イケイケ!イケマの日記帳なぅ!!

イケイケ!イケマの日記帳なぅ!!

作曲家、シンガーソングライター、ベーシストの池間史規です。日々の活動を通して感じた事、想いを、皆さんのお役にたてるよう願いを込めて、語ります!

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作曲家、シンガーソングライター、ベーシスト池間史規です。

3枚目のオリジナルアルバム「ほんとうのしあわせ」
をリリースしました。

月光 https://www.facebook.com/hiroshi.goto.779/videos/1046069062173530/

池間史規ダイジェストPV
https://www.youtube.com/watch?v=-feMvYplfMo&feature=youtu.be
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池間史規/イケマフミキ 3rdアルバム「ほんとうのしあわせ」

税込み価格 ¥1800 

IKEMA FUMIKI ONLINE SHOP
http://231records.cart.fc2.com/

で発売中。
amazonは10/6より、取り次ぎを開始予定です。https://www.amazon.co.jp/dp/B01LTHM8L6

ライブ会場でも、お求めいただけます!!

ベーシストとして、様々なアーチストさんのツアーやレコーディングのサポートを仕事としてやってきました。
2001年、突然シンガーソングライターを始めました。
(そのいきさつはhttp://home.a07.itscom.net/ikema/story01.html
イケマッち物語に掲載されています)
Amebaでブログを始めよう!

コンサートが終わって、はや3週間が経ちました。

 

いまだに、感激の気持ちが収まりません。

このコンサートは、僕一人では到底できなかった。

協力してくれた、たくさんの人の力があってからこそ。なのです。

 

素晴らしい技術と才能と愛情を提供してくださった皆様を、ご紹介します。

 

順不同、敬称略です。

 

舞台制作、プロデュース 高木朋広

制作、運営   九萬原哲也 スネークミュージックの皆様

照明    合野明 東京舞台照明の皆様

音響   加藤晴美

映像 舞台 音響  羽田TIAT SKY HALLの皆様

フラワーアレンジメント 星野久美 星野チームの皆様 藤田みさ

映像制作   はるのとおる

 

ゲストボーカル     岩崎宏美

ベース         六川正彦

パーカッション     丹菊正和

ギター         佐々木章

バイオリン       榊渚

バイオリン       田中彩

ビオラ         新井元しのぶ

チェロ         大木翔太

二胡          野沢香苗

編曲協力        寺嶋民哉 古垣未来

 

リハーサル協力     池田まり子 大藤史

カメラ撮影       蛯谷直人 大徳和人

ストリングス協力    岡谷治夫

舞台協力        安田くん  

 

会場協力 久保田桂子 竹本みつひろ 中西明子 大藤史 古垣未来 広春海

    

 

Thanks to         徳永英明 大友康平 スターダストレビュー 

南俊和 水川真理子 イエホック 添田啓二 小六禮次郎 (敬称略) 

 

皆さんの力があって、大成功を収めることができました。ありがとうございました。

 

そして、ご来場いただきました皆様、本当にありがとうございました。

チケットが購入できなかった皆様には、ご迷惑をおかけしてすみませんでした。

 

このような大掛かりなステージを経験して、しんどい事も楽しいことも沢山ありました。

60歳を記念して、無理を承知で開催しましたが、母の事と相まって苦しい日々が続きました。

 

でも、こうして終わってみると、それも経験できて良かったことだと思えます。

また、このような素敵なコンサートができるように、精進して行きたいと思っています。

 

感謝!!

 

 

 

    

 

 

 

 

 

 

そんな不思議な力に助けられた僕。2曲目からはギターボーカルで、センターに立つことになる。

 

モニターが良いせいもあるんだけど、声が出る!

歌っていて楽しい!と思う!

