その後

修行を続けるうちに言われた言葉。

 

日本のために尽くすんですよ。

自分さておき他人(ひと)さんへ。

 

これにはずいぶん抵抗を感じた。

 

自分が助かっていないのに他人を

助けることができるのか。

 

だがこの道は奥が深かった。

自分にできる範囲でさせていただく。

 

例えば、道端にゴミが一つ落ちていて拾うこと。

これで日本のためになるし、他人(ひと)さんへ

貢献していることになる。

そしてちょっぴりたましいが磨かれる。

 

先日、高崎高島屋の前を歩いていたら、ビニールのゴミが

風邪で飛んできた。

僕は迷ってしまった。

両手が荷物で埋まっていたのでつい

通り過ぎてしまった。

 

いつもなら拾うのに僕としたことが。

 

これの結果、たましいが汚れることになる。

 

その場合どうしたらよいか。

ごめんなさいと自分の奥に向かってお詫びする。

 

こんな修行をしながら、

事業のほうは好転していった。

 

昭和57年(1982年)バブルが始まる

前夜のことであった。

 

 

 

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前回からの続き。

 

稲盛和夫先生は人がこの世に生まれてきた

理由はたましいを磨くためであるという。

 

あたらしい道もみたま(たましい)を磨くためにあると

教えられた。

 

そもそも僕が新しい道に来るきっかけは

タナベ経営の言葉

苦しみに耐え抜かねば一流になれぬ。

を机の横に張り出していることに始まる。

 

Tさんはこれを見て、

違いますよ。

苦しみを喜ばねば一流になれぬ。

ですよ。

と教えてくれた。

 

苦しみに耐えているうちに病気になって死んじゃいますよ。

と言ってくれた。

 

たましいは苦を喜んでのみ磨かれるという。

 

できそうでなかなかできるものではない。

 

だが、多くの道の達人がみな苦労や苦難を

ありがたいと喜んでいるのに接するとだんだん

その気が起きてきた。

 

そして、自分の性格で長所と思っていたことが

短所であるとも気が付いた。

 

例えば

真四角な性格。

それは角があるのであちこちにぶつかる。

丸く丸くまん丸ですよ。

と教えられる。

 

神経質で几帳面。

これは多少ずぼらでもよい。

それでちょうどよいくらいになりますよ。

 

固い性格。曲げない性格。

やわらかい性格、カーブを切れる性格へ。

 

などなど。

 

そして、

日常生活で何でもないような小さなことを

喜ぶんですよ。

大きな幸福がやってきて喜ぶのは誰でもできるんですよ。

 

だから、

朝起きたとき、息をしていることに感謝することから始まる。

そして、声に出してうれしいなあ、うれしいなあと

いう。

手足も動くのをさすって確認しながら、あははと

笑ってみる。

 

そんな第一歩から苦を喜ぶための

僕の修行は始まった。

 

 

 

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僕の現代史(性格を変える)

テーマ:

前回より続く。

 

プラス発想はできても、精神状態までプラスに

していくにはどうしたらよいか、なかなかできる事では

なかった。

 

苦しい局面で、プラスに考えても

飯はまずく、精神は落ち込んでいった。

 

そんな時にどうせ大阪の船井総研で勉強して

一泊するのならば、一泊1500円で宿泊できて

良い精神修行になるところがありますよ。

と言って紹介されたところがあった。

 

性(しょう)まで変えるといわれて、僕は

変な宗教ではないかと疑ったが、紹介者のTさんを

信じて入会することにした。

あたらしい道というところであった。

 

1日研修でいろんな人が出てきて話をしてくれたが、

みないい人だが、何の苦労もしていないのんきな

人々の集まりだなあと思った。

 

苦労しているのは僕だけか、

 

船井総研大阪に通いながら、前日に入って道の道場に

宿泊して修行の夜を過ごし、翌日の船井総研の勉強会に

参加する、または船井総研に先に入りその日の夜は

修行するというパターン。

 

だが、圧倒的に道場に宿泊してそのまま帰るほうが

気持ちよく帰れた。

 

道場に入ると空気が違い、精神が洗われ

落ち着きができて、この上なく気持ちよく帰れるのである。

 

そこで僕も苦しい局面の話もさせていただくが、

これをさらしと言ってさらしのようにまっさらになるという修行である。

 

だが、僕の苦難などは全く小さなことと思わざるを得ない

局面が展開する。

 

そうです。

僕が平凡で何の苦労もしていない人々の集まりだと

思ってしまった人々は、実は僕の何倍もの苦難を

乗り越えてきた人々であった。

 

足元にも及ばない苦難を乗り越えながら

平凡にあはは、と笑いながら毎日を過ごす。

これこそ道の達人だったのです。

 

この道の達人は平凡になんの苦労もせずに

生きていますよと見られることこそ真の達人。

 

平凡即非凡。

 

最終的には苦は喜んで実行。

苦は買ってでもせよ。

苦は人のものまでせよ。

 

僕は自分の苦労を話すたびに、

おめでとう

よかったね。

と言われた。

 

僕の人生で初めて経験する最大に苦しい局面は

こうして僕の精神を変えることにより

局面が変化をしていったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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