くまとホルンとベルギーと

くまとホルンとベルギーと

ベルギーの音楽院にてホルンとナチュラルホルンを専門的に勉強しています。
大好きな音楽についてのんびり綴っていけたらと思います。

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12月の頭ですが、DALFというフランス語の検定試験のC1という級を受けて来ました。受けようと思い本を買ったのが2年前、レッスンを受け始めたのが1年前と、かなりだらだら準備してしまいましたが、よし受けるぞ、と本気で決めてからは1ヶ月半ほどでなんとか合格までたどり着くことができました。
今回は、試験を振り返りつつ、DALF C1の勉強法などをまとめてみたいと思います。
 
前置きですが、こちらは全て私がベルギーで受けたレッスンのまとめですので、必ずしも世界中で通用するかどうかというところまでは責任を持てません。また、DALF公式の採点基準などは非公開になっているので、これらが必ず高得点につながる方法かということも実際はわかりませんのでご了承ください。
 
 
まず、DALF C1を取得するには、4つのカテゴリーに分かれた試験を受ける必要があります。このあたりの情報は調べると他のサイトに書いてあると思うので、割愛します。今回はこれらの試験の中でも特に難易度が高いと言われる production orale (以下 exposé) と production écrite のコツについてお話ししたいと思います。
 
まず、合格への1番の近道は、良い先生を探すことです。DALFは独学で挑戦することも不可能ではないと思いますが、良い先生に習うことが何よりもの近道だと思います。
まず、その先生がネイティブであることは大前提です。ただし、ネイティブであれば誰もがフランス語をきちんと話せる訳ではないので、その中でもきちんと信頼できる人を選びます。
ここで注意したいのは、添削とはただ綴りの間違いを直したり、文法ミスを指摘したりしてもらうことではないということです。よって、格安の文章添削システムやlang-8などの添削サイトはあまり使えません。もちろんミスをなくすのも大切ですが、何よりも大事なのは、作文の書き方や構成の作り方、現地の人の考え方、意見の述べ方などを習うことです。自分の作文のどこが文法的に間違っているかではなく、どうしたらより完成されたフランス語の作文に近づくか、を指摘してもらったり、アドバイスしてもらうことが大切です。
もうひとつ大切なのは、先生の一般常識の知識です。DALFではひとつの社会問題に対して意見を述べることを求められるのですが、私たち日本人とは違う世界に生きているヨーロッパ人の一般的な考え方を、先生が説明できる必要があります。日本の小論文では誰も気に留めないような発言が、ヨーロッパではタブーになっていたりします。その辺りの知識がない先生だと、考察に深みのある作文を学ぶことができません。
 
この試験で求められるのは、完璧なフランス語運用能力ではなく、フランス語を使って、自分の意見を正しい方法で論理的に述べる能力です。
文法ミスを指摘してくれる先生ではなくて、作文の書き方を教えてくれる先生を選ぶことがまず重要です。
 
まずは、Ecrite と orale どちらにも共通して言えるポイントから、まとめていきます。

 
Production orale et production écrite
 
・形式を守る
DALFでは、どの場合においても、introduction-corps-conclusion の三部形式を求められます。
Introductionでは、テーマをはっきり述べたり、具体的な問題をあげたり、それに対する自分の意見を簡単に述べたりします。
Corpsでは、何故そう思うのか、どんな具体例が挙げられるのか、もしくはそれぞれの良い点悪い点をあげたり、アンチテーゼを展開したりします。
Conclusionで結論をまとめます。
 
また、Corpsの中ではPremièrement, deuxièmement や d'abord, ensuite などの言葉を使って細かく段落を分け、形式を作っていきます。
 
これらは日本の小論文とあまり変わらないと思いますが、自分の考えをまとめることに必死になっていると忘れがちです。exposéの場合もdissertationの場合も、形式をきちんとまとめることは採点の大きな基準となるので、絶対に守るようにします。
 
 
・タイトルにしっかり目を通す
文章を読んで行けば、その記事が何について話しているのかは大体わかると思いますが、結局何が言いたいのかという1番大切な部分はタイトルに書いてあることが多いです。例えば、同じ捕鯨について話している記事でも、タイトルが「捕鯨をやめるべきか?」なのと「どうしたら捕鯨はやめられるか?」では書くべき内容が違ってきます。またexpression écriteでは何について論ずるべきか指定されるので、そういうところのチェックを忘れずにするようにします。
 
・出典に目を通す
特にexposéやdissertationのときは、文章を手短にまとめることがあると思います。その時は、必ず出典を明記します。D'après やselon を使って、人物名や新聞名、雑誌名を明記すると、ポイントupです。
 
・自分の意見(=考え方)を無闇に述べたり、自分の経験を例えに出さない
ここが、日本語の小論文と大きく異なる点だと思います。フランス語の小論文では、自分の意見を前面に出すことを嫌います。あくまで客観的に事実を述べて、そこからこう考えるのが妥当ではないかと結論づけることを求められているのです。日本人は特に自分の意見を言うのが苦手なため、小論文では自分の意見(=自分の思いや考え方)をはっきり書くように習ってきたと思います。ですが、その書き方だと絶対に主張が強すぎると言われてしまいます。自分がどう考えるかは具体的に述べずに、客観的に事実を述べていきます。
 
私はこれこれはこうだと思います、なぜなら…✖️
こういうことが起きているので、こう考えるのが自然だと思います ○
 
具体例を出す場合は、自分の経験ではなく、誰もが周知の事実を述べるほうが良いとされます。例えば「私の両親は離婚しましたが今でも連絡を取り合っています」と書くのではなく、「世の中には離婚しても頻繁に連絡を取り合う夫婦もいます」という書き方に改めます。
Dissertationの第2段落においてひとつ有効なテクニックに、主語をje ではなくnousにする、というものがあります。
Je pense que = Nous pourrons dire que 
J'ai déjà entendu que = Nous pouvons remarquer que 
のように、主語をnousにして一般的な話を客観的に書いていくと、論文の信憑性が高まると言われます。
 
・テーマについて
出題されるテーマですが、いくつか問題集などをやっていると、ある程度傾向が見えてくると思います。(私は人文科学選択だったので、そちらのお話しかできません…)
私の経験上、最頻出のテーマはnumériqueです。実際、今回の試験でも出題されました。numériqueが今後の教育、読者層にどのような影響を与えるか。世界から紙の本は消えるのか、ジャーナリストの地位は下がるのか。また転じてréseaux sociaux も多く出されると思います。この辺りはざっと自分の考えをまとめておくと、いつ出題されても安心して答えることができます。
次に多かったのは、教育についてです。教育の平等や男女共学について、先生と生徒の関係について、道徳の授業の有無について、多言語習得についてetc。この辺りは母国との比較が効果的になることもあるので、日本の教育の現場を知っておくことも大切です。
3番目に多いのは、環境問題です。私が今回受けた試験で出たのは、都市部における農作についてでしたが、他にも捕鯨の話やエネルギーに関する話などは出てもおかしくないと思います。
 
反対に、絶対に出ないであろうテーマもいくつか挙げることができます。例えば、外国人向けの試験なので、移民問題などは絶対に出題されません。ポジティブな側面の話であったとしても、レイシスト、宗教や政治に関わる話も出題されることはないでしょう。
また、私の問題集にはフランスの歴史に熟知していないと答えられないような問題もいくつか見られましたが、本番ではそのようなことが起きないよう配慮して文章を選んでいるように思いました。例えば、問題集にはMai68(1968年にフランスで起きた学生運動)やbeur(アラブ人を指す隠語)などを知らないと解けないような問題が多くありましたが、本番ではそのような単語は見られなかったり、注釈がつけられていました。
 
ここからは、それぞれの書き方について詳しくまとめてみたいと思います。
 
 

Production écrite
Synthèse
synthèseは日本語にすると記事の要約のことで、当たり前ですが自分の考えなどは盛り込んではいけません。また、元の文章と全く同じフレーズを書いてもいけません。これは、幾らかの単語を別の単語に置き換えたり、幾つかの文章をひとつにまとめたりすることによって避けることができます。
Synthèseのやり方はいくつかあると思いますが、ここでは私のやり方を紹介したいと思います。
 
私は必ず直接書かずに、以下のような下書きをしてからまとめていました。下書きは確かに時間を取られますが、全体の構成をバランスよくまとめるためには欠かせない大事な部分だと思います。
 
