イラク「食」日記 -32ページ目
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FチョッパーKOGAという名のベーシスト

古賀ちゃん


今日は、ひょんなことから新大久保で韓国料理を食べました。
まあ、そんなことなら普通はブログには書かないのですが、今宵は8月30日に待望の1stアルバム「Pxx&Axx」をリリースしたTHE PINK☆PANDAのベーシスト・FチョッパーKOGAこと古賀美智子ちゃんもいっしょだったものでして。
久しぶりに古賀ちゃんに会ったのですが、ヘアスタイルは襟足を伸ばし、全体としてはボーイッシュな雰囲気を残しつつもちょっと大人っぽいスタイルでした。
話していて印象に残ったのは「はいっビックリマーク」という返事。
こういう返事が出来る人ってほとんどいないから、ご両親がしっかり躾をされたんだなぁ、と感心したおじさんだったのでした。

さっそく古賀ちゃんのブログに今日の模様が載っています。拙書をプレゼントしたのですが「すごく難しい内容っぽいけどそうではないらしい(笑)なぜなら岡本さんだから」ときちんと落としているあせるあたり、さすが愛知県春日井市出身ですニコニコ関係ないっか。

上の写真、オレいないほうがよかったねぇガーンただのジーオヤだよショック!



PINK☆PANDA
Pxx&Axx

アルバムの4曲目収録の「カナリア」は古賀ちゃんの作曲によるものです。
是非買って聞いて下さい!!



岡本 宏
イラクと自衛隊ブログ

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この写真を撮ってくれたもんちさんのブログにも、お○さんの視点からこの日の模様が紹介されていますあせる
 
 

  

第9話 イラクへ出発(前編)

いよいよその日が来てしまった。

ただでさえも、プレッシャーも困難も大きい海外出張だというのに、イラクだよ。

殺されちゃうかもしれないんだよ。

どうしよ。



しかもだ。



風邪をひいてしまったのだ。



こんな時に最悪だ。

よく風邪をひくと「緊張感が足りないんだよ!」とか言われるが、



生涯の中で、これ以上緊張する時はないのではないか、という状況下で風邪をひいてしまった私はどうしたらいいのだろうか。



なんなんだろう自分、と言いたい。



そんなわけで、昨日が一番悪くて、朦朧としながら準備にあたり、パッキングを終えたのが午前3時。



そこで考えた。

どうせイラクに行くなら、誰もがやらないことをやってやろう。

決死の覚悟でイラクに向かったジャーナリストは数知れず(でもないか)、



しかし、



イラクの食事を伝えたジャーナリストは今までいただろうか。



私は、知らない。

ならば、私がやってみよう。

人が出来ないことをやる、このことに喜びを感じない者はいない。



風邪でもうろうとした意識の中で、私は誓い眠りについたのだった。













うっ



と思って目が覚めた。

時計は8時を回っていた。







寝坊だった。



やはり、緊張感が足りないかもしれない。

普通の人は、こういう日に寝坊などしない。

いや、眠れないものだ。



まもなく、一緒に行く半田記者から電話があった。

出発時刻の2時間15分前だ。



「いやー、道が順調でもう空港に着いちゃったよ。岡本君、いまどのへん?」



起きたばかりで、まだ家にいるとは言えない。



「あ、あと半分くらいですかね。こっちの方はちょっと混んでいる感じですね」



「あ、ほんとう? じゃあ、空港で待ってるね」







イラスト5


            <イラスト・武村みどり>







こっちの方は混んでいる…同じ東関東自動車道を使って成田空港に行くというのに、こっちは混んでいるという言い訳は存在するはずもない。



感じですね…渋滞していたら今その真っ最中なのだから、感じですねという言い方もおかしい。



あり得ない言い訳とともに、私は半田記者を待たせたまま、空港に向かった。

順調にいけば、出発時刻の1時間20分前には空港に着く。



ちなみに私は、2つの国際便ギリギリのチェックイン記録を持っている。

ひとつは、東京-台北間で30分前にチェックイン。空港が羽田というのもあったかもしれないが、割とスムーズに行った。



もうひとつは、おそらく今後破られることないと思われる記録である。



それは、



ブダペスト-パリ間の







15分前である。





この時は、レンタカーで空港に向かっていて、途中道を間違えたりして、更に渋滞にも巻き込まれ、出発1時間をきる時刻でも渋滞の中だったので、あきらめていたのだった。

この時は、変更がきくチケットだったから、次の便に乗ればいいやって。

それで、ガソリンスタンドのスーパーで、お土産のTOKAIワインを買ったりしていた(ガソリン代として精算してやろうと思ったんで)。



それで、レンタカーを返してロビーについたのはちょうど15分前。

時刻表を見たら、次の便だとパリに着くのが深夜になってしまうので、

そこでふと、「もしかしたら乗れるんじゃないか」と思ったのだ。

        

