アップルケーキ

恋って……どうして上手くいかないんだろう?

第十八話 もうひとつの恋のカタチ

 瀬川美樹は今日休んだ。
 そして、東宮くんは、珍しく遅刻をした。

 それだけでも、わたしの気持ちはイライラとトゲが出始める。


 粟谷真莉奈(アワダニ マリナ)は、ここ最近、不愉快な気持ちでいっぱいになっていた。

 真莉奈は、もともとこの田舎に住んでいたのではない。真莉奈も、去年の春に親の都合でここに来た。もともと都会育ちの真莉奈にとって、ここはあまり、住み心地の良い場所ではなかった。

 夜は暗いので外には出られない、近くにゲーセンもない。ただ、周りには田圃と畑と山が広がっているだけ。中学校の近くにくると、コンビニやスーパー、カラオケ、スポーツセンターなどはあった。しかし、都会とは違って、人はあまりいない。静かで退屈な毎日が過ぎていた。

 真莉奈は、ここに転入してきてすぐに友達がたくさんできた。もともと人見知りするほうではないので、自然といえば自然だったが、珍しい転校生に興味をもつ生徒も多かったのだ。そんな中思ったのは田舎でも、結構可愛い子とかもいるんだな、ということだった。
 しかし、好みの男子がいなかった。
 ちらほらと、格好良い男子はいるものの、真莉奈の好みではなかったり、性格が最悪だったり。以前暮らしていた場所は、もっと人が溢れかえっていたため、恋も友だちも多いが人間関係にとても疲れていた。ここでは、疲れることは少ないがとてもつまらなかった。ここで出会いを求めるのは無理だと判断し、胸が高鳴る生活から離れた。

 それから、1年が経ち、もうすぐ中学校生活から解放されると思っていた時だ。
 何故か、中学3年生の9月に転入してきた、ひとりの男子がいた。その男子を一目見たとき、彼女の脳内に、何か電気信号のようなものが走った。

 目惚れというやつだった。

 東宮千治。
 東京から、親の都合で、わざわざこの田舎へ引っ越して来たらしい。

 そのことを知ったとき、自分と似た境遇の千治と、絶対仲良くなれると確信のようなものが生まれた。
 しかし、ある昼休みの時、彼女にとって最悪な出来事があった。

 隣のクラスの瀬川美樹という女子と、千治が知り合いということだった。しかも、千治は美樹のことを呼び捨てにしていた。まだ今日転校してきたばかりで、数回しか会ったことのない、ただの親同士が知り合いというだけで、どうしてそんなに仲がいいのか。
 その日から、千治と美樹は一緒に登校してきたり、休み時間もずっと一緒にいたり、下校のときも一緒に帰っていたり。噂によれば、抱きしめ合っていたらしい。

 とにかく、彼女、真莉奈にとっては、天国からいきなり、地獄へ突き落とされた気分だった。それは、真莉奈だけが感じていたのではない。真莉奈の周りにいる女子は、大抵同じことを思っていた。

 そんな状況下で今日は千治が遅刻、美樹は欠席だ。
 2人の間に何もないなんて、到底信じられない。
 真莉奈の苛立ちは、どんどんと増していくばかりだった。

「ね、今日ってチャンスとちゅう?」

 近くにいた友達が、そう言った。
 確かにその通りだ。
 瀬川美樹が休んでいる今日、東宮くんに近づくチャンスかもしれない。

 ――普段そんなに話していないぶん、いろんな事が分かるかも。

 真莉奈は早速、千治に話しかけてみることにした。さっきまで千治と喋っていた5人組の女子たちは、甲高い声を出しながら、真莉奈とすれ違った。
 真莉奈は、窓際に立っている千治へ、勇気を出して声を掛けた。

「やっほ~……東宮くん」
「ん?あ、粟谷さん」

 え?!
 私の名前、覚えててくれた!
 でも、なんだか東宮くん、疲れてる……?

 真莉奈は、そんな千治を一瞬、気にした。しかし、そんな思いは一瞬にして何処かへ消えた。緊張と喜びとよく分からない高鳴っている気持ちを胸に押し込みながら、「これはチャンスだ」と確信したからだ。
 千治は、ただごく自然に、クラス全員の名前を覚えていただけだったのだが。今の真莉奈にとって、そんなことはどうでも良いとう状態だった。

「め、珍しいね!遅刻なんて!!」
「あー……うん、ちょっとね」
「何?寝坊でもしたの?」

 真莉奈は、緊張でひきつった笑顔をつくり、曖昧な答え方をした千治に訊いた。

「うん、まぁ、そんなところかな」

 千治は、そんな真莉奈の笑顔も気にした様子もなく、微笑んでそう答えた。その笑顔に、真莉奈は今にも倒れてしまうくらいに、顔を真っ赤にする。

 ――この笑顔が、独り占めできたらいいのに。

 そんなことを考えていると千治から話してきた。

「そういえばさ、粟谷さんは、そんなに訛ってないけど……」
「え?!」

 真莉奈は、真っ赤な顔をもっと赤く染めた。まさか、千治から話してくるとは思っても見なかったからだ。そして、これは、本当にチャンスなんだと、もう一度自分に言い聞かせた。

「う、うん。わたしも、去年の春に親の都合でこっちに来たの。これでも、ちょっとは訛りがうつっちゃってるんだけどね」
「へ~……そうだったんだ」

 真莉奈は、この時だけは、素直に照れながらそう答えた。
 それを千治は、先ほどよりも更に優しい笑顔で見ていた。その表情に、胸がキューッと締め付けられるような感覚を覚えた。自分だけに向けられていると思えば、なおさらだ。
 そして、この「チャンス」を“本物”にしよう、と考えた。