①まず記事を読んで、ひと段落あたり一文を目安に、短くまとめます。この時点で、なるべく元の文章と同じにならないように、単語や文章に変化を与えておきます。記事は複数ありますが、全て一度に行います。複数の記事にまたがって全く同じ内容がある場合は二つ目以降を省略します。
②全ての記事に通し番号をふります。
③synthèseの中にどう組み込んだら流れが良くなるかを考えていきます。三部形式や第2段落もいくつかに分けられるような構成でまとめられることを意識しながら、通し番号を振ったこれらの文章を書く順番を決めます。
④順番が決まり、構成ができたところで、文章が自然になるように接続語を足したり、言葉を補ったりします。
⑤文字数を数え、多ければいらない単語を削り、少なければ足していきます。(足すのも引くのも、副詞から始めるのが良いです。vraiment, effectivementなどはあってもなくても意味が変わらないので。その次に調節しやすいのは、出典です。研究者の名前や肩書きを長くしたり短くしたりで調節します。20字以上誤差がある場合は文章単位で調節します。)
⑥最後にもう一度読み返して、自然な文章かチェックします。
(特に同じ言葉が繰り返されてないか、接続語は正しいか等をよく見ます。)
 
ここまでを1時間以内で仕上げるのが理想です。その後、15分で書き写し(清書)できると、余裕を持って仕上げることができます。

参考画像です…汚いし間違いだらけですがゲラゲラ
{D221D5F2-A9A5-4389-B045-14F2FC0C1366}
 
{33923B9B-D950-465C-A798-32F0F580A725}

 
 
字の数え方ですが、10字ごとに鉛筆で小さく数を書きながら数えていくのがオススメです。文字のカウントの仕方にも決まりがあるのですが、公式に発表されているのでここでは省略します。
 
Dissertation
次に、Dissertationのお話です。
流れとしては、
 
①構想を決めます。下書きの紙に、三部形式を意識しながら大まかな流れや大体何を書くかをまとめます。
②実際に書いていきます。
③文字数を数えて調節します。
④自然な文章かチェックします。
 
ここまでが1時間でできると、清書に15分、余裕を持って終えることができます。
Dissertationでは特に、上記にあげた、自分の意見を前面に押し出さないことを意識します。

構想
{74D3BB93-7BBA-49EE-AF24-CC1069099232}

下書き
{97379CA8-F4CD-4157-AB34-162E05F9F9F5}

色々な書き方があると思いますが、私はいつも大体introductionに
①テーマの提示
②記事の要約(selon〜などと出典を明記して始め、一文以内に収める)
③自分の意見 (je suis pour /je suis contre etc)
の3つを入れるようにしています。
 
Corpsではpremièrement, deuxièmement を使いながら、客観的に事柄を述べていきます。アンチテーゼもかならず述べます。
 
Conclusionは簡単な結論なので、私はいつも下記のようにまとめていました。
D'après ces (数) points mentionnés ci-dessus, nous pourrons conclure que 〜
 
またdissertation では Mise en page がとても大切になって来ます。DALFでは、インターネットサイトへの投稿だったり、何か団体へのメッセージだったり、講演会の準備だったりと、どのような立場から意見を述べるのか指定されるので、それを守ることがとても重要です。特に注意したいのは、手紙を書くという指示があったときです。丁寧な手紙の場合はMadame, Monsieur で始めて、l'expression de mes sentiments distingués で終わらなければならないなどと細かい決まりがあるので、そちらもきちんと調べておく必要があります。
また稀に、pour か contre どちらの視点から書かなければならないか指定されていることもあります

 
Production orale
préparation
次に production orale のポイントについてまとめていきたいと思います。まず、準備段階のお話です。注意事項はほとんどdissertation と同じです。
 
・両方の記事のタイトルをよく見る
何について語るべきなのをかをしっかり読み取るためです。記事から大まかなテーマを読み取ることも大事ですが、タイトルには1番大切なテーマが提示されており、それを見逃してはいけません。
 
・出典を見る
Exposéの途中で出典や記事の内容を語る人物を交えると、情報に関する信憑性が増します。必ず〜の記事によると〜、〜大学教授の〜さんの話によると〜などと出典をはっきり述べましょう。
 
・必ず三部形式で
Production écriteの時と同じように、必ずintroduction-corps-conclusionの三部形式でまとめます。
 
Introduction 
①何について話すのか②テキストには何が書いてあったのか③それについて自分は一言でどう思うか、の3点を必ず伝えます。例えば、
①Je vais vous parler de~ 
②D'après ces textes, ~
③Personnellement, je suis tout à fait (d'accord / contre)...
のような感じです。
 
Corps
Exposéでは長い間話さなければならないので、自分の体験談などを入れても良いと思います。なるべく多くの例を交えて話します。
 
Conclusion
Dissertationの時と同様に、以下の方法でまとめます。
D'après ces points-là, vais conclure que ~ 
 
さて、ここまではdissertationと大体同じ方法でしたが、exposéの準備に当たってひとつ注意することがあります。それは、準備のメモに長い文章を書かないということです。
準備のメモには、自分が伝えたい内容を思い出せるだけの最低限の言葉を書いておきます。Exposé本番で、自分が周到に用意した文章を丸読みすることは減点対象です。あくまでどんな流れにするか、何について話すかを決めて、それを思い出すための『地図』であって、決して『台本』であってはなりません。
メモはなるべく短く、簡潔に、できれば単語で済ませます。長ければ長いほど、本番で読むのに時間を取られ、混乱します。

これでもまだメモが長いです…
{D702BB8F-64E0-493F-B6FB-4B7720A5EC90}

Exposé
次に、実際に話す時の注意です。
 
・まず、なるべく審査員の目を見て話すようにします。メモは忘れた時や、流れを確認するためだけに見るようにします。あくまで、文章を作るのはその場の自分です。その場で思いついた体験談や、付け足したいと思ったことは、迷わずに言ってしまって良いと思います。
 
・学校で何度かした経験からもわかるのですがexposéの当日はきれい目な格好で行きます。身だしなみを整えていくのは、点数に直接関係ないかもしれませんが、礼儀としてとても大切です。審査員の印象をよくするためにも、少しおしゃれをして行きましょう。
 
・身振り手振りを交えて話します。まるで講演会をするように、遠いところにいる人に話すようにせず、今目の前にいる審査員に訴えかけるように、おしゃべりをしているかのように話しましょう。たとえば、途中で Vous voyez, と相槌を求めるのもひとつのテクニックです。あなたに話してますよアピールできます。
 
・もし途中で言葉に詰まったら、Attendez... や comment dire... などと間を取っても大丈夫です。
 
・言葉遣いは、そんなに気にしなくても普段通りで大丈夫です。たとえば私は普段ほとんどneを入れて話さないのですが、無理に入れてぎこちなくなるよりは、いつも通り省略して自然体で話す方が良いと思われます。ですが、もちろんtuで話してはいけませんし、gros mots も反射的に言わないように気をつけます。間違えたり、うまくいかなかったときは、punaise やpurée はもちろん、zutなども避けて、attendez や euh… などで代用します。
 
・質疑応答などで、質問の意味がわからなかったり、知らない単語があったりしても、焦らずに聞き返します。そこで止まってしまうと減点されてしまうので、会話のキャッチボールを目標に、落ち着いて対応します。
 
・とにかく笑顔で、感じ良く、落ち着いて、を心がけます。


 
試験を終えて
 
試験を終えてみて、始めに思ったのは「もう2度と受けたくない」でした(笑) 何時間もの集中力を求められ、おまけに室内が暑くて喉は渇くし、水飲めばトイレに行きたくなるし…と悪循環で、終わったときはヘトヘトで、これでたとえ受かってなくても2度とC1は受けないぞと誓いましたw
C1は仏仏辞書が持ち込めるという話も出ており、私も持参していたのですが、結局使わせてもらえませんでした。幸い試験そのものはそんなに難しくなかったと感じたので、必要なかったし、たとえ使えたとしても引く時間はなかっただろうと思いました。
 
準備に私はこちらの本を使って勉強したのですが、こちらの本が難し目に設定されていたためか、試験はかなり簡単に感じました。
https://www.amazon.fr/ABC-DALF-Niveaux-C1-Livre/dp/2090381795/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1487286881&sr=8-1&keywords=dalf

余談なのですが、こちらの本も持っていたのですが、練習問題が試験の形式に即しておらず、使いにくい印象を受けました。出版年も古いので、上記の本をお勧めします。
https://www.amazon.fr/Nouveau-DALF-C1-1CD-audio/dp/2090352337/ref=sr_1_5?ie=UTF8&qid=1487286881&sr=8-5&keywords=dalf


試験本番では、文章題は答えやすい質問が多く、選択問題も"複数回答あり"のものがなくて、かなり助かりました。また答えをjustifierする問題も、全て抜き出しでOKだったので、時間にも余裕がありました。
Exposéの準備時間は1時間のはずだったのですが、部屋に入ってから数えたら1時間ほどありましたが、問題を受け取ってからは45分しかなかったような気がしました。また、30分のexposéだったはずなのですが、気づいたら40分以上話していました。この辺りは会場によって曖昧なのかもしれません。
Exposéのテーマはくじ引きで引いた2つの中から、さらに自分で選ぶことができました。
 