普通はそう思わないって(汗)




困った様子も見せず、エアフランスのカウンターで堂々とチケットを見せると

カウンターの女性はパッと目を見開いた後、急にあわてて走り出した。

戻ってきた時は、もう7分前だった。

エアフランスの女性職員は、私に搭乗券を渡した。

「これって乗れるということ?」

私は、搭乗口へと走った。

機内に乗り込むと、席が1つだけあいていた。

私は、そこに座りホッと息をついた。

すると客室乗務員がやってきた。

小言の1つも言われるのかなと、思いきや

「この席でよろしかったですか」

15分前チェックインして乗せてもらえた上に、そんな心配までしてくれるなんて。

これを機に、私はエアフランスが好きになったのだ。



すっかり話がそれてしまった。



そういうことがあったので、私はさほど慌てもしなかった。



空港ロビーに着いたのが、出発の1時間15分前。

半田記者を探した。

半田記者はまだチェックインせずに私を待っていた。





「すいません、遅くなって」

と言おうとした瞬間、私は半田記者の荷物を見て驚愕した。




(続く)

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岡本 宏
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第8話 マニアックな持ち物リスト

イラクへの行き方だが、飛行機でアンマンまで行き、そこから陸路イラクへ向かう。ここが実に危険なところだ。途中、ファルージャ、ラマディーといった年がら年中戦闘をしている地域を通過しなければならない。我々は、その最も危険な地域を通過する車両としてベンツの防弾仕様車を選ぶことにした。まさか自分の人生の中で、防弾ベンツなるものに乗ることになるとはねぇ。

防弾チョッキとヘルメットは、B記者の手配で、購入が容易なイスラエルから陸路でアンマンまで輸送してもらえることになった。その他、通信機器や持ち物を打ち合わせた。

大山カメラマンが必需品として挙げたハエ取り紙や蚊取り線香は当然持っていく。蚊取り線香は日本製でないとダメなようだ。

サランラップ……これは、砂漠の砂嵐からパソコンなどを守るためのもの。カメラについても防塵対策をしっかり行っていく。砂が一切機械の内部に入り込まないように、ラップで包み、包んだ状態で使用するのである。

目薬……乾燥地帯、特に砂漠地帯では必須だ。角膜炎にならないよう、ゴーグルも持っていかなければならない。

浄水対策……水たまりの水を飲まなくてはならない状況も考えられる。殺菌剤や浄化フィルターも用意する。

ここで半田記者が、
「ちょっとマニアックになっちゃったんだけどね」
 とメモを出した。

「いやー、持っていく食料のことを考えていたら、なんだか楽しくなっちゃってね」
と言う。そのメモには食料品の一覧が事細かに書かれていた。

<無洗米30キロ、レトルトカレー100食、カップ麺100食、みそ、醤油、ちらし寿司の素、五目釜飯、インスタント粥(病気の時用)、コーヒー、紅茶、日本茶、カロリーメイト、梅ごのみなど>

ミネラルウオーターはアンマンで購入することになった。たとえ無事サマワに着いたとしても、一切外出できない状況も考えられるのだ。やはり食料は重要だ。
防弾ベンツ、防弾チョッキ、ヘルメットと同様、食料も我々の命に関わる問題なのだ。



岡本 宏
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第7話 出遅れたっ!

2月3日。
この日は、防衛庁でイラク取材チームの打ち合わせを兼ねた「編成完結式」。取材陣は半田滋記者、星浩記者、そして私の3人だ。

半田記者は、防衛庁を担当すること13年。普通2~3年で変わるものを13年も在籍出来るのは、彼がスクープを連発しているからに他ならない。安全保障のスペシャリストである。
星記者は、私と同期ながら社会部遊軍キャップだ。モスクワ特派員を経験している。アフガニスタンなど紛争地取材の経験も豊富だ。先のイラク戦争も取材した海外取材のスペシャリストである。
 
