「まさか、あの雅子さまに限って・・・」皇太子妃が有色人種の大使や来賓には会わないという噂を耳にしたとき、わたしはその情報を否定した。なぜなら禁欲的で、いつも恵まれない国民に心を寄せられている昭和天皇、香淳皇后の姿を見て育っているからだ。そしてその精神は、今上陛下、皇后陛下に受け継がれている。当然、次世代の皇太子夫妻も同様だと思い込んでいたのだ。



宮内庁の公式サイトにアクセスし、皇太子同妃両殿下のご日程のページを見たとき、驚愕するというより、まだ認めたくない心理があった。そして何度もアドレスを確かめたが、それはまぎれもなく宮内庁の公式サイトであった。



そのときわたしが知った雅子氏のあからさまな人種差別は、氷山の一角。調べれば調べるほど、小和田恒・優美子夫妻と創価学会(大鳳会)との繋がりが疑われるようになった。



そして「水俣病が発生した当時は社長でなかったから江頭氏の責任は問えない」という発表は真っ赤な嘘だったのか! 「獣のように死んだ魚を食らった者が悪い!」「庶民がなにを言うか!」と言い放ち、犠牲者を増やし続けた江頭豊という人物をわたしは許せない。人間として許せない。



雅子氏とは別人格である祖父が犯した罪だ。しかし、「おじいさまのことが悪く言われて嫌」と発言した雅子氏は、皇太子妃としてふさわしい人物なのか? 雅子氏が皇太子妃になったことにより、やむなく不本意な和解をさせられた被害者が多かったことは無視できない。日々テレビや新聞記事に登場する東宮一家の姿を見て、水俣の人々はなにを思っているだろう。



国民に心を寄せるべき存在である皇太子ともあろう人物が、被害者の感情を考えずに妃を選んだこと。そして「雅子氏は逃げ切れなかった」という報道も、すべて嘘だったことがわかった。その裏にはいったいどんな力が動いたのか。その意図はなんなのか。ぜひとも考えて欲しい。



君が代は、千代に八千代に存在してきた。がしかし、諸外国を見てわかるように、国家は普遍の存在ではない。守る気がなければ、悪意を持った勢力に乗っ取られてしまう儚い存在なのだ。



世が世なら不敬罪で投獄される内容を記載している。そしてこのブログ運動は、諸刃の剣であることを自覚している。なぜならが、このまま東宮の即位を阻止できなかった場合、皇室不要という世論が生まれかねないからだ。



しかし(自らのことでありながら)政治的な力を一切持たない、そして少々発言するだけで特定の学者やマスメディアから徹底的に非難される皇族方、特に両陛下のお考えはどこにあるのか。この度の秋篠宮紀子妃のご懐妊を、両陛下からの無言のメッセージと受け取り、この危険な掛けにでたわけである。



この世に生を受けてから、日本国民として誇りを持って生きてきたわたしにとって、皇統の終焉は自らの終わりを意味する。よって(大げさではあるが)このブログを立ち上げたことにより、万が一命を狙われるようなことがあっても、わたしは決して後悔しない。



マスコミ、特にテレビには、意図を持って流された情報が多い。同じ事柄でも都合の悪いことに触れなければ、そして編集してしまえば、まったく違う情報となりうる。



祖国が間違った方向に流れていくのを傍観していられない国民は、ひとりやふたりではないはずだ。ひとりひとりの力は小さくても、皆が働きかければ大きな流れにつながる。どうかこのブログの内容を印刷し、市井の人々に雅子氏の言動を伝えて欲しい。

宮内庁の言うところの【千葉県行啓】には、皇太子ご一家だけではなく


・小和田雅子氏の実妹、池田礼子氏+その子息一名
・もう一組の女児連れ親子


この二組も同行していた。


ディズニーシー到着後、屋根有クラシックカーにTDRの本年度東京ディズニーリゾート・アンバサダー杉山尚子氏らと皇太子ご一家が乗車。それに続く屋根なしの車に池田礼子氏とその子息が乗車した模様。


【行啓】なのに、なぜ雅子氏の血縁者の同行が許されたのか? 