結果は点数がでているだけで講評がなく、どこが良くてどこが悪かったのかは全くわかりませんでした。ぜひこの記事を読んで、自分の時はこうだった、自分はこう勉強した、これはやらない方が良いと思う、などありましたら、コメントやメールなどいただけたら嬉しいです。
長くなってしまいましたが、いつかDALFを受ける方の参考になれば嬉しいです。
 
 

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久しぶりの更新となってしまいましたが、皆様お元気でしょうか。私は、無事に夏休みを終えて、これから新学期ですビックリマーク
実は、ブログではまだお話ししていなかったのですが、今年は大変なことがありました。

1月の実技試験の直後のことですが、よそ見をして歩いていて電信柱に激突、唇を怪我してしまい、長い間ホルンの演奏をお休みしていました。現在はリハビリのおかげで音域もほとんど復活し、ほとんど前と変わらない状態で演奏できるほどにまで回復しましたが、3ヶ月以上にわたって楽器を中断することは、簡単なことではありませんでした。しかし、この空いた時間を利用して多くのことを学ぶこともできました。今回は、そんな半年間ののまとめを書きたいと思います。

怪我をして1週間は、ご飯を食べるのも水を飲むのも大変で、唇は紫に膨れ上がり、マスクなしで外出できないほどでした。しかし1週間経つと腫れも痛みも引いて、日常生活に支障はない程度まで復活しました。
ところが、傷の位置が悪く、ちょうどホルンのマウスピースを当てるまさにその場所にあるため、この時は楽器の演奏は全くできませんでした。
それからしばらく経っても一向に治らないので、初めて大きな病院を受診したところ、「完治まで早くて3ヶ月、長くて1年」と言われてびっくりしてしまいました。日常生活に支障がないので、普通の人にしてみれば治っているも同然なのですが、ホルンを吹くには怪我が完全に治っている必要があり、それにはこんなにも時間がかかるのです。「ほぼ治っている」ため、具体的な処方や薬がないことも問題の1つで、痛み止めを飲んで、気長に待つしかないと言われました。「絶対に治る怪我で、必ず復帰できる」と言われたのが、不幸中の幸いでした。

帰って先生に報告すると、さすがに驚いた様子で「それなら、これからの計画をすべて変えないといけないね」と言われました汗つまり、学校の演奏会も、これから計画していたコンサートも全て中止、室内楽や移調の授業はもちろん、レッスンも受けられないということです。私は2月から4月にかけてすでに5つ以上ものコンサートやお仕事の予定がありましたが、すべて断らなければなりませんでした。なぜかこんなときに限って、怪我の後からも度々演奏の依頼が来ましたが、それらもすべて断らなければなりませんでした。本当に嬉しいことに、皆心配するだけでなく、私が参加できないことをとても残念がってくれて、中にはぎりぎりまで私の席を確保しておいてくれたオーケストラもありましたキラキラしかし、結果から書くと、今学期はひとつも参加できませんでした。

怪我した時以上にこの時期は辛く、楽器を完全にストップしてから1週間くらいは、ブルーな日が続きました。何をしても楽しくなく、普段はあれだけ好きだった料理もフランス語もやる気が起きなくて、毎日ぼーっとして過ごしました。音楽も聴く気が起きないし、ましてやレッスンの聴講などは、他人がホルンを吹いているのを聴くのが辛くて耐えられず、先生に勧められていたにも関わらず途中で帰ってしまったこともありました。

大親友のエストニア人が、そんな私を見て旅行を勧めてくれたことから、生活に少しずつ変化が現れてきました。確かに音楽留学って、毎日の練習が大事になるので、ヨーロッパにいるにも関わらず、旅行をするようなまとまった時間が取れないのです。友達も、怪我した私を気遣いつつも「楽器ないならバカンスじゃん。いいなー、私も休みたい〜」という人が増えてきて、むしろ自分が恵まれてる気持ちにさえなってきました。3年半必死に生きてきて、確かにこうやって楽器に触れずに過ごす余裕はありませんでした。
結果から書くと、いろいろ試行錯誤したのですが、筆記系の授業がなんだかんだで毎日あるため、国外に出たり長期で旅行することはできませんでした。けれど、自分の町のまだ行ったことのない美術館を訪れたり、ずっと行ってみたかった町を散策したりすることはできました。

1日かけてトゥルネーにある「ベルギー七大秘宝」のひとつ、聖遺物箱を見に行きましたが、細かな彫刻や絵が本当に美しかったです。人がいなかったので、係員の方に死ぬほど質問しまくって、解説もしてもらいました。トゥルネーでは他にも幾つか美術館を訪れることができました。


トゥルネーの教会。


ナミュールで訪れた「アフリカ博物館」はかなり衝撃的でした。その日はなんと「プロの解説員限定ツアー」が行われており、何も知らなかった私はその中に混じって、なんと2時間もの解説を細かく聞くことができました!!(ツアーが始まってしばらくして自己紹介が始まり、「あなた誰ですか?」となったところで、このツアーが招待者限定のものだったことを知りました(笑)しかし、皆歓迎してくれたので、一緒に参加しました。) 

コンゴがベルギーの植民地であったことは、この時に初めて知りました。内容は長くなるので割愛しますが、もともとコンゴはベルギーの王様レオポルド二世のもので、彼が統治しきれなくなってから、正式にベルギーの植民地になったそうで、コンゴベルギーにゆかりのある品々をたくさん見ることができました。当時は植民地になってからも、ベルギー人にとってコンゴは謎に包まれた国であり、彼らの文化を理解するためのイラストやおもちゃ、幾つかの写真、地図などが印象的でした。



これらの絵は、当時コンゴに行かれないベルギー人が、コンゴをイメージできるようにと描かれました。多くの画家が国からの支援を受けてコンゴの絵を描きに行っていたそうです。


ディナンドリーと呼ばれる、銅で作られた壁掛け。コンゴの生活の様子を表しています。



コンゴのパズルは、小さい子供が興味を持てるようにと作られました。


コンゴにすっかりはまった私はこの頃からベルギーの歴史に興味を持ち出し、図書館に通い始めました本 図書館も今まで一度も訪れたことがなかったので、とても良い機会だったと思います。しばらくはコンゴブームが続き、植民地時代の話やベルギーの歴史などの本を読んでいましたが、ある時「そういえば、いつのまにかフランス語で本が読めるようになっていた」ことに改めて気付き、今度は読書にはまりだしました。
アメリー・ノートンというベルギー生まれ、日本好きの有名な作家さんを始め、小説を何冊も読みました。アメリー・ノートンはこちらに留学してきてすぐのころから何度か話題になっていたので知っていましたが、初めて読みました。何冊か読んだところ、私の好みではないことがわかりましたが、話題の小説を読めてよかったです。
この時1番衝撃を受けたのは、フランソワーズ・サガンの「悲しみよ こんにちは」です。日本語で昔読んだはずでしたが、覚えていなかったので、ラストはかなり衝撃でした。美しいフランス語、読みやすい文体、爽やかな舞台とドロドロしたストーリーがとても綺麗で、読み終わってからもなかなかその世界から抜け出せませんでした。

その後、小説ではなく、百科事典にもはまるようになりました。子供向けの百科事典にはイラストや写真が多く、読みやすい上、単語の勉強にもなるし、知識も増やせるし、一石二鳥と思って始めましたニコニコこの時はまったのは、天文学です。ある一冊の子供向けの天文学の本を読んで、初めて天文学が面白いと思いました。その本では宇宙の誕生、天文学者の誕生から、だんだん科学の力が発展して、人が宇宙を理解していく様子を示しており、月に行ったところまで読んだ時は、自分がそれらの歴史を客観的に見ている気がして、不思議な達成感がありましたお月様そして最後のページは、地球から生き物がいなくなった時のイメージ写真を掲載しており、火星のような真っ赤で砂だらけの変わり果てた様子がかなり衝撃的でした。もちろん私の人生には関係ないけれど、地球も太陽もえ 永遠ではなく、いつかこの最期を迎える時が来ることに初めて気付きました。