そうそうたるメンバーだ。
そして、私は両人の顔を見た瞬間、自分がいかに遅れているかがわかった。

2人とも髭を生やしていたのだった。

そうなのだ、そうなのだ。郷にいっては郷に従え。アラブと言えば髭なのだ。

しかし、ここで私は途方に暮れることになる。

私は髭が生えないのだ。

生えないというのは正確ではない。
生えていることは生えている。

前に1ヶ月の海外出張で、1度も髭を剃らなかった時があった。1ヶ月なら伸びるだろうと。しかし、1センチくらいからそれ以上は伸びなかった。しかも、密集度が低い。特に、鼻の下の部分は薄い。アラブではこの部分の髭が重要なのに。髭を生やしていないがために殺されることも十分考えられる。

無駄だとわかっていても、今日から剃るのはやめよう(伸ばすとは書けない)。

A記者によれば、イラクに行くことが決まった記者は、髭を伸ばし始めるからすぐわかるそうだ。

イラスト4
イラスト 武村みどり



岡本 宏
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第6話 注射にまるわるエトセトラ

イラク取材のために準備しなければならないことはたくさんある。

その一つが注射。



打たなければならない注射は、A型肝炎、B型肝炎、破傷風、そして 狂犬病だ。



最近話題の狂牛病ではない。



狂犬病は、ブラックジャックに出てきたことがあるけど、名前を聞くのもその時以来だなぁ。

水を見せると怖がるんだよね。

日本にいる限り絶対お目にかかることのない病気だ。

発病したら、数日以内にほぼ100%死亡するという。

でも、ネットで調べてみたら、狂犬病は日本と一部の国を除いて、ほぼ世界中で発生していて、年間約5万人が発病死しているらしい。

日本が狂犬病を絶滅させたのは快挙だ。





注射と言えば忘れられない出来事がある。

あれは3年前、会社の健康診断で、いつもは摂らない朝食をその日に限って食べてきた私は、余裕綽々(しゃくしゃく)で採血に臨んだのだった。



針が刺さった感触が、いつもよりチクッとして、なんか今日の針は太いような気がした。

脱脂綿で注射跡を押さえ休んでいると、だんだんと目眩がしてきた。



なんとなく、このままではやばいと思ったので、次から次と注射をしている医師に

「すみません、ちょっと具合がわるいんですけど」と言おうとした。

しかし、誰も振り向かない。

たぶん、声が出ていないのだ。

力を振り絞って声を出そうとするが、どうもその声は隣で休んでいる人にも聞こえないくらいのもののようだ。



かなり危険な状況と本能で察したが、何も出来ない。

5分くらいしてからだろうか、やっと1人の医師が気付いた。

「顔が真っ青ですよ。大丈夫ですか」

その声を最後に、私は気を失った。


「あ、唇の色が戻った」

その声で私は目を覚ました。

10分間、床の上で横になっていたのだった。



長々と書いたが、私が言いたいのは、朝食を食べて、つまりいつもの習慣を変えて採血に臨んだのが失敗だったということではない。

それ以来、注射恐怖症なのだ、ということだ。



4種類をそれぞれ1ヶ月間を開けて2度にわたって打つ。

つまり8回注射を打つということだ。

8回の注射、それは私にとって死を意味する。



イラクで死ぬか、注射で死ぬかを天秤にかけ、注射で死ぬ方を選択した私は有楽町にある診療所へと足を運んだ。





「はい、今日は右腕にA型肝炎、左腕に破傷風を打ちますからね」





「え?! drftgyふじこ





両腕だなんて

そんなの聞いてないよ。





「チクッとしますからね」



これが危ないのだ。

前回は、チクッから意識を失うまでに至ったんだから。





「はい、反対の腕を出して下さい」



し、信じられない。

何も感じないまま、注射が終わってしまったのだ。

「全然痛くありませんでしたよ」

というと、そのお医者さんは笑っていた。



会社に戻り、その診療所で注射を打った経験のある人に「全然痛くなかったよ!」と言うと

「それ、おばちゃんじゃない?」

「そ、そうおばちゃんだよ」

「おばちゃんだと、全く痛くないんよ」

そうだったのか!

