この日は、奥多摩の渓をこよなく愛した、風のテンカラ師・渓愚師匠への不肖の弟子による追悼釣行という趣旨もある。師匠のサインの入った渓愚スペシャル32PRO、渓愚スペシャル32、渓愚カスタム32をリュックに装備しての釣行だ。入渓前、吉田さんから彼がプロデュースしたテンカララインをいただいた。
3.2mの竿に合わせてカットしてくれていた。このラインに「奥多摩・権平」をセットして釣り始める。
この日の気温は午前4時頃で12度程度、冷たい風が吹いているため気温以上に寒く感じた。
2人、交互に「あうん」の呼吸で釣り上る。私の1投目にビッシャっと反応するが乗らない。吉田さんにも反応があるがこちらも同様である。天空(てんくう)にいる師匠は、弟子2人に対し「まだまだ甘いな」とほくそ笑んでいるかのごとく、簡単には釣らしてくれそうにはない。
奇遇なことに、吉田さんも私も先週から風を患い、まだ身体が起きていないことあり、万全な体調とは言い難い。また、私は今期初釣行ということもあり、岩や瓦礫を踏みしめるアプローチも何となくぎこちない。
「冷たいっ!」、ウェーデイングシューズから入る水が突き刺さる。
「功さーん、水温6度!」吉田さんの声が渓に響く。標高830m地点ではこんなものか。珍しく谷風が吹き抜ける1日だった。テンカラミディの具合は上々で、ピンスポットにポイントを射止めてくれる。しかも最後のランディングは、あくまでもソフトに。従来のテンカララインに比べ、コントローラブルなのと変則キャストでのターンオーバーする性能は群を抜いている。
魚の反応、コツっというアタリ、糸フケに合わせるが全く掛からない。岩魚らしき魚影も確認できる。
「堀江さんは簡単には釣らせてくれそうにない」と二人して苦笑い。
この後、上流に向かった私に「功さーん、釣れた!」と大きな声が聞こえた。
この場所で見事釣り上げたようだ。
美しいヤマメである。水槽に入れて写真撮影を済ます。
「今日の目的は達成できました」と吉田さん。ナイロンレベルラインで有名な、あの竹株さんにこの写真を送るのだそうだ。竹株さんは釣れたアマゴをこのように水槽に入れ、谷ごとに違うアマゴの紋様を記録として残しているとのこと。それを知った吉田さんが「では奥多摩のヤマメも・・・。」ということで御手製の携帯アクリル水槽での撮影と相成ったものである。
「綺麗だぁ」としばし眺める二人。もう完全に満足している吉田さんであるが、私はそうはいかないのである。まだ1尾もランディングしていない。
数少ない大場所で3回続けて良型をバラす。「功さぁーん!腕が鈍ってんじゃないのぉ」、距離をとって下流の仕事道から一部始終を目撃していた吉田さんの声が響く。
ようやく、1尾をランディングした。本来ならデジカメにもならないサイズだが、このまま釣れないことも想定して、サッサと撮影する。
10時過ぎ、奥深いこの奥多摩の沢にようやく陽が当たるようになり、水面でのハッチも目に見えて活発になってきた。
私もYOSHIDA'S CAFEで暖かいコーヒをいただき、ようやく身体も動き出してきた。
標高も900m近くなり、吉田さんが更に1尾を釣り上げた後で、場所を譲っていただき、バッチリと乗ったのがこの1尾である。
23センチはある良型の天然ヤマメだ。14番のカディスを水面直下で喰った。
ずっしりと重み・引きを感じながらのランディングである。
さて・・・・・・。
この後、退渓し、仕事道を戻って帰っていったのだが、標高850m地点での仕事道での出来事。私から5メートルくらいの位置を吉田さんが先行して、谷沿いの高低差のない、見通しの良い仕事道を歩いていた。二人の鈴の音が森に響いているのも忘れているように二人とも思い思いに、時には声をかけながら歩いていたその時である。
「ヤバイ!ヤバイ!ヤバイ!」。クイックターンをして、ちょうど3回、この言葉を繰り出し、小走りして私の方に駆け寄ってきた。「ヘビでもいたのか?あれ?吉田さん、ヘビにこんな反応するかな?もうしかして・・・」
「熊っ、熊っ、熊がいた」
「どこです?」
「あの先、丁度仕事道が右に折れてブラインドになる辺り」
目撃地点から熊までの距離は25~30mくらいであろうか。
今回私が直接目撃した訳ではないが2度目の遭遇である。前回は3年程前、北西方向にある長尾谷という支流である。
確かに普段の吉田さんからは、想像できない慌てぶりであった。
「大したものですよ。僕なんて固まって反応できなかったもの。」
「あれが近距離だったら反応できませんよ」
熊の方も吉田さんに気付き、我々が帰る方向へ、おそらくは仕事道を「やべっ!」という感じで逃げていったとのこと。
吉田さん:「沢沿いに戻れないだろうか?」
功:「品川のKさんとか、それなりの装備がないと無理じゃないかな?登りより、下りの方がむづ
かしいし・・・。」
吉田さん:「ロープなら持ってきているけど・・・」
これから沢に降りて、それなりの技術を必要とする(らしい)谷を下るのは躊躇する。
吉田さんは私が同意すれば実行しそうなオーラを出している。
この辺は目撃したリアリティがある。
結局、私が先行して、ヤホーと声を出し、時に唄を歌いながら、帰路につくことになった。
今日(14日)は東北地方もかなり暖かく20度くらいあった。ただし、強風である。車で走行中は畑の砂嵐で窓を開けられない。エアコンを効かさないと暑いくらいだ。
市街地を抜け、それらしい渓相になってきた。相変わらず強風である。
少し濁りがあるように見える。水量もそこそこだ。水温計を忘れたので何度か分からないが、手を突っ込んでみたら、意外と、さほどの冷たさを感じない。この辺りで標高280mくらい。気温17度である。ところどころ虫はとんでいるのだが、魚の生命感が感じられない。魚影も確認できない。
この看板の拡大図が下の画像である。
下の方が上流方向である(十和田湖がある)。十和田湖(標高約480m)を訪問した後、戻ってきて奥入瀬の支流(黄瀬川)を調べるつもりだったが・・・・。
大荒れの十和田湖畔であった。台風接近中の埠頭のようである。
支流の黄瀬川を調べようと、来た道(奥入瀬道路)を戻り、ナビの案内通り左折するが、道がない!
