★新刊情報★

高橋いさを最新戯曲集

①『海を渡って~女優・貞奴』(論創社)

表題作に加えて朗読劇「父さんの映画」「和紙の家」(村松みさきとの共作)「母の法廷」の四編を収録。定価¥2000

2015年5月、全国書店にて発売中!

②『交換王子』(論創社)

マーク・トウェイン作「王子と乞食」を翻案した表題作に加えて、駆け落ちカップルの逃避行の顛末を私立探偵が回想するコメディ『旅の途中』を収録。定価¥2000

2015年9月、全国書店にて発売中!

③「I―note②~高橋いさをの演出ノート」(論創社)

1991年から2012年まで、著者か演出した舞台の稽古の際に俳優、スタッフに配られた演出ノートを公開する。定価¥2000(予定)

しばらくお待ちください。

★公演情報★

L&L企画公演
「フクロウガスム」

●作/えのもとぐりむ
●演出/高橋いさを

●2017年2月22日(水)~26日(日)
●中野劇場HOPE

詳細は追ってブログに掲載します。






























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2017-01-24 08:17:27

28年前の事件の真相~「ダーク・プレイス」

テーマ:映画
DVDで「ダーク・プレイス」(2016年)を見る。シャーリーズ・セロン主演のサスペンス・ミステリ映画。内容に惹かれて一見に及ぶ。原作は「ゴーン・ガール」のギリアン・フリン。

1985年、カンザスの田舎町で母親とその娘2人が惨殺される殺人事件が起こる。難を逃れた8歳の末娘リビーの証言により15歳の兄ベンが逮捕され、ベンは終身刑に。時は流れ、事件から28年。36才になったリビーは、有名殺人事件の真相を語り合う「殺人クラブ」からの招待を受け、謝礼金を目当てに決して省みることがなかった事件の真相を探りはじめる・・・。

過去に起こった事件の真相を現在の主人公が解明していくという構造の物語は数多くあり、最近作では「ドラゴン・タトゥーの女」がそのように描かれていたが、「ドラゴン・タトゥー~」で真相を探る探偵(主人公)が「第三者」であるのに対して、本作の探偵は事件の「当事者の一人」である点が興味深い。さまざまな人々の証言から謎が少しずつ解明されていく過程はミステリの醍醐味に溢れていて、解明される真相にも十分な意外性がある。現在と過去が同時進行していく描き方も面白い。

とりわけわたしが興味深く思ったのは「殺人クラブ」なる同好会の存在である。過去に起こった殺人事件の真相をあれこれ推理する人々の集まり。日本にそういうグループがあるのかどうかわからないが、アメリカには実在しそうなクラブである。それほどに人間は殺人事件の真相に想像力を刺激される生き物なのだという真実。わたしもそんな一人であることは間違いない。だから、いろいろな殺人事件の記録を読んだり見たりするのだ。

ところで、本作の邦題は今一つよくないと思うがどうか。シャーリーズ演じるリビーの「記憶の奥底」というような意味合いを持っているのだと思う(小説のタイトルは「冥闇」というらしい)が、「ダーク・プレイス(暗い場所)」ではパンチに欠ける。「闇の中のリビー」とか「生き残った少女」くらいの意訳が必要ではないか。


※同作。(「映画.com」より)
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2017-01-23 07:37:28

プロの仕事

テーマ:エトセトラ
わたしの自宅がある駅近くにある「C」という居酒屋は料理がバラエティーに富んでいて、しかも美味しいのでしばしば足を運ぶ。店員を含めて厨房にいるのは、みな四十代から五十代のオヤジたちである。みな黒っぽい同じような出で立ち。無言で注文の料理をテキパキと作るオヤジたちをビールを飲みながら眺めていて「コイツらはプロだなあ」と思う。彼らはどこにでもいそうな普通のオヤジたちである。しかし、ダイナミックに中華鍋を操る彼らの姿は、見ていてとても格好いい。