注射は打つ人のテクで決まるのだ。







本日の結論



有楽町に注射の達人あり







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第5話 バグダッドからチャットのお誘い

1月9日。
前回に続き、バクダットで取材中のFカメラマンからのメールが届いた。

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岡本さんが来るそうで楽しみです。
僕はとりあえず今月一杯はバクダッドかサマワに居ます。

サマワは最悪です。あそこで生活するなら辛い東京の仕事の方がましです。
非常に不潔な街で平和しか取り柄がありません。
自衛隊より海外青年協力隊の方が合っております。
こっちのバクダッドのホテルの部屋が常時接続でほとんど部屋に居ますからチャットが出来ます。
あまりに暇なので皆とチャットしております。
岡本さんのiChatのスクリーンネームがありましたらお知らせください。
僕は××××××××です
鵜飼氏にもAIMのチャットをやるようにメールをだしました。
もう暇で暇で監獄生活です。
早く遊びに来てください。
ではイラクでまたお会いしましょう。

おおやま@バクダットネットカフェ
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バクダットもサマワもどちらも大変そうだ。
それにしてもバクダットにネットカフェがあるとはねー。どうもイラクの通信手段というと、衛星電話しか思い浮かばなかったが。案外、東京みたいなところなのか?!

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第4話 大山カメラマンからのメール

前回の訓練と日にちが前後するが、12月よりイラクで取材を続けている産経新聞・大山文兄(ふみえ)カメラマンから新年のメールが届いた。
彼は企画でバクダットやサマワを取材するためにイラク入りしたのだが、イラクに着くやいなやフセイン元大統領が拘束されたため、取材延長が出て記念すべきイラクでの年越しとなった幸運!? の持ち主である。

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 皆様、新年あけましておめでとうございます。
 今年はバクダットで年明けです。
 大晦日の夜は同じホテルの共同通信さんからご招待を受けての飲み会でした。
 読売新聞、フリーのカメラマン、NGOの方々、総勢14名の日本人が集まっての年越し。
材料はイラクの野菜と肉でしたが雑煮はうまかったです。
しかしそんな宴も大きな爆発音で終了。

近くのレストランが自爆テロ、年越しパーティーを開いていたロサンゼルスタイムスの記者などが負傷し、イラク人5人が死亡しました。
 ホテルから10分ほどの場所で一昨日はさらにホテルに近い場所で爆発テロ。
 ホテルに居ても外へ食事に行っても危険な状況です。
 爆破されたレストランはバクダット市内で数少ない西洋料理店で、以前から行きたかったのですが危険との事で行けずにいたレストランです。
 そんな所で、それも夜に食事しているロサンゼルスタイムスの記者達も悪いのですが、長く居ると気も緩むんでしょうか。
私も無事越年が終了し越冬の前に帰国したいです。
30日は1泊2日で3回目のサマワ取材に行ってきました。
 サマワの取り柄は平和なだけです。
 後はアラブ式の便所とわき出してくるハエ、不衛生な食事と体にはよくありません。
 最長で2泊3日サマワに居ましたが、この間シャワーは1度も浴びませんでした。

自衛隊の役割として水の浄水が任務にあげられておりますが、それほど不衛生な水な訳で、もちろん食堂でも野菜など食べてはいけません。
同行したバクダットの通訳、ドライバーですら汚がって食べませんし、自衛隊取材で来られる方々はかなりの苦労が強いられると思われます。

ぜひサマワに持ってきた方が良い物をあげますと、便所の芳香剤。
ハエ取り用のテープもしくは殺虫剤。
バルサンなど。
それとタオルと自分用のコップ、サンダル(街が泥だらけなので部屋が泥だらけになります。掃除もしてくれません)は必需品です。


イラスト3
イラスト 武村みどり


また停電が頻繁で回復まで時間がかかりますので、バクダットで非常灯(停電になると自動的に付く蛍光灯です)を購入する事を勧めます。
さらに快適なナイトライフを楽しむならば日本でDVDなどを購入して持って来た方が良いと思います。
私もカイロで入手した映画を毎日寝る前に少しずつ見て楽しんでおりますが、夜は外出出来ませんので衣服を削っても娯楽を持ち込んだ方が良いと思います。

 結論を言えばサマワに行かない事が一番で、私も陸自の先遣隊が来る前には帰国したいと考えております。
 新年の仕事始めは自爆テロ取材で縁起はよくありませんが、無事帰国出来る事をバクダットから願い、メールでの年賀状とさせて頂きます。

 では皆様にとって今年も良い年でありますように。

 追伸
 年末より臨時支局がインターネットの常時接続となりました。
 お暇な方はアメリカンオンラインのAIMまたはアップルのiChatを立ち上げておりますので接続してください。登録者以外はアクセス出来ないのでアドレスをお持ちの方はメールでご連絡くだされば登録しておきます。

おおやま@バクダットネットカフェ
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私の中のイラクのイメージに爆発とハエがしっかりインプットされた。


