なぜだ、マッカーサー

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マッカーサーの証言は三日間続き、

日本を擁護する発言が続き、共和党の怒りを買い、

大統領候補から脱落していった。

 

なぜ、あれほどにくかった日本を擁護する発言をしたのか。

大統領選挙を戦う上で侵略国日本をたたいた正義の味方、

米国の主張をすれば拍手大喝采のはずであった。

マッカーサーも当然知っていたはずである。

 

ここからは僕の私見も入る。

彼は生涯自伝にもこの証言について書かなかったからである。

彼の内部のことは推定になる。

 

一度はフィリピンで徹底的に敗戦して、

アイシャルリターンで巻き返し、戦後処理でマニラや東京裁判で

多くの報復裁判をした。

 

勝てば官軍、

勝利者が裁く裁判に勝利者側の被告はいない。

 

マッカーサーは証言台で広島、長崎の原爆投下も

虐殺という言葉を使用している。

 

米国における原爆投下は戦争が長引けば多くの米兵が

失われるので正しい判断とされている。

だが、マッカーサーのこころは言葉の端々に日本側にたった

発言がされた。

 

朝鮮戦争でマッカーサーは日本の立場を

骨の髄まで知ったのである。

 

中国を徹底的に支援してきたのに、

朝鮮戦争で中国が敵に回ってしまい、

改めて共産勢力の勢いを知り、日本が何と戦ってきたか知り、

愕然とした。

 

マッカーサーはこうも語った。

「過去100年に米国が太平洋地域で犯した最大の政治的

過ちは共産勢力を中国で増大させたことだ。

次の100年で代償を払わなければならないだろう。」

、、、、、これは現在でも進行中である。

 

マッカーサーの証言は彼が日本の立場で朝鮮戦争を

戦ったことが大きい。

戦前の日本の戦い方そのものをマッカーサーがすることになったからである。

 

戦後、マッカーサーは言論統制をしながらNHKラジオ番組で

「真相はこうだ。」の放送をした。少年の問いかけに答える形で

反軍国主義の文筆家が答える政治、外交を解説した。

 

また、全国の日刊紙でGHQによる連載を掲載、

中国やフィリピンで行った日本軍の残虐行為を断罪する

内容であった。

連載終了後、文部省に対して太平洋戦争史教科書として

買い取るよう命じた。

 

見本軍が悪で米軍が正義の歴史観をすり込む宣伝工作である。

マッカーサーの各種宣伝はよく効いて、一億総懺悔を促した。

 

五年以上統治して、その宣伝は効き過ぎるほど効いて

アジア歴訪する日本の政治家も民間人もお詫びから

話を始めるようになった。

 

マッカーサー人気は日本でも絶大な人気でそれは天皇を上回る

勢いであった。

 

素直で従順な日本人が滅多なことでは

日本の戦前主張した大東亜共栄圏などについて

語らなくなった。

 

すべて米国が正しい。

 

これに対して思わずマッカーサーの口から出た

「日本自衛論」

それを日本人が言わないので、マッカーサーのこころの

奥から思わず出てきてしまったのではないか。

 

大統領になりたかったのにマッカーサーは

戦う相手が間違っていたというのに等しい言葉を

言ってしまった。

人間は心の奥にはいつも真実が宿り、

本人が意図しない場面で噴出することがあるという

証明ではないか。

 

いつの間にか、マッカーサーには日本に対する

思いが敵国から友人に変わっていたのではないか。

 

友人に変わり言わなければならないという思いが

強く出てきてしまった。

彼の奥の奥の神様が言わせたのではないか。

 

と思うのである。

 

 

 

 

 

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マッカーサー、まさかの証言

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マッカーサーは共和党から出馬して、民主党の

トルーマンの再選を完璧なまでにたたきつぶすつもりであった。

 

米国内のマッカーサー人気は絶大であった。

これより産経新聞取材班の記事を借りて進める。

 

米上院軍事、外交合同委員会はマッカーサーを公聴会に

召喚した。

テーマは「極東の軍事情勢とマッカーサーの解任」。

背景にはトルーマン政権に打撃を与えようという

共和党の策謀があった。

 