よく見ると、この先は、まだ除雪がされていなかった。
入山口に看板があったので、雪の上を歩いて近くまで行く。
ハイキングなどで人は結構入っているようだが、奥多摩同様、遭難が多いようだ。標高約400m、TTCとほぼ同様なのだが、さすが東北、雪の量が違う。
これじゃあGWも入れそうになさそうだ。やはり、6月以降の入渓になるのか?
中流域で4m竿を振るか?!自宅(東京)に置いてきてしまっている!8feetくらいのフライロッドでも買うか!
とにかく、GWは4月25日あたりから休暇を取得して自宅に戻り、奥多摩に行こうと決意を固めた!
乾燥若芽の混ぜご飯(余り物)のおにぎり2個、もやしとエノキのみそ汁(赤出し)、もやし、エノキ、大根葉の和風炒め
大学時代も一人暮らしで料理はしていたが、この年になれば、気負いや無駄のない賄い料理である。
妻が送ってくれたカーテンをつけ、ようやく部屋らしくなってきた。
一人暮らしで読みたい本も厳選して持ってきたが今のところ時間がとれない。
だいたい片付きつつあるので、趣味の世界に入れるか?
新たな土地での、新たな生活パターン、慣れるまでは時間が足らないものだ。
このように考えてみると堀江氏のテンカラに対する考え、思いを最も継承しているのは吉田さんかもしれない。東京の地を離れた今、なおさらその思いが強くなった(私は不肖の弟子だが・・・)。
AFNも高感度で受信できる。が、横田からの810MHZではなく(内容は「EAGLE810」であるが)、あくまで三沢米軍基地からの1575MHZである。三沢独自の番組を流しているかは不明だが、おそらく日本での米軍作成番組はすべて横田からのものを流しているのではないか?午前中に聴いたら分かるかもしれないが、「I'm Hisano Yamazaki. What's happenning outside the gate?・・・・」なんて流れてきたら、懐かしく感じてしまう。AFNについては、吉田毛鉤会代表の吉田さんが詳しいかもしれない(何故でしょうか?内緒!)。ちなみに昔(私が大学生くらいか)は、AFN(Air Force Network:米空軍放送)ではなく、FEN(Far East Network:極東軍事放送)と呼ばれていた。今でも、つい「エフ・イー・エヌ」とか「フェン」などと口走ってしまい年齢がばれることがままある。
さて、テンカラとは関係ないことばかり書いてきたが、手持ちで持ってきた睡眠薬代わりの本がある。
「2013 渓流春号」だ。テンカラの記事も満載である。吉田代表の木曽・伊那での釣行記事も掲載されている。浦 荘一郎氏の写真と文章は私の好むところ。吉田代表も良い顔で写っている。記事の表紙の写真は2カットともベストショットだ。使用しているロッドはSANSUI3.3の同調子のテンカラ竿だが、ロッドしなりを捉えたショットだ。狭く感じるような渓流域での使い勝手はどうだったのだろう?『乞う!コメントを』といったところだ。
東京・日本では、なかなかお目にかかれない外国製雑貨などを扱う店もあり興味深い。
とはいえ、東京とこちら(東北)の2重暮らしで経費がかさむため、出費は最小限に抑え、テンカラに最大限配意しなければならない。
色々とテンカラ釣りに思いを馳せてはいるのだが、何せ書くネタがないのがツライところ。吉田毛鉤会のブログを見ると、皆、TOKYOトラウトカントリー(TTC)で楽しんでいる模様である。羨ましい、羨ましい、羨ましい。
当分、ご当地の渓流情報収集に努めることにしよう。
今日(31日)までは妻がテキパキと采配をふるってくれた。明日は鉄道利用で自宅に戻り、私はそのまま出勤する。何日に何が届いて、とりあえず必要なもの(購入すべき日用品)をすべて網羅的に書き出してくれた。一人でも出来なくはないが、エネルギーを新生活(仕事)に集中できありがたい。
考えてみれば、テンカラに集中できるのも妻が支えていてくれればこそだ。
心から感謝して今シーズンもテンカラに励みたいと思う(勿論、仕事もだが・・)。
そして、長男の大学の卒業式でもある。
私の24歳の誕生日、すなわち29年前のこの日に、彼とは専攻する学科は違うが、私もこの大学の学部を卒業した。いつかは結婚するとは思ってはいたが、こんなことになるとは29年前には想像だにしていない。
彼は4月から大阪にあるゲームメーカーに入社するが、強烈な個性をうまく生かして、自分の夢を実現してほしい。
私も4月から東北地方に単身赴任の身となる。
子供たちが巣立っていくのは、嬉しくも寂しくもある。
帰りに学生時代によく通ったラーメン屋に妻と立ち寄った。昔と変らぬ味、基本がしっかりとしたラーメンだ。
出発(たびだち)の日の、この感動・喜びを何年先かにまた感じてほしいと思う。
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