 

この数年、弾き語りでいろんなところで歌ってきた成果が出た。

自分の声がうまく聞こえなくても、なんとか歌ってきた成果なんだと思う。

 

無駄なことは一切ない。たとえそれが不本意なことであっても。

出来事には、必ず意味があり、それを懸命に乗り越えて行くことで、結果は付いてきた。

 

歌を始めた頃の僕をご存知の方なら、その進化はわかっていただけると思う。

ありがたいことだ。

 

大友康平さん、徳永英明さんのメッセージが流され、会場も和んでる。

はるのとおるさん制作による、イメージビデオも好評でお客さんから大絶賛だったようだ。

 

二胡奏者の野沢香苗ちゃんが舞台上に。二胡の音色がよく合う「月の蒼」

この曲は、20年前に書いた曲だ。詞は亡くなった、松谷孝子さんの詞。

1コーラスしかできてないまま、召されてしまったから、2番も同じ詞を歌ってきた。

 

でも違和感がないんだよね。

どこか悲しげで、妖艶な二胡の音色が素敵だった。

 

メンバー紹介の後の「さあ行こう!」「天気雪」

お客さんにお願いしなくても、自然に手拍子がわく。こんなことって今までなかったぞ!

 

そして、スターダストレビューさんのメッセージ。しかもアメイジンググレイスのアカペラ付き!

 

要さんは大学の先輩でもあり、尊敬するアーチスト。めちゃくちゃ光栄でした。

 

そして、岩崎宏美さんの登場。

12年前に僕が書いた「シアワセノカケラ」を一緒に歌わせていただきました。

 

舞台に上がる直前まで、そわそわして緊張してた自分が嘘のように、楽しんでいる。

そんな感じでした。

きっと、母も父も会場のどこかで、聞いていて喜んでくれているのだろう。

僕には見えないけど、時々、母を感じる瞬間がありました。

 

「きみにあいたい」は母のことを歌った歌ではありませんが、詩の内容的に、このタイミングで歌うのは、少々抵抗、というか、歌うのをためらいました。母を思い出すからです。

 

でも歌ってよかったです。

 

それは、「親父」「帰郷」という曲も同様です。

親子愛、人間愛を歌う、なんて恥ずかしくて、とても歌えない、歌いたくない。

という自分は、卒業しました。

 

僕は60歳です。いろんな経験を過去にして、ここまで生きてきた60の男が、こういう歌を歌うことは、意味がある。自分の事は横に置いといて、聴く方々に、こういうことを伝える役目のようなものが、あるんだ。

と思う。

それを僭越ながら、させてもらうんだ。という意識があります。

エンタテインメント、というのは、そういう側面があるんだと思うのです。

 

「もう一人のじぶん」も「NEWS」も「美しい星」も世界観は違えど、そういう事なんです。

 

コンサートは、アンコールを含めて2時間30分、盛況のうちに終わりました。

ほんとは2時間で終わらせなきゃいけなかったんです。

僕は、2時間ジャストくらいで終わった、と思ったんですが、2時間半やったそうです。

それだけ、充実してた。という事でしょう。

 

お帰りの皆さんの顔を拝見して、満足されてる実感がありました。あっという間だった。とも言われました。

やりきって、本当に良かったと思っています。

 

一人一人のお名前は挙げませんが、関係者の皆様には本当に感謝しております。

そして、ご来場のお客様に、心より御礼申し上げます。

 

ありがとうございました。

 

最後におまけで、開演直前、楽屋でチョコをほおばり、口の中がベタベタ状態の挙動不審な僕を、宏美さんが動画を撮ってました。(知らんかった)

それをシェアして、今回のコンサートのお話を終わりにしたいと思います。

 

これからも、いろんなところで活動していきますので、また聴きにきてくださいね。

 

 

ありがとうございました。

 

 

 

開演直前に、お腹が空いてることに気がついた。

なんてこった。

この状態で2時間歌いぱなしは、キツイ。って電池切れになるだろう。

 

「忘れものした!」って言って楽屋に戻り、そこにあったチョコレートを一つ口に入れた。

アメでもないか?と探したけど、ない。

よく考えたら、アメを口に入れたままでは歌えない。(当たり前じゃ)

 

もう1つチョコを口の中に放り込み、舞台袖に戻ったけど、口の中がチョコでベタベタ。。

お水が欲しい。

此の期におよんで、何やってんだ!(焦り)

 

その場にあったお水(多分どなたか用のお水)をもらい、口の中をすっきりさせる。

 

この時点でもう、メンバーは舞台上へ。

 

僕の生い立ちが編集された動画が流れ始める。もう開演してるわけだ。

待った無しだ、なんとかなるよ、ってか、なんとかするぞ。

 

ストリングスチームの奏でる、オーバーチュアが始まる。出番だ。

高木くんの合図で、舞台上に上がる。

拍手が起こる。わっ!客席は人、人、ひとでいっぱいだ。!

