牧場で見た栗毛の仔馬、『光り輝いて見えた』・・・・・・それだけでテイエムオペラオーの購入を決めた竹園正繼オーナー。

2年後に、まだ生まれたての仔を見て『小柄だけど走りそう』、それだけで、同行の調教師たちの反対を押し切って1頭の牝馬を購入した。

テイエムオーシャンだ。


栗東・西浦勝一厩舎に所属し、21年目のベテラン本田優が手綱を取り、3歳8月デビュー。

新馬戦を勝ち、500万下条件戦を6馬身差で圧勝。

札幌3歳Sこそジャングルポケットの3着と敗れたが、3歳女王を決める阪神3歳牝馬Sを2馬身差の快勝。

牝馬クラシック最有力候補となった。


中小の牧場を見て歩き、自らの目で判断する。テイエムオペラオーしかり、テイエムオーシャンしかり。竹園オーナーの恐るべき相馬眼が話題となった。

現在では鹿児島と北海道にテイエム牧場をもつオーナーブリーダーでもある。

1999年、故郷・鹿児島県垂水市にテイエム牧場を設立した目的は、『九州から大レースを勝利する馬を輩出する』という大きな目標のため。

決して容易いことではない。現在も達成されていない大目標。だが、揺るぐことない大目標。



テイエムオーシャンの父は、『欧州最強馬』ともいわれたダンシングブレーヴ。

種牡馬になって不治の病ともいわれる奇病・マリー病に罹った。そのせいで海外へ流出されることとなり、破格の安さで購入したのが日本中央競馬界だった。

体調の不安定さ、治療薬の副作用にも苦しみ、種付け数は僅かだったが、その中でエリモシック、キョウエイマーチを出した。持ち込み馬キングヘイローの父でもあった。

1999年8月2日、体調が急変し、死亡した。横になると二度と立ち上がれないのを悟っていたのか? 4本脚でしっかと大地を踏みしめたまま、死んでいたという。


母リヴァーガールは11戦1勝馬。その母は、桜花賞エルプスだった。

エルプスからは活躍馬は1頭も出ていない。


テイエムオーシャンには、『欧州最強馬』ダンシングブレーヴの血、桜花賞馬エルプスの血が息づいている。


誰も気づくことがなかった、良血。



前年と同じ馬齢、3歳なれど・・・・・・クラシックを戦う明け3歳。

桜花賞へ向けて調整へ、より力が入った。



3月、桜花賞トライアル・チューリップ賞から始動した。

3番手から抜け出し、2着ポイントフラッグに4馬身差。


完璧だった。



『テイエム』の流れそのままに・・・・・・第1冠・桜の女王を狙う。


その名は、テイエムオーシャン。


(つづく)