また礼子氏は、車の上から周囲に集まった人々に向けて、カメラのレンズを向けていたという目撃情報もある。

祭祀・公務を頑なに拒否している小和田雅子氏は、週刊誌の情報通り、東京ディズニーランド、シーへ出かけた。千人単位の規模で私服警官だけでなく、TDRの大勢のキャストも人間の壁となり警備に当たった。

敬宮さまに普通の経験をさせるというのが、皇太子殿下一行の出かけた理由。雅子氏の一行と同じ日になると、せっかくの休みの日が有効に使えないと、事前に宮内庁およびオリエンタルランドに問い合わせをした人も多かったが、両者とも回答せず。

当日のものものしい警備体制、貸し切り状態により、一般市民から非難の声があがった。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019559&tid=9dbcbc4xoa2bepjs&sid=552019559&mid=32359


宮内庁にも相当数の苦情電話が寄せられた模様で、その対処としてか。数日後宮内庁の公式HPの皇太子同妃両殿下のご日程に、以下の内容が記載された。


平成18年3月13日(月)
千葉県行啓(愛子内親王殿下ご同伴)
皇太子同妃両殿下 東宮御所御発
皇太子同妃両殿下 東京ディズニーシー(浦安市)
皇太子同妃両殿下 東京ディズニーランド(浦安市)
皇太子同妃両殿下 東宮御所御着
http://www.kunaicho.go.jp/dounittei/gonittei-2-2006-1.html

3/5/06

準公務扱いで、野球観戦。天皇皇后陛下に対しては、直立で通している雅子氏が、出迎えた関係者にお辞儀。これで天皇皇后両陛下に対して不敬を働く意図で、お辞儀をしていないことが判明した。

http://cache.gettyimages.com/xc/57001204.jpg?v=1&c=MS_GINS&k=2&d=E3A33B54CA52535B7F7BAEEC830C6076

皇太子殿下の耳と顔が真っ赤だったことから、お出まし前に飲酒されていたのではと見る向きもある。

http://www.yomiuri.co.jp/sports/wbc06/news/20060305i112.htm

http://cache.gettyimages.com/xc/57001280.jpg?v=1&c=MS_GINS&k=2&d=E3A33B54CA52535B7BB2EBA5B3DE76D4

準公務というからには、公務に準ずる行為と位置づけたいのだろうが、雅子氏はバッグも手袋も持たずに現れた。そしてジャケットのボタンをかけない、いたってカジュアルで季節感を無視した装い。写真からは、太ってボタンが掛けられないとの見方もできる。

http://cache.gettyimages.com/xc/57001208.jpg?v=1&c=MS_GINS&k=2&d=E3A33B54CA52535BCC4E5F8D3DE56EA3

【週刊新潮の記事より】


3月中に、ご家族でお出掛けの予定。その先は、上野動物園と東京ディズニーランド。


動物園は閉園日だが、ディズニーランドは通常の営業をしている日に。警備には三桁の人員が動員される模様。


その目的は


・幼稚園入園前の思い出作り

・他のお友達と話しが会わないと困るから


と説明。


思い出は無理矢理作るものかどうかという疑問もあるが、実のところ、公務があまりにも少なかったため予算が余っており、来年度以降その額を減らされないように、消化するためでは? と、もっぱらの噂。