マッカーサーは快諾した。

大統領選の指名争いに有利だと考えたからだ。

狙い通り、世界中のメディアが公聴会の動向に注目し、

事前から大々的に報じた。

 

5月3日の公聴会初日。

証言台にたったマッカーサーは質問に誠実に応じ、

50年6月に勃発した朝鮮戦争の経緯をよどみなく説明いし続けた。

 

質問者の共和党上院議員パーク、ヒッケンルーパーは

「赤化中国を海と空から封鎖するという元帥の提案は米国が

太平洋で日本を相手に勝利を収めた際の戦略と同じではないか」

とただした。

 

マッカーサーの戦略の正当性を補強するのが狙いであったが

マッカーサーの回答は予想外だった。

 

「日本は4つの小さい島々に八千万近い人口を抱えていたことを

理解しなければならない。」

「日本の労働力は潜在的に量と質の両面で最良だ。

彼らは工場を建設し、労働力を得たが、原料を持っていなかった。

綿がない。羊毛がない。石油の産出がない。スズがない。

ゴムがない。他にないものばかりだった。

そのすべてがアジアの海域に存在していた。」

 

「もし原料供給を絶ちきられたら

1000万から1200万人の失業者が日本で発生するだろう。

それを彼らは恐れた。

従って日本を戦争に駆り立てた動機は、大部分が

安全保障上の必要に迫られてのことだった。」

 

会場がどよめいた。

証言通りならば日本は侵略ではなく、自衛のために

戦争をしたことになる。

これは「侵略国家、日本を打ち負かした正義の戦争」という

先の大戦の前提を根底から覆すどころか、

東京裁判まで正当性を失ってしまう。

 

もっと言えば、5年8ヶ月にわたり日本を占領統治し

民主化、非軍事化を成し遂げたというマッカーサーの

業績までも否定しかねない。

 

この発言は共和党の期待を裏切り

激しい怒りを買った。

マッカーサー人気はこの後急速にしぼみ、

大統領の夢は潰えた。

 

なぜマッカーサーはこのような証言をしたのだろうか。

 

 

 

 

 

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マッカーサーがこころ変わり

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にっくき日本。

フィリピンで一度は日本に完璧に敗れた

マッカーサーであった。

各種裁判で報復していった。

 

だが朝鮮戦争が始まった。

 

長い間、米国は中国を支援してきた。

だから、共産党政権になっても米国を支持してくれると

思っていたようだ。

 

しかし、その中国が朝鮮戦争に参戦してきた。

李承晩が38度線を突破して北朝鮮に踏み込んだのである。

李承晩はなんとしても朝鮮を統一したかった。

それにつられて連合国軍も踏み込んでしまった。

 

毛沢東はアメリカにつかず、ソ連についたのである。

毛沢東はマルクス、レーニン、スターリンを崇拝していた。

 

中国軍は強かった。

蒋介石軍の捕虜や犯罪人を軍の前におき、

地雷があるのにも関わらず進撃させた。

 

地雷の怖さで戻ろうとすれば後ろから中国軍が

銃で撃ったのである。

 

たちまち、38度線まで押し返され、

そこで膠着状態になる。

 

マッカーサーは中国に原爆を落とすように大統領に

進言した。

中国、ソ連を巻き込んだ全面戦争になることを恐れた

トルーマン大統領はマッカーサーを解任した。

 

マッカーサーは骨の髄まで日本の置かれた状況を

知ったのである。

日本がやっていたことを米国のマッカーサーがすることになった

のである。

ほっておけばアジアがすべて赤く染まってしまう。

そんな危機感を持ったのである。

 

解任されてから日本を去るときに、多くの日本人が

沿道で別れを惜しんだ。

日本人はマッカーサーが好きになっていた。

マッカーサーも宣伝で自分のしたことが正義の味方であるように

プロバガンダしてきたが、

日本人からここまで好かれてみて、日本がにくかった自分が

変わってきていることにまだ気がついていなかった。

 

彼は米国でも絶大な人気があり、

自分を首にしたトルーマンに対して報復したいという

復讐心に燃えて帰路についた。

 

大統領選に立候補して完璧にトルーマンをたたきつぶす

つもりであった。

 

 

 

 

 

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