• 23 May
    • 今更ソンクランパタヤ編(その15)

      ある日の飲み歩き。ナナプラザに見切りを付け、ソイカーボーイを目指す。案の定途中でテーメーカフェで一休みと言い訳をする。何とも人が多い。コーラ片手に座席を探すついでに尾根遺産チェック。そう言えばイサーン出身の尾根遺産。仕事の関係でバンコク出張の際にテーメーへ来ると言っていたが、ほぼ毎回見かける様になっている。完全に田舎の仕事を辞めてバンコクに出て来たパターンであろう。通常の仕事よりも実入りが良くなって来るとそうなるパターンだ。恐らく固定のお客様も付いたであろう。ただし、この尾根遺産。欧米系や日本人から結構声を掛けられているのを見掛ける。しかし、ほぼ空振りに終わっている。何故ならタイ語オンリー。しかもゴリゴリのタイ語オンリーで英語もままならない。私程度の2歳児タイ語では苦労する。そう言えば最近ゴーゴーバーで片言英語や片言タイ語の会話が減っている様な。タイ語比率が確実に上がっている。その練習と言い訳をして夜街に出るのも変わっていない。確かにテーメーカフェだと周りの日本人から余りタイ語が聞こえない。挨拶程度であれば聞こえるが、会話となるとほぼほぼ日本語か英語である。その中でタイ語のみで戦う尾根遺産。大変であろう。後数ヶ月もすれば日本語が堪能になるのだろうなと余計な想像だけは膨らんで来る。きっと固定客は駐在員か元駐在員であろう。そうで無ければあのタイ語の壁が越えられない。それにしてもテーメーカフェも韓国の方が目立って来ていたが、それを追い越す様に中国の方が目立って来ている。時代と共に客層も変化してきている。そしてこの時、老練のテクニックを目の当たりにした。行く度に見掛ける中々お歳を召された尾根遺産。オカンやろうと言いたくなる位であろう。S字カウンターで私の反対側に入った小父様。まさにダンディーな小父様であった。その小父様。隣の方が席を離れたと思った瞬間に、そこに滑り込むオカン。すかさずコノ小父様に声を掛けるオカン。その挨拶に乗った小父様。オカンの次の行動は甘える様に小父様の胸に手を置き出す。その後、数分の会話の後に2人は一緒に消えて行った。獲物を見抜く鍛え抜かれた勘。ヤマ勘は歳を重ねれば重ねるほど当たるようになると言う。要は経験の積み重ねである。何事も経験する事は大切である。そして成功経験よりも失敗経験は大切である。一生懸命やった結果の失敗は大概が許容できる。筈なのだが・・・怒りが込み上げる不思議。修業が足りないのだろう。アラフォーを越えつつあるも、まだまだヒヨコだと思っている。何時になったら嘴の黄色い色が抜けるのか。黄色い色が抜ける時は枯れた時かもしれないと恐怖も有るが。さて、ソンクラン。少女のダンスで盛り上がりを見せ始める。少女がステージを去った後はこの前に踊っていた欧米人のグループとインド系と思われる方々がジョイントし場を盛り上げ始める。私は彼女と共にジャグジーに浸かる。そこへ70歳は越えているであろう欧米系のお爺さんが来た。しばしお爺さんとご歓談。パタヤに10年以上居るが全くタイ語が喋れ無いと。英語で十分と言いつつも、このお爺さんはドイツ人で有った。都合上なのか事実なのか、タイ人の奥様も居る。そこでこのお爺さんと私と彼女の3人で記念撮影をした。ドイツ人のお爺さんはのぼせた様に赤い顔をしてテーブルへと戻って行った。この頃になると弟カップルも程良く良いが回った様で、プールのステージへ。かといっても踊る訳では無いのだが。そこで私が両手の掌を使い水鉄砲の如く水を飛ばす。彼女と弟カップルも真似をするが全く出来ていない。先ほどとはべつの欧米系のお爺さんがジャグジーに浸かりながらそれを見て真似をするが、こちらも全く上手くいかないご様子。グレートだと喜んで頂けたので良しとしよう。韓国や中国の方々もパーティー会場に入って来始めた。程良く人が入って来た所でウエイターを呼び、座席の確保をお願いし食事に出発。何と言っても弟がお腹が減ったと。そう言えば私も20代はそうであった。アホな様な量を食べていた。ソレが今となってはまともに食べるのは1日1食か。晩御飯に彼女の作ったタイ風のスープだけと言うのも珍しく無い。昨晩もガポップラーを器1杯が晩御飯であった。キッチリとお腹が空いてから食べようと思うとそうなってしまう。お腹が空く感じが最近は好きである。昔の減量を思い出す。あの怒り。リングに上がった時に相手を見てお前が原因かと勝手な勘違いをする。減量中は水道から1滴ずつ滴り落ちる水の音が煩くて眠れない事もある。枕を抱いていても空腹が辛かった。現役時代で概ね10kg程度の減量。使用前、使用後では無いが顔付きが全く変わる。そんな辛かった思い出があるにも関わらず、今は空腹が気持ち良いとは私もドMの入り口に立ったかと思ってしまう。タイ人の尾根遺産の食事制限は朝昼晩の御飯を食べ無い事も多い。しかし、間食が多い気がする。とにかく甘い物を欲する感じか。果物にしておけば良い物を、砂糖たっぷりのお菓子が登場する。それでダイエットとは...彼女の部屋には私が購入したタニタの体重計がある。体重は勿論だが、体脂肪率、体脂肪重量や身体の水分量も出るやつである。一応彼女には1回の使用でB2と言ってあり、体重計の真ん前に箱も置いておいた。そこにお金が入る事は無いままに、私の目の前でちょくちょく体重計に乗る彼女が居る。多分自分で買った事に記憶がすり替えられているんだろうと想像する。これぞThe タイ人か。ぽちっとイってね人気ブログランキング参加してしましたにほんブログ村

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  • 22 May
    • 今更ソンクランパタヤ編(その14)

      良くある日常。何のかんのと言い訳をしながらも夜な夜なナナからアソークまで流している事に変わりが無い。変化の無い夜になって来た。何かを変えなければマンネリ化している。そう思いながらバイクタクシーでプロンポン駅へ。BTSで降り立ったのはナナ駅で有った。気が付けばツイスターバーでシンハービールが片手にあった。脊髄反射の様な状況で有る。それにしても尾根遺産の顔ぶれが変わるのが早いのは変ら無い。私の記憶に有る顔が減っていた。ステージ脇のカウンターに案内されていた。そこへ1人の尾根遺産登場。記憶を辿るまでも無く、あの尾根遺産だと分かっていた。尾根遺産から覚えてる?と言われたが、敢えて誰?と返事を返しておいた。すると尾根遺産からの返答は単純明解で有った。あそこのシートで私を抱きながらコレをしたろうと。あの指を挿れさせて頂いた尾根遺産である。もちろん帰り際にトイレでキッチリと石鹸で手を洗って帰ったが。気持ち良かったからまたして欲しいと。もう意味が分からない。要は連れ出せを遠回しに言った結果なのだろう。本気で気持ち良かったと言って貰えるならイって貰えた甲斐も有る。そんなアホな話をしていたらウエイトレスが尾根遺産を呼びに来た。お客様からのご指名が入った様でバイバイとなった。続いてバタフライズ、レインボー3と偵察。びっくりしたのはレインボー3で有った。こんなにもぽっちゃり系が多かったか!その中で一際目立つぽっちゃりをとうの昔に通り過ぎていると思われる尾根遺産。盛り上げ上手なのだろう。どちらの方か非常に想像が難しい方から非常に気に入られ、何度もチップ胸に押し込まれていた。ステージから降りるとそのお客さんとハグしていたが、私の目にはクマが人を抱え込んでいる様にしか見えなかった。正にベアハッグであった。ナナプラザに限らずで有る。やはり目に付く。K国の方が良くお釜様を連れて歩いているのを見掛ける。私の勝手な思い込みでは明らかにK国の方が多い。もちろん欧米系除かせて頂き、アジア系に限った話だが。ナナプラザに限らず、映画館やその他デートスポット。得意気に連れて居るがお釜様である。そっち系の男性が多い国なのか、お釜様の顔立ちは有る程度の似通っているのでソレが好みの顔なのかである。残念ながら彼の国お友達は居ない。まだまだタイ初級者の私ではそっち系には手が出せない。出すつもりも無い。この壁を超えたら私の中で何かが崩壊する気がしている。気が付かないだけで超えている可能性が高いのだが、自分を都合良く誤魔化している。コレは自分を都合良く誤魔化し続けなければマズイと思っている。さて、ソンクラン。某お船の形をしたホテルのプールで催されるソンクランパーティー。やたらと早い時間に入ってしまい人は少なく暑い。まだ陽が有るのでそれは当たり前か。皆様暑いので日陰を争う様に取り合う。結局は4人が固まってしまい、それはそれで暑い。通常のプールの真中にはステージが水面からわずかに出る様に設置されており、そのプールでは泳ぐと言うよりも遊ぶ事しか出来ない。普通のプールの水もお風呂並みに温かい。グダグダとしていると、欧米系の方達におほどほど酔いが回った様だ。急にプール中央のステージに上り踊り出す。踊り出したのは欧米系の男性2名。プールサイドで掛るミュージックのボリュームもまだまだ小さくそのダンスだけがやたらと目立つ。RCA等々のクラブへ行った時に思う。アラフォーを越えつつあるオヤジであるが、yuotube等々で少しダンスの練習でもしようかと。日本ではクラブ等へ行った事も無い。ダンスそのものに興味が無かった。しかし、ココはタイ。EDM等の音楽が掛る中で身体を揺らしているだけではつまらない。特に強くそれを感じる時。会社の飲み会である。アマタナコーン工業団地周りで開かれる。誰かのお気に入りのお店なのかもしれない。殆どの場合、生演奏が付く。スタートは大人しご歓談。気が付けば席に着いている人が減っている。殆どが生演奏の前に集まりダンスをしている。そこへ大概、腕を引かれて参加する事になるがどうにもこうにもみすぼらしいオヤジで終わっている気がしてならない。一瞬でも光るモノを見せたいアラフォーを越えつつあるオヤジである。タイ人独特のダンスが有るように思う。その世界は全く知らないので勝手にそう思っている。年齢に関係無くタイ人は中々ダンスが上手い。アラフォーを越えつつあるオヤジがダンスを踊る。私の中でインパクトが強かったのはパパイヤ鈴〇である。芋洗坂係〇でも良いのかも。何れにしても個人的意見では余り見てくれは良くない。しかしある程度のダンスが出来る。そのギャップが羨ましい。私の中で異性を引き付ける一つ方法。それがギャップだと思っている。普段はおちゃらけていてもここ一番だけキリッとする。異性に「あれっ?」と思わせ、何時もの笑いからシリアスへ移行する。実際にコレだけでは上手く行くはずも無いのだが、隠れた一面を意図的にチラ見せする。そもそも夜の尾根遺産達にそんなモノが通じるのかどうかは分からないが。何れにせよ冴えないアラフォーを越えつつあるオヤジがキレッキレのダンスを少しだけ披露できる。自己満足できる。そして欧米人2名のがダンスをしていると、この日のヒロインが登場する。年の頃は小学校低学年位であろうか。そんな少女がステージ上がった。ミュージックに合わせて踊り出す。明らかに欧米人男性2名のダンスよりもイケているタイ風のダンス。会場のお客様もそうであるが、このパーティーのスタッフからもヤンヤの歓声が上がる。それを聞きつけ道行く人もプールを覗く。結構な見物客がまだまだ人が少ないパーティー会場を覗き込みだす。中にはスマホを片手に撮影を始める方も。それ程にイけている。この幼い少女のダンスに嫉妬しそうである。その内に欧米人男性2名もステージをこの少女に譲った。もはやワンマンライブの様相である。我らもこの少女のダンスに歓声を上げる。彼女等も写真を撮りまくっていた。あんなダンスを披露してみたい。サービスアパートの近くにダンス教室が有るのも見つけてある。しかし、そこでダンスに興じる方々は明らかに若く見える。ダイエットにも良さそうだ。そう思いながら日の有る内の行動には制限が掛る。日が暮れてからは無制限に行動し、後悔するほどだと言うのに。やはり人懐っこいタイ人の中に身を置いても内気な小心者で出不精な営業は変わっていないのかも。もっともっと出撃せねば。そんな言い訳をしながら今夜はパタヤへ出撃する。ぽちっとイってね人気ブログランキング参加してみましたにほんブログ村

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  • 21 May
    • 今更ソンクランパタヤ編(その13)

