルの何階かのバーみたいところでお話をした。それが彼との出会い。(中略)本当にお世話になりました。物を書くということは全部全部、小松さんから教わりました。「人の作品を肯定すると、自分が自分でいられなくなる。それが物書きだよ。だからいつも君の作品を酷評するんだ」なんて言葉をくださいました」(改行や括弧を改変)

「人の作品を肯定すると自分が自分でいられなくなる。それが物書きだよ」という言葉が身に染みる。よくわかるからである。かく言うわたしも他人の作品をほとんど肯定しない。面白いと言わない。もちろん、例外はあるが、諸手を挙げて褒めあげる作品などというものはないと言っていい。その事実をわたしは、作品が面白くないからだと認識していたが、根本的には小松さんの言葉が真実であるように思う。「自分が自分でいられなくなる」からわたしは他人の作品を認められないのだ。他人の作品を認めるということは、大袈裟に言うと、その作家のアイデンティティーが崩壊することを意味するから。逆に言うと、わたしが言葉を尽くして絶賛する自作の舞台も、他の作家は簡単には認めてくれないということである。

小松さんとエリーくんは、たぶん祖父と孫くらいの年齢差があると思うが、このような言葉を身近に聞くことができたエリーくんは、とてもよい師匠を持っていたのだなあと思う。謹んで小松さんのご冥福をお祈りします。


*小松幹生さん。(ご本人の「Twitter」より)


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2016-08-18 09:37:03

虐殺のハイスクール~「エレファント」

テーマ:映画
DVDで「エレファント」(2003年)を再見する。1999年にアメリカで起こった「コロンバイン高校銃乱射事件」を描くドキュメンタリー風のサスペンス映画。監督はガス・ヴァン・サント。

あの事件から17年。その後もアメリカでは銃の乱射による大量殺人は後を絶たず、バージニア大学銃乱射事件があり、今年も乱射事件としては史上最悪の犠牲者を出したフロリダのナイト・クラブ銃乱射事件が記憶に新しい。本作の前半はとある一日の高校生の日常が淡々と描かれる。飲んだくれの父親に頭を悩ます男の子、写真好きの男の子、可愛い彼女とラブラブのイケメンの男の子、同級生からブス呼ばわりされている地味な女の子、今時のギャルの三人組など。どこにでもいそうな普通の若者たち。だから、内容を知らずに見ると、当初はまったく面白くない出来損ないの青春映画に見える。しかし、事件を起こす二人の若者がたくさんの武器を携えて学校に到着してからはにわかにサスペンスが高まる。わたしたち観客は、これからここで何が起こるかを知っているからだ。

本作は「わたしたちがその事件を知っている」という前提で見るべき映画で、それがないとさして興味深い映画ではないと思う。もしも、「コロンバイン高校銃乱射事件」が起こっていず、まったくのフィクションとして本作が作られていたら、わたしはどんな感想を持ったろう?   たぶんそんなに印象的な映画には思えなかったのではないだろうか。

脚本も兼ねる監督がどんなリサーチをして本作の脚本を書いたのかはわからないが、犠牲者を描くなら、選ばれた数人ではなく、実際に犠牲になった12人の学生と1人の教師をすべて描いてほしいという感想を持った。その日、まったくの不運から犯人の銃弾に倒れた無辜(むこ)の人々。家族がいて、悩みがあり、将来の希望がある普通の人々。そのディテールを知ることが、この悲惨な事件の本質に迫る方法であるとわたしは思うからである。


※犠牲者たち。(「オカ板でひまつぶし」より)
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2016-08-17 10:26:53

劇的な言葉

テーマ:エトセトラ
我々の日常生活は九割がたどうでもいい言葉で成り立っている。

●「パンツがない」
○「あるでしょちゃんと見て」
●「ない」
○「あるわよ」
●「あった」
            *
●「そのお弁当ください」
○「こちらですか」
●「いや、こっちの方」
○「こちらですね。ありがとうございます」
            *
●「どこ行くの?」
○「ちょっと芝居を見に」
●「○○劇場?」
○「うん。面白いって聞いたから」
●「へえ」

例えば、こういった会話の連続が生活であり、人生のほとんど大部分である。ここには、特筆すべき劇的な言葉は皆無に等しい。だからこそ我々は日常の中にちょっとした「詩」を求めて、小説を読んだり映画を見たり芝居を見たり音楽を聞いたりする。そこに日常生活では決して味わえない特筆すべき劇的な言葉があるのを期待して。わたし自身も劇作家としてこういう日常の言葉ではない劇的な言葉を生み出そうと頭を悩ます。

「大衆を愛した君は、誰よりも大衆を憎んだ君だ」(芥川龍之介)

「賭けてみるか、"今日のオレはツイてるかどうか? " ってな。どうなんだ、このくず野郎!」(「ダーティハリー」)

「生まれたところや皮膚や目の色でいったいこの僕の何がわかるというのだろう」(ザ・ブルーハーツ)

「あなたの正義とわたしたちの正義は違うの」(「正太くんの青空」)

日常生活では決して出会えない劇的な言葉たちである。しかし、人間にとって最も重要な言葉は、そのような言葉ではないのかもしれないと思い至る。

●「ただいま」
○「お帰りなさい」

このような日常的極まりない言葉こそ、人間にとって最も特筆すべき重要な言葉かもしれない。その言葉は普段使い慣れているので、一見どうでもいい言葉のように見える。


*K駅にて。わたしの日常。
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2016-08-16 07:23:20

「昭和・平成「未解決事件」100」

テーマ:
「昭和・平成「未解決事件」100」(宝島社)を読む。戦後から現在までの未解決事件を紹介した本。わたしが考える日本の三大未解決事件は以下の三つではないかと思うが、どうか。

●下山事件(1949年)
●三億円事件(1968年)
●グリコ・森永事件(1985年~)

それにしても、有名・無名を問わず、こんなにもたくさんの未解決事件があるのだなと思うと、さまざまな思いが沸き上がる。事件によってはすでに亡くなった人も多いだろうが、多くの事件の犯人は捕まっていないのである。彼らは市井(しせい)にまぎれ、何食わぬ顔をして暮らしているのである。これはちょっとした恐怖である。

ところで、映画やテレビ・ドラマに慣れていると、我々は事件は最後に解決するものだと考えがちである。犯人は検挙され、めでたしめでたし。なぜそういうことになるかと言うと、映画やテレビ・ドラマは完結性を求められる表現形式だからである。観客を納得させる結末を用意しなければならないからである。しかし、我が現実を省みると、それが殺人事件というような大仰なものではなくても、何事も解決することはなかなかないことに気づく。問題を先送りして、うやむやにしていることが何と多いことか。そう考えると、未解決なのは何も殺人事件だけではなく、わたしの人生そのものが未解決事件の連続なのである。考えようによれば、事件が解決するなどということはむしろ奇跡的なことであり、物事は未解決であることの方が普通のことなのかもしれないと思い至る。

本書では殺人事件だけではなく、いくつかの失踪事件も扱われている。例えば、1991年に起こった「千葉・女子中学生誘拐事件」の少女や2001年に起こった「室蘭・女子高生失踪事件」の女子高生は、今もって発見されていないという。失踪した少女とその親族の人たちの気持ちを想像すると、何ともやりきれない気持ちになるが、「不条理」という言葉は、この人たちにとってとてもリアルな言葉であろう。


*同書。
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