同時期に、「スペクトル楽派」という音楽の楽派にもはまっていました。宇宙の音や規則をグラフ化し、そこから音楽を作るという楽派で、考え方が斬新でした。最初はこうやって規則を音楽に当てはめることは、こじつけだし、面白くないと思いました。しかし、「宇宙の全貌を知ることはできないから、宇宙の規則そのものが宇宙であり、宇宙の規則を音楽にしたものは、宇宙の一部を理解することと同じだ」というところにものすごく惹かれました。この時ちょうど学校の授業で哲学があり、音楽と宇宙がどうつながっているかの話も出てきていて、一時期哲学にも興味を持っていました。けれど、スペクトル音楽は資料が少なく、哲学は読める本があまりなかったので、ブームはそんなに長くは続きませんでした…

図書館にはたくさん日本の漫画があり、漫画もかなり読みました。息抜きにはちょうどよかったし、会話の勉強にもなりました。



3月のベルギーでの同時多発テロを受けて、イスラム教にも興味を持つようになりました。何よりこの時から、毎日フランス語で新聞を読む癖がついたのがよかったですメガネ
この時期は毎日ものすごい量の読書をしていたので、読むのがうんと早くなり、それから、知らない単語を想像するのが上手になりました(笑)
けれど、1番良かったことは、フランス語の勉強と思ってしていた読書が、一般教養の足しになっていたことです。いつのまにかフランス語ではなく、フランス語を通して見るその先の世界に夢中になっていました。今まで音楽ばかり見ていたけれど、世の中にはまだこんなにも面白くて、不思議で、興味深いことがあるのだと、初めて気付きました。

この体験が、今回怪我をして得た1番の収穫です。今まで興味がないことは、ふーんで済ませていましたが、何でも調べてみたら面白いし、自分で考えるのは楽しいし、知識が繋がったらすっきりするし、学ぶことの楽しさを知りました。

4月には前回お話ししたシーフードエキスポの通訳のお仕事があり、その他に、テレビ番組作成のためにベルギーでの取材を担当する通訳に受かり、事務所に登録をすることができました。エキスポの後は英会話を始め、フランス語講師としても働き始め、その他にも少しずつ翻訳やテレビ局のレポートなどが重なりものすごく忙しくなってきた頃、病院で2度目の受診を受け、楽器を再開し始めることになりました。

一時的ですが音楽から完全に離れてしていまったため、再開は正直かなり不安でした。実際に、始めはとても苦労しました。初めて楽器を持って1ヶ月の頃のように、ロングトーンのみ、音域も中音域のみで、10分吹いただけで、唇が腫れ、次の日演奏できないこともありました。それでも順調に回復しつつリハビリできたのは、私の優れた先生のおかげです。
私の先生は、私が楽器が吹けないときも毎週必ず私に唇の調子を聞いて、アドバイスをくれていました。復帰してすぐ、どんなに私がへろへろな音を出しても、根気よく教えてくださいました。へろへろな音の中にも、良いへろへろと悪いへろへろがあるものです(笑) 良い吹き方で出た音は、どんなにへろへろでも、良い素質を持っています。
練習メニューも、課題も、すべて先生が決めてくれ、アドバイスとともに、なぜそれを練習するのか、どうしてそれが大事なのかを教えてくれました。私が毎回レッスンのあとに「痛いし、前みたいに吹けないし、これから先が怖い」とこぼしても、「大丈夫、僕の言う通りに練習すれば、絶対によくなる。」と励ましてくれました。

ものすごく簡単なエチュードが痛くて吹けなくて、こんなものも吹けないなんてやめてしまいたいと思うこともありましたが、その都度先生は前回よりもよくなったところや音色が戻ってきたことなどを褒めて、励ましてくれました。そして、毎週違った練習メニューを組んで、私の上達に合わせたアドバイスをしてくれました。

最初は簡単なエチュードを1小節ずつ吹いていたのが、だんだん1段、2段、1曲、と通して吹けるようになり、難易度を少しずつあげて、ついにモーツァルトの協奏曲3番が吹けるまで回復しました。私が4年前に入試で演奏した曲です。始め、それが次の課題になったとき、私は絶対に無理だと思いましたが、何度か練習するうちに意外と吹けるようになってくるのがわかりました。むしろ、4年前より音楽的に成長し、また頭もよくなって、どうすれば最小限の力で演奏できるか、どう練習すれば効率が良いかわかるようになってきているので、むしろ4年前より簡単に演奏できる部分もありました。
前年度最後のレッスンの日に、モーツァルトの3番を全楽章、先生の前で演奏しました(さすがに止めながらでしたが…)。先生はとても褒めてくださり、「僕の中では、君はもう完全に元の状態に戻っているよ。」とのコメントをいただきました。私は「でも、まだ痛むし、同じ曲を吹くのに前の2倍も3倍も努力しないといけないし、まだ本調子じゃない」と反論しましたが、「君は前と同じ美しい音色で、同じクオリティの演奏ができるのだから、それはもう戻っているのも同然だよ。痛みはすぐには治らないし、これからも"痛みと一緒に"演奏活動をしていくことにはなるだろう。でもそれは、楽器が美しく吹けない理由にはならないよね?」と言われて、やっと、ああそういうことか、ついにここまで戻ってきたのか、という実感が湧いてきました。

翌日行われた実技試験は、受けませんでした。先輩方の卒業の節目にあたる今年、私を含めて4人でシューマンのコンチェルトシュトゥックという、4本のホルンのための協奏曲を演奏する予定でしたが、私の代わりに先生が私のパートを演奏しました。この曲はホルンの曲の中でも最も難しい曲の1つで、特に1番ホルンのパートは相当のホルン奏者でないと務まらない難しいもので、先輩の美しい演奏にとても感銘を受けました。こんな曲をソリストのひとりとして演奏できる機会はなかなかないので、出られなくて本当に本当に残念でしたが、先生が「大丈夫、ホルンを続けてさえいれば、いつかまたチャンスがやってくるよ」とウィンクしてくれました!

夏休み中は無理せずに休みを取りながら練習して、現在ではほとんど前と同じように演奏することが可能になりました。9月半ばには8ヶ月ぶりとなるコンサートも控えて、完全に「復帰」できそうです音譜
大変なこともありましたが、いろいろと学ぶことも多かったこの半年は、決して無駄な休養ではなかったと思います。
とりあえず今は、再び楽器や音楽に囲まれた生活が戻ってくるのが楽しみで仕方ありません。
更新は遅いですが、どうぞこれからもくまとホルンとベルギーとのブログをよろしくお願いいたします。


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大変久しぶりの更新となってしまいました。前回の記事は大反響をいただいたようで、私の知らないところでもFacebookやtwitterでシェアがされており、このブログも不特定多数の人に見られているのだなあと再実感することになりました。

さて、このブログでは今まで音楽のことを中心に話してきましたが、今回は私の大好きなフランス語を使って素敵な体験をしてきたことをお話ししたいと思います。

ことは、ベルギーの掲示板で通訳の募集を見つけたことから始まります。今まであまりこのブログではお話ししていませんでしたが、私はフランス語が大好きで、日常生活に全く支障がない今でもレッスンに通って小論文や読解を習っているくらいです。将来、ホルンを使ったお仕事をしたいのはもちろんですが、何らかの形でフランス語も生かしたいと昔から思っていました。そこで通訳の募集を見て、やってみたいと思い、応募してみたのです。今まで音楽関係の通訳はしたことがありましたが、このようなお仕事での通訳に応募するのは初めてで、少し不安もありましたが、ダメ元でメールをしました。するとあっさり返事が返ってきて、採用していただけるということでした。
通訳の仕事は前から興味があったのですが、経験者のみの募集が多く、なかなか応募する機会に恵まれなかったので、初めて応募してあっさりと採用されたので、少しびっくりしてしまいました。自分が通訳に向いているかもわからなかったし、経験もなくて急に怖くなったりもしましたが、どの通訳の人も初めてを切り抜けてきているんだ、と言い聞かせて、採用されたからには頑張ろうと思いました。

私を採用してくださった会社は、和田久 といって、ヨーロッパで鰹節を生産し、輸出している会社でした。どんな展示会でどんな通訳をするのか全くわからなかったので、とりあえず1ヶ月以上かけて、鰹節の製造方法や歴史などを調べ、専門用語や料理用語をリストアップして勉強し、出汁や鰹節などについてのウィキペディアは暗記して説明できるまで練習しました。私は基本的にこうやって自分から勉強するのは好きなので、全然苦ではなく、むしろ楽しかったです。

前日の軽い打ち合わせで、今回のお仕事にかなりの応募があったことを知りました。私は自分のフランス語力にある程度自信はありましたが、それでも何十人の中から選ばれるほど優れているとは思えなかったので、幸運に幸運が重なってこの舞台に立てるのだと実感が湧いてきました。
その時に詳しく聞いたのですが、今回お世話になった鰹節屋さんは築地の老舗の鰹節やさんの3代目で、ヨーロッパに鰹節が輸出できないのを受けて、スペインに自ら工場を建て、そちらで生産して輸出しているとのことでした。その鰹節に対する熱意と、自腹を切ってでも鰹節をヨーロッパに輸出したいという思いを、本当に尊敬しました。社長さんのブログはこちら