      昨日はゴルフであった。しかもおかしな誘われ方であった。私も含め総勢8名の為、2パーティで回る。この内半数は知っている方で有るにも関わらずで有る。木曜日にメールが入る。20日のゴルフについてとは何事ぞ。このメールにて20日がゴルフである事を初めて知った。いつの間にか勝手に頭数にカウントされていた。しかも誰からも連絡が無く、突如の何処へ何時集合のお知らせである。そのメールが来て初めてメールの宛先に有る方々の中で疑問が持ちあっが。誰がGさんに連絡したんだろうであった。結果野球で言うところのお見合いエラーである。人任せにした訳でも無かったが、誰がやるとも言う事の無かった結果で有る。その後、知っている方から相次いで電話が鳴る。今度は全員から電話を貰う後始末であった。何とも今度はお見合いでは無く、我も我もとなってしまった。そのゴルフで衝撃があった。コレまた長くASEAN域で活動していた仲間が帰任をすると。70手前の年齢だが、ゴルフは歳の割に飛ばす。スイングが明らかに早い。途中でほぼ100%の確率でキレる。お陰様で稼がせて頂ける。決してその切れるが仕事に出た訳では無い。キレるのだが。工場はマレーシアに有り、タイ担当の営業をしていた。決して成績が悪い訳では無いのだが、本社の方の体力が無くなってきたようだ。私がこの方に言った事。どうせ沈没組なんだから、舞い戻るのは間違い無いでしょ!であった。実際に舞い戻る当てが有る様だ。有る程度の成績を収めていれば見てくれている方がきっといる。社内の評価も大切かも知れない。私は社内の評判の方が重要だと思っている。そして1番大切なのは、仕事を辞めた時に誘ってくれる方がどれ程居るかだと思っている。それが自分の本当の評価で有り、評判だと思っている。「Gさんが会社を辞めたぞ」と言われてみたい。同時に「うちに誘へ!」と言って頂ける様になりたい。営業は顔で勝負が出来る様になったら凄いと思う。ライバル会社から「相手はGが担当営業だから時間の無駄!止めておけ!」と言われる様な営業になりたい。その頃には天にも届け我が名声がほんの少しだけ出来た時なのかも知れない。その為に、自分の本気度を上げようと今日もバンコクの夜街に出向いている。さて、ソンクラン。セントラルフェスティバルにて4人で昼食。と言っても遅い時間で有る。お客も我らだけになってしまった。昼食後はトイレで水鉄砲の水の補給を行なった。再びビーチロードへ。真昼間からの乱痴気騒ぎ。子供心を思い出す様に水鉄砲を撃ちまくる。何故か楽しい。バンコクにしてもパタヤにしても夜街で撃ちまくるのも楽しいが、童心に帰るソンクランはコレまた楽しい。途中ビーチロードの上空をドローンが飛んでおり、ソレに向けて水鉄砲を懸命に発砲するが、微妙なところで絶対に届か無い。撃ち落としたいと思う心とその映像を見て見たいと思う心と半々であった。時間的には夕方の4時位になったであろうか。ハードロックホテルのプールで開催されるソンクランパーティはまだ始まっていない。そこで某船型のホテルへ。こちらは昼過ぎから入場可能な事は聞き取り済みであった。B350/人の入場料でワンドリンク付きであったか。チケットを購入するとその証として手首に適当な不織布状の物が巻かれる。ドリンクもチケット購入時にオーダーした。私は帰りの運転が待っており、泣く泣くコーラを注文。一瞬店員もコーラがメニューに有るか確認した位であった。チケット購入を済ませると泡泡ゾーンで有る。大きな送風機の口に泡の発生装置が取り付けられ、大量の泡を吹き出している。彼女と弟の彼女の女性陣2名はコレが楽しみであった様だ。泡にまみれながら写真を撮りまくる。男性陣も呼ばれて写真を撮るも、誰かが必ず泡にまみれて顔が見えない。取り敢えず女性陣の顔が綺麗に撮れれば男性陣は何でも良い。泡にまみれた後はプールサイドで一杯で有る。泡ゾーンからプールサイドに出る為には泡を洗い流さなければならない。そんな所には監視員がしっかり配置されているから良く分からない。プールサイドに出るも暑くてたまら無い。通常の所謂プールとジャグジーとが有る。そしてタイ人は普通に服を着てプールなり海なりに入る事も多い。今回も服を着たままジャグジーに浸かる。水の温度がお風呂程度に温まっていた。流石はソンクランシーズンで有る。気持ちが良い。陽射しは強いがやはりお風呂っぽいものに浸かると日本人感覚が蘇る。思わず「あ〜!極楽、極楽!」と口を衝いて思わず出てしまう。彼女に弟カップルに何を1人で言っているんだと突っ込まれる始末であった。私の住んでいるサービスアパートは完全に日本人仕様で有り、トイレとバスルームが別で有る。サービスアパートにも共同の大浴場が有る。只でさえタイの夜は大欲情と一字違いなのだが。それでも普段はシャワーでコトを済ませる。お風呂で温まるには準備が必要である。絶対に欠かせないのは赤城乳○のガリガリ○で有る。風呂上がりのビールでは命が幾つ有っても足り無い気がする。スクンビットSoi26のラマ4世通り近くに日本式健康ランドが存在する。檜風呂やジャグジー、サウナも2種類の露天風呂まで有る。しかし1番人気は間違い無く水風呂だと思っている。サウナ等々から上がり一気に冷やす為では無く、常用のお風呂と言うかプール感覚でタイ人が入っている事が多い。最近では発展場として有名だと聞いた事が有る。品定め後にお持ち帰りでは。しかもソイカーボーイ外側に有る某ゴーゴーバー宜しく全員が全員で全裸なのだから...それにしてもお風呂に入ると睡眠の質が全く変わる。彼女も私のサービスアパートに来る目的はお風呂だけで有る。コレに某日系スーパーで購入した温泉の素を投入。土日の贅沢で有る。タイで買う温泉の素は購入を一瞬躊躇う程に高い。消臭剤のファブリー○が1本約¥1000で有る。それ程に高い。しかしコレが止められ無い。この程度の事が止められ無いのであれば、タイの夜に沈没して行くのも納得してしまう。快楽に身を委ね、沈み行く自分がどんなに認識出来ても止まら無い。宇宙のエントロピーは増加し続け混迷に向かい、魂を重力に引かれればそんなモノだろと諦めながらも沈没が止まらないタイの夜である。オペ○座の怪人では無いが、それでも天国に憧れる。イヤ、赴任者の間ではタイは極楽と言われているか...ぽちっとイってね人気ブログランキング参加してみましたにほんブログ村

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  • 20 May
    • 今更ソンクランパタヤ編(その12)

      昨日もアマタナコーンでスコールの様な雨が降った。瞬く間に冠水。お昼ご飯を食べに出たが、フェイズ4と言われる辺りの冠水が酷かった。何時も冠水するエリアではあるが。本日では無く、その前のアマタナコーンの冠水。工業団地発表は推進10cm。マジか・・・バイクのタイヤの半径は10cm、直径20cmな訳が無いだろう。確実にバイクのタイや半分は沈没しているエリアが有った。そう言えば3年前になるだろうか。アマタナコーン工業団地が洪水に見舞われた。テレビでも連日報道していたが、アマタナコーン工業団地は洪水の事実を認めなかった。その頃、我等がタイ工場は沈没の危機であった。工場隣の川と道路の境目が水面下に逝ってしまっていた。当然工場の敷地内には水が浸入して来ていた。川側並びに出入り口からの水の浸入を防ごうと土嚢を積み上げる。その状況をどこぞのテレビ局がヘリコプターから撮影していた。風圧で作業にならない。上記の通りアマタナコーン工業団地は洪水の事実を認めてい無い中で土嚢積み。明らかに何かが違っていた。この洪水後に工業団地から少し水が来たねとお見舞いの品が来た。全てが終わった後にそんな事も有ったねと来たもんである。「The タイ」である。さて、ソンクラン。タイ人3人に日本人1名の初パタヤ。今までのパタヤと言えば日本人同士でタイ人は現地調達が当たり前で合った。本当か嘘かタイ人のパタヤの楽しみ方だったのかと思う昨夜。そして本日19日はいよいよパタヤのソンクランである。我等4名も本日チェックアウト。例により遅い朝を迎え朝食へ。案の定朝食会場は閉まっており、サンセットラウンジへご案内。サンセットラウンジで朝食を頂きながら、昨日購入したママーのカップラーメンの行方を聞いてみた。何時ごろだかは不明であるが、夜中に目が覚めて弟カップルで楽しんだと。やはりそこは20代半ばの2人である。私も昔はそうであった。だからこそ100㎏を目前とする体重まで増加したのだが・・・朝食の後はチェックアウトの時間まで軽く水泳タイムである。陽の有る内の水泳を嫌う彼女。その為、帰りの荷造りをお願いし、私は水泳にいそしむ。チェックアウト時間が近づき一風呂浴びた後にいよいよ出発である。荷物を車に詰め込み出発。目指すはセントラルフェスティバルの駐車場である。所がである。イルカの像付近で渋滞し動か無い。それはそうである。このイルカの像からビーチロードへの車両進入禁止である。ビーチロード沿いのホテルに車で来ている人はどうするのだろうと思ってしまう。止む無く適当に路駐。何時も思うがこの路駐。禁止されていなければ何でもOKの雰囲気。日本ではある一定時間を過ぎると駐車違反では無く駐車場確保の違反になると思う。その場合は道路交通法では無かった様な・・・タイのこの辺りの法律は全く知らない・・・それにしても駐車したのは昼の12時頃だったか。たしか出発したのは夜の8時頃だった様な。すると8時間。日本ではアウトかも。結果は車は問題無く有ったが。実際裏通りに路駐している車の列の空き場所に並んで駐車した。車の中にはシーロムで使用した装備が入っている。水鉄砲2人分。しかし水は入っていない。徒歩でイルカの像の車両進入禁止になっている所からビーチロードへ。その途中で弟カップルの水鉄砲を購入。余りの暑さに帽子代わりに黄色いウイッグも購入し私が被る。水鉄砲を購入した際に4人分の水鉄砲に注水して頂く。準備完了である。ビーチロードへの下り坂で散々記念撮影を行う。そしてビーチロードへ。Soiの数字の小さい方の盛り上がりはいまいちであった。数字が大きくなるに連れて人が溜まって来る。途中で消防の給水車や散水車が路上で消火栓から水を供給している。確かにシーロム当たりと比較すると水の供給がイマイチである。何処でもB5やB10で水の供給が受けられる状態では無い。限られた水での戦い。どのあたりで合ったろうか。ビーチロードのビーチ側に特設ステージが出来、何カ所もコンサート的な事が始まっていた。そこでは人だかりが出来、例の白い粉を塗りまくっている。ステージからの散水も中々であった。それにしても盛り上がりが凄い。昼間にしてコレでは夜はどうなるのか?黄色いウイッグが不味かった。ノリノリの的で有る。水も何やかんやと尽きるのが早い。その度に人混みを無理やり掻き分け消防の給水車や散水車に近づき水を貰う。水の供給が限られている為であろうか。手に小さなバケツを持ち、白い粉を塗ってくる人が多い。お礼に水鉄砲を撃ち返す。欧米系は恐ろしい。水鉄砲の構えが本格的である。そして確実に顔面を狙って来る遠慮の無さ。中には敢えて黒人の後頭部だけを狙う不届き者の欧米人もいた。水鉄砲を片手にしていればタイ人も欧米人もアジア人もインド系も中東系も関係無い。大量の大人が水鉄砲を持つとこんなに楽しいのだと思えてしまう。だからこそ趣味で気が合う人間が集まるとロクでも無い事になる。金銭感覚が狂ってからが本当の趣味。その通りだと思う。タイ好きの方々が夜の尾根遺産に色々な意味のチップを払うのもこの一環かも知れない。対価と言うよりも趣味に狂ってしまい、金銭感覚も狂っているのかもしれない。何事も高いか安いかは相対的なモノでは無く、自分で決めるモノだと最近思っている。人には1円の価値も無くとも、自分には1億円出しても欲しいモノが有る。物だか者だかは分からないが。その両方では身を亡ぼす。もっとも者の段階で破滅へ向かっているのは間違い無い様な・・・気が付けばセントラルフェスティバルまで来ていた。ここで昼食タイム。ズブズブの真っ白い粉をあちこちに塗り付けた格好で店内へ入る。小奇麗な格好をした方も多いが、似た様な方も多い。確かバンコクのセントラルワールドではこんな格好で入ろうとしたら断られた記憶が。そこは色々な意味でパタヤか。セントラルに続いてターミナル21も出店が予定されているパタヤ。エアポートレールリンクが延伸されれば更に行きやすくなる。アマタナコーン駅も出来るとの噂が有り、パタヤから電車通勤と言う日本のサラリーマンの様な事も可能になるかも。そうなったら給料が幾らあっても足りな気がする。金銭感覚が狂ってからが本当の趣味。悪趣味かもしれないが、それはそれで本気でイけるならば有りである。自分の回りで100%全てを注ぎ込んで遊ぶ人間はいない。そこまで出来れば有なのかもしれない。誰しもが望む世界では無いが・・・本気で遊ぼう。ぽちっとイってね人気ブログランキング参加してみましたにほんブログ村

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  • 19 May
    • 今更ソンクランパタヤ編(その11)

