ゴールデンスランバー・もうひとつの結末 その4 | ゴールデンスランバー・もうひとつの結末

ゴールデンスランバー・もうひとつの結末 その4

      『Golden Slumbers Another End 4』

 佐々木一太郎

 佐々木一太郎は、中央公園の道路際に並ぶ車の中にいた。車の中のモニターには青柳雅春が映っている。青柳雅春が白いハンカチを頭上で振るのを見て、ひとり車から出て公園の広場に向かった。
 青柳雅春が人質を連れていないおかげで、また新たな狙撃理由を作らなければならなかったが、それも想定の範囲だ。こうなったとしても、青柳雅春の手元がTVカメラの死角になるところに私が立って、狙撃班に青柳雅春を撃たせればいい。青柳雅春が倒れた後、用意した拳銃を芝生に置いて拾い、私が青柳雅春に撃たれそうになったことを、逆に演出すればいい。
 もうすでに、青柳雅春に拳銃を奪われた警官は用意している。完璧なシナリオだ。
 麻酔銃を使うという情報も出ているようだが、確実に人命を守る為に、実弾はやむを得なかったという話を、後付けで説明すればいい。青柳雅春は首相殺しの殺人犯なのだから、世論が治まるのも時間の問題だ。あとは公安の狙撃班が、一発で決めてくれることを信じるだけだ。
 でも青柳雅春が、ここまで逃げ切るとは想定していなかった。我々は彼を見くびっていたことは間違いない。ないが、青柳雅春の命も、もうここまでだ。
 市民広場に入った佐々木一太郎は、広場の真ん中に白く光る空間を、目を凝らして見つめ、芝生をぎゅっと踏みしめ向かって行った。
 佐々木一太郎の数メートル先に、光に照らされた青柳雅春の姿は見えた。

 青柳雅春
 
 人影がゆっくりと近づいてくる。背丈だけで佐々木一太郎だと直ぐに分かる。青柳雅春は、ここでただ待っているよりは、少しでも動いたほうが狙撃の妨げになると思い、佐々木一太郎に向かって歩いた。
 目の前に近づく佐々木一太郎の顔は、勝機を確信しているように見える。
 間違いなく、このまま捕まることはないだろう。どこから撃たれてもおかしくない状況だ。
ここから第二の作戦が始まる。しかし左の拳を突き上げて花火が撃ち上がった後、確信めいた作戦が出来ているわけではなかった。出たとこ勝負の危ない賭けだと思う。でもここまできたら、やれるだけのことをやるしかない。
 また逃げるという話もあったが、それも振り出しに戻るだけだ。
 昨晩、「マンホールの蓋を模造品に交換出来たぞ」と報告の電話をかけてきた保土ヶ谷康志は、
「ついでの提案があるんだけどな」と嬉しそうに言ってきた。
 青柳雅春は、手錠をかけた児島安雄に話が聞こえないように、と稲井氏マンションの洗面所へと移動し、会話を続けた。
「提案?」
「あんたはテレビ局を通じて、無罪を訴える。その計画にケチをつけるつもりはねえし、それがうまくいけばいいな、と思っている。ただな、もしうまくいかなかったら、逃げることも考えておいたほうがいい。そうじゃねぇか?」
「・・・・・」青柳雅春はそれ以上のことまで考えていなかった。
「いいか、市民広場の真ん中にもマンホールがある」保土ヶ谷康志は構わず、言ってくる。「もし、そこに出ていって、やばそうだったら、そのマンホールから逃げるってのはどうだ。ってか、もう、そっちも偽物に替えておいたけどな。俺たちのアイディアだ」
「俺たち?」他に誰がいるのか、やはり不安になる。
「アイディア豊富な仲間がいるんだよ」
「市民広場の周辺には、警察が銃を構えて囲んでいるんだ。その中で、あの見通しの良い広場で、マンホールに潜れっていうのか」いくら蓋が軽いとはいえ、「あ、マンホールの中に入るんですね、ご苦労様です」などと警察があたたかく見守ってくれるわけがない。「さすがに、その場で潜ろうとしたら、警察も発砲するはずだ」
「注意を惹きつけてやるよ」保土ヶ谷康志がふっふっと息を漏らす。「あのな、あんたが逃げたくなったら、手を大きく振れよ。こっちでそれ見て、どーんとやってやるから」
「どーん?」聞き返したところで青柳雅春の頭には、轟社長の顔が浮かんでいた。「花火?」
「兄ちゃんが昔、バイトしてたっていう花火屋があるだろ。あそこに電話したんだよ。ちょっと話したら、手伝ってくれるって言うんでな」
「ちょっと待ってくれ。あそこも警察にはマークされてるはずだ」轟煙火工場の電話も盗聴されている可能性が高い。青柳雅春のために花火の準備ができるか、などと相談したら、すぐに発覚する。
「あの社長の息子が、マスコミに嫌気が差して、閉店ぎりぎりまでパチンコやってるっていうからな、直接、店まで見つけにいったんだ。で、話したら、息子が張り切ってな。俺もびびるくらいに、大乗り気でよ」
「轟社長の息子が?」自分たちがバイトしていた頃、青森の企業に勤めていた息子の話はよく聞いた。「継いだんだ?」
「あの息子、二つ返事で手伝ってくれることになってな、これから、花火を設置して回る予定だ。あとは明日、兄ちゃんが手を振ったら、点火してバンバン打ち上げてやるよ。突然、打ち上がった花火には誰だって、驚くさ。その隙に、マンホールに逃げろ」
 いったいどこから打ち上げるんだ、と訊ねると、「まぁ、そこはお楽しみに」と保土ヶ谷康志は笑い、「もしそこから、逃げるなら」と付け足した。「中央公園から、西へ向かえ。西公園の下を通過して、その雨水管は広瀬川に出てる。向こう側の崖にひょっこり出るわけだ」
「川に?」
「管の最後にはフラップゲートって板がある。まぁ、普段は、水圧で向こう側に開くわけだ。一応、擬岩って言って、カモフラージュされてるんだ。景観を損ねないためにな。そいつを押して、出ろ。川も浅瀬だから、歩いて向こう岸まで行けば、自動車学校のほうに出られる」
「そこからは」
「自分でどうにかしろよ」
「・・・・」
 青柳雅春は、無実を訴えられなかった時のことをもう一度考えた。確かに保土ヶ谷康志の言うように、また逃げるというのも分かる。しかしだ、ここまで逃げてまた逃げても、その先のことがもう考えられない。テレビ放送までされるこの大舞台は、生きて捕まる最後のチャンスかもしれない。そうだ、もう逃げるのは止めよう。例え死んでも俺は、無実を訴えるしかない。



                                     つづく




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