次の日、バスに乗って会場のブリュッセルエキスポまで行きました。今回のシーフードエキスポはビジネスマンなどの関係者しか入れないため、なんだか場違いな気がしてかなり緊張しました。バスの中からドキドキしながら見た綺麗なアトミウムを一生忘れないと思います。
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ブリュッセルエキスポの正面玄関。左右にずーっと広がっていて、私たちのブースはこの写真に収まっていないほど遠くにあります。

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荷物検査を通って中に入って、予想以上の綺麗な展示会場にびっくりしました!私が今まで行ったジャパンエキスポやホビーショウなどの展示会場とは比べ物にならないほど、きれいなデコレーションで埋め尽くされていました。
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たったの3日間の展示会ですが、世界中から人が集まる絶好のチャンスですから、皆がこれだけ力を入れて準備する理由もわかる気がしました。そして、こんな素敵な舞台で働けると思うと、本当に嬉しくてワクワクしました。

今回は鰹節を使って出汁を取り、その出汁を使って茶碗蒸しを作って試食を提供し、商品の説明をするというお仕事でした。鰹節削り機も、削る前の鰹節も初めて見て、初めて味見して、今まで食べたことないほど美味しくてびっくりしました!一枚一枚が大きくて、鮮やかなピンク色をしていました。
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削りたて。こんなに大きな鰹節初めて見た!

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鰹節削り機。

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削る前の鰹節。思ったより小さい!

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削った残り。まるで木のよう!木より乾燥していて硬いそうです。

慣れてくると、時間が経つにつれて鰹節の質が低下する様子もわかるようになりました。削りたての鰹節は別格に美味しかったです。
鰹節や茶碗蒸しに対する外国人の反応はかなり興味深かったです。鰹節自体を知らない人もかなり多く、怪訝な顔をしながら食べる人、説明する前から手を出す人、嫌だ嫌だと言いつつ食べてみたら美味しいと言う人など、反応は様々でした。鰹節自体は絶妙な塩気がポテトチップスの様に感じる人が多いらしく、これは前菜なの?と聞かれるのが面白かったです。全体では八割程度の人が美味しいといいながら食べてくれたと思います。
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私たちのブース。

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これで一口茶碗蒸しを作りました。

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日本料理がこれだけ普及しながら、鰹節の認識が低いことにも驚きました。これは輸出制限の話にも関わってくると思いますが、日本料理の店を経営しているのに鰹節を知らない、などという人も珍しくありませんでした。大きなお客様でなくても、興味を持って、自分用に買って料理してみたいという人もかなりいて、それはそれで嬉しかったです。

本当に少しの時間でしたが、他の国のブースも見て回れて興味深かったです。例えば、向かいにいた中国人は座っているだけであまり仕事をしていませんでした。フランスのブースでは、シーフードエキスポなのになぜか豪華なデザートを食べながら商談が進められているようでした。北欧のブースではサーモンを大々的に宣伝していましたが、ちらっと見たところ、なんとお寿司の試食を振舞っていました!北欧のサーモンを使用しているとはいえ、日本料理のお寿司を振舞っているのは滑稽でした。
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綺麗なモデルさんがたくさん集まって宣伝している国もあれば、何を商売にしているのかわからないようなブースもあり、本当に色々なやり方があるんだなと思いました。
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日本人によるお寿司のデモンストレーション。

今回の展示会はビジネスマン専用のイベントで一般の人は入れないようで、もし機会があったら1人で来てゆっくり見て回りたかったので、少し残念です。

今回仕事で私が1番苦労したのは、英語でした。私は今までほとんど英語を学ばないまま大きくなったので、本当に片言の英語で対応したり、他の人に頼ったりしなくてはならず、かなり迷惑をかけてしまいました。それでも皆良い人ばかりで、気にしなくていいよとおっしゃってくださり、たくさん助けていただきました。
今まで英語はあまり好きではなく、やらなければと思いつつもフランス語を使えるようにするのが先だと自分に言い聞かせてきました。フランス語がかなり話せるようになった1年前、私は英語を始めるかフランス語を完璧にするかで迷い、後者を選びました。今年はフランス語レッスンに通い始め、難易度の高いフランス語を話せるように努力してきて、これで良いのだと満足してきました。でも、やはり最低限の英語力は必要だと、今回の仕事を通して実感しました。思えば今まで、英語が話せず損をしてきたこともかなりありました。英語が話せないがために、他の国に旅行やコンサートに行くのを渋っていた自分もいました。
社長さんたちは「必要だからやるのではなくて、自分の本当にやりたいことをやりなさい」とおっしゃってくださったのですが、思えばフランス語も、始めベルギーに来た時に上手に話せなかった悔しさから猛勉強したのでした。英語が話せなくて悔しい思いをした今が、英語の勉強を始める最高のチャンスだと感じ、帰ってすぐに先生を探して英語の勉強を始めました。やってみるとフランス語より文法は簡単そうで、もっと早くやっておけばよかったとすこし後悔さえしました。英語は将来的に音楽の仕事にも、フランス語の仕事にも使えると思うので、フランス語中心のスタイルは変えずに、最低限会話できるようになるまで勉強したいです。


その反面、今回は私のフランス語力を確かめる良い機会でもありました。フランス語には自信はあったものの、資格も持っていないし、心のどこかで常に不安がありましたが、今回の仕事を通して、今までやってきたことに間違いはなかったと確信することができました。ただの鰹節の説明の途中ですが、何十人もの方にフランス語を褒めていただきました。初対面の人にネイティヴと間違えられるのは最近日常になってきているので、特に気にしていませんでしたが、これだけ多くの方に「ベルギー生まれですよね?」「日本人なんですか?めちゃめちゃフランス語上手ですね!」と立て続けに褒められるのは気持ちが良かったです合格合格発音が良いこと自体は、コミュニケーションを取る上でそんなに重要ではないと思っているのですが、やはり発音が良い方が相手の人との距離が縮まる気がします。今まで、フランス語を極めて、それからどうしよう?という悩みもありましたが、今回の経験から、翻訳などよりも、もっと通訳や先生など、会話を使う仕事をしたいという明確な意思が生まれました。

展示会の期間中は、隣のブースがお寿司屋さんで、試食のお寿司と私たちの茶碗蒸しを交換したりもしました。ぶりのお寿司が本当に美味しかったです!
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ご馳走になったお寿司。

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なんと、日本から冷凍せずに新鮮な状態のまま来ているそう!

ブリュッセルにある日本食レストランのご主人が私のことを覚えていてくださって、賄いの丼やお寿司を少し分けてくださったりもして、お腹が空いている暇がないほど試食しました!笑 お土産に鰹節や鰯のみりん干しなどもたくさん頂きました。仕事の後は毎回美味しいレストランにも連れてっていただき、おしゃべりをしたりジョークで笑ったりと本当に楽しいひと時を過ごすことができました。たったの3日間でしたが、濃密な時間を一緒に過ごしたみなさんと別れるのが悲しくて悲しくて仕方がなかったです。全てが終わった翌日は、魔法が解けたかのように、心にぽっかり穴があいて、何もできませんでしたしょぼん

短い期間でしたが、音楽と全く違う世界に触れて、刺激的な時間を過ごすことができました。これからやるべきことと、これまでやってきたことを見返す良いチャンスになり、この体験を励みに、もっと前へ進みたいと思い直すことができました。またいつか雇っていただけるかわかりませんが、その時は、ぜひ成長した姿を見ていただきたいですキラキラ

クリップ和田久さんの鰹節は、ベルギー国内では「田川 」という日本食専門店で購入できます。ストッケルとフラジェイの2店舗があります。パリではオペラ座のそばの「京子 」に売っています。日本ではHP から購入できるほか、本店は築地市場にあります。


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冬の試験も終わり、ひと段落ついたので、今日は高校卒業後の音楽留学について、メリットとデメリットをまとめてみたいと思います。
今回はあくまで「高校卒業後、日本の音大に行かずにヨーロッパの音大に留学する」パターンについてお話しします。私は基本的に、このタイミングで海外に来たことを「正解だった」と思っています。けれど、何年か過ごしてみて「こんな落とし穴があったなんて!」とこちらに来てから現実をつきつけられることも幾つかありました。
尚、以下に示す「問題」は、楽器が上手な人は実力によって乗り越えられる場合もあります。また、私のベルギーでの留学をもとに書いているので、他の国だとまた結果が違うこともあることをご了承ください。