 

あんまり客席を見ないように、ピアノ椅子に座る。客席は緊張しちゃうので見れない。

 

1曲めの「ひかりのうた」は僕のピアノから。

歌い出しは、なんとかクリア。歌い慣れてる曲だから、大丈夫。

でも、体力、持続力が心配だ。この喉と身体の使い方では、バテないようにしないと。

 

ところが、です。2番を歌い終わり、間奏に入ったところで、僕の身体にいい意味での異変が起こったのです。

 

なんと表現したらいいか。。。

頭のてっぺんに、すっと穴が空いて、お腹の方にエネルギーがすぅーーっと入ってくる感じ。

自分の力ではない、何かの力が僕の中に入ってきて、エネルギーが湧き出てくる感覚。っていうのかなぁ。

 

ご飯を食べ損ねたことで、体力が持つだろうか?っていう不安が消え、大丈夫だ!って気持ちになった。

 

そこに、母が、そして父が。18年前に亡くなった松谷が、そこにいる。

そしてエールを送ってくれているんだ。

そうに違いない。

 

まさか。の話かもしれないけど、本当にそう感じたんだよ。

 

 

 

 

 

今日(7/24)はコンサートに携わってくれた皆さん(全員ではないですが)と楽しい打ち上げでした。

楽しかったーー。

またやりましょう!と言って、解散しました。

皆さんありがとうございました。

 

では、本編です。

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7/7(日)いよいよ本番の日がやってきた。

 

泣いても笑っても、もう後ずさりできない。準備も整った。

母の遺影の前で手を合わせて、コンサートの成功を祈った。

 

会場は、羽田空港の国際線ターミナルの4階にある、ティアットスカイホール。

 

下見に行った時に、旅に出る人、帰る人、見送る人々の中を歩き、なんか素敵な場所だなと思った。

そして、七夕の日が候補日という事も重なって、素敵な空間が作れるんじゃないか?と直感的に思い、ここに決めたのだった。

 

会場に着くと、メンバーも揃っていて、談笑している。いい雰囲気だ。

 

スタッフさんたちは、朝9時に集合して準備を進めていてくれた。

会場入りしてすぐに、照明がきれいなことにテンションが上がる。

 

舞台上に、お花もある。

フラワーデザイナーの星野久美さんたちによる、お花のデコレーション。

照明が変わるたびに、綺麗に変化する。

 

ステージ後ろには、巨大なスクリーン。映像はここに映し出されるのか。

思ったより、大きくてびっくり。

 

休む間も無く、サウンドチェック、リハーサルとなった。

一人ひとりのミュージシャンが奏でる、音の息づかいもよくわかる音響。

これで、ちゃんと歌えなかったらバチが当たる。

 

なんの心配もいらない。全てがベストな形で進行している。

 

リハーサルの最中に、岩崎宏美さんが到着。ちょっと緊張する

でもすぐ和む。(笑)

 

宏美さん、段取りを理解するのが早い。気遣いも素晴らしい。

 

あっという間に、開場の時間となりリハーサルは終了。

いよいよだ!

ステージ衣装に着替えて、心の準備をする。やはり緊張してるな。。

 

というまに、開演の時間がやってきた。

舞台袖の通路に集合して、開演を待つ。

緊張してる僕をリラックスさせてくれるような冗談が飛び交う。

 

出演者全員で、気合を入れ!さあ本番!という時に、あっ!と気がつく。

 

朝ごはんを家で食べて以来、何も口にしてない。。そういえばお腹が空いてる。。

 

今頃気がつくなよ!← 皆さんでつっこんでください。(笑)

 

 

 

6月中旬、コンサートの準備もだいぶ整ってきた。

アレンジの譜面も、あと数曲を残すのみとなり、なんとかリハには間に合いそうだ。

 

ベースの六川さん、ギターの佐々木くんとも個別に打ち合わせができたし、バイオリンの渚ちゃんともイメージ共有ができた。

29日、30日のリハで、実際に音を出せば、精度の高いものができるだろう。

 