第3話 風雲朝霞基地

年が明けたが、地に足がついていない気がする。

1月6日。

この日は、陸上自衛隊朝霞基地でイラクに行くマスコミ関係者のための訓練が行われる。



「ノウハウは教えるので、イラクに来られる方は自分で自分の身を守って下さい」という魂胆らしいが、戦場を全く知らない私にとっては絶好の機会だ。



やはりこれに参加し、地雷、爆弾テロ、毒ガス、誘拐の対処の仕方などなど、いろんなことを学んで臨みたい。







上司から指令が飛んだ。









「こぉっりゃ絵になりそうだわ。迫力のある写真、ばんばん撮ってきてちょ!」









「え???

取材も兼ねてですかぁ」












「いいなぁ、

風雲たけし城みたいな

アドベンチャーゲームできるんだよ」










そういうこと言っている輩は

まず先遣隊としてイラクへ行き

自爆テロを誰よりも先に経験すべきである。














…というわけで、朝霞の陸上自衛隊基地へ着いた。


訓練1


始めに全体の説明を受ける。

みんなやる気満々、緊張感に満ちている。



訓練2


防弾チョッキの着用の仕方を教えてもらう。

これと言って難しいことはないが、これで命が守られることがあると思うと、なおざりにはできない。

はっきり言って半端な重さではない。

肋骨が締め付けられ、息苦しい。

鉄帽をかぶってみた。



首が曲がりそうだ。






防弾チョッキで、首はほどんど動かない。

その上、この鉄帽の重さときた。

顔は正面を向いたまま。

当然、視野は狭い。



どっと不安が押し寄せてきた。

これでやっていけるのだろうか……。


訓練3

「伏せ」のやりたかを教えてもらう。

脅威の方向に頭を持っていくのがポイントだ。


訓練4

匍匐(ほふく)前進は、状況や危険度に応じて3通りやり方がある。

訓練5

防毒マスク装着の訓練もした。

速く装着するのは大変。

訓練6

応急手当の訓練。

代表者しか出来なかったので、私は残念ながら見ているだけ。しゅん。


訓練7

武器は持ってはいけないと言われた。

だから覗くだけ。



訓練8

何という名前かは知らないが、ものすごい兵器を構える自衛隊員。

左の4人はカメラマンだから、何も言われなくとも「写真の意図」察し、体が動いている。

その結果、とても不自然な絵になってしまった…ははっ。




次は、いよいよ実戦訓練だ。

報道関係者を乗せたバスが、何者かに襲われるという筋書きだ。

ここで緊張が走った。

当然、窓際に座った人は危険が多い。

訓練とはいえ、皆自分の命がかかっているのだ。



なんと、誰も窓側に座らず、車内で右往左往しているのだ。

訓練9

思えば小学校一年の時より、9月1日に行われる地震訓練、不定期に行われる避難訓練など訓練というものをしたこと数知れず。

しかし、これほど緊張高ぶる訓練をこの40歳を前にしてするとは思ってもみなかった。




しばくバスに乗っていると、突然銃声やら爆発音が響いた。



ついに来たか!


訓練10


外へ出るとあたり一面、白い煙が立ちこめている。



出遅れたか!?