伊丹十三監督が作った「タンポポ」(1985年)は、長距離トラック運転手の力を借りて一人前のラーメン屋になっていく女(宮本信子)の姿を描いた映画だが、その映画に「よいラーメン屋の見本」として登場する店がある。わたしもしばしば食べに行く荻窪駅近くにある老舗のラーメン屋「H」である。この店も中年のオヤジたちが数人で営業しているが、映画に登場するだけあって彼らも実に機能的にラーメン屋を作る。映画でも「無駄な動きがない」と評されるが、白い前掛けをしたオヤジたちの動きはとても機能的でなおかつ清潔感がある。しかも出てくるラーメンがめっぽう美味いのだから文句のつけようがない。

わたしは今まで一度も料理人という職業に憧れたことはないが、もしも少年時代に「C」や「H」のような店で颯爽と料理を作るオヤジたちを目の当たりにしてたら、そういう道に進もうと思ったかもしれない。翻って、こうした格好いいオヤジたちのようにわたしも芝居を作りたい。料理と演劇という違いはあれ、ともにお客様に楽しんでもらうものを提供する点は変わらないのだから。思うにプロはどんな世界においてもまず清潔である。だから、プロの殺し屋もきっと清潔に人を殺すにちがいない。


※料理人。(「海旬処 魚華」より)
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2017-01-22 09:16:15

親告罪

テーマ:エトセトラ
親告罪とは、被害を受けた側からの告訴がなければ検察が起訴できない犯罪のことを言う。親告罪は以下のような犯罪である。

●強制わいせつ罪
●強姦罪
●名誉毀損罪
●侮辱罪
●ストーカー規制法違反
●過失傷害罪
●器物損壊罪
●信書開封・隠匿罪
                    (刑事事件弁護士コムより)

つまり、これらの犯罪は、被害にあった人間が「エッチなことされた!」「犯された!」「名誉を傷つけられた!」「ひどいことを言われた!」「つきまとわれた!」「ぶつけられた!」「壊された!」「見られた!」と騒がなければ罪にならないということである。わたしが「示談」という言葉を知ったのはずいぶん大人になってからだが、これはトラブルを起こした側が迷惑をかけた人間に慰謝料を払い、事件を法廷に持ち込まずに解決することである。

なぜ世の中に親告罪なるものが存在するかと言うと、犯罪の内容を被害者が他人に知られたくない場合があるからである。強姦(ごうかん)罪が一番わかりやすいが、争議を法廷に持ち込むということは、すなわち、被害者が公に姿を晒すということを意味し、二次的な苦痛を強いることになる。(これを指して「セカンド・レイプ」という風に言われたりする)法は被害者のそういう苦しい立場を慮(おもんぱか)り、「あなたが嫌なら追求しませんよ」と譲歩してくれているのである。

親告罪の被害者が自分の恥を忍んでも事件を明るみに出す場合、その原動力となるのは、犯行者に対する大きな怒りであると思われる。「こんなことをしたヤツは絶対に許せない!」という強い感情がない限り、人間は親告してまで真実を追求したいとは思わないはずだから。

【追記】
法務省は性犯罪を厳罰化する刑法改正に伴い、強姦罪の名称を「強制性交等罪」に変更する方針を固めた。また、改正案は、強姦罪や強制わいせつ罪などについて被害者の告訴がなくても加害者を起訴できる「非親告罪」化する。


*怒る人。(「Lovemo」より)
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2017-01-21 08:31:59

戦争の空しさ~「高地戦」

テーマ:映画
DVDで「高地戦」(2010年)を見る。最前線の戦場を舞台に朝鮮戦争を描く韓国の戦争映画。

朝鮮戦争末期の1953年冬、南北境界線をめぐる停戦協議は難航し、境界付近の高地では韓国軍と北朝鮮人民軍の激しい攻防が続いていた。韓国諜報隊のカン・ウンピョ中尉は、最前線の「エロック高地」で戦う中隊にいる人民軍の内通者を調査するために現地に派遣される。彼はそこで大学時代の親友キム・スヒョク中尉と再会する。高地をめぐる戦闘は激化し、仲間たちは一人また一人と命を落としていく。そして、ついに停戦協議成立の報が届くのだが・・・。