      燃え上がる目指せコンドミニアム購入。目を付けた物件がある。お値段も手頃な中古物件である。新築のプレビルドを狙いたい気持ちも有るが、いかんせん外国人では情報が遅く手の出る価格帯は良いのが見当たらない。億ションの広告は一杯見るが・・・コンドミニアム購入後の名義変更。ココにミソが有る。一般的に日本人でもコンドミニアムを自分名義で取得できると唄っているHPが沢山ある。そしてこのHPのほぼ全てが日本に住んでいる日本人の投資用になっている。私の様に現地に住み、その居住用が欲しいと言うのは極少数派なのか。移住計画を進めているつもりは全く無い。結果移住となろうともである。通訳の者も私のコンドミニアム所有に火が着いている。お陰で情報に関しては色々と手伝って頂けて助かる。私の様なタイで仕事をし、タイバーツを使用したコンドミニアム所有の壁。第一はお金の用意である。現在はどちらかと言えば円安傾向。円からバーツでは金額が金額なだけに差損が大きい。そこでバーツの登場。さて、どこで手配するか。銀行の住宅ローンであるがコレが第一の壁。第二の壁は名義変更時の必要書類である。コレは何とかなりそうな雰囲気であるが、ネット調べでありそれを使用した実績が全く見つからない。しかも日系不動産会社が出しているコンドミニアムの名義変更と必要書類が異なっている。しかし、タイのお役所のHPで外国人名義の場合に書い有るのはいずれかの書類・・・このいずれかの書類には上記の様な日系不動産会社が用意せよと言っている書類が含まれている。実際に役所に出向いて確認するか。しかし、そこはTheタイ。確認後に必要書類を用意して行くと、担当官が変わった時にこれではダメと言われそうである。同様に結果出来た事。私のVISAと労働許可証は2年間有効である。通常は1年間であるが。去年の末に書き換えて、有効期限が2018年末になっている。ヤれば出来るタイ。タイの夜で雨合羽無しでヤって出来たら堪らない。上司Kへ送った句。出来婚の若手営業部社員が出たら会場で読み上げてくれと。「竿立てて、合わせくれたら子が出来た」「出来るかアホー」と言われる。気を付け様・・・病気もね・・・さて、ソンクラン。欧米系の叔父様がステージ前でノリノリである。全く歌に無いタイ語を発しているが明らかに「愚息」を意味する言葉を連呼しまくっている。会場は大盛り上がりで笑いの渦で合った。ゲイっぽい方々も大うけである。当たり前なのかもしれないが。このゲイっぽい方々。この時に居たカップルは必ずなよなよした女役と思われる方とムキマッチョであった。これで私が想像するのと出し入れが逆だったらと余計な事ばかり考えてしまう。フローズンカクテルも弟と私であらかた飲み干した。おつまみの8割以上が無くなった。最後かなと思い勝手にビールを注文した。弟はと思い目を向ける。何と爆音と爆笑の渦の中で半寝状態である。トロンとした目。音楽に合わせて揺れているのでは無く、半寝状態の身体の揺れである。私を見て彼女と弟の彼女が同時に口を開く。弟はお酒が弱いと。確かに弱い。見た目は明らかに悪そうなタイ人である。クラブで出会ったら私なら目を背けるであろう。タトゥーもバッチリである。サクヤンでは無い。タトゥー・・・いつぞや上司Kと釣りに行った時である。この頃の上司Kは今の風体と変わら無いつるっぱげであった。そして釣りの後は恒例の健康ランドへ。ひと汗流してからの帰宅がお決まりコースで合った。私が先に受付カウンターへ向かう。遅れて上司Kが付いて来る。そのカウンターの注意書きを見て私が振り返り一言。「おやっさん、マズいですぜ!」コテコテであるが後ろ向きに右の親指で注意書きを指しながら言ってみた。慌てるカウンターのお兄さんとおばさん。再度私が同じポーズのまま「マズいですぜ!」と念を押した。カウンターのおばさんが蚊の鳴くような声で「だ・だ・だ・大丈夫ですか?」と聞いて来た。それに気が付いた上司K。つかつかと私に近寄り頭に一撃を入れると同時に「大丈夫に決まってるだろう!!!」と声を張り上げていた。周りに居たお客様もこの一部始終を見ており、明らかに固まっていた。私が指差した注意書き。「タトゥーや刺青の有る方の入浴はご遠慮頂いております」であった。コレに「おやっさん」の一言。そして上司Kの風体。実際は私の風体もエッセンスだったのかも知れない。完全に其方の方と判断されていた。間違ってもそんな事は無いのにである。未だに酒が入るとこの事を言い出す上司Kである。きっちりとネタが仕込めた。会場の盛り上がりも一段落し、散々飲んで追加で食べて、気が付くと服もあらかた乾いて来ていた。弟も完全に小人の国へ行きかけている事も有りお会計を済ませてお店の外へ。まだまだウォーキングストリートにしては早い時間である。コレから更に人が増えそうな雰囲気もあったが、ソンクランで帰省している尾根遺産も多い事であろう。まさかこのメンツでゴーゴーバーやバービアも無く、大人しくウォーキングストリートを後にした。帰りはホテルまでソンテウをチャーター。ナクルアのコンビニにまで急にソンテウを停める弟の彼女。夜食用にとママーのカップラーメンを買って来る。ここでは便宜上弟の彼女としているが、実態は奥さんなのだろうと感じた瞬間であった。タイの会社の従業員もそうであるが、ほとんどの場合に於いて彼女と表現が取られている。子供が居ようともである。現場作業のワーカークラスとなると、事実婚が常態化している事も有るのだろう。悪い言い方をすると夜の尾根遺産と一緒に居るタイ赴任者・・・私もであるか・・・ぽちっとイってね人気ブログランキング参加してみましたにほんブログ村

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  • 18 May
    • 今更ソンクランパタヤ編(その10)

      昨日は17日に日付が変わって早々だろうか、雷+大雨で合った。何も考えずに朝の出勤はいつも通り。ドライバーさんも何事も無く来ていた。これまた出勤は何時もの通りに車内では寝させて頂いた。途中何やら雨が煩い事は睡眠を取りながらも認識出来るほどであった。到着が何時もより30分程度遅かった。道路の冠水が始まっている事による渋滞で合ったのを知るのは更に1時間から2時間後である。案の定雨がぱらつく。昼頃であった。多少の雷とスコール。あっと言う間に道路が冠水する。ハードトップ系の車が通行不能に近い程に水位が上がる。バイクのタイヤが半分程度水に沈む深さになっていた。我等がアマタナコーン工業団地からも道路冠水情報が発せられたが、既に突入後で合った。通訳の者に聞くと今年は数日前に雨期入りの発表が有ったと。2人揃って口にしたのは、来週お友達の女性2名がタイに遊びに来る。だからかと。それにしても異常気象である。先日のGWの釣りの際にも船長が同じ事を口にしていた。海がおかしいと。ここ数年に渡り異常気象と言う言葉が繰り返されている。異常気象が常態化しているのだろう。冬場のこの磯では釣れたと聞いた事の無い魚が冬でも連れたりしている様だ。海水温の異常。今年は黒潮が遠いと船長がぼやいていた。その為GWの釣りにしては例年よりも4℃程度水温が低いと。海水温の4℃は大きい。前日と比較し±1℃海水温が変化すると確実に魚の食いが落ちる。それなのに例年よりも4℃も低いと。冬から春に向けて現れる海の現象も遅れたり無かったりと一時帰国時にしか釣りに行けない私でも異常だと感じられる。それにしても今年のタイの気象もおかしい。昨日の洪水。ひょっとすると今年の雨季は長いか。コレで私の良い人でも連れて来て頂ければ・・・雨雨もっと降れだが・・・雨季が長引くと10月に予定されているプミポン前国王様の葬儀に掛るのではと心配してしまう。雨季の始まりと終わりは雨量が多いと思っている。10月末頃で有れば通常は乾季に入る所である。それが雨期の終わりとなるとである。タイ語でも雨が降り止むのは一時的なニュアンスを含んだ言葉である。これで終わりで後が続かないと言うニュアンスを含んだタイ語では無い。必ずまた雨が降るからである。降らなくても困り、降り過ぎても困る。何事も「良い按配」なのだろう。タイの夜に関してはズブズブであるが。とにかくコンドミニアムが買いたい・・・さて、ソンクラン。ナクルアはソンクランに突入しているが、パタヤは明日の19日がソンクランである。ウォーキングストリートを行く人々の中には既に水鉄砲を肩に掛けている方が多少なりと居た。殆どが中華系の方だと思う。肩透かしであったろう。だれもウォーキングストリートで水掛け祭りをしていない。そんな中、我らが4人は昨日彼女と入った生演奏付きのバー?クラブ?に決定した。昨日と打って変わって中華系観光客は少数で合った。逆にタイ人の姿が多い。昨日のウエイターが寄って来る。弟と私はビールを、女性2名は何やらカクテルを注文していた。そしておつまみ。ソムタムプーパラーからムートートやらヤムウンセンも有ったか。コレでは飲みのおつまみと言うよりもお食事である。堪らず私はナッツ類を注文。程良く酔いも回り始める。当然多少なりと音楽に合わせて揺れる事もする。滴り落ちる水で我らの回りだけがびちゃびちゃになってしまった。店員が忘れた頃にモップを持って来て我らの回りの掃除をする。床が濡れているとステップを踏んでいる間にコケそうである。おつまみの半分程度であろうか。次の飲み物注文に入る。ココで何時ものウエイターがプロモーションだと言いながら食べ物とセットになっているフローズンカクテルを進めて来ていた様だ。私は知らずにシンハービールを追加。待つ事しばし。今度はガイトートが出て来た。そしてバケツに入ったフローズンカクテルが運ばれて来た。しかも真っ赤なシロップを掛けられて。完全に氷イチゴである。そこにはビールの小瓶程度の市販されているカクテル瓶が逆さに2本刺さっていた。店員が静かに瓶を引き抜く。これでカクテルが完成した様だ。ショットグラスに毒々しい真っ赤な液体が注がれる。2、3杯一気に飲むとアイスクリーム頭痛が襲って来る。アイスクリーム頭痛を避けるためにカクテルとビールを交互に飲む。忘れた頃に残ったおつまみを食べる。時たま彼女から私の口に無理矢理食べ物が突っ込まれる。唐辛子たっぷりである。弟カップルはバンコクのクラブと違うと言っていた。時間的な問題も有るだろう。この頃になると例によって客層も変わって来た。やはり多数を占めるのは欧米系の叔父様に複数のタイ人女性である。1:4位が多いか。ステージの真ん前には欧米人の叔父様1名とタイ人女性1名のペアが居た。叔父様はバンドマンからマイクを向けられると結構適当なタイ語で唄い会場の笑いを誘っていたが、本人は至って真面目に見えた。お客様の一部にはゲイ同士と思われるカップルも居る。パタヤSoi13/3であったかのボーイズタウンを思い出す。敢えて昼間に勇気を出して踏み込んでみた。真昼間からビールを片手に相方の手を片方で握り飲んでいる欧米人の多い事。そしてゴーゴーボーイの開店前であろうか。店の外に見事なエグさのブーメランパンツ1枚だけのムキムキ集団。衰えた私の身体では混ざれない・・・大学時代に飲み会が有ると必ずやらされたコト。上半身だけ裸になり、女性の前でポージングしながらのナンパである。そこで引かずにノって来るならば先輩方の登場で美味しい所は持って行かれる。もしあの頃の身体であれば・・・酔いが回るか先輩から行けの指示がればステージへ上がってしまったかもしれない。あの当時、アルバイトで1晩30万話が合った。相手は♂だと・・・一瞬迷ったが、ソレを打ち消したのが先輩の一言で合った。「1回じゃないぞ。一晩だぞ!」この一言は効いた。今でこそあの時にノらなくて良かった。ノられるのは勘弁して欲しい。ノるのも嫌であるが。手を繋いで一杯飲んで30万円貰える訳が無い。本当であれば恐ろしい。タイと言うお国柄見た目で判別の付きづらい方も多い。ネットでちょろちょろやっている中で、最後の方になって「I`m Ladyboy. Are you OK?」と入れられても・・・此方が挿れる前で良かった。何ともタイの夜は難しい・・・ぽちっとイってね人気ブログランキング参加してみましたにほんブログ村

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  • 17 May
    • 今更ソンクランパタヤ編(その9)

      完全にコンドミニアム購入に火が付いた。何が何でも銀行からお金を借りる。そう思って仕事の合間を見付け某外資系銀行へ。もちろんアマタナコーンの中にある支店である。案の定である。「外国人相談専用窓口担当が18日(木)に来るからその時に来い」と何時もの対応で合った。ネット上でも外国人に住宅ローンを提供している外資系銀行である。日本であれば何処の支店に行こうとそれなりの対応は有ると思う。ソコはソコ。Theタイである。もっとも日本が特殊な環境に有るのではと思う事も久しい。日本で受けられるサービス等々が当たり前なのでは無く異常なのだと。そのままの感覚が出て敷居の高い銀行等に赴くとガッツリとヤられる。タイの夜では散々ヤっているのにである。だからか・・・隣の人は何する人ぞと仕事に置いては恐ろしい程他人を気にしないタイ人。日本に居た時も海外出張で強く感じた。それでもこの感覚が有る内は日本人で居られる可能性も有るのかもしれない。最近の一時帰国で昼のファミレス。思わず店員を呼んでお会計をしようとしてしまった。ウエイトレスが現れてから気が付いた。恥ずかしかった。それにしても自分自身の価値の低さ。タイに居て強く感じた。コンドミニアムを購入するのにお金が借りられない。完全に切羽詰まった訳では無いのだが。やはりバンコクなりパタヤなりで相談しないとダメな様だ。バンコクが確実だと思う。必ず時間を取って外資系銀行を回ろう。問題は私のタイ語では耐えられない。通訳の者にもお手伝いして貰おう。通訳の者は所謂一戸建てを1軒、長屋状のタウンハウスを一部屋、コンドミニアムを一つ所有している。おまけに車も所有し、イサーンの田舎に田畑も持っていて人に貸している。羨ましい。そしてこの通訳の者も気が付いていた。やはり不動産を所有している者が強いと。私も暫くはこのタイの地で生きていく。何の信用も無いのでは何となく社会から取り残された感覚が有る。銀行からお金を借りられる意味。意外と大きいのかもしれない。当たり前であるが信用は大切だと海外に来て改めて痛感した次第である。さて、ソンクラン。放水車の歓迎でズブズブの4人である。我らが歩いた後にだけは足跡が残って居る。爽やかに歩く方々に混ざってずぶ濡れの4人。とにかくウォーキングストリートの入り口に立つ。さて何処へ行くと当然の話である。彼女の弟と2人であれば当然ゴーゴーバーやバービアであろう。弟は遠慮無く私にタイ語を普通に話す。付いて行け無い時が有る。そう言えば1年以上前からである。彼女と弟と3人で何回かご飯を食べた。その時は彼女や弟の近況報告や親戚の話であり、私が口を挟む内容では無かった。そうなれば黙々とご飯を食べていた。そして昨年のプミポン前国王様崩御の翌日である。彼女と弟と私の3人でタクシーを拾い王宮へ。外壁の回りで手を合わせた帰りもタクシーである。目的地は彼女のコンドー。私が助手席、2人は後ろのシートで会話をしていた。最後の最後は彼女のコンドーの位置をタクシーの運転手に説明せねばならない。私がタイ語で運転手に場所の説明をした所、弟が爆笑しだした。私は自分のタイ語が変だったのかと理解した。「外国人やもん」と少しだけ思った。ところが弟が言い出したのは「タイ語が話せるとは思わなかった」であった。タイ語が全くアカンならどうやって生きていくねんと突っ込みたくなったが堪えた。始めは彼女も弟が突然笑い出し、何が何なのか理解出来ていなかった。所詮2歳児レベルのタイ語であるが。最低限のコミュニケーション。弟にせよ弟の彼女にせよバリバリのタイ語オンリーである。救いなのは北部語をあまり使わない事。使われたが最後、何を言っているのか全く理不能である。彼女の田舎に行った年末年始を思い出す。これ以降、私と彼女で初めて会う人には多少であるがタイ語が話せる事を説明している。私は内気な小心者で人見知りの激しい営業であるから初対面の方には余り口を開く事は無いのだが・・・とにかく色々とズブズブな一行。何処に行こうかと思うが弟と弟の彼女は全くと言って良い程パタヤを知らない。意外であるが、バンコクに居るタイ人はそれほどパタヤへ行く事は無い。弟カップルも揃ってパタヤは何年振りだかと言っていた。パタヤは外国人の保養地なんだと強く感じた瞬間である。ハイソなタイ人がSoi6やLKメトロ、ましてやウォーキングストリートのゴーゴーバーをハシゴするとはとても思えない。パタヤでの私の夢。コンドミニアム購入も1つだが、もう1つはヒルトンのスイートを1ヶ月借りて豪遊するである。彼女に話したらソッコーで「勿体無い」の一言で合った。「勿体無い」だけならば実行に移して良いのかと勝手な解釈はさせて頂いたが・・・その時はキレるんだろうな。ぽちっとイってね人気ブログランキング参加してみましたにほんブログ村