<出典>
2006年3月2日号
特集
東宮御所のオクの奥 皇太子と雅子さま 夫婦別々の食卓



【食事について】
・皇太子殿下と敬宮さまは、8時にそろって朝食を召し上がる。


・雅子氏の朝は遅く、10時を過ぎてから食堂に来ることもある。


・「ご結婚間もない頃から毎日のように遅かったのです」と職員は取材に対してコメント。雅子妃のマイペースぶりに戸惑っている。


・昼食も、皇太子殿下と雅子氏は別々にとることが多い。


・皇太子殿下、雅子氏、敬宮さまが別の時間に個別に食事をされることも多く、大膳の負担が大きい。


・唯一、夕食時には、3人そろって召し上がる。


・皇后が皇太子妃時代に作られた小さなキッチンを、雅子氏が使うことはない。




【敬宮さまについて】
・地方公務等で、皇太子が留守のとき、敬宮さまの世話をするのは養育係。


・雪の日は愛犬ピッピとマリ(10歳以上の老犬)にそりを引かせている。


・塩を撒いては四股を踏んで皇太子相手に相撲を挑んでいる。



【雅子氏について】
・秋篠宮紀子妃殿下のご懐妊でショックを受ける風でもなく、よく外出している。


・こどもの城のすぐ側にある、国連大学に通学している。(日本には関連性の薄い)途上国の役人向けのセミナー などの抗議を、英語で聴き、英語でメモを取る。12階に用意された特別室で、人にあったり、PCを使っている。


・静養中のはずが、夜中に夜食を所望し、深夜に本を読んでいることが女官にばれた。


・ラテン語を学んでいる。


・ライフワークを探している。




【皇太子殿下について】
・ここ二三年、夫妻そろってテニスや散策をされることはあまりない。皇太子殿下は、独りでジョギングや散歩をして土日を過ごされることが多い。


・皇太子は厳しい局面を避けてしまうことが多く、優しすぎると評判がたったこともあった。


・例えば、学生時代に東宮御所でバーベキューをした際、ご学友の一人が急性アルコール中毒で倒れ、医者や看護婦や出仕が介抱にあたった。皇太子はその状況に耐えられなくなり「どうぞよろしく」で立ち去ってしまった。


・昭和天皇の御陵墓についての重大な取り決めについて話し合いが持たれていた際、皇太子は「それではわたしは失礼いたします」と先に一人で引きあげた。その姿に、紀宮さまが「無責任ですよ」と仰ったこともあった。


・静養先ではビデオやカメラを手放さず、雅子氏と敬宮さまにレンズを向けている。


・朝が苦手な雅子氏に変わり、朝は皇太子が車に乗り、敬宮さまをこどもの城に送る。


・実質的には、皇太子が敬宮さまの母親役をしている。


・一昨年暮れの御所のお餅付きでは、雅子氏は欠席。代わりに皇太子殿下が敬宮さまをかいがいしくお世話。しがみつく敬宮さまを眞子さま・佳子さまの所まで連れていき、遊ばせていた。




【東宮職について】
・東宮職の側近とも意思疎通がうまくいかず、雅子氏は感情的なもつれから部屋に閉じこもられることもあった。


・怒られたくないので、側近は黙ってしまい、悪循環で信頼関係が築けなかった。


・皇太子は全面的に雅子氏の「ライフワーク探し」を支持しているが、あまりにも雅子氏の意見を優先する姿勢に対し、関係者には賛否両論がある。


・餅つきの際、敬宮さまの世話を焼く皇太子の姿に、「おいたわしい」と漏らした側近がいた。


・「人格否定発言」から約1年半、皇居と東宮御所の間には特に大きな波風は立たず、 徐々にいい関係が戻りつつあった。そこにきて、「東宮職医師団の見解」が発表され、天皇皇后の側近たちは、いたましいほど落胆した。


・雅子氏のことだけでなく、「皇太子さまはどうしてこんなに変わられてしまったのか」と、失望する声があがっている。



※週刊文春を買って、今後の取材をサポートしましょう!