評価の高い映画であることは知っていたが、評判に違わぬ力作であった。戦争状態という極限状況において人間が体験する実にさまざまな感情が盛りだくさんに描かれていて、見終わってぐったりする。「映画を見た!」という満腹感。両軍が奪還を繰り返す「高地の塹壕における秘密の交換場所」を通して韓国軍兵士と人民軍兵士が友情を培うという設定が独創的で、なるほど「JSA」(2000年)の脚本家らしい設定であると感じた。高地戦の戦闘描写も凄まじく、その物量の充実と併せて圧倒的な迫力である。その迫真力は「プライベート・ライアン」(1998年)にまったくヒケを取っていない。"2秒"と名付けられた謎のスナイパーの意外な正体もドラマを盛り上げている。戦時下に流行ったという流行歌の使い方も巧み。

停戦協議の報で戦闘が中止になり喜んだのも束の間、両軍が悪夢のような残り12時間を戦わなくてはならなくなるという皮肉な最終場面は涙なしには見られない。同じ民族同士が殺し合う無意味さと悲しさ。硝煙漂う死屍累々(ししるいるい)の戦場をさ迷うウンピョ中尉の姿は、まさに「戦争の空しさ」を芸術的に表現していてすばらしい。わたしは朝鮮戦争(1950年~1953年)に関しての知識をほとんど持っていなかったが、本作を通して朝鮮半島が南北に分断されるに至る歴史を少しだけ学んだ。それから64年、今も南北は交戦状態にある。



※同作。(「Amazon.co.jp」より)
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2017-01-20 07:45:38

犬との生活

テーマ:エトセトラ
先日、親しくしてもらっている知り合いのTさんご夫婦の家に招かれて夕食をご馳走になった。Tさんの家には「タッキー」という名前のゴールデン・レトリーバー犬がいる。犬好きの人には釈迦に説法だが、次のような犬である。

●ゴールデン・レトリーバー
ゴールデン・レトリーバー(ゴールデン・レトリバーとも、Golden Retriever)は、イギリス原産の大型犬である。賢さ及び忠誠心を兼ね備え、穏和な性格の犬種であるためペットとして広く愛好されている。元来、水鳥猟でハンターが撃ち落とした獲物を陸地に持ち返る(=retrieve)役割を担う犬であり、合図に忠実に従い、俊敏に行動し、水草の生い茂る湖の中を遠くまで泳いで鳥を持ち返る猟犬として、何時間も猟場で活動することが可能な猟犬である。(Wikipediaより)

わたしは犬猫好きだが、今までにペットは飼ったことがない。何年か前に自宅の隣家で飼われている大型犬(種類は不明)のこと(名前は勝手に「シロクマ」と名付けた)や駅に向かう通り道で見かけるポメラニアンの仔犬(名前は勝手に「チビスケ」と名付けた)のことをこのブログに書いたことがあるが、このように間近で犬と戯れるのは久しぶりである。

普段、犬と触れ合う機会がないから、わたしは犬とのつきあい方をよく理解していないが、タッキーと遊ぶと犬は人間の言葉を理解しているように思う。「こっち来い!」と言えばそれに従うし、「座れ!」と言えばちゃんと座るのだから。また、犬自身も言葉は発しないものの、しぐさや表情や鳴き声で自分の意志表示をキチンとするし、感情を持っていると思う。大きなからだを床に横たえて、しっぽをパタパタと動かし、お腹を触ってほしいとねだる姿は何とも可愛らしい。