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  • 16 May
    • 今更ソンクランパタヤ編(その8)

      当たり前の事だがお金を借りるのは難しい・・・コンドミニアム購入を目指し、銀行へご相談。もちろんタイの銀行である。ダメ元は分かっている。ひょっとしたら何かルールが出来るなり変わるなりと期待を少しだけした。単純な話、そうそう簡単には借りられないであった。しかも銀行で感じるTheタイ!相談したエリアも工場の在るアマタナコーンが悪かったのか・・・先ず初めに銀行員に言われるのは「初めてのケース」だと。そりゃそうだ。アマタナコーン近郊で家を買おうとする様なモノ好きな外国人は少なかろう。バンコクやパタヤならば話が見えやすいのかもしれない。別途バンコクでは相談しよう。しかし、各銀行とも言う事がまちまちで面白い。後で自分達で各銀行の話を纏め、言いたい事を理解せねばならなかった。ただ、中には非常に頑張ってくれる行員もいる。とにかく状況を詳しく聞いて貰い、後で連絡をすると言っていたが。連絡が無いのは何時もの事か・・・とにかく手段を考えるしかない。それにしても外国人はお金に対してコレだけ信用が無いとは愕然とした。勝手な思い込みであるが、日本で借りようと思ったらどうでもなる金額である。ならばそれで用意しろと突っ込まれそうだが。それではつまらない。多少では無いが、金利が高いのは分かっていながら「貸してやる」と言う信用が欲しい。「初めてのケース」と言われる前にもう一言ある「奥様はタイ人ですよね?」である。要は外国人であれば国へ逃げればそれまで。しかし、思うに今回は不動産購入の借り入れ。全額をローンにするつもりなど全く無い。仮に不動産価格の50%を10年借り入れとした場合である。日本同様、ローンが終わるまでの1番抵当権は銀行である。最悪私が逃げても不動産は逃げようが無い。単純な話10年後の不動産価値が借り入れ金額以上であれば問題無いと思うのだが・・・結局はコレも外資獲得の1つなのだと理解した。だからコンドミニアム購入時に購入価格と見合う送金証明が必要になる。タイで働く外国人用に別な真っ当な方法も有る様だがもっと調査を要する。通訳のタイ人もこの件に関しては面白くなって来た様で、更に首を突っ込む覚悟をした様だ。人の借り入れなのに「絶対に借りましょう!」と妙な気合を見せている。こうなれば色々とやってみよう。知り合いのタイ人に銀行勤めの方もいるし。ここで気が付いたのは、銀行から見れば私の信用など「最低賃金の日給月給」で働くタイ人と変わらない現実。社会的信用の低さはキツイ。まさか外資系企業ををバシバシ誘致する国で、信用が低いとは・・・どなたかのブログでもタイにハマって社会的信用が無くなった話が合った様な記憶が!さて、ソンクラン。弟カップルと共に4人でナクルアのお勧めレストランで食事。食事後は一旦ホテルへ戻る。彼女の車をホテルに置き、昨日同様にパタヤの街中へ行く予定を立てた。昨日のホテルの無料のソンテウは18日、19日とソンクランで運行中止。やむなくホテルを出てソンテウをチャーターする事に。暫くするとおばちゃん運転のソンテウが現れてウォーキングストリートまで交渉成立。おばちゃん曰く、ビーチロードは渋滞が酷いから回り道をするとの事。ナクルアから一路パタヤ北バスターミナル方向へ。余談である。ソンテウ等々をチャーターする際に「ノースパタヤバスターミナル」では通じにくい。「ボーコーソー」なら結構な確率で話が早い。通訳者が言っていた。そこまで英語が分かればソンテウの運転手などしてないですよと。そして細い道を右へと入って行く。18日はナクルアがソンクランであるにも関わらず、この辺りのパタヤの細い道ではソンクランが始まっている。そこにソンテウで乗り込んでは良い的である。しかも結局は渋滞。渋滞で止まる度に周りから水鉄砲で撃たれる撃たれる。酷いのになるとバケツで水をぶっかけて来る。バンコクと違い氷水で無いのでぶっ掛けられても騒ぐ事は無い。暇な私はソンテウの乗降口に立ち、一身に水を有り難く頂く。まさに水も滴る良い男であるはずも無い。パタヤのセントラルロードを過ぎた辺りであったか。目の前の車が放水車で有る事に気が付いた。まるで暴動を起こしている集団に対し、放水を繰り返す様に道端に居る尾根遺産等々に水をぶっかける。全く遠慮が無い。流石パタヤのソンクラン。バンコクでもそこまで無茶苦茶なのは見た事が無い。しかしこの放水車ののろい事のろい事。放水しながら走るのだから当たり前である。渋滞の先頭を見る事が出来た。当然ソンテウのおばちゃん運転手と言えど、ここまで渋滞を作られては稼ぎに響くのだろう。この放水車を抜きに掛った。こうなれば我らのソンテウは的である。いわゆる七面鳥撃ち・・・放水車に全開放水されてはずぶ濡れと言うモノでは無い。アメリカ映画の様に服を着たままシャワーを浴びた状態になる。それでも首から下げたスマホや現金の入る防水の袋に水が入る事は無かったから見事である。その後も水を掛けられまくるがこの放水に比べれば赤ちゃんのおしっこを顔に浴びる様なモノである。そう言うプレイはした事は無いが。願望も無い。どうにかこうにかウォーキングストリート近くまで来る。そして衝撃の事実。ビーチロードが渋滞どころか車の姿がまばらで合った。これには一同マジかと言った状況である。何故ならサクッとビーチロードを行ければ間違い無くこんなにズブ濡れになる事は無かった。周りの道行く人の服は乾いている。我ら4人のみがズブズブに濡れており、おかしな4人組になっていた。それでも一足先のパタヤのソンクラン。口から文句は沢山出るが、楽しい事に変わりは無い。コレでは彼女と彼女の弟と同じである。文句が先・・・濡れてナンボのソンクラン。濡らしてナンボのパタヤの夜である。ぽちっとイってね人気ブログランキング参加してみましたにほんブログ村

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  • 15 May
    • 今更ソンクランパタヤ編(その7)

      何故か最近の生活圏が変わって来ている。BTSプロンポン駅周辺を中心としたリトル東京からラチャダー界隈へ。決して特殊浴場の話をしている訳では無い。私のイメージからすると現地採用の方等々が多く住むエリア。最近ではやたらと中国人が多くなっており、ヤワラートを越える中華街になりつつ有るとか。確かに常に中国人観光客で賑わっている。道端レストランですら中国語のメニュー表を用意している。私に写真無しの中国語メニューを持って来ても意味が無いのだが。ラチャダー界隈。日本人を1番見掛けるのはタラートロッファイ、電車市場であろうか。次が意外な事にBig Cである。ソンブーンラチャダー店へ行けば最低1組は日本人が居るか。夕方からは2〜4名程度でソンブーンラチャダー店近くを彷徨く日本人グループが見受けられる。非常に楽しそうで有る。中華街と言えば、昨日彼女に連れられてどローカル床屋へ。そこで寝ていた子供の話になった時にヤワラートの話が出た。次いで彼女の友達のFBにドリアンの話が。完全に彼女に火が付いた。ドリアンが食べたいと。それもモントーンでは無くカーンヤオだと。確かにドリアンのカーンヤオは美味しい。モントーンと比較して数段味が濃い。ドリアン臭も見事である。彼女の友達がヤワラートでドリアンのカーンヤオを購入した姿が載っていた。しかもオートーコー市場と比較すると数段安い。それでも通常のモントーンからすると3倍程度の価格か。今年初のカーンヤオである。彼女もカーンヤオが美味しいのは知って居た様だが、値段から購入しなかった様だ。私と一緒に行ったオートーコー市場でカーンヤオにハマった。私はヤワラートと言えばガポップラーである。これと塩焼きそばの様なクワイティアオの組み合わせは無敵である。そんな満足な週末で合ったが、健康診断の数値だけは食後に気になった。タイの夜街に出撃し運動しようと意味不明な使命感に駆られた。何の運動やら・・・さて、ソンクラン。程良い時間になり、弟カップルと共にサンセットラウンジへ。私はウイスキーの水割り、彼女はオレンジジュース、弟カップルはワインの赤と白をそれぞれ頼んでいた。注文が終われば直ぐに写真撮影である。撮るわ撮るわ。弟カップルはThe タイ人と思うほどに写真を撮りまくってFBへアップして行く。おまけにお母さんにまでLINEをするはしゃぎようである。一通り落ち着いてからワインを口にする。弟カップル揃って「マイ アロイ」の一言で私にトスされて来た。私は美味しく頂けたのだが。サンセットラウンジを楽しんだ後はいよいよメインディッシュを頂きに出発である。車で15分程度の距離であろうか。海沿いの私のお勧めレストランを予約しておいた。しかも海沿いのシートを。ホテルで道を確認し、裏道を使う事に。そこそこ太いナクルアのメインの通りへ出た時であろうか。ハンドルを握るのはお酒を飲まない彼女。ナクルアのソンクランの中心地へ入ってしまった。大渋滞で車が動かない。周りは昔のバンコクを思い出させる乱痴気騒ぎである。バイクタクシーはお客が居よう居まいと無理矢理に停められ頭から水を掛けられている。高校生風のタイ人を中心に道を占拠する位の大騒ぎになっている。堪らず彼女が道行くバイクタクシーの運ちゃんにスクンビット通りへの出方を聞いた。私もスマホを片手に道案内。無事にスクンビット通りに出た。しかしこちらもナクルアで有る事に変わりは無い。関東で言う国道1号や4号の様な大動脈のスクンビット通り。私の心臓の様に詰まり始めている・・・いや、詰まっている。乱痴気騒ぎは変わっておらず、もっと酷い事にコレまた昔のバンコクのスクンビットを思わせる。ピックアップの荷台に5名程度は若者が乗り込み、水鉄砲を打ちまくり、荷台に有るドラム缶から水を撒きまくる。道行く人の手には白い粉を溶かした小さなバケツが有り、ピックアップの荷台に乗り込んでまで顔に塗りまくる始末である。当然その間はピックアップは道のど真ん中で駐車状態である。警察も交通整理をしているが、ソンクランの祭りが許されるエリア内では放置している。彼女の車も白い粉を掛けられまくっていた。やっとの思いでレストランに到着。予約しておいたシートに着く。海沿いに見えるレムチャバン港の明かりであろうか。非常に綺麗である。当然弟カップルの撮影会が幕を切る。そこで弟が一言。何でこんな遠い所にご飯を食べに来るのかと思ったと。やっぱり彼女の弟だと思った。先ずは文句が出るが、ソレを見ると真逆の反応どころかお気に入りに認定して貰える。今回もその流れであった。そして彼女も同じでしょうと言っていた。貴方もホテルに散々文句を言った口だが、結局弟カップルまで呼んでるし・・・このレストランは今の処、私の中でタイ料理の最も美味しいお店である。彼女もお気に入りである。以前パタヤへ来た帰り。このレストランで食事をしようと思ったら満席であった。海沿いに200m程度は続くレストランなのに。このレストランの支店がシラチャに有り、急遽そこへ向かう事に。彼女的には完全にこのレストランで食事をする気になっている。The タイ人である。ナクルアから車を飛ばし約20分。シラチャの同じレストランで食事をした。完全にお腹が満たされた。彼女以外の3名はビールも入っている。いよいよ夜のパタヤへ出撃する準備も出来た。バンコクから来たタイ人がどの様にパタヤを楽しむのか非常に興味が合った。私と彼女の2人の場合は何時もとあまり変化が無い。さて弟よ何を見せてくれる?ぽちっとイってね人気ブログランキング参加してみましたにほんブログ村

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  • 14 May
    • 今更ソンクランパタヤ編(その6)

      一昨日の雨は昨日の朝まで残っていた。朝のウォーキングに出る時にもパラついていた位だ。当然昨日のコンドミニアム見学は雨の中で有る。彼女のコンドミニアムの契約が切れる為である。ホワイクワンの市場近く。外観は気持ち古い。それでも築5年程度と言っていたか。タイと日本のマンションの賃貸や購入の違い。そもそもタイには不動産屋さんが少ない。タイ人は基本的にその様なモノを使用しない。最近ではネット検索が一般的か。そしてそのマンションなりのオーナーないしはエージェントに連絡を直接入れる。確かにセンチュリー○1等の不動産屋さんも有るが、恐らくはエージェントみたいな仲介のみだろう。なので部屋の賃貸や売買に関しては意外な程に価格交渉が出来る。もっとも日本でも価格交渉が可能だが。日本でも建売物件等々の価格交渉をすると思う。行き着いたら付帯設備の話をすると思う。タイも同様である。凄いと思うのは、下見の際に汚い部屋でも入居時にはキッチリと仕上げて来る。掃除をすると言うよりもリノベート、リフォームに近い気がする。彼女は結構気に入っていたご様子だ。最終的な彼女の結論は「Gさんがコンドミニアムを購入して私が住む」であった。こんな事から再び私のコンドミニアム購入に火が入った感じだ。確かに今のサービスアパートのお家賃は素敵な値段かも知れない。タイに赴任して7年目。支払った家賃を計算するとコンドミニアム買えたやんと。彼女が勿体無い勿体無いを連発しているが、そもそもこんなにタイに居るとは思いもしなかった現実も有る。これでコンドミニアムを買ったら沈没確定だなと心の何処かで思う自分が居るのに止められない。既に沈没しているからか。深々度に沈没してしまい、サルベージも出来ないだろう...さて、ソンクラン。ナクルアはウォンがマットビーチの中々なホテル。プールに浸かりながら彼女の弟カップルからの連絡を待つ。時折彼女のスマホに弟から写真が送られて来る様だ。現在地など全く分からない写真ばかりである。夕方近くなり、ナクルア近郊まで来ていると。しかし大誤算であった。ナクルアはこの18日がソンクランである。ナクルアの主要道路は地獄の様な渋滞である。結局ナクルアまで来ながらホテルまで1時間を要していた。通常はせいぜい10分程度の距離であろう。ソンクラン恐るべしである。やっとの思いで弟カップルが到着。部屋の予約が私の名前の為に一緒にカウンターへ。サクッとチェックインし、予定通り隣の部屋となった。何故か我らの部屋と弟カップルの部屋の行き来は玄関側から出入りせず、プールサイドの狭い所を利用する。それだけプールが楽しいのだろうと理解した。弟カップルは部屋中の写真を撮りFBにドシドシとアップして行く。プールの写真も同様である。とにかく写真を撮る。フィルム仕様であったらどんだけのアルバムが出来るんだと思ってしまう位である。そう言えばプールで思い出した。この弟カップルがパタヤに来る前日である。彼女と一杯やってホテルへ戻り、プールへ静かに沈没した時で有る。プールは各部屋の前で繋がっており、プールアクセスの部屋全体で共有する様な形になっている。当然長い距離を泳ごうとすれば他の部屋の前を通る事になる。時間は00時頃であったろうか。彼女と静かにプールに浸っていた。ナクルアのホテルであっても中国人が多いのは変らない。夜の旅行先と言えば心が開放的になるだろう。誰しも同様だと思う。深夜のプールは恐ろしいほどシンと静まり返っていた。その為なのか、総合的なのか、必然的なのかは分から無い。何処からとも無く喘ぎ声が聞こえて来た。初めに気が付いたのは彼女であり、吹き出しそうになっていた。確かに聞こえる事を私も確認した。50代後半から60代半ば位の中国人ご夫婦と私の中では記憶していた。やはりパタヤの夜は幾つのなっても熱いので有る。ぽちっとイってね人気ブログランキング参加してみましたにほんブログ村