週刊文春編集部への激励メール:mailto:i-weekly@bunshun.co.jp


8月15日の終戦記念日、那須のご用邸にて、ご夫妻でテニスをされた後、夕方からレストランでディナーを召し上がる。


そして夜には、花火大会を楽しまれ、大変に充実した一日を送られた模様。


関係者談:「おふたりは、途中雨が降り出してもおやめにならず、楽しんでおられました」


【出典】
週刊文春

生産量の関係から、現在では外来種または、外来種との交配種を育てるのが普通だが、皇居では歴代皇后が在来種「小石丸」を飼育してきた歴史がある。


皇居内の紅葉山御養蚕所では、毎年5月の「御養蚕始の儀」から、2カ月ほど先の「御養蚕納の儀」の日まで、皇后が実際に自ら足を運ばれ、作業されている。


繭は製紙工場で生糸にされた後、織られて絹布になる。この布は、宮中祭祀や儀式に使われたり、賓客へのギフトとして使われることもある。


「小石丸」は大変に育て方が難しい上、とれる絹糸も少ないことから、一般の養蚕農家では、まったく飼育されていなかった。つまり、小石丸は皇居でのみ飼われる品種だったのだ。


御養蚕所においても、小石丸の飼育中止が検討された時、その美智子皇后は「残しておきたい」と仰った。美智子皇后は、日本国内で絶滅に瀕していたこの種の保護に勤められ、皇室に残る種を元に、現在は日本各地で小石丸の養蚕が復活することとなった。


小石丸が奈良時代に用いられていた種類にもっとも近いことから、皇后陛下が育てられた小石丸が作った絹糸が、正倉院染織品復元のために使われている。


宮内庁のHPや新聞等に載っている写真では、皇后陛下は綺麗な服で作業をされているが、これは撮影用の姿。実際には、ズボンや作務衣をお召しになり、職員と同じように作業されているそうだ。近年は秋篠宮眞子・佳子内親王のおふたりも、皇后陛下の養蚕を手伝われており、皇室の伝統は引き継がれている。



【参考図書】
タイトル:皇后陛下古希記念 皇后さまの御親蚕
     ―皇后さまが育てられた蚕が正倉院宝物をよみがえらせた
著者:『皇室』編集部 (編さん)
出版社:扶桑社
出版年:2004年10月
ISBN:4594047866

皇太子ご夫妻は平成18年2月16日午後、東京・上野の東京都美術館で開催された「第80回国風盆栽展」を訪れ、盆栽を観賞された。



このニュースは、雅子氏の久々の公務として、大きく報道された。


日本盆栽協会の会長は、元総理の宮沢喜一だが、この日は理事長が案内役を務めた。さいたま市の盆栽村で盆栽園を経営してる理事長の竹山浩氏の前で、笑顔を振りまいたご夫妻だったが・・・・。


テレビに映し出されるニュース画像のみせは知り得ない貴重な情報が「さるさる日記」の「御茶ノ水盆栽倶楽部 緑の日記」に詳しく記されている。


後日、誕生日の会見で


「また雅子の場合、最近もいくつかの公務を行いましたが、これはあくまでも回復のための足慣らしの意味もありますので、そのあたりのことを皆さんにはお分かりになっていただきたいと思います」


と、皇太子自らが発言。※2年前の「やりがいがある公務」のときと同じく、招いた主催者サイドに対して、配慮がなさすぎるという感想を持った国民も多い。



※宮内庁の湯浅利夫長官が定例の記者会見の席で、「皇太子妃雅子さまの公務について、皇太子さまから『社会の変化に合った皇室の対応も当然あり、やりがいのある公務が望ましい。そういうことに積極的に関与することで、体調の回復に役立つことも考えられるのではないか』との話があった」と明かし、議論を呼んだ。

【出典データ】
タイトル:さらば外務省
著者:天木直人
出版社:講談社
出版年:2003年10月
ISBN:4062121093


小和田恒については、出張先で夜中「缶切りをもってこい」と要求があり、持っていくと「その缶切りを試したかい」と質問があり「試してない」と答えると、そのままドアを閉めてしまったという、ただそれだけである。いったい何?詰めの甘さを指摘されたということだし、一事が万事なのだろうが、それにしても次元の低い話だ。