アメリカ映画「グラン・トリノ」(2008年)の主人公(クリント・イーストウッド)は偏屈な老人である。彼は人づきあいは下手だが、飼っている大型犬には心を開いて話しかける。犬は彼の孤独を慰めているのだ。あの映画を見て以来、犬との生活にちょっと憧れるようになった。周りの人に愛想を尽かされても、わたしも犬となら仲良くやっていけるかもしれないと思ったからだ。わたしも老人になったら、タッキーのような大型犬といっしょに暮らしてみたい。


※タッキーとわたし①。


※タッキーとわたし②。

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2017-01-19 09:27:17

闇と想像力

テーマ:エトセトラ
なかなか寝つけない夜。枕元の本を読むのも飽きたし、スマホで何かを調べるのにも飽きた。時刻は深夜1:00を過ぎている。「明日も早い。もう寝よう!」と思って目を閉じる。真っ暗な部屋。「死ぬとこういう状態がずっと続くのだなあ」などと考える。暗闇は人間を想像の世界に導く。あるいは、暗闇は人間に想像することを強いる。目に見えるものが何もないから、想像力を使うしかなくなるからだ。思えば、わたしは昔から暗闇が好きだった。「暗闇が好き」というのも変な言い方だが、暗闇に身を潜めて何かを想像するのが好きだったと言える。人によっては、暗闇は得体の知れぬ恐ろしいものでもあるのだろうが、子供の頃から暗闇はわたしにとって楽しいものであった。

だから、オードリー・ヘップバーン主演のスリラー映画「暗くなるまで待って」(1967年)に出会った時、わたしは狂喜した。この映画のクライマックスは、盲目の人妻と三人組の悪党の対決である。圧倒的に不利な人妻は、ある方法によって立場を逆転させる。家にある電球をすべて叩き割って暗闇を作り出すのだ。本来、何かを映し出すべきスクリーンを暗闇が覆う。何も映っていない暗闇の中で人々の息づかいだけが聞こえ、そこで人妻と悪党の戦いが展開するのだ。見せないことによって観客の想像力を最大限に刺激する逆説的な名場面だ。

わたしの処女作「ボクサァ」(「ある日、ぼくらは夢の中で出会う」所収/論創社)は、真っ暗闇の中で人々が会話する場面から始まる。これに限らずわたしの初期作品にはだいたい暗闇が出てくるが、わたしはかねてより暗闇は観客の想像力を誘発させるとても有効な装置であると思っていたのだ。ふと、五代目・古今亭志ん生が「ナスの大きさ」を表現するために使った「暗闇にヘタがつけたくれえ大きい」というシュールな言い方を思い出した。まったくすばらしい表現である。


※暗闇。
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2017-01-18 08:38:26

「ブラック・レイン」再見

テーマ:映画
DVDで「ブラック・レイン」(1989年)を再見する。俳優の神山繁さんが亡くなったということを知り、追悼の意味合いで見直した。神山さんは本作で高倉健が演じる刑事の上司を演じている。日本を舞台にしたアメリカ映画はたくさんあるが、現代を舞台にしたそれで印象に残っているのは、「ガン・ホー」(1986年)と本作である。ともにアメリカ人と日本人の「バディ・ムービー」である点が共通している。

外国映画に出てくる日本は、大概において「変な日本」である。本作もその例外ではなく、おかしなところはたくさんある。舞台は大阪だが、大阪府警がやくざのアジトに手入れに入る時にパチンコ屋の店内を通っていくのが変だし、アジトにいたやくざたちがみんな上半身裸でいる(みな刺青をしている)のも変だし、手入れをする大阪府警の警官たちが狙撃用のライフルを持っているのも変だし、松田優作扮する凶悪犯のグループが黒ずくめのバイカーであるのも変だし、クライマックスの舞台になる広い畑に囲まれた農家の一軒家も変だ。まあ、そんなことを言い出したらキリがないのだが、外人が見た日本は、わたしたちからするとどうしても「?」となることが多い。そのへんをキチンと押さえた日本が出てくる映画を一度見てみたいと思う人は結構たくさんいるのではないか。