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  • 13 May
    • 今更ソンクランパタヤ編(その5)

      昨日は朝からツイて無かった。流れの悪い時はそんなモノである。GWの一時帰国時に日本で受けた健康診断。記録的な数字を叩き出した数値が有り、健康診断途中で医師からお呼び出し。端的に医師の言葉を表すと「今すぐポックリ逝っても不思議は無い」である。臓器に異常がある可能性も否定出来ないが、生活習慣病の酷いヤツと認識している。多分遺伝だろう。母も母弟も母姉も似た様な症状が60歳過ぎで出ている。私はアラフォーを越えつつある今である。完全に短命系。そんな事態を改善すべく1日2時間程度のウォーキングを始めた。スピードは概ね日本の不動産の徒歩○○分と同等か若干早いかだと思っている。体力的には全く問題無い。むしろ足りないと感じる位にに体力は十分残る。しかし先に下半身の筋肉が悲鳴を上げ始める。一回りし帰宅した後にプールで泳ぐ体力も有り、彼女からはバカ呼ばわりされている。ソレも含めて病院へ行けと。そんな事をしている朝で有る。午前中のソイカーボーイ。兵どもが夢の跡である。元々、サービスアパートを出発するに当たり、所謂タイ人の言う良い天気であった。ソレがソイカーボーイ近辺で限界に達した。夢の跡を見かねた空が涙を流し始めた。どうにかスカイウォークからターミナル21へ退避。店内を私のスピードで歩く訳にも行かず、ウインドウショッピング状態に。挙句には雷までも鳴り出しスコールへ。こりゃアカン。そんな事をしていると彼女からLINEが。本日は夕方に彼女とコンドミニアム見学へ。雷が鳴り出したので早く来いとお呼び出しである。しかしこの状態ではスカイウォークですら濡れる。雨が上がって直ぐに彼女のコンドーに到着したのは昼をとうに回っていた。それでも青空が覗かない1日。コンドー見学にはツイているのかい無いのか。雨降って地固まるに期待したい。さて、ソンクラン。ナクルアがソンクランを迎える18日である。彼女の読みでは昼過ぎには弟カップルもホテルに到着するだろうと。案の定昼過ぎには弟からLINEが入った様だ。今起きたと...まータイ人の良く寝る事、寝る事。びっくりする位である。我が家のポメと同様の睡眠時間。寝過ぎだろうと思ってしまう。我らもゆっくり目の朝食を取りに出たが、朝食会場は既に終わっていた。それでもサンセットラウンジで多少の朝食が取れると向かう。朝食後は運動開始である。そのためのプールアクセスの部屋。使い倒してナンボだと思っている。だからこそ昨日彼女のビート板と私のゴーグルを購入したのだから。飛び魚の様に泳いでいるつもりで有る。実態は溺れかけの年老いたサルか?最近では大したスポーツもしていない。しかし体力だけは本当にある。ようやく最近になって仕事中に若い者に疲れた顔もするんですねと。確かに私はバカが付くほどに体力が有る。アッチの体力も有る。連発では2発撃つのが精一杯で有るが、1日とスパンを伸ばせば2桁イケる。もちろんファイザー様やその類似品は使っていない。3回目を越える辺りから出るモノは出るが、明らかに量が減る。気合が足りないと自分を一喝するも、量が増える筈も無い。回数だけがかさむ。無尽蔵とまでは行かないが、アラフォーを越えつつ有るただのサラリーマンとしては十分な体力が有ると思う。遊びも仕事も身体が資本。何にしても体力が無いと始まらない。仮に経理等々の様な頭脳中心の仕事でも体力が要るのは間違い無い。仕事が出来る人の共通点は体力が有る事だと聞いた事が有る。確かに体力は有るが仕事については???な私である。そうなるとこの体力を原資として何かをせねば仕事が出来る様にはならないのか。その何かの方向がナニかになってしまっている。そう言えば最近カラオケに行ってい無い。体力作りとタイ語の勉強をする為に出掛けなければと妙な使命感に狩られてしまう。コレらが集約する先は何なのか?「イケるか?」と相談相手が愚息では、ナニが何でも「イク」に決まっているのだから。ぽちっとイってね人気ブログランキング参加してみましたにほんブログ村

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  • 12 May
    • 今更ソンクランパタヤ編(その4)

      仏教の日に当たった10日。もちろん禁酒日であった。その前日の9日。お客様とプロンポン駅近くの屋台風タイ料理屋さんからスタート。お食事の後はナナプラザからソイカウボーイ。このお客様はインドネシアはジャカルタの駐在員である。〆はソイカウボーイのバカラ。ウダウダと飲んでいるとウエイトレスと尾根遺産から同じ話が。明日10日は禁酒日だが仕事だと。ホンマかいなと思ってしまう。しかし何の関係も無い2人から同じ話が出るならと思って10日にバカラを偵察に。タクシーに乗り、ソイカウボーイと言うと案の定で有る。休みだよと。言われんでも分かっとると言いたかったが、イマイチ自信が持てずソイカウボーイの近くでお客様と食事なんだとつまらない嘘を吐いてしまった。別にタクシーの運ちゃんと何が有る訳でも無いのだが。こう言った時に内気な小心者が顔を覗かせる。コレでバカラが休みだったらと予防線を張ってしまう。ソイカウボーイに到着する。やはりソイカウボーイは真っ暗であった。担がれたかと思ったが、薄っすらとバカラだけに明かりが点いていた。恐る恐る近づく。すると見慣れたガードのオッサンが2人。顔見知りのウエイトレスも居た。ウエイトレスのオバハンからガードのオッサン2人も含めてコーラをご馳走しろと来た。真っ暗なソイカウボーイで頑張る従業員。思わず快諾してしまった。当然アルコール類の販売は無し。コーラを4つとなった。軽いお話の後に私は店内へ。入り口で何時ものビッグパパにご挨拶をする。確かビッグパパの母国はイスラエルと聞いた事があった様な。1階は意外と満席で驚いた。尾根遺産も結構な数が踊っている。止む無く2階へ。2階は流石に満席と言う訳では無く、8割方と言う所か。お陰でサクッと席が確保出来た。ただ、1階と比べると明らかに尾根遺産の数が少ない。しかも普段んであればトップレスのグループが有るのに、この日はソレも無かった。一応、仏教系の祭日に当たっている為であろう。何時も売りのキツイ尾根遺産が、コレ幸いと私の元へ。もちろんコノ尾根遺産の売り込みは毎度目にしているので丁寧に御断り申し上げた。するとその辺のマッサージのオバハンよりもマッサージの上手いウエイトレス登場。何時もの通りマッサージをして貰う。この日は余程暇と見えてソファーに腰掛けてからお会計までマッサージをして頂いた。それでコーラ一杯である。暇過ぎるとロクな事も無い。このウエイトレスも暇過ぎたのだろう。今日は私を連れて帰れと。マッサージを一杯してやると言われた。念のため価格を聞くとバカラデフォルトの連れ出し料金とショートの価格。アホかいな!ならば私の身体の隅々まで知っているデブなオバハンのマッサージで良い。このオバハンのマッサージは効く。タイ古式マッサージをオーダーしながら、私の身体の具合の悪い所を中心にマッサージをする。終わる頃には本当にコリが無くなり痛みも引く。このオバハンが店を移る度に私もオバハンの移動に合わせて行き着けの店を変える。そう考えると下手なカラオケやゴーゴーバーの尾根遺産よりも、このオバハンの追っ掛けをしている。問題はこのオバハン。ゴッリゴリのタイ語オンリー。カラオケ語何ぞ使える筈も無い。LINEを知ってはいる。お店が変わった時などはLINEが来るがタイ語...返し用も無く、止む無く電話をする始末である。この位のお気に入りの尾根遺産をバンコクではカラオケとゴーゴーバーで。更にパタヤでも作りたいと思っている。だからこそ禁酒日までも出撃したがマン振りの空振りであった。さて、ソンクラン。パタヤはウォーキングストリートのバービアで彼女と回転した後のクラブ。まだ営業してい無い流れの悪さ。コレではハリウッドもアカンかと思えて来た。トボトボとウォーキングストリートをビーチロード方面へ歩く。彼女が思い出す。以前ウォーキングストリートに来た時に寄った生演奏付きのバー。ウォーキングストリート出入り口近くである。お店の入り口でプロモーションのドリンクを販売しており、面白さから小さいバケツ入りのフローズンカクテルを注文し店内へ。店内へ入ると結構な人の入りである。ザックリと8割は席が埋まっているか?どう見てもコテコテの中国人オバ様5、6人が生演奏やロックな音楽に合わせてコレまた中国的?独創的?なダンスを披露している。思わず彼女と共にその不思議な動きに見入ってしまった。巨大なフローズンカクテルを彼女と飲み始める。酔いがまわると共に彼女もミュージックにノってく来る。もっともバンコクのRCAの様にEDMが中心と言う訳では無くロック系中心か。ソレが踊り狂う中国人とミスマッチなのだが、お笑い上は非常にマッチして来るから始末が悪い。英語のロックで有ればマイクを向けられたお客も歌う。ワンフレーズどころか結構な長さで歌っていた。そうこうしていると、どこぞの誰かが曲と曲の間で何やら大きな声で中国を発した。すると店内に居たお客のほとんどが出て行ってしまった。この時店内に居たお客の95%は中国人の団体客であったのか。中国人の団体客が去った後は閑散とした店内になったが、再度活気を取り戻すお客の数になるのにはほとんど時間を要さなかった印象で有る。フローズンカクテルの大半を私が飲み干す頃には彼女も酔いが回っている状態になっていた。本当にお酒に弱い。こうなったらお会計を済ませ、ソンテウで一路ホテルを目指す。最後のソイは彼女とバイクタクシーへ。運ちゃん込みの3人乗りである。久し振りであった。お陰で何回運ちゃんのヘルメットにキッスをかましたか。オッサンの後頭部に数回キッスをする頃にはホテルに到着。密かにプールに沈んでからシャワーを浴びて就寝した17日のナクルアがソンクランを迎える前日であった。ぽちっとイってね人気ブログランキング参加してみましたにほんブログ村

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  • 11 May
    • 今更ソンクランパタヤ編(その3)

