世界の経営学者はいま何を考えているのか――知られざるビジネスの知のフロンティア/英治出版

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経営学の最先端の様々な議論を解りやすく紹介してくれる、ありそうでなかった内容。売れているみたいですね。こういう本は、視野をグッと広げてくれる感じがしていいです。

①経営学の基本的な考え方や手法を説明する章 と、

②ホットな最先端研究トピックスを紹介する章

がバランス良く盛り込まれています。今回は①について(②も、とても面白いのですが、また別の機会に。)


冒頭、ドラッカーなんて経営学者のほとんど誰も読んでないよ、と刺激的な内容からはじまります。目を引くためにあえてそうしているでしょうけど。ドラッカーファンには聞き捨てならないですよね。

ただ、決してドラッカーの内容が正しくないと主張している訳ではないです。データに基づき統計学的に検証するという科学的研究手法を経てないから、「名言だが科学ではない」、だから学者は読まない、ということ。「客観性」を大切にする欧米らしい考え方だなあと感心します。実際、アメリカの主要なジャーナルでは、データによる検証がないと論文が受諾されづらいようです。

それに比べ、日本の経営学の世界では、事例研究が主で、少数の事例を深堀していき、そこから含意を取り出そうという研究が多い傾向があるようです(状況説明のみの論文も少なくないかなとは思いますが。。)。そうした分析手法の違いからか、欧米の学会には日本人の学者はあまり参加していないようです。言葉の問題や、日本ではデータが入手しづらいという事情も背景にはあると思います。

ただ、誤解を恐れずに言えば、個人的にはそれはそれでアリなのではないかとも思います。

机上の空論にならないよう実際に現場に行き少数の事例を深堀する

      ↓

そしてそこから一般的に当てはまる理論の仮説を出す

      ↓

それを(可能であれば)統計学的にデータで客観的に検証する

      ↓

検証された理論をどうやって実際の社会の改善に役立てられるかを考え、分かりやすく伝え、時には行動する


というのが、社会科学系学者がとるべき理想的なプロセスだと思うので、事例研究が受け入れられづらい欧米の経営学の現状はちょっと偏りすぎ?ではないか、と思います。

また、この本でも指摘されてますが、統計学は基本的に全体の平均的な傾向をとらえる手法で、まれにしか存在しないような独創的な企業をとらえ分析することは苦手。ベキ法則やベイズ統計などの新たな統計手法もあるようですが、事例研究の学問的意義は今後もなくなることはないと思います。ただし、事例研究の世界に閉じこもって、一般的な理論仮説の提示、そしてその検証作業に進まないのもやはり問題なので、両方のバランスのとれた形で日本の経営学が発展する事を期待してしまいます。

なお、著者は、世界の経営学の潮流として、常識を裏返すような理論仮説づくりばかりに目が向き(サファリ化)、データを使った地道な検証作業が十分行われていない、という問題意識も提起しています。まあ確かに地味な検証作業より、そっちの方が名前も売れますし、気持ちは解りますね。。



さて、本書では、社会科学とは切っても切り離せない内生性やモデレーティング効果の紹介もしてくれます。(個人的にとてもタイムリーな内容でした)

そうしたやっかいな問題を扱うための強力な手法が計量経済学な訳ですが(参考、計量経済学について)、経営学では、計量経済学の適用がかなり遅れたことを指摘しています。1998年以前の論文の多くが、統計学的に間違って検証している可能性があるそうです。つい最近ですね。ノーベル経済学賞のGrangerが同じような議論を70年代に指摘し経済学会で大きな波紋を巻き起こしてから20年近く経っています。学問の壁を越えた学びというのは時間がかかるものだということを実感させられます。アメリカではdual degreeが普通ですが、異質な複数の学問にあえて飛び込んでみるというのは、面白い研究テーマを見つけるためにも
重要なんだろうと思います。


最後一言。15章は、リソース・ベースト・ビューが学問足りうるかどうかの論争を紹介しています。ただ、個人的にはこれはどうかなあ、という内容。競争優位という言葉の定義を巡って、トートロジーだなんだと言葉遊びをしているように思えるのですが。。まあ、これも経営学の一端ということなのでしょうか。


いままでにあまりなかったありがたい本でした。著者の入山先生に感謝。