映画を見ながら故人が多いことに気づく。本作が映画の遺作となった松田優作、やくざ組織の親分を演じる若山富三郎、親分の片腕を演じる安岡力也――みなすでにこの世にはいない。そして、神山さんも。神山さんは本作で官僚的で嫌味な警察官を演じているが、神山さんは新劇系の役者さんだから、こういう役はよく似合う。捜査会議の場面で、日本語がわからないアメリカの刑事(マイケル・ダグラス)を前に「見たまえ、このだらしないアメリカ人を」というような嫌味を言うが、古典への造詣が深かったであろう新劇人・神山繁がいかにも言いそうな台詞ではないか。(わたしはかつて神山さんが演出した劇作家のピランデルロの芝居を見たことがある)

偏愛する「太陽を盗んだ男」(1979年)にも神山さんは首相の補佐官役で出演している。これまた高圧的な政府の官僚役である。「原爆を必要とするのは国家だけです!」とキッパリと言い切る姿が思い出される。謹んでご冥福をお祈りする。


※同作。(「Amazon.co.jp」より)
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2017-01-17 08:06:41

老夫婦の手

テーマ:エトセトラ
ある日、街角で手をつないだ老夫婦を見かけた。二人とも七十代だろうか。ジロジロ見るのは失礼だから、すぐにその横を通り過ぎたが、ちょっと心が和らいだ。手をつないだ若いカップルを見ても何も感じないが、それが老夫婦だと心が和らぐのは不思議である。

老夫婦の手をつないだ姿がわたしの心を和ませるのは、そこに二人の歴史を感じるからにちがいない。長い人生、この夫婦にもさまざまな対立やいさかいがあったにちがいない。それは夫の浮気かもしれないし、子育てをめぐる喧嘩かもしれないし、互いの欠点に対する不満かもしれない。しかし、それでもこうして仲睦(むつま)じく手をつないでいる二人の姿は、わたしをホッとさせるのだ。二人は間もなくやって来るであろうどちらかの死という現実を前に、それでも寄り添い助け合いながら生きている――その姿にちょっとした感動を覚えるのだと思う。他人の老夫婦でさえそのように思うのだから、これが自分の両親であったりしたら、子供であるわたしは涙ぐんでしまうのではないか。

何をドラマチックと感じるかは人それぞれだと思うが、若い頃ならいざ知らず、大人になればなるほど人間はこういう感受性を培うように思う。それは自分自身も着実にこの世から消え失せる足音が聞こえてくるからにちがいない。人間が生きて、恋をして、老いていく姿の終着点が手をつないだ老夫婦の姿にあるのだとしたら、その姿には「幸福な人生」という意味が集約されていると言えまいか。

手をつないだ二人は、互いの掌(てのひら)がかつてのような張りとツヤを失ったことを知っている。今はカサカサした潤いのない掌かもしれない。しかし、二人は知っているのだ――互いの掌がかつて生き生きと潤っていたことを。かつてその掌を今より強く握りあった日があることを。これをドラマチックと言わずに何と呼ぼう。


※老夫婦の手。(「JWAVE NEWS」より)
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2017-01-16 07:46:42

妻を殺害する②

テーマ:
「エドマンド・ビクリー博士が妻を殺す決心をしてから、それを実行に移したのは、何週間かたってからのことだった」

これはフランシス・アイルズの小説「殺意」(創元推理文庫)の書き出しである。

●「殺意」
イギリスの田舎町の開業医ビグリー博士は妻のジュリアを殺そうと決意し、周到な計画のもとに犯行へと移った。完璧を誇る殺害計画、犯行過程の克明な描写、捜査の警官との応酬、完全犯罪を目前に展開される法廷での一喜一憂、そして意外な結末は殺人者の心理を描いて余すところがない。倒叙推理小説の三大名作の一つとして名高い傑作!(東京創元社より)