「東宮くんも、親の都合でこっちに来たんだよね?」
「……え、まぁ、うん。そうだよ」

 ――ん?
 何か、今の反応変な感じ……。

 真莉奈は、千治がすぐに「そうだよ」と言わなかったことが、不自然に感じられた。しかし、今はそこまで深く考えなかった。
 今から、自分自身で、少女漫画の主人公のような、恋愛の物語を描こうとしていたのだから。


***


 千治は、自分だけ先に来たことを、少しだけ悔やんでいた。

 今のこの状況では何が起こってもおかしくないからだ。東宮家の息子が、本家を離れて暮らしているとなれば、それを金儲けに繋げる奴も少なくはない。そこで、千治以外の標的となりやすいのは、紛れもなく一番近くにいる美樹なのだ。
 美樹を利用されるよりも、自分が利用される方がよっぽど良い。
 千治はそんなことを思っていたのだった。

 先ほどまで、5人の女子に囲まれていたせいか、千治は少し疲れていた。遅刻して来てみれば、みんなが一斉に千治の顔をみた。そして、遠慮無く不思議そうな目を千治に向けてくる。
 慣れていると言っても、何故か気疲れしてしまう。そこへ、テンションの高い女子たちに囲まれたのだ。誰だって疲れるだろう。
 千治が女子に開放され、一息ついていると、緊張していることが一目で分かる女子が、千治に声を掛けてきた。

 彼女の名前は、粟谷真莉奈。
 珍しい名字なだけあって、千治はすぐに彼女の名前を覚えた。そして、ある違和感があった。
 それは、周りは皆、訛った関西弁なのに対し、彼女はあまり訛っていなかったのだ。少しつられて訛った言葉を使うときはあるものの、それは関西弁とはまた違っていた。


 そのことが気になっていた千治は、この機会に訊いてみた。

「う、うん。わたしも、去年の春に、親の都合でこっちに来たの。これでも、ちょっとは訛りがうつっちゃってるんだけどね」

 すると、彼女はさっきまでとは違う、照れた笑顔でそう答えた。
 千治は一瞬、美樹がこんな女の子のような、素直な笑顔を向けてくれたら良いのに、と思った。


「東宮くんも、親の都合でこっちに来たんだよね?」
「……え、まぁ、うん。そうだよ」

 千治は、久しぶりに罪悪感を覚えた。

 ――俺は、こんな嘘をついていて良いんだろうか?
 いずれは、美樹にはバレることなのだが、このまま通り過ぎることが、ずるいような気がする。

 千治は、彼女が自分に対して好意を抱いていることは気付かなかった。というより、ほとんどの女子が同じ態度をとるので、そのことに“慣れてしまっていた”のだ。
 彼女が、千治にどのような言葉を、これからの展開を望んでいることも知らずに。


***


 真莉奈は、次の言葉に、これからの展開と、恋の行方と、今の想いを、すべて込めようという思いで、大きく空気を吸い込んだ。

「……な……なんかさ」
「うん?」

 真莉奈は照れながら小さく、でも千治に聞こえるように言った。

「わたしたちって、その、すごく似てるね……?」

 千治は、もちろん黙ってしまった。
 まさか彼女がそんなことを言うとは思っていなかったからだ。

 千治は嘘をついていることを、改めて悔やんだ。しかし、嘘をつくしかない状況なのだからしょうがないと、そう割り切るしかなかった。

 彼女は、少なくとも俺にある期待と好意を抱いているんだろう。
 どう答えるべきだろうか?
 どう答えたら、正解なんだ?

 迷った末にだした答えは――違った展開を巻き起こす。

「そうだね。不思議と似てるよね、境遇が……」
「そうだよね!東宮くんも、多分、同じ不安とかあったんだよね……。わたしね、前の友達と離れるのが怖かったんだぁ。でも、今は全然平気なんだよ!東宮くんは?」
「俺?そうだな……俺も、よく分からない不安とか恐怖とかあったんだ。でも、ここには安心出来る場所があって、ほっとしたんだよ」

 真莉奈は、その言葉を聞いて、ある誤解をしてしまった。千治は「安心出来る場所があって」と言っただけだったのだが、真莉奈は、瀬川美樹がその“安心出来る場所”だと思ってしまったのだ。
 あまりにも、その時の千治の笑顔が優しすぎて。

 そう……。
 結局、少女漫画みたいに、主人公にはなれないんだ……。
 あんなの、本当に夢物語なんだね。

 恋って……どうして上手くいかないんだろう?

 真莉奈は、涙が溢れてきそうなのを堪えて、「や、やっぱりそうだよね。ほっとするよね……」と言って、その場から立ち去った。

 千治は、言ってから、しまった!と後悔した。そして、泣きそうな表情をした真莉奈を見て、嫌な展開が頭の中に流れていった。

 真莉奈は、トイレに早足で向かい、涙をぽろぽろと落とした。その様子をみた彼女の友達もやってきて、一生懸命に慰め、事情を聞いた。

 そして――彼女たちは、千治と美樹にとって、最悪な展開を描くことを決めた。
 その人数は、その日だけで、どんどん増えていった。

 少女漫画のようにならないんだったら、それでいい。
 でも、このままじゃ!
 このままじゃ……悔しくてしょうがない!!
 無視するだけじゃダメなんだ。そう、無視するだけじゃ!

 わたしの気持ちと同じように、地獄に堕ちればいいのよ――瀬川美樹!!





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うん、きっとこんな展開も有りでしょう!という暖かな目に期待s((殴
虐めはきっと次回から!始まりそうな気がします(;´∀`)