08 アーモンド ~苦味をめぐる植物~ | 民族植物学者いさみましのブログ

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伝統的な植物の知恵は世界を救う!民族植物学(エスノボタニー)を一般市民がつぶやきます。 タヒチアンノニジュースのノニとか。ロクシタンのシアとかね。

遠目からみたら桜か梅の花だった。近づくと、蜜の良い香りがする。通りがかりの人に聞いてみると、アーモンドの花だと分かった。ここは米国ユタ州の片田舎。ユタ開拓を率いたブリガム・ヤングの別荘。どこでもそうだか、地元の実力者の敷地には、その土地を代表する木々が植わっている。

アーモンドの原産地(中心地)はアメリカではない。中近東で聖書にも登場する。エジプトからイスラエルに民を導いたことでしられるモーセの杖としてもつかわれていた。

聖書の時代から大切な食料だった。ビタミンEが豊富で、必須脂肪酸の供給源となる。実際、アーモンドを食べる人と食べない人を比較すると(疫学調査という)、アーモンドが寿命を延ばすことが分かっている(心臓病リスクを25%減少させるらしい)。

アーモンドはバラ科の植物。近縁にウメがある。子どものとき、近所の梅林に入って、落ちた梅を食べていた。アオウメはまずいので、熟して黄色くなったらものをほおばる。梅酒に漬かった梅のような味で、なかなかの味だった。中途半端に知識があり、梅は一個しか食べてはいけないということだった。たぶん、上級生から伝わった知識だ。

当時、梅に青酸カリに似た毒が入っているとは、夢にも思わなかった。青い未成熟の果実や種には、アミグダリンという毒が含まれる。一粒ほどなら、お腹をこわす程度だが、大量に食べると命にかかわる。

アーモンドにも、毒が含まれていた。いや、今も含まれるアーモンドもある。ビターアーモンドと呼ばれるもので、アミグダリン量が多い。アメリカでは一般的な流通が規制されている。ビターじゃないほうのアーモンド(スイートアーモンドとよぶ)とまちがえて、食中毒をおこす可能性があるからだ。

アーモンドの毒を消したのは、人類の工夫と執念だ。ナッツは脂肪を多く貯めており、量あたりのカロリーが高い。しかし、苦味がある。苦味・えぐみや毒を消す作業を「アク抜き」と呼ぶ。

たとえば、ヒガンバナにはリコリンという毒が含まれるが、水に長時間さらすことで、毒が抜ける。でんぷん質を精製し、「へそび餅」をつくる。

オーストラリアのアボリジニーや奄美大島には、ソテツを食べる習慣がある。ソテツにはサイカシンという神経毒が含まれている。そのまま食べると、もちろん食中毒をおこす。ソテツの仁を細かく砕き、水に晒し毒を溶脱させる。発酵させ、毒成分を変化させることもある。複雑な工程の末、無毒化しパンになる。

古代人は、野生アーモンドのあくを抜いてから食べていた。アーモンドを水に浸すことで、無毒化していた。そのうち、渋みの少ないアーモンドが出現する。おいしいアーモンドを家にもって帰る。それが集まると、お互いに受粉し、交配がはじまる。これが何世代も繰り返せば、甘いアーモンドができる。今、僕たちがアーモンドを生で食べられるのは、古人がアーモンドを何世代も交配してくれたおかげなのだ。

ポリネシアには、「トロピカルアーモンド」という植物がある。海沿いに植林している。僕が住んでいたオアフ島カフク地域の周辺には、わんさかと植えられていた。実が地面に落ちている。僕はボードを抱えながら、トロピカルアーモンドの実を踏みながら海に歩いたものだ。あの実は海に入る前のドキドキ感を思い出させてくれる。

アーモンドという名前がついているが、アーモンドとは縁もゆかりもない植物だ。シクンシ科の植物で、「モモタマナ(Terminalia catappa)」と呼ぶ。カマニツリーに似ているので、False Kamaniと呼ぶこともある。アーモンドのごとく種子中の仁を食べることができる。

それを聞いて、食べてみようと思ったのだが、種をとりだすのは大変時間のかかることだとわかった。のこぎりで種をひかない限り、仁まで到達しない。石で叩こうが、ペンチでつぶそうが、なかなか割れることができない。

ひとつめをトライして汗をかき、さぞかしうまいかと思えば、味もそれほどでもない。この労力を使うなら、30分ほど走って、スーパーでアーモンドを買った方が楽だと思った。もしかしたら、ふたたび品種改良が進み、殻のうすいトロピカルアーモンドが栽培種としてできるかもしれない。

自然にまかせれば千年ほどかかるのだろうか。どうやら、僕が気軽にトロピカルアーモンドを食べるのは無理のようだ。