      昨日は仏教系の休日で禁酒日。なのにソイカーボーイでバカラは営業中。禁酒日前日にお客様とナナからソイカーボーイまでのコース。その時にウエイトレスの尾根遺産が嘆いていた。明日はお店を開けるんだと。さて、GWの飲み会。ワンピースの女性のお友達話が止まらない終わらない。某社の社長さんに次いでNo2の方とも面白い関係になって来る。一同酔いも周り、この無茶苦茶な話だけが酒の肴になっている。それにしても某社のお2人の差。コレは話題になった。社長さんの方はストーカーの様な状態に。No2の方は相手が引いたら綺麗に引いた。この辺の感じ方の差は大きいと思った。結局コレは仕事に出ていると話題になった。某社の在り方がそのまま出ていた。すると名前だけでは有るが私はタイの工場長。赴任者1名の現実。私の性格が工場の在り方に出て居るのだろう。通りでグズグズだと思った。元々それほどしっかりしているタイプでは無い。誰かが居てくれないと寂しさ一杯のダメっ子である。ダメっ子と言ったところでアラフォーを越えつつ有るのも現実だが。人恋しさが1番でバンコクの夜の街に繰り出している。もっと心を鍛えないとと反省しきりである。それにしてもで有る。私は飲み友達以上には見る事が出来ないワンピの女性のお友達。某社とは言え社長さんとNo2の方を陥落するとは。上手く立ち回れば恐ろしい富と権力が手に入ったであろう。富は個人の感覚次第で多くも少なくもなるのだろうが。私なんぞは昨年崩御されたプミポン前国王の手紙が心に染みる。「有っても良いし、無くても良い。皆んなが持っていて、貴方だけが持っていなく共嘆く必要は無い。」私では負け惜しみにしかならないか。権力はこの某社の中では絶大であろう。人とは恐ろしい。その感覚に染まると某社を出て世間一般にその権力が通じると錯覚する事が有る。私もタイ工場に1名の赴任者の為、そこには気を付けているつもりで有る。可能な限りその「権力」を使わないである。それに寄り掛かるのが恐ろしい。夜の街でとんでも無い勘違いを起こしそうで有るから。絶対に人を上から見下す様な事はしたく無い。権力とはある条件が揃った時だけ発動する魔法である。条件が揃っても効かないヤツもいるから面白い。権力では無く自分の魅力で勝負したい。そんなモノがお前に有る訳無いだろうと99.9%以上の方がおっしゃると思うが、残りの可能性に賭けてみたい自分がいる。0%では無いのだから。さて、パタヤ。トムヤムクン小が2つ出て来るハプニングやら、パタヤのソンクランが19日だったりと何が何やら。兎にも角にも状況が飲み込めた所で改めて一杯飲もうと彼女とウォーキングストリートへソンテウで向かう。ソンテウ値上げの噂も有ったが実態は変わっていなかった。彼女が聞いてくれたからなのか、私が聞いたら値上がりするのかは不明だが。ウォーキングストリートに到着すると彼女から面白い所に連れて行けと無茶振りである。まさかゴーゴーバーに連れて行く訳にも行かず、ウダウダとウォーキングストリートを歩いてしまった。ウォーキングストリートを歩いてる最中に顔見知りに声を掛けられなかったのは幸いで有った。もっとも顔見知りが沢山居るほどパタヤやウォーキングストリートを知って居る訳では無いのだが...そこで思いついたのがスーパーガール前の回転するバービア。ついこの間のソイカウボーイさんと楽しんだスーパーガール。心の何処かで覚えて居る訳は無いだろうと自分を誤魔化した。彼女と席に着き回転を始める。昨年のエロ軍団訪タイ以来の回転である。コレはコレで彼女は結構気に入った様だ。2人で飲み物を注文。そして近くでゲームを1人で楽しんでいたバービアのオバハン。違う、尾根遺産に彼女が声を掛け、一緒にゲームを始める。バービアのママさんらしき人も参戦し盛り上がる。彼女からこのオバハン2人にお飲み物を進呈する。さらなる盛り上がりを見せた所で彼女がギブアップした。回転に耐えられる無くなってきた様だ。まさか彼女にゴジラの様に口からキラキラしたモノを吐き出させる訳には行かない。お会計を済ませ、回転するバービアを離れる。幸いにしてスーパーガールのこの間の関係者に接触する事は無かった。ツいている。ウォーキングストリートに戻る。2人共にビーチロード方面へ歩き出す。明らかに時間は早い。彼女がクラブへ行きたがっていた。こうなればハリウッドに行くかと覚悟を決めた。すると彼女が急に1つのお店階段を登り出す。まさかのゴーゴーバーかとドキドキしてしまった。流石に女性連れでゴーゴーバーに入った事は無い。恐らくソレは今月実行されるのであろうが。彼女が登った階段の先に有ったのはクラブであった。知ってたの?と聞いてみたら、看板を見付けたと余りにも当たり前の回答であった。そしてこのクラブの入り口に居るガードのお兄様に話を聞く。なんとお店の開店が23時とか00時とかの遅い時間であるとの事。ソンクランを目の前にして、開店時間を遅くした様だ。要はまだ始まっていなかった。肩透かしである。ホテルのソンクランパーティーは明後日の19日のみと判明し、今度は飲もうと覚悟を決めたクラブにフラれる運の無さ。正に流れが来てい無い。余談である。流れ。先日の一時帰国で唯一の趣味である磯釣りを楽しんだ。その時に船長が言っていた言葉。沖に良い下りの潮が来ているから、しばらくすると下りの潮がさすと思うよであった。我らが釣りに行く数日前。下りの潮で良い釣果があった様だ。しかしこの日は生憎の上りの潮。案の定約2時間位は餌取りも居なかった。付餌がまる残りである。しかし船長の予言通りとまでは行かないまでも潮が変わった。この時ばかりはバタバタと入れ掛りになった。1級磯でも潮がささ無い場合はただの岩である。コレと同様である。流れが来ない時はどうもこうも無いので有る。この流れをきっちりと読み切れる勘。感じる感覚でも良い。ソレを磨くと言い訳をしながらタイの夜街に夜な夜な出撃を繰り返している。パタヤに代表される様に、成果がイマイチなのはこの能力や勘がまだまだ備わってい無い証拠なのだろうと思っている。だからこその今晩も行かねばと妙な使命感が湧いて来る。ぽちっとイってね人気ブログランキング参加してみましたにほんブログ村

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  • 10 May
    • 今更ソンクランパタヤ編(その2)

      GWの飲み会は終わらない。某社の社長に引き続き同じく某社のNo2までも手玉に取るパンツが見えそうなワンピースを纏う女性のお友達。そんな良い女なのに私は一切食指が動か無い。やはりタイの夜にやられているからなのだろうか。ダメな症状である。某社のNo2の方からこの方のご趣味に付き合うべくアイテムを購入させられたワンピのお友達。アイテム購入だけで終わる訳は無いのである。私の趣味の磯釣りしかりである。万が一お気に入りの尾根遺産に道具一式を買ってやるような状況になったらとにかく1回は連れて行くだろう。それでハメられれば、違う・・・それで磯釣りにハマって頂ければ釣り人口も1人増える。草の根活動である。当然のナリ行でこの某社のNo2の方のご趣味に付き合う事になったワンピのお友達。それであんなLINEが来ていたのかと納得した。ある日突然何の前触れも無く、何の脈絡も無くこのワンピのお友達からLINEが入った。この時は全く気にしていなかったが、その背景を聞いたとたんに納得と同時に違った興味も出てしまった。もちろんこの某社のNo2の方のご趣味にお付き合い。もちろんソレだけでは済むまいと。何せこの某社のNo2の方はお遊びが大好きである。お噂はかねがねと言った処である。私の様な小粒な者にまでそのお噂が聞こえて来る位である。この辺りに興味を持つのは男性陣であり、露骨な聞き方を好むお友達がこの中には居た。酔った勢いも手伝い、疑問は簡単に口に出た。「ヤったの?」である。ワンピのお友達は「ヤってな~い!」と全力否定。噂の種だけでヤっていないことは何と無くでは有ったが一目瞭然であった。但し帰り際に当たり前の様にべろちゅうをして来る様になったと。それが嫌だからフェードアウトしたと語っていた。ご本人のワンピのお友達も笑い過ぎて涙を流してた。腹筋が切れそうな飲み会である。酒の肴は噂話に限る。それが卑猥な方向に向かえば酒もより進む。何と無くおば様達が井戸端会議を開く理由が分かった。しかも男女混合の飲み会と有ればソッチの話しか無かろう。こんな話が出なければ私のタイの彼女話になっていたかもしれない。恐ろしや~。さて、ソンクラン。ホテルのサンセットラウンジへ彼女と向かう。途中キオスクが目に入る。何故なら・・・彼女はビート板。私は水泳用のゴーグルを忘れて来ていた。プール付きの部屋と説明しておきながら・・・サンセットラウンジへ向かう途中でお店を除く。バンコクのBig Cやロータスと価格的に変わらない。しかも品質も良さそうなので速攻で購入を決めるも持ち合わせ無し。店員に出直す事を伝えてサンセットラウンジへ。夕日が沈みには早い時間であった事と、水平線に雲が掛ってしまい夕日が沈む所までは見る事が出来なかった。しかし何となくゴージャスな時間を過ごす事が出来た。写真を撮りまくりどしどしFBにアップして行く彼女。弟にも写真のLINEをバシバシ送っている。するとこの到着前には散々文句を言っていたホテルであったが、サンセットラウンジで寛ぎ始めると弟を呼びたいと。ホテル代を弟に伝えると無理の回答。そりゃそうだろう。折角のパタヤでのソンクランである。ある程度の人数が居た方が楽しいに決まっている。ここは格好付けて弟のホテル代も出す事を決意。ソッコーで明日のホテル予約を済ます。サンセットラウンジを出るとまずはホテルカウンターへ向かう。部屋で寛いでいる際に隣の部屋が空いていた事は知っている。そこでカウンターで予約表を見せ、隣の部屋を押さえるように手配。私の下手糞タイ語+もっとダメな英語で頑張った。これで良く海外で生活できるモノだと自分でも思う。ソレだけ私のサービスアパート周りは日本語でOKなのだ。流石リトル東京。それにしてもリトル大阪とかリトル京都は聞いた事が無いとフト思った。バンコクの地に関しては圧倒的に大阪方面の方が多いように感じるが、それでもリトル東京と日本代表になっている。彼女のお母さんを呼ぶ前に弟をナクルアに召喚。しかも弟の彼女付である。心の中で弟と弟の彼女の仕事は急に休めるんかいなと疑問であったが、ソコはソレ。タイである。部屋に戻りお財布を持ちキオスクへ向かい予定通りの物を購入。晩御飯までしばしのスイミングタイムである。晩御飯に出掛ける前に彼女はへばっていたが。ナクルアからイルカの像までは無料のソンテウをホテルが運行していた。行は予約制で帰りはテキトウ乗りである。裏道を抜けてソンテウがイルカの像に到着する。彼女から明日の下見を兼ねてビーチロードを歩こうと、イルカの像から歩き始める。先程のプールでのへばり具合は何だったのか。ビーチロード沿いのレストランで休憩がてら晩御飯を取る。カオパット、クンパオ、トムヤムクンと決まりきった物を注文。ここでエラーが発生。トムヤムクンに小さい器を2つ付けてと言ったのに。カオパットと共に出て来たのはトムヤムクン小が2つ。私のタイ語はこの程度であったが、注文を受けたオバハンと料理を持って来たおっさんと別々であり、オバハンが飛んで来た。間違いはレストラン側であった。少しだけタイ語の自身が戻った。クンパオの頭は彼女で尻尾の身は私の何時もの組み分け。ホアヒンへ向かったのは大型のクンパオが食べたかった様だ。スマホを見せてくれる彼女。エビ味噌が大量である。但し、安くとも1匹B800はする・・・通常のクンパオと比較すると1匹当たり倍以上の大きさはあるか。アユタヤがこの料理で有名だとか。後日談である。彼女よりも私の方がこの大きなクンパオを食べたくなった。ソンクラン明けの土日に彼女をアユタヤに誘うが完全に食べたいものモードが切り替わった彼女の合意は得られず、挙句は何でアユタヤへとまで言い出す始末。「The タイ人」であった。食後は再びビーチロードを明日からのソンクランの偵察のために歩く。途中のホテルにソンクランパーティーの案内が張り出されていたが19日と明後日の日程であった。そこで気合を入れて食後の運動と彼女とハードロックホテルまで歩く。ハードロックホテルの前にもソンクランパーティーの案内が張り出されている。それも明後日の19日となっている。何故明日はソンクランパーティーをしないのか。彼女がガードマンとしばし会話。すると分かった事。明日18日はチョンブリの街中からナクルアに掛けてソンクランとなる。パタヤは19日だとの事。思わず彼女にお前はタイ人やろうと。知らんかったんかいなとツッコんでしまう。知る訳無いとつれないお言葉。そりゃそうだ。良く考えれば通常は田舎に帰っているのだから。パタヤのソンクラン等に興味があったとは思えない。例えるなら関東の私に日本だからとの理由で鹿児島や北海道の祭りを聞いて来ているの一緒なのだろう。思わずタイ人と一括りにした自分に反省をした。サルでも出来る反省。しかしタイの夜に反省をしても反省を生かせない。結局はタイの夜を今でも全く分かってい無い証明なのだろう。ただ単に遊ぶだけに終わってしまって何かを知ろうとしていない。本気で遊ぶにはまだまだほど遠い。誰しもが望む世界では無い本気のだからこそ見える世界。全く見えていない自分である。だから今日も出撃しよう。ぽちっとイってね人気ブログランキング参加してみましたにほんブログ村

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  • 09 May
    • 今更ソンクランパタヤ編

      まだ続くGWの飲み会。昼の11時から飲んでいれば話題も豊富である。特にその中に気合のパンツが見えそうなワンピースで現れた女性のお友達の激白。某社の社長さんで有ったが結局はソデにしたこのお友達。パンツの見えそうなワンピースと気合が入った格好をいつもしているからそういう事になるんだと思っている。このお友達に対して私は全くこの某社の社長の様な気持ちにならない。お友達だからだろうか。激白は続く。某社の社長だけに収まらなかった。この某社のNo2の方にも気に入られている事は知っていた。一部では有名な話である。この某社のNo2の方もお遊びが好きである。もちろんお遊びはアッチである。海外出張も有ると伺ってはいるが、主戦場は日本の様だ。しかも金銭感覚が狂ってからが本当の趣味とそこまで逝っている趣味をお持ちのNo2の方である。この方が有る時ワンピのお友達と仕事で会った時である。去り際に今度少しだけプライベートの時間を下さいと申し込みが有ったとか。ワンピのお友達は大のお酒好きであり、それはソコソコ有名な話である。しかもお酒好きの癖にグダグダに飲む。アル中の様な飲み方である。もちろんワンピのお友達はお酒のお誘いと思い二つ返事で宜しくと返事をした。そのプライベートのお時間がとうとうやって来た。何故か銀座でお昼に集合である。昼のザギンから一杯とはと何処なのだろうと興味津々のワンピのお友達。するとこの某社のNo2の方から出た一言。「何でも好きなモノを買ってやる」であった。それを聞いた一同は声を揃えて「マンション」と言い放つ貧乏振りである。ザギンでマンションも無かろう。有るなら億ションだとなったが・・・そしてお酒が入っても入って無くても少し頭の弱いワンピのお友達。プラダのバッグが欲しいと言った様だ。何故プラダのバッグと一同ハテナな状況。ワンピのお友達曰く「だって欲しかったんだも~ん」だそうな。しかし、持ってないヤツは持って無い。生憎とご希望のバッグは売り切れで入荷待ちの様だ。ここでワンピのお友達の頭の中は「また銀座へ来るのは面倒臭い」となった。そこで次の要求をすれば良いモノを、アルコールでやられている彼女の脳みそが出した結論は「要らない」であった。どう回転すればその回答が出て来るのか不思議な頭である。生絞りレモンサワーさえあればプラダのバッグも要らないんかいと言う状況である。違った意味でヤられている。ヤるつもりだったのだろうが。困ったのは某社のNo2の方である。ここでそんなん回答を頂くとは「億ション」よりもびっくりだと思う。お買い物の決断はこの某社のNo2の方が下す事に。この某社のNo2の方のご趣味。それを一緒にやろうと、そのアイテムを買いに行く事になった。ザギンでなくてもと思ってしまうが、ザギンに連れ出し「何も要らない、ハイ終わり」ではこの某社のNo2の方の立つ瀬がない。そしてこの某社のNo2の方のご趣味に付き合うべく、お買い物を楽しんだ様だ。もちろんその後は待ってましたと本命のアルコールを頂きトンズラしたとか。エサ取りの様なワンピのお友達であった。そう言えばそんな尾根遺産もタイの夜の何処かに居た様な。私何ぞは見てくれでお金が無いのは分かるのだろう。本能的と言っても良い。その位鼻が効かなければ夜のお仕事で一儲けは出来ないのだろう。だから私は「愛」で勝負する。実った事など一度も無いのだが・・・さて、ソンクラン。バンコクで不完全燃焼である。元々パタヤへの遠征は予定していた。しかし、毎年の事ながらパタヤのソンクランは締めであり一番最後となる。その為、我らがソンクラン休日からはみ出して通常の営業日に当たってしまうのが常であった。それでも今年は覚悟を決めていた。The有給休暇である。サラリーマン特権である。17日(月)まではソンクラン休み。そこに2日間の有休を付けた。従って19日(水)までお休みを頂いた。この17日~19日まではナクルアのホテルを予約していた。ずっと気になっていたホテル。ソンクラン中にビーチロード等々のパタヤ街中ではこてこて過ぎるだろうと、ちょっとばかりセレブなホテルをチョイスした。もちろん懐は痛い。17日の午前中にバンコクを出発。ホアヒンでエビを食べていなかったので、早い時間に海沿いへ行きエビを食べるつもりで出た。モーターウェイのサービスセンターで休憩。何とここで彼女がお腹が空いたと。しかも適当なお店に入り注文を開始してしまう衝撃。私のモノも適当に頼まれてしまった。美味しかったけど・・・それでも何時もの通りのプランぶち壊しである。食後はそれにもめげずパタヤを目指す。パタヤのイルカの像の所からナクルア方面へ。少し走ると彼女が文句を言い出す。パタヤの街中から遠いと。なぜこんなホテルを選んだとクレームの嵐である。ホテル予約の前に話もしたはずなのだが・・・昼食が予定よりも時間を使わなかった事も有り、チェックインに早すぎる到着であった。部屋の準備が出来ていないと。準備が出来るまで約1時間。ラウンジにて御待ち下さいと案内して頂く。このラウンジが案外良かった。個人的にはパタヤ中心地のヒルトンよりもよっぽど良いと思った。徐々に機嫌を取り戻す彼女。ようやくチェックインの時間になり、部屋へご案内された。その部屋。プールサイドの部屋であり、デッキから直接プールへアクセス出来る部屋であった。もうこれで街から遠いと文句を言っていた事を忘れる彼女。相当に気に入った様だ。パタヤに遊びに来るならばココに決定と言い出していた。そしてお母さんが田舎から出てきたら連れてこようと。案内人兼ドライバーは私なのだけれども・・・お財布もね。その位まで気に入って頂けた所で街から遠いと言ったじゃんとツッコみを入れるのは忘れなかった。しばしプールも含めてお部屋でくつろぐ。このお部屋はチェックインまで待機させてもらったサンセットラウンジの利用込みである。海へ沈みゆく夕日をバックに1枚と勝手に悦に浸っていた。想像力だけは何時の時代も逞しい。ソレだけで生きて来ている様な気がする。想像の中ではバンコクの夜もパタヤの夜もモテモテなのだが現実はそうはいかない。何時かそうなる時を夢見ながら日々是精進と理由を付けて夜の街に出て行くのは何時までも変わらない。アホは死んでも治らないと自覚できるほどである。ぽちっとイってね人気ブログランキング参加してみましたにほんブログ村

