北海道新ひだか町にある、繁殖牝馬18頭の中堅牧場。

三石川上牧場。

生まれた仔馬はほとんど売却するマーケットブリーダーだが、人気の高い種牡馬よりも比較的安価な種牡馬を選び種付けする、堅実経営で歩む牧場である。

生まれた牝馬の一部は自己所有として走らせ、繁殖牝馬として牧場に戻す。そして、徐々に規模を拡大していく方針。

地味ながら着実に実績を積み上げ、カネトシガバナーやゴッドオブチャンスなどを送り出している。


その三石川上牧場で2003年6月7日に生まれた牝馬。

父キングヘイローはG1高松宮杯1勝のみだったが、その血は世界的良血といわれた。

母タカノセクレタリーはその父に米3冠馬シアトルスルー、ブルードメア(母の父)にも米3冠馬セクレタリアトをもつ。良血とは言えないまでも、見るべき点のある血統だ。

将来は繁殖牝馬として牧場に戻すことを決められ、三石川上のプリンセスにという願いこめて命名された。

それがカワカミプリンセスだ。



無事に競走生活を終え、母になること。

そして、良い仔を生んでほしい。

それが、牧場の願いだった。



遅生まれのカワカミプリンセス。

デビューは2006年2月、3歳新馬戦と遅かった。

9番人気、さしての期待もなかったが、本田優を背に重馬場を苦にもせず、逃げ切った。

続く君子蘭賞も6番人気に甘んじたが、新馬とは一転して、4コーナー後方14番手から差し切った。

オープン、スイートピーSでは好位から、直線、逃げるヤマニンファビュルを差し切り3連勝。


あれよという間に、オークスの有力候補にのし上がっってしまった。

5月、オークス。

アドマイヤキッス、キストゥヘブンに次ぐ3番人気。

好位5番手でレースを進め、直線、フサイチパンドラを抑えて勝利。初G1制覇を4連勝で飾った。



秋、秋華賞をオークスからぶっつけで臨み、またしても1番人気をアドマイヤキッス(この年牝馬3冠すべて1番人気も桜花賞2着が最高)に譲る2番人気。

このレースも好位から伸び、アサヒライジング、フサイチパンドラ、アドマイヤキッスを下して快勝。

史上初の無敗でオークス、秋華賞の2冠を制した。



期待は繁殖入り、そんなカワカミプリンセス。

遅生まれでも慌てることなく、じっくりと仕上げられた。

敢えてクラシック路線に乗せることもない。


馬の成長に合わせて。

ところがカワカミプリンセス、競走馬として、とてつもないダイヤの原石だった。

1戦、1戦、磨かれるごとに、まばゆい光を放ち続けた。

目も眩む強さ、手綱を通して鞍上・本田優は感じていた。


11月、エリザベス女王杯。初の古馬牝馬との対戦。

スイープトウショウ、ディアデラノビアの古馬陣。

アドマイヤキッス、フサイチパンドラ、アサヒライジング、退け続けた同世代。


「力を出し切れば、勝てる」 騎手・本田優は信じていた。

世間も認めたか、カワカミプリンセスが1番人気だった。


シェルズレイ、ライラプスの先行で始まった。アサヒライジング、そして、アドマイヤキッスがカワカミプリンセスの前に行った。鞍上・武豊の秘策か。中団につけるフサイチパンドラ、ディアデラノビア。

10番手、いつもより後ろ目から行くカワカミプリンセス。その後ろに、末脚自慢スイープトウショウ。

レースは動かず、3コーナーへ。

じりじりと上がるアサヒライジング、アドマイヤキッス。フサイチパンドラも上がりを見せる。

直線、馬群から一気に抜け出してきたのは、やはり、カワカミプリンセスだった。


後方から、馬群に包まれぎみになりながらも、その末脚は力強かった。

早めに抜け出し粘るフサイチパンドラを並ぶ間もなく交わした1馬身半。1着入線。


だが、審議となった。


審議の結果、直線、抜け出す時にヤマニンシュクルの進路を妨害したとして12着降着。


カワカミプリンセスのエリザベス女王の称号は幻となった。


「僕からなんぼ制裁金を取ってもいいから、馬は堪忍してやってくれ!」 騎手・本田優は涙で訴えたという。


以降、本田優は調教師へ転向、カワカミプリンセスに乗ることはなかった。


そして、カワカミプリンセスは引退まで12戦して勝つことは一度もなかった。



いま、故郷に戻り、緑あふれるなかで繁殖牝馬として暮らすカワカミプリンセス。

今年、不受胎。

来年こそ、よい仔を生んでほしい。

調教師・本田優は心から思っていることだろう。

カワカミプリンセスの真の強さを知る男として。