「モーリタニア号、一九二一年九月九日発信。船上で怪死事件あり、スコットランド・ヤードのデュー主任警部に調査を依頼。船長A・H・ロストロン」

これはピーター・ラヴゼイの小説「偽のデュー警部」(ハヤカワ・ミステリ文庫)の書き出しである。

●「偽のデュー警部」
喜劇王チャップリンを頼って豪華客船に乗りこむ女優の妻を海へ突き落す――歯科医の夫とその愛人は偽名を使い、完全なる殺害計画を胸にモーリタニア号に乗船したが・・・。やがて起った殺人事件とそこへ登場する偽の名警部とは? 本格ミステリ黄金期の香り漂う新趣向の傑作。1983年英国推理作家協会賞受賞作。 (ハヤカワ ON LINEより)

「妻を深く愛する」ことを描く小説や映画はたくさんあるが、反対に「妻を殺害する」ことを描く小説や映画もたくさんあるのは興味深いことである。もちろん、現実に妻を殺害する夫は滅多にいないと思うが、たくさんある「夫による妻殺し」の物語は、夫たちの潜在的願望をよく語っているとは言えまいか。同時に「妻による夫殺し」の物語も多いから逆もまた真なり。

つまり、夫婦という関係は、相手に対して殺意を持ちやすい人間関係なのである。ケージの中に二匹のマウスを閉じ込めると殺し合いが始まる原理と同じで、夫婦も距離が近すぎるぶん煮詰まると手に負えなくなりやすい。夫婦関係は、歯車が狂うと愛情が憎しみに変わりやすいわけだ。我が国の殺人事件の実に半数以上が親族間で行われる(河合幹雄「日本の殺人」ちくま新書)のもうなずける。上記の二作はそんな「夫のによる妻殺し」を描いた面白いミステリ小説である。


※「殺意」と「偽のデュー警部」。(「Y!ショッピング」より)
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2017-01-15 10:08:37

妻を殺害する①

テーマ:映画
ハリソン・フォードが妻殺しの容疑者として追われる様を描く「逃亡者」(1993年)は面白い映画だ。主人公が警察の手を逃れ、真犯人を見つけるべく講じていくあの手この手が面白いからだ。ところで、この映画は以下の事件を元にしている。

●サム・シェパード事件
1954年7月4日、オハイオ州クリーブランド郊外に住む、サム・シェパード医師の家で、彼の妻マリリンが惨殺された。サムはもじゃもじゃした髪の侵入者に殴られ気絶していたと主張したものの、容疑者として逮捕され、第二級殺人(計画性はあるが第一級殺人の条件を満たさない殺人)で終身刑の判決を受ける。母親はショックで拳銃自殺し、父親も病死。しかし、1966年に行われた再審の結果、サムは無罪となって釈放された。(Wikipediaより)

文中にある「もじゃもじゃした髪の侵入者」という部分が「義手をつけた侵入者」に脚色されて劇化されたという点が興味深い。近年に作られた妻の殺害を扱うミステリと言えばベン・アフレック主演の「ゴーン・ガール」(2015年)だろう。この映画の原作も現実の事件を元にしているという。以下の事件である。

●スコット・ピーターソン事件
2002年12月24日、カルフォルニア州モデストに住むスコット・ピーターソンの妻(27)で妊娠8ヶ月のレイシーが失踪する。誰もが羨む理想のカップルの失踪事件は全米を揺るがした。必死の捜索もむなしく、4ヶ月後に胎児をかかえたレイシーの死体がサンフランシスコ・ベイ岸に打ち上がる。スコットは2003年に逮捕され、レイシー殺害で第一級殺人、胎児殺害で第二級殺人で有罪判決を受ける。サン・クエンティン州刑務所にて死刑囚として服役中。(WAY2Realを要約)

映画は本件を元にしながら大胆な脚色をしてあのように作り替えられているわけだ。そんな「夫による妻殺し」の映画を思い出したのは、現実に某有名出版社の敏腕編集者による同じような殺人事件が最近、日本でも起こったことを知ったからである。


※「逃亡者」と「ゴーン・ガール」。(「Y!映画」より)

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