【高卒音楽留学のメリット】

・経済的
これは、1番のメリットと言っても良いかもしれません。ヨーロッパの音大は基本的に、日本の音大(国立も含む)のどこよりも安い学費で通うことができます。生活費や渡航費を含めても、日本の私大に比べればおつりがくるくらいです。学費以外にかかる費用もかなり安いと思います。夏の講習会も、先生のホームレッスンも(私の先生は、学校のレッスンが十分でないときは無料で自宅レッスンをしてくださいます)、コンサートのチケットも、日本に比べると値段はかなり抑えめです。これは、物価の違いだけではなくて、国が文化を保護するために資金を投資してくれているからでもあります。地域によっては更に生活費や家賃、光熱費なども日本で生活するより安くで抑えることができます。

・先輩や先生との面倒な上下関係がない
特に日本の音大の金管楽器科は、上下関係が厳しくて大変という話をよく耳にします。こちらには先輩や後輩の概念はほとんどなく、皆友達としてストレスなく付き合うことができます。また先生を過剰に敬う必要もなく、先生に雑用を言いつけられたり、何かに参加することを強制させられたりすることも絶対にありません。飲み会も参加は自由、お酒を強制させられたり、一発芸を求められたりすることもありません。先生や先輩のコンサートも聴きに行こうが行くまいが、人間関係に全く関係ありません。先生が合わないと感じて門下を離れることになっても、将来いじめられたり気まずい仲になったりしません。

・若いうちから本場の音楽に触れられる
それがどう影響を与えるのかは人によっても違うと思いますが、ヨーロッパでは確かに人と音楽の結びつきの深さを感じさせられることが度々あります。本物のミサ中にミサ曲を演奏したり、100年の歴史を持つアマチュアオーケストラが存在したり、日本ではなかなか経験できないこともあります。

・同級生と歳が近い
特に飛級制度を設けていないベルギーでは、同じ学年のほとんどの友達がみな私と同い年か近い歳です。日本の大学を卒業してから来ると、他の人より年齢が高くなってしまいます。これはどうでもいいようで、意外に重要なメリットです。基本的に外国人は「留学生」と見られて敬遠されがちですが、同い年のグループに入ることによって友達の意識を深めることができます。また同じ時期に同じ夢を持って、同じ悩みを抱えて、一緒に将来を考えていくことができる友達を持つことができます。

・一人前になるまで勉強できる
音大生の進路がシビアなのは、どこの国でも変わらないと思います。が、ヨーロッパでは卒業後もう少し勉強したい、他の先生にも習ってみたい、などの希望を叶えやすい環境にあると思います。1年だけ延長したり、他の学校に交換留学に行ったりできるだけでなく、進みに不安があれば1年を2回に分けてゆっくりのペースで学んだりすることもできます。「4年生はこれだけのレベルの曲を演奏できなければならない」という他人と比較した評価で自分のペースを乱されることがありません。成績が悪いと簡単に留年しますが「まだ一人前になってないのに流れで卒業する」よりは、しっかり勉強する時間をとって、自信を持って卒業する方が大切だと思います。あまりに成績が悪いと学校を追い出されることもありますが、なんとなく卒業させて将来途方に暮れるのを防ぐため、若いうちに他の道を勧めるための愛故でもあります。4年間通ったら自動的に卒業、進路選択をつきつけられる日本の音大には見られない一面です。

・試験での演奏時間が長い
これも海外の音大が優れている点のひとつで、大学でも最低30分のプログラム、大学院では楽器によっては1時間以上のプログラムを用意することがあります。日本の音大は人数が多いので、時間短縮のために1人1曲、もしくはプログラムの一部を演奏することが多いようです。例えば私の学校のホルンの試験では、協奏曲全楽章と、独奏1曲、小品1曲など最低3曲は演奏することができます。金管楽器は1度にたくさん演奏するのが難しい楽器なので、本番での体力配分の仕方を学校で鍛えてもらえるのはありがたいです。

・海外に演奏活動の基盤ができる
将来海外で活躍したいと思っている方は、若いうちに留学する方が演奏活動の基盤も作りやすいと思います。ただし、そう簡単に海外で演奏活動ができるわけではありません。たとえ仕事があっても、海外に残るのは大変です。詳しくは後々お話しします。

・日本人コミュニティの中で若い
大学を出てから留学する人が多い中で、高卒で留学をすると、日本人コミュニティの中で最年少として可愛がってもらえることがあります。経験豊富な先輩方と仲良くしてもらって、体験談を聞いたり、相談にのってもらったりできます。

・いろんな国が近い
ヨーロッパはいろんな国が繋がっているので、一流オーケストラを聴いたり、一流演奏家のマスタークラスを受けたりするチャンスが多いです。また隣の国で催されるコンサートや講習会に気軽に参加できるのも魅力です。旅行だけでなく、演奏旅行で海外に行ったりすることもしばしばあります。オーケストラのオーディションやコンクールなども色んな国で受けることができます。ただし、ライバルも色んな国から来てしまうのが難点です(笑)

・楽器の先生専用の教職を取れる
ヨーロッパでは、楽器の先生のための資格があり、大学院で比較的に簡単に取得することができます(もちろん現地語が話せる場合のみ)。日本では一般学校の音楽教師の資格しか取れませんが、こちらは自分の専門楽器を教えるための資格なため、自分の専攻をいかした仕事に就くことができます。ただし、取得は簡単ですが、楽器や国によっては空きがなかったり、先生になるための試験を受けないといけないところもあるようです。この資格が日本では使えないのも難点です。


ここまではメリットを上げてきましたが、ここからはデメリットを紹介したいと思います。

【高卒音楽留学のデメリット】

・言語の壁がある
これは、最も大きなデメリットのひとつです。もちろん、「レッスンの内容が全部理解できてるか不安」とかそんな次元は問題外、そういう話ではありません。私は基本的に、現地語はおろか英語さえも自由に扱えないのなら、留学する意味は全くないと思っています。
本題に入りますが、語学は音楽家としての信頼関係を得る上で、最も大切なものだと思います。上下関係がないからこそ、先生や友達との関係は、基本的な人間性とコミュニケーションによって形成されていきます。音楽は「上手な人と演奏する」よりも「大好きな仲間と演奏する」ほうが遥かに楽しいのは、皆さんもご存知と思います。グループを組んで音楽活動をすることになったとき、地元のオーケストラで1人ホルンの補欠が必要なとき、室内楽のメンバーを探しているとき… 果たしてみんなは現地の友達より先に、外国人である私に声をかけてくれるでしょうか。みんなの会話についていけないホルン奏者と金管五重奏を組んでいて楽しいでしょうか。
現地の人と対等のチャンスを得るには、最低限の語学力が必要です。「現地語」を「流暢に」話せるようになった時点で、まだスタートに立ったに過ぎないのだと私は思っています。
ちなみに、日本の音大を出てから、本当に楽器だけを学びに留学しに来るなら、また話は変わってくると思います。

・楽器以外の教科を外国語で勉強しなければならない
これは語学の壁の話にも関わってきますが、日本の音大に行かないということは、こちらで音楽の基礎を学ぶということです。ソルフェージュ、対位法、和声、アナリーゼなどの音楽の分野以外にも、学校によって音響学、身体学、法律、政治経済なども必修になっています。もちろん外国語で授業を受けて、試験のために勉強する時間を取られることもデメリットです。しかし、それ以上に「外国語で習うことによって、理解しきれずに卒業してしまう」ことが何よりもデメリットです。対位法やソルフェージュなどは音楽家として最低限必要な知識だからこそ学校で習うのに、きちんと理解しないまま丸暗記で試験を乗り越えてしまうのは本当にもったいない。
また、法律や政治経済などの授業や試験を「練習時間を削られるし時間の無駄だ」と思うなら、留学しない方が良いと思います。これはなかなか共感を得られないので、この機会にしつこく繰り返したいと思いますが、自分の留学している国について知ることは最も大切なことのひとつだと思っています。世界遺産を見て「すご~い、感銘を受けた!」と言うだけなら旅行でもできます。
それからもし1ミリでもこの国に残って将来やっていくかもしれないという思いがあるなら、政治と経済と法律を勉強しておくことは本当に本当に大切です。 音楽家としてどんな社会保障が受けられるのか、この国の失業者の実態は、オーケストラはきちんと国の支援を受けているのか… 何も知らずに暮らしていくのは不可能です。

