むぎぶろ

むぎぶろ

日々ふわふわ、ゆらゆら。
ゆるーく生きるむぎのにっきです。

Amebaでブログを始めよう!
始めてみようと思っています。

具体的には・・・起業?
起業って言うとなんか仰々しいですね。
そんな大それたものじゃなく、
でも、じぶんの手でモノを売ってみたいなぁと。

もちろん最初は社畜しながら。

ちいさな決意、です。
今日は満月。

お昼はゲリラ豪雨もありましたが
今は晴れている模様。

満月の週末。
適当なとこで切り上げて、
家でゆっくりする予定でした。

が。

午前中に、急遽予定変更。



懐かしい音を聴きに行ってきます。

懐かしい。
「懐かしい」
なんて言葉じゃ足りないくらいに。

10年以上前。
自分の意志で音楽を選んで
聴くようになり始めた頃。

毎日聴いてるラジオから流れる曲。
純粋に音を聴いて、音に恋して好きになった音楽。

もしくはMTV。
流れ続けるMVの中で
なんだか気になって仕方なかった曲。

今思えば
この頃に好きだった曲が
わたしの原点なのかもしれない。

何の情報もなかったから
じぶんの感覚が喜ぶものだけを聴いてた。
何度も何度も、飽きることなく。


今はもう活動休止していたり
解散していたりっていうとこが多い。

わたし自身も、
いつの間にか音楽から遠ざかっていて。


なんだけど。


ライブに行くことが日常になった今。
このタイミングで。

過去、遠い過去に聴いていた音楽。
それを奏でていたひとたちに
再会する機会が立て続けにやってきています。

例えば今日。
例えば月末。

両方とも、10年以上ぶりに音を聴く。

どちらも今は活動していないバンド。
あの頃と同じではないけれど

懐かしくて、きっと新しい。





不思議なことに、
同じようなことが音楽以外にも起きていて。

好きだったのに、いつの間にか
遠ざかっていたこと。

歌、鉱石、絵、英語、図鑑。

そういうことがやけに引っかかってくる。

みんな、好きだった当時とは少しカタチを変えて。

あぁ、わたし、こうだったなぁって
たくさんのことを思い出す。



今までしてきたこと、感じてきたこと。



結局全部中途半端。

何にもならないじゃない、
わたし、何もできないじゃない、って。
へこんでました。
かなり最近。

でも、今日。

素敵な再会が約束された、満月の夜。

この夜をきっかけに
今までしてきたことが
全部繋がっていくような気がしています。
愛してる そう伝えたのは
釣り上げるためのエサですか
散々遊んだ その後は
捨てることすら忘れるんですか



切ない曲第2弾。

さらさらと流れるような曲調が好きです。
『Calc.』は曲調明るめだったけど
この曲は曲調も切ない。

分厚い紫のドレープの写真が
やたら脳裏に浮かびます。
カーテンなのかな。



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ほんとうに好きなひとには
裏切られてもいいと思っています。

好き、というか、大切だと思うようになる。

だから、相手が納得して選択したことなら
それでいいと思う。


君が幸せなら、それでいい。
君が幸せなら、わたしも幸せだ。


相手のことを
ちゃんと見ようとしてる、かな。

少なくとも
じぶんの都合のいいように
作り替えたりってことはしなくなります。

自己犠牲的な感じはありません。
ただただ
相手に笑っていてほしくて。
幸せそうな顔を見てると
こちらも嬉しくなってしまう。


素敵だなと思う部分も
短所かな、と思う部分も
どちらもある。
それが君。

そんな君のことが
誰よりも大切。

君に出会って
他人に対して「大切」という
感情を抱くことができた。

こんなにあったかい気持ち
知らなかった。

だから、もし君に裏切られたとしても
「出会えてよかった、ありがとう」と
心から伝えたい。

君の幸せを
心から願っている。


その域にまでいくひとは
そうそう現れません。
今まででひとりだけ、かな。
ついさっきのこと。

ワンネスと分離の感覚が
ふっと落ちてきました。

こういうのって
ふとした瞬間に落ちてきて
あっという間に
埋もれてしまう。

書き留めようとしても
文字っていうツールを介した時点で
実際に感じた感覚から離れていく。

あんなに鮮明に感じたのに
次の瞬間にはもう遠ざかっていく。

あの感覚。
せめてシッポだけでも。
うまく捕まえられるかな。





。。。。。。。。。。。。。。


もともとみんなひとつで
そこには何もなくて。
「無」とは少し違うけど

いや、「何もない」じゃない。
何もなくて、全部ある。

「愛」っていう表現になるのかも。

そしてそのひとつの状態から
分離した感覚を持ったわたしが生まれて。

実際にはひとつの場所と繋がっているから
分離してるこの「わたし」という感覚は
擬似的なもので。

けれど
ここに存在してるってことは
分離してる感覚が大前提。

目の前にある全てのものも
「わたし」と同じで
分離してみえるようにつくられてて。

結局みんなひとつに繋がってる。
だから、つきつめると、ここには何もなくて。

じゃないや。

何もなくて、全部ある。

。。。。。。。。。。。。。。





うーん。
さっぱり捉えられてない。
言葉に落とすって
難しい。



いろんなことが腑に落ちました。

世界を創るのはじぶんだってことにも
すんなり繋がって。

そういうことなのかって。

なのに
なぜか的確な言葉に変換できない。

文才の問題ですかね。
いつか君に捧げた歌 
今じゃ哀しいだけの愛の歌



切ない歌が聴きたい気分。

歌詞も素敵ですが曲が素敵。
いつもながら歌い手の96猫さんの美声が素敵。
耳が喜びます。

しばらく切ない曲ばかりペタペタしそうです。



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「いちばん好きなひととはうまくいかない」
 ↑
こういうの聞いたことないですか?


さっきふとこの言葉が落ちてきまして。
最初に聞いたのは、かなり昔。
学生の頃かもしれません。大昔。
その時は
「んなわけないでしょ」
くらいに思っておりました。
「いちばん好きなひと以外じゃ意味ない」と。

それはそう。
そうなんですが、今はこの言葉も
一理あるなぁとか思うのです。

わたしにとっては
「好き」って、危うい。
相手を見てるようで見てない。
そういう状態になりがち。

相手の好ましい点
じぶんにとって都合のいい点
そこばかり見て、強化して。
どんどん相手を「理想のひと」に
作り替えてしまう。

そこに本来の相手はいない。

じぶんにとって
完璧なひとは、そうそういるもんじゃない。
てか、いないと思う。

「あのひとは理想のひと、大好き」

それはわたしが作った虚像。
だから、相手と仲良くなって
相手のいろいろな面を知っていくと
「理想の相手」とのギャップに戸惑う。

こんなひとだったなんて。
思ってたのと違う。



こういうのたくさん繰り返したなぁー。
向こうも同じこと思ってたんだろうなー。
まさに「恋は盲目」状態。

懐かしいね。