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  • 08 May
    • 今更ソンクランバンコク編(その10)

      タイへ昨日帰って来た。変なホっと感があるのがヤバい。まだ続くよ日本の飲み会。男性3人、女性2人の合計5人の飲み会。その女性の1人。仲間内の飲み会に気合を入れてパンツの見えそうなワンピースで表れたお友達。某社の社長さんと衝撃のお話。キスに引き続き飲み物の贈り物。この段階で一同ストーカーではと気が付く。しかしコレには更に後日談が付いて来る。ある時、とある駅でバッタリしてしまった。するとこの某社の社長さん。お話が有るから少し喫茶店に行かないかと。ワンピのお友達は急いでいるからとお断り申し上げた。しかしソレで諦めないから社長なのか。逆方向の電車にまで乗り込んで来た。これはヤバい。ワンピのお友達も流石にヤバいと感じ、乗り換え駅で止む無く喫茶店へ少しだけとお付き合いした。駅構内の喫茶店にて。この某社の社長さんの言いたかった事。嫁とも分かれるので一緒に住んで欲しいと来た。所謂プロポーズか!それに対するワンピのお友達の回答。それは子供にとっても良く無いから考え直せであった。何の事は無い。某社の社長さんのプロポーズをサクッとお断り申し上げた。そしてこの某社の社長さんの決めのセリフ。「私には富も権力も有る」であった。富はともかく、権力も上げてしまうとは。一同爆笑してしまった。正直なところ完全にアウトな相手に富と権力を振りかざす。ソレに頼らざるを得ないとは。確かに男としての魅力の一部かもしれない。しかしソレを全面に押し出すのはゲスの極みだと美味しくお酒が飲めた。タイの夜でも見掛ける。権力も一部である。日本人経営のカラオケ店でオーナーや店長とお友達。だからと言って尾根遺産の粗相をいちいち報告する様なやり方は如何なものかと私は思う。お店で何か有るなら伝えるべきであろう。しかしお店を連れ出した後までご報告申し上げるのは如何なものか。タイですら形は自由恋愛を取っている。自分自身の魅力の無さを棚に上げては尾根遺産が可哀想だと思う事も有る。お金もそうで有る。ソレで繋がっているからと行って、ソレを積み上げれば何でも出来る訳では無いと思う。一昔前は心すら買えたかもしれないが。今では時代の変遷と共に心の変遷も有るはずだと思う。如何に夜の尾根遺産と言えどもお金で繋がる事は出来ても、お金で心まで買う事は難しくなって来ている。あの様な世界だからこそスマートさが求められると思っている。だからこそのジェームスボンドだと思っている。「違〜〜う」と言われそうで怖いが許して頂きたい。さて、バンコクのソンクランまとめ。何と言うか今年は例年に輪を掛けて切なくなっている。国としても外国人旅行者を呼び込む一大お祭りと理解しているが、今年は事情が事情であった。昨年の水不足と相まって、徐々にしぼんでいくのではと心配になるほどであった。来年こそはと期待してしまう。昨年と今年。共通した規制は限られたエリア以外での水撒きがほぼダメになった。この規制が入る前はスクンビットなどを歩いているとピックアップトラックの荷台にあるドラム缶からバンバン水を掛けられたものであった。その為、スクンビット界隈にも防水用の袋がB100程度で一杯売り出されていた。我らがサービスアパート前のコンビニ付近にもビニールプールが出され、その中で子供が水遊びをしながら道行く人に水を掛けまくっていた。そして良く分からない白い粉の禁止。コレもバンコクではお店からほぼ消えていた。入手不可では無いが。彼女とシーロムへ向かう道中も「ソンクランなの?」と疑問を抱きたくなる位に普通の休みになっていた。どこで水掛けしてるのと疑問を持ちたくなる位であった。3年前はバンコクの街中の何処でも見受けられた水掛けの様子。街角で子供と親が待ち構え良く水を掛けられたモノであったが、その姿もバンコク内では無くなりつつあるように思えた。シーロム等の大掛かりにやれる場所でも、水不足の昨年よりも水を撒く量が明らかに減っていた。今年は事情が事情なのは分かるが、外国人も水を撒き散らす事は少なく、シーロムの通りを練り歩く程度になりつつある。ソンクラーン後でシーロム通り沿いの建物という建物の壁や窓が真っ白になっている事も無くなって来ている。ソンクラン明けの掃除が大変だろうなと常々思っていた。お行儀が良くなる事は喜ばしいが、バカになる時はバカになりたい。一方テレビでは田舎のソンクランの模様が映し出されていた。田舎は中高生の様に見える連中を中心に乱痴気騒ぎになっているのを恨めしく見ていた。やはりあの騒ぎが懐かしい。来年の事を言うと鬼が笑うかもしれないが、来年こそ盛り上がりに欠ける様であれば彼女の田舎に避難しよう。もっとも彼女の田舎の大人のソンクランは朝から飲んだくれであるが。そして限られたエリアでソンクランのお祭りが開かれる事による弊害が恐ろしい。どうしてもソンクランをしたければアソコという流れになる。そうなれば田舎に帰らなかったカラオケやゴーゴーバーの尾根遺産。ラチャダー界隈やスクンビット界隈のマッサージの尾根遺産もそうである。集まる場所がシーロムなる。お客様と一緒に居て頂ければこちらへの声掛けは無いであろう。しかし、ソンクラン中の駐在員は日本へ帰るか何処かへ旅行に行くパターンが多い。日本から遊びに来る方は、このタイミングが日本の平日であり、タイでも休みの為訪タイ理由が難しいであろう。いずれにせよ接触の有りそうな尾根遺産に日本人のお客さんが居ないのだ。そうなれば夜の尾根遺産どうしでシーロムへ来る。タイ人のソンクラン中心地がシーロムになりつつあるのだから。そうなれば思わぬ遭遇戦が発生する可能性が有る。その時私の隣に居るのは彼女である可能性が高い。水鉄砲で水を掛けられるならナンボでもである。実弾で撃たれそうである。思いっきり楽しみたいソンクランであるが、全周警戒が怠れないのであれば心の底から楽しめるか疑問が浮かぶ。たかが水掛け、されど水掛け。大人が大きな水鉄砲を持って大勢ではしゃぐ姿も中々である。欧米人のガチの水鉄砲の構え方にはビビるが。彼女がガチもんの拳銃を取り出す様な事態にならない程度に来年以降もソンクランを楽しみたい。来年こそは心の底から楽しめるソンクランになるように、今から今年の平安を願いばかりである。ぽちっとイってね人気ブログランキング参加してみましたにほんブログ村

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  • 07 May
    • 今更ソンクランバンコク編(その9)

      一昨日の飲み会の続き。仲間内の飲み会に気合を入れたパンツが見えそうなワンピースで表れた女性お友達からのカミングアウト。某社の社長さんとキスをしたと。しかしそれで話が終わらない。さらに後日談が付いて来た。ワンピのお友達と某社の社長さんが2人で飲んでいる時である。このワンピのお友達は肌が弱いのが悩みだと話をして様だ。そして某社の社長さんがオススメの飲み物を紹介して来れた。ワンピのお友達はお酒が入るとアホになる。普段から多少アホで有るが。折角某社の社長さんが紹介して来れた飲み物を覚えていなかった。それから数日。ワンピのお友達の会社に何やらお届け物である。包みを開けるとそこには某飲料が。某社の社長さんお勧めの飲料で有る。驚くワンピのお友達。そのお飲物は2週間に1度のペースで届く様になったとか。それでも始めの2週間は悪いと思い、お礼のLINEをして有難く頂いた様だ。流石に2度、3度と届くと気持ちが悪くなったと。ココでこの話を聞いた一同。ちょうど前日のテレビ番組でストーカーを扱っていた。全く同じだと気が付いて爆笑する。しかし肝心のワンピのお友達はストーカーと言った事は一切思っていなかった。ココでそんな話が出て始めて気が付いた。それと同時に私を含めた男性陣3人は声を同じに「気が付けよ〜」とワンピのお友達と某社の社長さん両方にツッコミを入れた。流石にタイの夜でもそこまで付き纏う様な話を聞いた事が無い。タイ人同士の男女間の問題は別だが。外国人の場合は大金を注ぎ込みどうにかする。どうにかなってしまうのがタイの夜である。そこまでしてもどうにかしたいと思う尾根遺産にお会いしてみたい。そんな羨ましさも有りながら、ワンピのお友達の話は続いて行く。さて、ソンクラン。シーロムからラチャプラソンと転戦し、一旦彼女のコンドーに引き返す。彼女から晩御飯に付いてご指名が入る。昨年のソンクランも有り、此方としては要領を得ていたため快諾した。行き先は某小型ショッピングモール。24時間スーパーマーケットが開いており、稀に利用させて頂いている場所である。昨年はその駐車場でタイのポップミュージック等々を交えソンクランパーティをやっていた。今年もその流れだろうと。そして会場へ到着。もちろん水鉄砲片手にで有る。先ずはセキュリティーチェック。チェックの際にはIDカードの提示が求められ、チェック済みの証として手首にバンドが巻かれ、割印までされる念の入れようであった。一瞬ヤバいんか?と思ってしまった。会場内には屋台も出ており、そこで彼女と晩御飯のパッタイを頂いた。食後はいよいよ会場内へ。ちょうどバンドが交代するところであった。ステージの後方には大きなモニターが有り、そこに「DA ENDORPHIN」の文字が浮かんだ瞬間から彼女も「キャ〜〜!キャ〜〜!」と大盛り上がりで有る。そこは外国人でしかもアラフォーを越えつつ有るオッさん。何のことやらである。写真を撮り、ソッコーで通訳の者にLINEを送る。直ぐに返信が入る。このDA ENDORPHINはタイでも超有名なグループであった。通訳の者もファンの1人であり、どこでコンサートをやっているんだと騒いでいた。通常であればB2000/人は下らないチケットになるとか。今回は完全フリーである。彼女がこの情報をキャッチしていた様であった。今日この数時間だけのライブである。挙句は会場にアイテムが投げ込まれる。彼女が欲しいと言い出すのは何時もの事。ジェームスボンドとしては意地でも入手を果たす。彼女のために多少強引な事もしたが。手に入れたのは発泡ウレタンの中に電球が入っており、スイッチで光る物であった。またこのアイテム投げ込む尾根遺産がビキニ姿で色っぽいの何の。アラフォーを越えつつ有るオッさんには遠くで霞む超有名グループのDA ENDORPHINよりも、よく見える近くのビキニの尾根遺産の方が嬉しかった。思わず見惚れるは、手にある水鉄砲を撃つはとはしゃいでしまった。会場もパニックに近くなって来た。DA ENDORPHINの無料ライブを聞き付け、人が集まり出していた。彼女もその状況に気が付いた様だ。彼女から帰ろうと提案が出た。それ位に異常な盛り上がりを見せていた。高級デパート等で稀にタイの有名人を見掛ける。しかし今回の様にライブに参加したのは初めてであった。もっと歌が分かれば楽しいのだろうとも思えた。今度カラオケに行ったらタイのポップミュージックをガンガン歌えたらと少しだけ思ってしまった。ひょっとしたらソレでモテるか?ぽちっとイってね人気ブログランキング参加したみましたにほんブログ村

