息子が生まれた日の事を忘れないうちにup。
1月9日 AM5:00 出血。そして痛み出す。
いよいよかと緊張。
窓を開けたら、すごくきれいな日の出だった。
生まれてくる子供が大きくなったら、この日の出を見せたくて、
一眼レフまで持ち出した(笑)
まだ、余裕。
PM1:00 旦那に連絡。
さすがに痛みが頻繁になり、生まれるかもと、旦那に連絡。
たまたま、仕事明けで連休になるから岩手に向かおうとしているけど、
いつになるかわからないからそのまま宮城に待機させる。
PM2:00 陣痛の時間を計りはじめる。
やっぱり・・・。
10分間隔だ。
でも、今のうちに眠っとけ。
と、眠ってみる。
PM3:00 さすがに、痛くて眠れなくなる。
PM4:00 「これって陣痛?」って病院に電話。
今、外来忙しいから5時になったら病棟に連絡して!!
がんばって様子見て!
オイ、忙しいからって・・・
私大丈夫なのか??
PM5:00 再度病院に電話。
PM5:10 入院だ!早く病院に来い!と言われる。
様子見ろいったのは外来の助産師さんだぞ!!
PM5:15 旦那にうまれそうらしいと連絡。
PM5:30 お風呂に入る。
痛いタイミングを見ながら、次いつ入れるかわからないから入る。
お腹の中の子と最後のふたりきりの時間をかみしめた。
PM6:30 のんきに夕飯を食べてみる。
痛いタイミングを見ながら、次いつ食べれるかわからないから食べる。
未知との痛みと戦うために、食す。
PM7:00 入院。
陣痛の間隔を計ると2~4分間隔。
まだまだ、余裕ぶっこいて、みんなに
入院した~
生まれるかも~
ってメールする。
PM9:40 旦那が病院到着
オヤジが買ってくれたからあげを食べるたびに激痛w
ここからは、超痛くて人に優しさをかける余裕は無くなる。
1月10日
AM1:30 分娩室に移動する。
両親学級参加していないから、旦那は立ち会えないはずなのに、
なぜか、分娩室に入れてもらう。
AM2:30 私の中の生まれる予定の時間。
なのに、ちっとも生まれない。
そして痛すぎで途中記憶がない。
旦那がすごく優しかった。
AM4:30 助産師さんと旦那が密談
破水したのになかなか進まない。
お腹の子は羊水が減り暴れる→私はそのたび激痛。
赤ちゃんが出てくるにはまだ出口が小さく
リスクがあるらしいが人工的にさらに破水させていいか旦那に確認していたらしい。
どうでもいいから、楽にさせてくれぇぇぇぇぇ。
AM5:10 息子誕生
3274グラム。
49センチ。
頭囲32センチ
胸囲33センチ
しわくちゃで
ちっちゃくて
とてもかわいかった
でも、
毛だらけでゴリラを生んじまったかとおもたw
旦那に感謝した。
1人では絶対産めなかった。
生まれたばかりの息子を、落とすんじゃないかとあぶなかしげに抱く旦那が愛おしかった。
AM8:00 病室へ戻る。
疲れてるのに、興奮しているのかちっとも眠れない。
AM9:00 両親が来る。
生まれた息子を見て喜んでくれた。
後から聞いたら、
息子が生まれた朝もきれいな朝日だったらしい。
朝日とともに生まれる決心をして朝日とともに生まれてきた息子。
大晟(たいせい)と命名した。
私は未熟児で小さく生まれ
1ヶ月入院していたらしい。
私も小さい子を産んでしまうんじゃないかと心配だった。
だから、生まれる前から1日1日大きく成長して欲しいと願を込めた。
PM3:00 生まれてから10時間後、ご対面
はじめてオムツをかえてお世話をしたw
まっくろなウンティでビックリしたw
10分間しか一緒に居れなくて、病室に戻っても次会える時間が待ち遠しかったw