この短編集の中の一編、

『メアリー・スーを殺して』より、

思いついたこと。

 

なにかになるためにノウハウを学ぶより、

先になにかに夢中になることの方が大切なんだとあらためて知る。

 

この中の主人公は、ものすごく自己重要感が低い女子中学生。

外見は大福饅頭のようだと書いてある。

誰にも相手にされず、自分の居場所がない。

現実の人生の中では希望を見いだせないでいる。

 

 

しかし、唯一、楽しみはあった。

好きなジャンルの作品ができると、どこまでものめり込んでしまうことだ。

それは、アニメ、コミック、ゲーム、ライトノベルなどのジャンルだ。

 

その作品の2次創作小説を書くことにはまる。

部活に入り、その部活発行の小冊子にそれを連載し、

やや自分の発露を見出した。

しかし、その作品をある人からズバリ批判される。

 

メアリー・スーが、うざいと。

(メアリー・スーとは、書き手が自己を投影し、理想化されたキャラクターのこと)

 

このメアリー・スーを消さなければ、自分の小説の発展はないと感じた主人公は、

あらゆる努力を始める。

創作のためになるものなら、全て実感を求めて身につける、

あるいは行動し体験するなどを繰り返す。

 

例えば主人公の洋服を描くとき、まずその服を実際に着てみる。

アクセサリーも身につけてみる。髪型も服装もすべて、リアル体験する。

その実感を文章で再現していくことで、物語にリアリティをもたせる努力をする。

物語に関連する資料集めのために人に質問することも増えた。

そのため、人と話すことが苦にならなくなっていく。

 

様々な情報に接することで、人と話す時にも、漫画やアニメなど以外のことでも話についていけるようになっていく。

社交性もだんだんと身について行く。

 

実は、これがこの主人公に変化をもたらす。

外見上のコンプレックスが薄れる。

人との会話も苦にならない。

日常が充実してくるのだった。

 

そして、物語もうまく扱えるようになる。

(すみません、少し書き過ぎてネタバレしてるかもしれません)

 

自分を高めたくて、何かを学ぶよりも、

好きだと思えることをとことんやっていくことの方が、遠回りかもしれないが、

自分の中の充実感はあるような気がする。

好きこそものの上手なれ。

最初は下手でもやがてうまくなる。

なによりも、好きの力で引っ張られて、その人自身も気がつかないうちに成長していくって素晴らしいことじゃないか。

 

物語に年齢制限はないと思いますが、

この若者向きであろう小説集を読んで、

還暦間近の私が、

なぜか、この短編を読んで鳥肌を立てている。

 

理由は、おそらく、

できない人ができる人になっていく過程の物語が好きなのだと思う。

 

感覚的に似てい物語は「ひろいもの」の中の一編、

「ハンドグリップ」です。

 

 

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