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  • 06 May
    • 今更ソンクランバンコク編(その8)

      昨日は飲み過ぎた。健康診断で注意されていたのに。集合は昼の11時。この集合時間にイカレ具合を感じた。何にしても半信半疑で集合場所へ。しばらくすると本当に集合した。なぜ11時と思ったら、早い居酒屋がその時間に開くからであった。何にしても生ビールで乾杯である。タイでも正直なところ昼間のビールに違和感を感じる。それなのに日本でである。何だか良く分からない居酒屋。イタリアン風にアレンジされている料理が多い。美味しい。そんなこんなで話をしていると遅れていた1人が合流。遅れて来たのは女性。コレで私を含めて男性2人、女性2人の合計4人となった。男性あと1名は今の所連絡が付かず...遅れて来た女性は仲間内の飲み会にバッチリとワンピースで来た。パンツが見えそうだとソッコーでツッコミが入る。コレでやや派手目のワンピースであれば、ナナプラザやソイカーボーイの尾根遺産の私服に負けて無い。大人しい格好の尾根遺産ならば完全に同列であった。更にコレでアラサーを越えつつ有るのだから恐ろしい。そしてこいつが只者では無かった。もう1人の女性の方が歳下なのに落ち着いている。1軒目が終わる頃に最後の男性が合流し、合計5名となった所で2軒目へ。お酒が有れば何処でも良い5人である。適当な居酒屋に上り込む。アホな思い出話に花が咲く。いよいよその2軒目も終了に近づいた頃で有ろうか。思い出した様にワンピの女性が語り始める。実は某社の社長とキスをしたと。この某社の社長。既婚者であったが、このワンピの女性とたまに2人で飲みに行く関係であった。お金と暇は幾らでも有る。何度目かの2人飲み。2人共にそれなりに出来上がって来た。そんな2人飲みも終盤である。この某社の社長。ココまでテーブルを挟んだ飲み会。急にワンピ女性の隣に行って良いかと聞いて来た。何の気なしにOKするワンピ女性。すると隣に来てから急にキスをして来たと。しかもその時の片手は服の中へ。生で揉まれたと。そしてこのワンピ女性はキスの時に歯が当たったのと同時に、何か違うと感じた様だ。それ以上を拒否し家に帰ったと。しかもコレが数年前の話であり、いつ言うかと思いつつもメンバーが揃わなかったとワンピ談である。話はコレで終わらなかった...さて、ソンクラン。シーロムの盛り上がりはイマイチであった。そこで彼女の発案で転戦を決意。転戦先はラチャプラソン交差点。セントラルワールドである。何時ものイベント広場で何かをやっている様だ。そこでトゥクトゥクでの移動を決意。ラマ4世通りに出てトゥクトゥクを拾う。ソンクラン期間中にトゥクトゥクに乗ると言う事は、目的地までにずぶ濡れになる覚悟が必要である。必ず何処かで水掛け戦闘が始まる。この時もラチャプラソンへ向かう道中。トゥクトゥク2台と戦闘状態へ。相手はタイ人若者3人乗りが2台であった。やはり狙われるのは彼女。私は彼女を守るジェームスボンドで有るが、映画の様には行かないのが常である。更にずぶ濡れになる彼女。途中水切れのハプニングがあるも、トゥクトゥクの運ちゃんがPETボトルに水を用意していた。何と用意の良い。遠慮無く水を頂く。今度は彼女が道行く人を威嚇し始まった。向こうから撃って来ない限り撃つ事はしないが、歩行者向かって水鉄砲を構え、シュコシュコと圧搾空気を送り込む行動を繰り返していた。結構道行く人も喜んで撃って来る。撃って来れば彼女と2人で撃ち返す。自衛の心はこんな所でも生きていた。ラチャプラソン交差点に到着する。先ほどまで撃ちあっていたタイ人若者もラチャプラソン交差点でトゥクトゥクを降りていた。そしてセントラルワールド。主に子供向けのアトラクションでガッカリする彼女。そんな中でも泡泡になってソンクランを楽しむアトラクションがあった。やりたいと言い出す彼女。もちろん順番待ちの列である。列の最後尾に並ぶ。その間、その泡泡アトラクションを眺める事に。すると彼女が止めようと言い出した。何事かと思ったら、泡泡アトラクション内に入ってしまうと水鉄砲が禁止の様であった。コレではつまらないと。するとセントラルワールドと道を挟んだ所にあるBig CからいわゆるEDMが大音量で聞こえて来る。そっち系の音楽が大好きなタイ人である。興味本位でふらふらと音楽に引き寄せられて行く。するとBig C前の歩道に特設ステージが作られ、Big Cの2階部分から消火用ホース2本で大放水中であった。ガンガンのEDMの中、踊り狂うタイ人。我らがそれを見学するスカイウォークからも水鉄砲で放水を手伝う。彼女に行くかと聞いてみるもご遠慮様子であった。この時彼女の中では企みがあって早めの引き上げを決意した様であった。そして後日発覚した事。タニヤやスクンビットで懇意にさせて頂いているカラオケの尾根遺産。ソイカーボーイやナナプラザで踊っているゴーゴーバーで懇意にさせて頂いている尾根遺産。意外と多くの方が同日、同時刻にシーロムへ来ていた。万が一遭遇したらと思うと恐ろしい。ソンクランだけに水に流してとは行かない。最悪ソンクランだけに鉄砲で撃たれる可能性が高いか...散々夜の尾根遺産を私の超小型水鉄砲で撃って来たのだから。やっぱりタイ人恐るべしであった。ぽちっとイってね人気ブログランキング参加してみましたにほんブログ村

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  • 05 May
    • 今更ソンクランバンコク編(その7)

      今年のGWは諸般の事情から親戚一同が集合しない事になった。コレは年中行事の山菜採りと筍掘りの中止も意味する。筍掘りは親戚の土地なので一声掛ければ可能で有る。山菜採りは親父の仕事仲間の所有する山である。何もその気になれば可能で有る。しかし、少人数でソレをするには何となく寂しさが有り、実行に移す事はしなかった。それにしても食べたいと言う欲求は別で有る。さてどうしようかとなれば買うしか残りの道は無い。山菜はともかく問題は筍。何時もの親戚の所有する竹林の筍は出来が悪いと聞いている。さらに筍が採れてから経過する時間。こうなればとJAが主催する近くの直売所を巡る旅に。まるでタニヤのカラオケの尾根遺産。ナナプラザやソイカーボーイの尾根遺産。良いお方と巡り合う為に出撃する夜に似ている。しかも、竹を探しに行くのでは無く筍を掘り出す。堪らない。絶品の筍を見つけ出し、自分の好みに調理する。この時期にしか楽しめない筍。そんな事がバンコクの夜でも有る。ほんの短期間だけ見かける尾根遺産は結構多い。その尾根遺産が居なくなった後の残念感。季節が移り変わって行くような感じも有るが、また同じ季節が来る可能性は低い。それでも次の季節を楽しみ待つのは何処でも変わらないのかも知れ無い。さて、ソンクラン。シーロム通りを流す。例年より明らかに水を撒く量が少ない。コンサート用の特設ステージも無い。それでも有る程度は水鉄砲を撃たなければつまらない。途中チャンネル7であったか、ソンクランレポートで綺麗な尾根遺産がマイクを握っていた。撮影開始の合図と共に、尾根遺産の顔へ水鉄砲を一斉射撃。当然私もヤらせて頂いた。実際にヤらせて頂きたかったが。今年のシーロムはカオサンと並び規制が厳しかった様だ。確かに盛り上がりは今ひとつ。それでも全体的な傾向は見える。男性陣は綺麗な尾根遺産を見付けると、取り敢えず水を掛ける。これ幸いである。しかし、そこからさらに発展するところを見た事が無い。必ずその場で終わる悲しさ。コレまたタイの夜の様である。此方が非常に尾根遺産を気に入った場合。残りは尾根遺産から此方へ感触だけとなる。男性は気に入られよう、独占しようと大枚をはたくが、ソコを見られて終わる事が多い。昔程にお金で尾根遺産の気持ちまで買えなくなっている。一昔前ならば、お金のために我慢すると言う尾根遺産が大半であったのに。むしろ此方を気に入ってくれた尾根遺産ほどお金にはうるさく無い。場合によっては代金を要求して来ない尾根遺産すら居た。タダ乗りは超危険とアラートが鳴り、お支払いを済ませた後はその尾根遺産からは遠ざかる事にしたが。結局は相思相愛以外については1夜限りなので有る。尾根遺産が此方を気に入ってくれているかどうか。この見極めが難しい。嘘っぽくともハッキリ言って来る尾根遺産も居る。一度タニヤであった。お友達のお気に入り尾根遺産が居るお店。忘れもしない3回目の訪問。お友達は何時もの尾根遺産。私は苦手な尾根遺産チョイス。尾根遺産チョイスのその時で有る。結構な数の尾根遺産の中から尾根遺産を掻き分けるように多少前へ出て来た方が居た。チーママの「日本語喋れる娘〜?」の掛け声と同時に、この時の尾根遺産が更に一歩前に出て「ハイハイハイ」と異常アピール。もはや私にソレを断る術は無かった。席に着き挨拶を交わす。それにしてもこの尾根遺産。どう考えても初顔合わせである。話を聞くと、私が3回目の訪問で有る事、何処の席に誰と居たかを把握して居たのには驚いた。一目惚れしたと言って居たが、ソッコーでご返答申し上げる。「御免なさい。タイプじゃ無いです。」ギャーギャーと何やら騒いで居たが、飲むだけで良いと言う尾根遺産なので、申し訳無く思いながらも飲むだけの時は便利に使わせて頂いている。この尾根遺産も中々苦労していた。お客様とのブッキングが2〜3ヶ月先に1件しか無いのが常であった。タニヤの様な華やかな場所。そのすぐ近くで開催されるソンクラン。なんと無くではあったが、表と裏のタイ。両方が垣間見える瞬間だと感じた。ぽちっとイってね人気ブログランキング参加してみましたにほんブログ村

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  • 04 May
    • 今更ソンクランバンコク編(その6)

      先日の釣り。帰り道の途中で休憩がてらコンビニへ寄った。そのコンビニでコーヒーを購入するためにレジへ。レジの横にほぼ確実に存在する中華まんが目に入った。そこには「プレミアム肉まん」の文字。コレで心は決まった。横浜の伯母さんを言い訳に横浜中華街へ行こうと。そして昨日。予定通り横浜中華街へ。何時もは山下公園の駐車場に車を入れる。しかし昨日はパレードとやらで首都高降り口から直接駐車場の入り口に向かえず挫折。中華街からは多少離れた有料駐車場へ。時間はお昼ご飯ドンピシャのタイミングであった。中華街のメイン通りへ。物凄い人出であった。年末のアメ横。そんな雰囲気である。人に酔いそうであった。しかし目的は豚まんを食す事。有名処から全く無名なお手頃なお店。豚まんに関しては私の中で有名店に軍配が上がった。小籠包や焼小籠包。その他良く分からないが、美味しい食べ物をお行儀悪く歩きながら食べた。食べ歩きコソしないが、タイの夜の様だと思った。私の中の満腹食べ歩きパターン。タニヤからスタートし、ナナプラザ、テーメーカフェ、ソイカーボーイと行く。それでも満足が得られなければスクンビット界隈のカラオケへ行く。コレをやる時はストレスが溜まっている時だと思う。何故かタニヤとテーメーカフェは飲むだけで終わる。しかしナナプラザないしはソイカーボーイ。場合によってはその両方である。アラフォーを越えつつあっても頑張れる。もちろんファイザー製薬等々のお世話にはならない。不思議とストレスが溜まると愚息がハッスルしたがる。前任のMTがタイに居る頃であった。色々とトラブルが有り、地獄の様な日々を過ごした。その地獄の毎日である。ゴッリゴリに仕事をして居ると愚息も強く仕事を希望して来る。MT若しくは私が「行くぞ〜〜」と叫び声をあげる様な状況であった。チョクチョクMTとは夜の街に繰り出した。その大半の原因は仕事でストレスが溜まる事であったと思う。正にその時の愚息のストレスの吐け口になっていたと思う。愚息が毒を吐きまくりたくなる。そんなタイの夜である。さて、ソンクラン。シーロム通りのソンクランに彼女と参戦する。そう言えば今年のタニヤ。昼間から開いているお店も少なかった。シーロムへは警察からアルコールの提供が禁止されていたためなのかも知れないが。シーロムへ通りに近いお店は軒並みアルコールの提供が禁止されていたようだ。シーロムの水掛け祭り。恐らくは暑いからなのだろう。水鉄砲給水用の水は氷水が中心である。こいつをいきなり掛けられると心臓が止まりそうになる。しかも給水屋さんは適当にバシャバシャと掛けて来るから悲鳴が上がる。氷水を掛けられると愚息が反応する。ムクッと来てしまう。それ程までに刺激的である。彼女が恥ずかしいからちゃんと仕舞っておけと。ココで難しいのは「ちゃんと」である。何事もそうで有るが「ちゃんと」出来れば解決だと思っている。コレは人種を問わないと思う。私を始め、日本人ですら「ちゃんと」出来ている人は非常に少ないと思う。意外と何事もちゃんとしていると人はトンガっていると思う。その先端に位置する方々。素晴らしいと思う。所謂職人の域であろう。私はソコに憧れる。初めての就職先がメーカーであった。元々、物作りは好きで有る。自分自身は人に笑って頂ける程に不器用なのだが...ただ単に年月を重ねれば辿り着ける場所では無い。何の為に何をするのかを常に意識し前に進む努力をし続ける。行き着く先に行き着く為に。誰しもが望む世界では無いと思っている。タイの夜に溺れて行く事ですら、誰しもが望む事では無い。タイの夜を知り尽くそうとすれば膨大な努力が必要になると思う。そこまでタイの夜に突っ込んでいる方に出会った事が無いのだが。是非ともお会いしたいと思っている。何事も達人の域に達した方は素晴らしい。ソコに行く為に必要なモノ。絶対に努力だけでは辿り着け無いと思う。極める為に必要なモノ。自分自身にソレが有るのか無いのか。アラフォーを越えつつ有る中で日々是精進である。タイの夜ももっともっと精進せねば。ぽちっとイってね人気ブログランキング参加してみましたにほんブログ村

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