・学校は「楽しい」だけではやってられない
日本の音大生の友達が毎日「今日は○○の演奏会があって、○○さんと楽しく演奏しました!」と写真を載せているのに嫉妬すら覚えてしまいますが、こちらの学校は「学ぶところ」であり、あまり青春をしません。もちろん学校外で楽しい催しはありますが、演奏会毎に写真を撮ったり、パートで打ち上げに行ったりなんてほとんどありません。
また実技試験では学外の審査員のもと、コンマ2桁まで細かい点数が出て、それが全員の前で公表され、半分とれないと容赦なく留年… となかなか厳しい面があります。「演奏が楽しい、音楽が大好き」というのは大切なことですが、それだけでなくある程度の向上心と精神的な強さがないと挫折します。入学よりも卒業が大変なので、音楽家の道を諦めて辞めていく同級生も何人も見てきました。

・国籍のせいでオーディションが受けられない
残念ですが、これは結構よくあるパターンです。大きな理由は、ヨーロッパの経済が不安定で失業者が増えているため、なるべくヨーロッパ人を採用しようという動きがあることです。大きなオーケストラでは今のところ大体大丈夫ですが、地域のオーケストラやオペラなどでは出願すらできない場合があります。オーケストラのオーディションで最終まで残っても、ライバルがヨーロッパ人の場合はかなり不利になります。もちろん自衛隊の音楽隊員(入りやすい上に高給)には応募できませんし、コンクールでも「ヨーロッパ人の若手音楽家を育てるため」などの趣旨のものは受けられません。必然的にレベルの高いものしか残らないので、経歴を増やしたい日本人には不利と言えるでしょう。(また、1年生の時から一緒に勉強している同級生を見ながら、「なんで私だけ…国籍のせいで…」と悔しい思いをする羽目になることも追記しておきます。)

・日本で大卒の資格が認められない
ヨーロッパの多くの音大の卒業資格は日本で「専門学校」に相当するため、大卒とみなされないことがあります。日本に帰って就職をするかもしれない人は注意が必要です。基本的に音楽を続ける場合はディプロマは関係ないですし、むしろ音楽業界では海外のディプロマを「日本の音大を出ているより良い」と受け取ってくれる傾向にあるようです。

・奨学金が取れない
例外もあると思いますが、高卒で留学する場合は奨学金が取りにくいです。海外の音大への留学を支援してくれる人はたくさんいるのですが、「大学卒業後」の条件を付けている場合が多いからです。また基本的に奨学金は日本に帰って日本で貢献してくれる人を対象としているので、ずっと海外留学をしている人にはなかなか支援してくれません。大使館に、経済的に安定していることを証明する書類を出さないと留学できないので、現地の奨学金を取るのも難しいと思います。

・地元のコネがない
同級生はみんな、過去の自分の先生や一緒に演奏してきた友達や団体から仕事をもらっていきますが、いきなりやってきた留学生にはそのコネがありません。金管は特に、地元のアマチュア吹奏楽団の指揮者や指導者になる人が多く、その仕事が1度も回ってきたことがない私はかなり凹んでいます。また自分のかつての先生の代理から音楽教室で教え始める人も多く、かつての先生がいない私にはそんな話も回ってきません…。このような仕事は音楽関係の中でも安定しているので、フルタイムでなくてもかなりおいしい話です。また、自分の立場を説明するための材料にもなります。

・情報が手に入りにくい
日本の音大の場合は、各音大がどんな雰囲気か、何に力を入れているかの前情報がわかりやすいですが、留学の場合はそこが難しいと思います。もちろん先生で学校を選ぶわけですが、それ以外にも校風やプロジェクトの内容、生徒の人数などはとても大切です。留学先の国において、自分の専攻楽器のレベルや需要なども調べておくと良いと思います。日本はだいたい満遍なくどの楽器も生徒がいますが、こちらは学校や国によって、ある特定の楽器の生徒がほとんどいない、なんてこともあります。その際、全体のレベルが低い場合はあれですが、全体のレベルも低くなく、先生も良いけれど人数が少ない楽器はチャンスです。
また入学してからも、みんなに置いて行かれないように情報には常に敏感にしていなければなりません。オーケストラで近々退職するプレイヤーがいるとか、どこかの音楽教室でホルンの先生を探しているとか、そのような情報は多くの場合みんなの噂話から入ってきます。現地の友達と頻繁に交流して、情報から乗り遅れないように努力しなければなりません。
また、私は日本人同士のコミュニティも大切だと思っています。日本人のコミュニティは狭い上に広範囲に散らばっており、上手に活用すると自分と接点のない地域の情報を手に入れることができます。

・楽器の修理、譜面の調達が大変
大都市に留学する場合は当てはまらないかもしれませんが、基本的に東京と同レベルのサービスを受けられる地域はほとんどないと考えて良いと思います。ベルギーでホルンを修理する場合は外国までいく必要がありますし、ほとんどの譜面は店頭にないので注文しなければならず、届くまで数ヶ月かかることもあります。ピアノやヴァイオリンなどのメジャーな楽器、もしくはパリやロンドンなどの大都市の場合はそこまでひどくないと思います。

・日本の音楽社会に馴染めない
これは、まだ帰国していない私には見当もつかないのですが、もし日本に帰国するとなった場合、日本で音楽活動をしていくことにとても不安があります。特に日本独特の音大の上下関係を経験していないので、先輩を敬うのが嫌だとかそういう意味ではなく、どうしたら良いのかわからないのが本音です。それから、日本はプロのオーケストラ内でも上下関係があったりするのでしょうか、その辺も気になりますがわかりません…

・帰国しても仕事がない
これは、大問題です。オーケストラなどに実力で入れれば良いのですが、皆がそう簡単に入団できるわけではありませんし、フリーで仕事をしていくには日本の音大を出ていないと、仕事を紹介してくれる人がいません。そもそそも、日本のフリーの仕事事情がどうなっているのかもよくわかりません。大学生活で私の電話番号は全てベルギーの電話帳に書いてきたので、日本人が私を電話して仕事に呼んでくれることもありません。これに関しては、帰国してから地道にコネを作っていくしかないようです。もう一度日本の学校に入り直したり、先生についたりしながら少しずつ活動していく場合もあるようです。将来日本での活動を希望する場合は、日本の音大を出てから留学するのがベストだと思います。

・ヨーロッパではフリーの音楽家として活動できない
最後にして最大のデメリットはこれです。これはこれから留学を考えている人に、声を大にして伝えたいと思います。基本的に、留学中は学生ビザによって外国での滞在を許可されています。つまり、学校を卒業した瞬間にビザが剥奪され、日本へ強制送還されるのが決まりです(尚、オランダでは少し違った形のビザで残ることができるようです)。これを回避して留学先に残るには、いくつか方法があります。

①ヨーロッパ人と結婚する
最も簡単で最も難しい解決策です。結婚した瞬間にヨーロッパ人に仲間入りでき、永遠のビザがおります。

②定職につく
=「プロフェッショナルのオーケストラに入団する」です。音楽教室の先生の仕事程度では「ビザを取ってから来てくださいね」と言われるだけで、ビザはおりません。オーケストラの楽器ならまだ未来はありますが、ピアノ科の人はほとんど実現不可能です。

③アーティストビザを取る
世界三大コンクールで優勝するほどの偉業を残せば、ビザがおります。ここまでたどり着ける人はほとんどいないと思います。(ここは国によって取得の難易度が変わるようです。ドイツでは長くいるだけで降りる場合もあるそうです。)

④学生で居続ける
結局、99%の人が取る解決策はこれです。学校に登録して、学費を払い、授業や試験を永遠に受け続けなければ、こちらに残ることはできません。毎日プロフェッショナルオーケストラでエキストラとして演奏しようが、ヒラリーハーンの専属伴奏をしようが、国王の前で演奏しようが、アルゲリッチとデュオをしようが、ビザはおりません。演奏の実力や仕事の数とビザは関係ありません。
日本ではビザがあるけれど仕事がない、ヨーロッパでは仕事があるけれどビザがない… これが、高卒で留学するに当たっての最大のデメリットです。

そして…
・永遠につきまとう、帰国するか残るかの問題
留学してすぐは、新しい環境と新しい友達に囲まれて楽しく音楽に没頭しますが、皆何年か経つとやはりこの問題に直面します。始めは、ずっとこちらに残って音楽がしたい!と意気込んでいた私ですが、年々現実を突きつけられて考えが変わってきているのも事実です。高卒留学は、帰国してもしなくても、様々なデメリットが待ち構えています。
それでも、私はこのタイミングで留学したことを、人生の中で最も良い選択をしたと思っています。この記事ではあえて書きませんでしたが、文化の違いを学んだり、新たな発見があったり、いろんな国の友達ができたり、考えたが変わったり、もうひとつの言語を学んだりと、毎日楽しいことがたくさんあります。
この記事が、ぜひ留学を考えている方の役に立てればと思います。


