探索日 2008/05/12


平成筑豊鉄道伊田線金田駅から分岐していた貨物専用鉄道

廃止は2004年3月25日

 

 

鉱山駅跡

ここに線路が並んでいた

レールや積み込み施設は撤去されている


枕木をはがした跡が残る

ピット跡

勾配標

鉱山駅を出るとレールが現れる

雑草に隠れているけどレールがある

トンネルが見えてくる


トンネル前に橋りょう跡

木實隧道

 

トンネル金田駅方口

 

福岡県道405号線をくぐる

 

線路の残る廃線跡

廃止後4年しか経っていないので、それほど廃化は進んでいない

 

大築堤上を走る


こういった標識も多数残る

 

4キロポスト

4kmは金田駅からの距離

 

やや雑草が生えているけど、ふつうに線路跡を歩いていける


踏切跡

 

レール付きの廃線跡が続く

 

勾配標

 

なんかの標識

 

レールがなくなる

上写真跨線橋上から鉱山駅側を見る

 

同じく金田駅方面を見る


標識や通信機器が残る

レールや枕木は撤去されている

架道橋跡

 

削り取られた築堤


盛り土上に登ってみる

 

勾配標

 

泌(たぎり)川に架かるガーダー橋


横から見てみる

 

架道橋

下から見てみる

 

下っていく築堤


踏切跡

砂利道になった廃線跡

なんかの柱が残っている

 

機器箱

 

ここの踏切も舗装されている

 

踏切制御盤や警報機などの土台が残る


農業用水路の橋りょう


1.5キロポスト(たぶん)

田んぼの中を走る廃線跡

 

踏切跡

 

農地を走るので、用水路を渡るプチ橋りょうが点在する


これも水路に架かる橋の跡

バラストは残っている

 

ここの踏切跡はレール以外のパーツは残されている


金田駅まであと1キロメートル

橋りょう跡

川を渡るため、高度を上げていく

 

水路橋


架道橋

 

ゴールまであと500m

 

カーブする築堤


中元寺川を渡る

中元川に架かるガーダー橋

奥の青い屋根の建物は福智町屋内競技場

中元寺川東詰には踏切の跡が残る

 

川を渡ったあとは下っていく

 

ここから先の築堤はなくなっている

上写真の場所を下から見てみる


奥に向かって線路が続いていた

踏切跡

右が平成筑豊鉄道金田駅

金見鉄道関連の線路はすでに撤去されていた