緊張が走った。

ここはイラク。

しかも、この敵はなかなかやると見た。



私の頭はすっかり実践モードに入っている。




また爆発があった。

半端な音ではない。



自衛隊員が「伏せて下さい」と指示する。

頭がパニックになった。

また自衛隊員の声が響いた。

「脅威の方向に頭を向けて下さい!」

訓練11




私は足を向けていたのだった……。




訓練12


参加者は皆目が点になっている。

さっき学んだことが全て真っ白になっている。

私もその中の1人だった。



訓練13



ここで、突然「謎のアラブ人」が登場する。

こういう時は、代表者を立て、1対1で交渉する。

周りのものはとやかく言わない。



訓練14




そのアラブ人はどうやら我々を助けてくれるようだった。

そして、両手を挙げた格好のまま走れと言っているようだ。

こういう時は、そのアラブ人の言うことに従う。

鉄帽、防弾チョッキ着用のまま、カメラを持って10分ほど走った。



その先には、我々を迎えてくれる人たちがいた。





涙が出そうになった。



訓練15



そして、私は今生きていることを実感したのだった。






たかが訓練、されど訓練



である。



<私を撮ってくれた偉大なカメラマン>うきゃーしゃん、自称実質No,1君








第2話 イラク行きの真相

新庄に着いた。

うまいものを食べる計画は、新幹線に乗り遅れたためなくなった。

駅周辺を散策したが、ラーメン屋が2件やっているのみだ。



しかし、ここに来てもっと重要な問題に気付いた。









さ、さぶい。









相当ぼんやりしていたのか、東京の感覚のまま山形に到着してしまったのだ。

明日明後日と屋外で撮影なのに。





とりあえず、ラーメン、餃子を寂しく食す。



ここでふとある疑問が頭をよぎった。





自衛隊って何しにイラクに行くのだろう。





自衛隊のイラク派遣について、国会でもめていたのは知っている。



だけど、何をしにイラクまで行くのかは知らなかった。







そんなことすら知らない私を、なぜ会社は派遣しようとするのだろうか。





どこか、引っかかったので、

私はラーメン屋から飲み友だちのA氏に電話してみた。





岡本「今度イラクに行くことになりそうなんよ」

A氏「そりゃ死ぬことになるからやめた方がいいよ」

岡本「そんなに死ぬようなところなのか」

A氏「あんたのような素人がいくところじゃないな。戦場取材の経験がある人、他におるんやろ。なんであんたが行くの?」

岡本「俺なんかよりも、もっと適任者はたくさんいるよ。でも部長からは、経験や実力などを総合的に判断すると君しかいない、と言われたんだよ」

A氏「それで、その適任者の中で独身は誰と誰?」













考えてみたら、みんな妻子持ちじゃないか。







私は思考をフル回転させた。

その思考を止めたのはA氏の声だった。



















A氏「あんた独身だし、死んだ場合一番面倒くさくないもんな」







イラスト2

イラスト 武村みどり

          <イラスト・新井みどり>











謎は説けたよワトソン君!

知らなくてもいい真相がわかってしまった。

しかし、推理小説のトリックを説いた時のようなすがすがしさはどこにもなかった。











経験や実力など











私の人生の中で

「など」という言葉が

一番大きな意味を持った瞬間だった。














いつしかラーメンで温まった私の肉体は、氷点下7度はあると思われる新庄の街をさまよっていたのだった。




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第1話 イラク行きを宣告された日

今日から「イラクと自衛隊ブログ」を始めます。 1年前のことですが、頑張って思い出しながら綴ってみます。





私は昨年(平成16年)の2月から3月にかけて1ヶ月間イラク・サマワを取材してきた元新聞社の写真記者です。



 

戦場カメラマンではありません。

戦場も行ったことありません。





出発する2ヶ月前までは、スポーツを担当しており、 野球やサッカー、格闘技、F1なんかをずっと撮影していました。







そんな私がなぜか、あのイラクに派遣されてしまったのです。

 

 



思えば、新年企画の仕事に忙殺されていた私が、部長に呼ばれたのは12月の下旬でした。



 

部長「岡本君、ちょっと時間あるかな」

岡本「ありません。これから山形に出張です」

部長「1分でいいんだ」

岡本「1分だけですよ」





部長が私を連れて行った先は、喫煙室だった。





岡本「ちょっと待って下さい」

部長「なんだ、吸わなかったっけ?」





吸わなかったっけ?ではない。

この会社の喫煙室は、喫煙者でさえもタバコをやめたくなるほどの劣悪な環境と聞いている。

まして、タバコを吸わない私がそんなところに入ったら、嘔吐しながら呼吸困難に陥るに違いない。





部長は喫煙室の前で話し始めた。





部長「イラク行かないか」

岡本「はぁ?」





私は口が半開きになりながらも、思考をフル回転させた。

イラク、いらく、胃楽、苛苦、遺裸区……

あのイラク以外にきっとイラクがあるに違いないと。



イラスト1



            <イラスト・武村みどり>





いくら考えても、あのイラク以外に思いつかなかった。





部長「じつはかくかくしかじか…」

社内事情を話し始めた。

部長「というわけで、経験や実力などを総合的に判断すると君しかいないんだよ」

岡本「はぁ」





しかし、考えている暇はなかった。

新幹線に乗らなければならないのだ。

ここで、すでに3分は経過していただろう。

私は東京駅に急いだ。

機材がつまったバッグを右へ左へ揺らしながら走った。





東京駅に着いた時間が、ちょうど新幹線の発車時刻だった。

乗り遅れたのだった。

次山形へ行く新幹線は1時間後だった。





岡本 宏
イラクと自衛隊ブログ

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