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まずはじめに、今回のテロで犠牲になられた方へのご冥福をお祈りいたします。まだベルギーでも警戒態勢が続いておりますが、一刻も早く普通の生活に戻れますように。

おとといの話になりますが、パリへ新しい楽器を買いに行ってきましたまたなぜこんな時にパリへ、と思われるかもしれませんが、急に決めたわけではなく、前々から計画していました。

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選んだのは見た目も美しいと評判のシュミット。イエローブラスのダブルホルン、ハンドハンマー、クランツ付き。

楽器を変える話があったのは、今年の6月、3年生の終わりの日でした。先生がとても真剣な顔をして、「前から言おうと思ってて」「とっても大事な話なんだけど」と切り出し、「楽器をchangeしないといけないよ。」と言ってきたのですが、私は身構えすぎて頭が混乱し、(ホルンをやめてピアノとかファゴットにチェンジするってこと??=ホルンに向いてないって言われてるのかな??)と判断してしまったのは、今では笑い話です確かに、どちらの意味にも取れるのです…。この場合は、新しい楽器を買うという意味でした

新学期になってから、先生が楽器屋さんに連絡を取ってくれ、予定を合わせて一緒に買いに行くことに決まりました。今回わざわざパリまで行った理由には、ベルギーにはきちんとホルンを選べる店がないことがあります。また、ベルギーからパリへの距離と変わらないところにアレキサンダーの本社もあるのですが、先生曰く「その場合100%アレキサンダーのホルンを買うことになる」ので、あえて色々な楽器を試せるパリを選びました。

パリへのタリスのチケットを先生が予約してくれた日に、パリの悲劇は起こりました。怖すぎて、絶対にパリ行きは中止になると思いましたが、1週間あったので様子を見て、先生や周りの反応を見て、結局行っても大丈夫と判断しました。この決断までには色々な考え方の違いを理解したり、状況を判断しなければならなかったのですが、今回そのことについては割愛します。

もともと先生と2人で行く予定だったのですが、1ヶ月ほど前に電車の中で楽器を盗まれてしまった先輩も一緒でした。盗難なんてびっくりですが、こちらでは割とよく聞く話で、先輩の場合は、電車が混んでいたので楽器を網棚に置いて、チケットに記入してからふっと見たらなくなっていた、その間わずか5分ということで、本当に恐ろしいです。去年もクラリネットの先輩が家に泥棒に入られて楽器を4本盗まれる、などという事件もありました。幸いいずれも保険に入っていたそうで、全額保険金がおりているので、良かったみたいです。蚤の市で「アレキサンダーの103がMBの皮張りのケースに入った状態で、7万円で売られていた」のを目撃した人が通報し、警察沙汰になったケースもあります。価値の分からない人の間で盗難楽器が蚤の市に出回っているようです。


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盗難された楽器の情報を拡散する先輩。


話を戻しますが、今回はパリのリヨン駅から徒歩圏内の、「L'olifant」というお店に行きました。お店は今回アレキサンダーの103を4本、シュミット2本、オットー2本の計8本を用意しておいてくれました。
まず先生が全て吹き、次に先輩が全て吹いたあとで私が吹きました。先生はこの中に悪い楽器(音程がどう頑張っても合わない、鳴りむらがあるなどの欠陥楽器)はひとつもないと宣言したうえで、「もし今時間がなくて、アレキサンダー4本のうちどれか今すぐ選ばなきゃいけないならどれにする?」と私に質問してきました。そんなにじっくり吹いたわけではなかったので正直ホルンの良し悪しはよくわからなかった気がしたのですが、1番上手く吹けた右から3つ目のホルンを選びました。同じようにシュミットとオットーも吹いて、それぞれ選びました。すると先輩と先生がその3本の楽器を選んだことについて「まったく同感だ」と言ってくれたので、少し不思議な気がしました。その段階では、本当にちょろっと吹いただけで、私の中では確信はなかったからです。しかし、どんどん試奏するにつれて、最初の段階での印象は正しかったことがわかりました。最後まで3人とも意見はまったく変わりませんでした 。

この時点で私はシュミットの吹きやすさに惹かれていました。と同時に、世界で銘器と言われるアレキサンダーがなぜ私には合わないのか、という疑問と、本当にアレキサンダーを買わないで後悔しないのか、ということを考えなければなりませんでした。オットーはあまり合わなかったので選択肢からは外しましたが、アレキサンダーのブランド力と世界のホルン奏者が愛用しているという事実は私に何度も質問を繰り返させました。

お昼ご飯を済ませて楽器屋さんに戻り、今度は皆で選んだアレキサンダーとシュミットの2本で吹き比べをしました。先生と先輩が吹いている時の音は、アレキサンダーの方に魅了されました。確かに、皆から愛される独特の音色はとても魅力的でした。しかし、自分が吹けば吹くほど、私はシュミットの反応の良さ、扱いやすさ、何より体に負担のかからない軽さに惹かれました。シュミットの方が、自分に余裕があって、よりたくさんのことを表現できる気がしました。先生と先輩も、「君が吹くときはシュミットの方が全然良い音をしているよ」と言ってくれました。

ここでもう1つ確かめておきたかったのは、「本当に今使っているホルンよりも良い楽器か、本当に新しい楽器を買う必要があるか」というところでした。実際にはこれについて先生から確信できると言われていましたが、自分の楽器に慣れている私にはなかなか信じられませんでした。そこで、今度はシュミットと自分の楽器を吹き比べてみました。すると、自分があれだけ信頼していて世界で1番吹きやすいと信じていた楽器だったにも関わらず、シュミットを前にして「残念ながら、そうでもない」ことに気づいてしまいました。先生と先輩にも、「ほらね、シュミットの方が良い音していたよ」と言われてしまいました。この件はなんだか残念な気持ちも半分ありましたが、さらにシュミットに対する信頼が生まれました。
ようやくシュミットを選ぶ決意をした私のために、先生が最後に全音域を吹いて、この楽器に問題がないことを確かめてくれました。

今回、予備知識があると選ぶときに考えがぶれてしまうため、あえて何も情報収集せずに選定に行ったので、いざお会計の時になって、私の選んだホルンが1番高価なホルンであることを知りました。楽器自体も高価なのですが、クランツ(響止め)付き、さらにハンドハンマー(機械ではなく手で仕上げている)ということで、贅の限りをつくしたホルンになってしまいましたショック!あせるけれども、知らなかったことによって、自分に1番合うものを正直に選べて良かったです。好きなものを選ばせてくれた両親には本当に感謝したいです。
家に帰ってから色々調べて、日本ではとても高価なため、なかなか新品は手が出ない楽器だということも知りました。今回はパリで買ったためかなり安く、半額とまではいかないものの、定価からはかなり遠い値段で買うことができました音譜こちらの嗜好品にかけられた税金は20%なので、もし日本在住の方が買いに行ったらそこからさらに免税になるので、半額近くの値段で買えることでしょう。航空券を入れてもお得なので、これから楽器を購入される方は、パリへ旅行がてらホルン選定をされても良いかもしれませんビックリマークもちろん比例してアレキサンダーも安かったです。(ちなみにこちらのお店ではいつもホルンをたくさん置いているわけではないということなので、念のため予約や確認をした方が良いと思います。) 今回はアレキサンダー製のゲシュトップミュートもおまけしてもらいましたドキドキ

前に使っていた楽器は、思い切ってお店で売ってしまいました。正直、パリのテロのこともあり、直前まで不安でそれどころではなかったので、別れを惜しむ間もなくあっという間で、帰る途中で急に実感が湧いてきて一瞬後悔しました。けれど、冷静になってみると、売って良かったと思います。やはり、楽器は押し入れに入れておくのではなく、誰かに演奏してもらうべきです。また新たな持ち主と良い出会いをしてもらえたらいいなあと思います。

帰りの電車の中で、先生から今回シュミットは入荷したてで、私の前にまだ誰も吹いていない状態だったということを教えてもらいました。わざわざ考えたこともなかったのですが、もし私の前に誰かが買いに来ていたら、きっとその人は私が買った楽器を選び、私には今回買わなかった楽器ほうのしか残っていなかったと思います。それでも、私はきっとシュミットを選んでいたとも思います。考えてみれば、恐ろしい話です。私の選んだ方のシュミットは、もう片方のシュミットより遥かに良い楽器でした。次にこのお店ででシュミットを買う人には、私の選ばなかったシュミットしか選択肢は残されていません。完璧な楽器など存在しないので、残念ですが個体の良し悪しに差があるのも真実です。先生はそのために、前々から予約して、入荷を待って、1番良いタイミングで私たちをパリに連れていけるよう、動いてくれていたのです。本当に恵まれた形で、新しい楽器を迎えることができて良かったです!!




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