神聖ローマ帝国の皇帝ルドルフ1世。

そこから名を取られたシンボリルドルフ。


3歳は3戦3勝。だが、まだ誰も『皇帝』と呼ぶ者はいなかった。



3歳時、5戦3勝で朝日杯3歳Sを制したハーディービジョン。

5戦4勝、2着1回で阪神3歳Sを勝ったロングハヤブサ。


実績では上回る馬たち。


ハーディービジョンは明け4歳となり、もちろんクラシックをめざして調教に励んでいた。

調教へ向かう際に地面に張った氷で滑り、左前脚の靭帯を損傷してしまった。その不運は競走馬ハーディービジョンをそのまま闇に葬った。

再起をかけた3年間、ついにターフに戻ることなくハーディービジョンは引退を余儀なくされた。


ロングハヤブサも故障発症、春のクラシックシーズンを『無』にしてしまった。


消えた実績馬。



3歳時は競馬を教え込むことに専念したシンボリルドルフ陣営。

名手・岡部幸雄騎手、騎手時代から『ミスター競馬』といわれた野平祐二調教師。

二人の胸にあったのは『皇帝』シンボリルドルフ。


慌てず騒がず、この馬の道を歩ませばいい。そこが『皇帝』の道。

じっくりと、春を待った。



3歳時、3戦3勝。シンボリルドルフと同じく朝日杯3歳Sを見向きもしなかったビゼンニシキ。

2月、共同通信杯4歳Sで、シンボリルドルフより一足早く、日本の競馬ファンを驚愕させた。

鞍上は新馬戦から手綱を取る岡部幸雄。


そう、シンボリルドルフもビゼンニシキも岡部が手掛けた馬だ。


初の重賞レース。4戦3勝のスズパレード、1勝馬だが朝日杯3歳Sを3番人気したリキサンパワー、クラシックをめざす馬たちを相手に中団前につけたビゼンニシキ。

4コーナーで先頭に並びかけ、直線、持ったままで抜け出した。

ゴールまで、岡部の手綱はまったく動かず馬なりのままに終始したビゼンニシキ。


2着リキサンパワーとは、わずか1馬身差。だが、追うこともなく勝った。

まるで、他馬を子ども扱いにした勝利。


ぶっちぎり勝ち以上に、その強さは際立った。



3月、弥生賞。ついに登場したシンボリルドルフ。

そこに待っていたのは、ビゼンニシキ。


1番人気はビゼンニシキ、2番人気がシンボリルドルフだった。

騎手・岡部幸雄は・・・シンボリルドルフを取った。


『義理人情にとらわれず、騎手として勝てる馬に乗る』とわれた岡部幸雄。

その岡部がシンボリルドルフを選択した。


当然、ビゼンニシキを選ぶと信じた『ビゼン』の馬主・藤田正蔵は激怒したという。その後、『ビゼン』の馬に岡部が騎乗することはなかった。



結果はシンボリルドルフの勝利。

ビゼンニシキは蛯沢誠治が乗り、1馬身4分の3差の2着となった。



シンボリルドルフは皐月賞への直行を決め、スプリングSをビゼンニシキが快勝。

再び、皐月賞で激突を決することとなった。



競馬に絶対はない。

一生一度のクラシック。

スズマッハも、スズパレードも、アサカジャンボも、リキサンパワーも、ニッポースワローも。関西から東上したゴールドウェイも、マルブツサーペンも、トウホーカムリも、ニシノライデンも・・・厩舎・騎手みなが一丸となって狙うは、てっぺん。


打倒シンボリルドルフ、ビゼンニシキに燃えた!




4月15日、皐月賞。

1.ケンセツエース
2.トウホーカムリ
3.ビゼンニシキ
4.スズパレード
5.ヘイアンテスコ
6.アサカジャンボ
7.ヤノウンリュウ
8.ゴールドウェイ
9.フォスターソロン   出走取消
10.シンボリルドルフ
11.ルーミナスレイサー
12.ニッポースワロー
13.フジノレイメイ
14.スズマッハ
15.リキサンパワー
16.ニシノライデン
17.マルブツサーペン
18.オンワードカメルン
19.ヤマトオウカン


1番人気シンボリルドルフ、2番人気ビゼンニシキ、3番人気アサカジャンボ。

4番人気スズマッハ、5番人気ニッポースワロー。



弥生賞でシンボリルドルフに負けたビゼンニシキ。決して、力負けとは思っていない。

父が短距離系タンディルートだけに、皐月賞2000mは限界距離。

ここで勝たなければ、リベンジしなければ・・・もう、ルドルフには勝てない。


鞍上・蛯沢誠治は、この一戦に賭けた。




アサカジャンボが引っ張ったレース。

2番手にルーミナスレイサー。


シンボリルドルフは、3番手につけた。

どんなレースでもかかることのない、思い通りの位置をスッと取れる優等生。


岡部が教えてきた『勝つレース』、それができる馬だった。



6番手内につけたビゼンニシキ。

手綱を通して伝わる手応えは抜群だった。


我慢だ、我慢だ。

蛯沢は、ビゼンニシキに、自分に言い聞かせた。


1970年騎手デビューも、75年に運転免許不正取得事件で騎手免許剥奪。自業自得であるが、青森の牧場で育成騎乗者として過ごし、78年、ようやく免許再取得できた。

馬に乗れるだけで幸せ。馬のことだけを考えて乗る騎手だった。


こんな凄いヤツに乗れるなんて・・・蛯沢はビゼンニシキの手応えに痺れた。



『勝つレース』をする、正攻法で乗る岡部は3コーナーから進出を開始した。

4コーナー手前では外から先頭に立ち、万全の手応え。



その後ろに、ビゼンニシキは迫っていた。

シンボリルドルフが動いたワンテンポ遅らせて、外に進路を取ったビゼンニシキ。


大外を豪快に追い上げてきた。


その勢いは、シンボリルドルフを上回った。



直線、先頭に立つシンボリルドルフ。

外から並びかけようとするビゼンニシキ!


完全なマッチレース。


シンボリルドルフが外へ斜行したッ!


ぶつかり合う両馬。



ビゼンニシキが外に振られ、立て直した。



追うビゼンニシキ。



半馬身、


クビ差まで迫った。



だが、ここから差がつまらない。




シンボリルドルフの底力。


短距離系ビゼンニシキには、残り100mが辛かった。



半馬身、



4分の3馬身、



1馬身、



差は開いてゴールした。



シンボリルドルフ、皐月賞制覇。




直線入り口でのシンボリルドルフの斜行は失格処分にはならなかったが、騎乗した岡部幸雄は2日間の騎乗停止処分となった。



『皇帝』シンボリルドルフの始まりの一冠。

表彰式で岡部は指1本を突き立てて見せたが、その表情には安堵しかなかった。



1着シンボリルドルフ

2着ビゼンニシキ

3着オンワードカメルン

4着スズパレード

5着ニッポースワロー



(つづく)