そしてリハーサルは、とても良い感じに仕上がった。

 

 

問題はチケットがあんまり売れてない、って事だ。

 

記念のコンサートだから、行くよ!って多くの方が買っていただいたけど、6/20の時点で、100枚行かない。

カンフェティチケットセンターでの売券が、30いかない。。

 

あと100枚、なんとかならんもんか? 難しいだろうなぁ、。

今まで東京では、100人呼べた事ないもんな。。なんて無謀なことをやってんだろう。。凹む。

 

宣伝、と言える手段はSNSしかない。根気よく表に出して行くしかない。

 

6/22に岩崎宏美さんがゲスト出演する件が解禁になり、発表してから少しずつチケットセンターでの予約が伸びた。

ありがたい事だ。

それでも、まだまだ200にはほど遠い。

 

6/27くらいになったら、急に「行きます!」って連絡が入るようになった。

チケットを配送すると、間に合わないかもしれないので、取り置き予約扱いにしてもらった。

 

その勢いが7月に入ってから、立て続けに入った。

手元にあるチケットも、必死で売った。

 

管理している、スネークミュージックのくまちゃん(九萬原さん)は、僕が50枚しか売ってない。と勘違いしてたらしく(笑)これが、嬉しい誤算になった。

 

7/3には、トータルで予定席数の212席を上回り、急遽増席が決定した。

結局、席数は236席。

これ以上席を増やすと、お客様が窮屈する、とのこと。

 

結局、お断りをしなければならないお客様が10人ほどいた。

 

これは奇跡だ。奇跡としか言いようがない。

言葉にならない。

 

そしてついに、本番の日を迎えた。

 

 

 

 

 

スターダストレビューのパーカッショニスト、林ボーさんに「池間くん、久しぶりです!」

と声をかけられ、嬉しいやらびっくりやら。。

 

スターダストレビューがメジャーデビューする前、彼らは「アレレのレ」というバンド名でした。

 

ある時、滝ともはるさんに同行させてもらい、スキー場のイベントに行った時のことです。

共演アーチストの中に、彼らがいました。

 

ライブ会場となったホテルの催事場は、お世辞にも音響がいいわけではありませんでしたが、そんな環境でも

コーラスがバッチリまとまっていて、一気にファンになってしまいした。

 

文化放送でアルバイトをしていた僕は、局絡みで彼らが出演すると、用もないのに顔を出して、演奏を聞いていました。

こんなコーラスの綺麗なバンドをいつかして見たい!と思ったものです。

 

月日は流れ、僕は徳永英明さんのバンドに入り、大きなイベントで彼らと一緒になることがありました。

 

その時は既に、彼らは大ヒットを飛ばし、一躍有名アーチストになっていましたので、なかなかお話をこちらからする、ということを躊躇しました。

 

僕のことは、とうの昔に忘れている、と勝手に思い込んでいました。

 

だから、名指しで「久しぶりです」と言われたことに驚きを隠せなかったのです。

 

それどころか、「たまに池間くんの話題が出るよ!」と言ってくれたのです。

いやぁ、嬉し恥ずかしです。(苦笑)

 

ライブ終了後に、お礼のメールをして、今回の僕のコンサートのことを書きました。

お祝いメッセージをいただけたら、ありがたいです。と書きました。

 

数日後に、添田くんから、「お待たせしました!」といってメッセージビデオが届きました。

 

それには、アカペラコーラス付きの豪華すぎる動画が記録されていました。

それはそれは、素晴らしいハーモニーでした。

 

これを見た瞬間に、今回のコンサートは絶対に成功する!いや、させる。

 

硬い決意と覚悟がありました。

ホールコンサートをやる! と決めた時に、僕には一つの願いがありました。

 

2007年に僕が岩崎宏美さんに提供した「シアワセノカケラ」。

この曲を、ステージで歌ってほしい。できれば一緒に。

 

そんな大それた事、よーゆーわ!、、。と僕も思いました。

 

でも、そう思うんだから、思いの丈を彼女に伝えたい。

ダメでもともと。気持ちだけでも理解してほしい。

スケジュールだってあるんだし。ほぼ無理だろうな。。

 

そう思いながらも、手紙を書いたわけです。

きったなぃ字ですけど、。

 

後日、事務所の方から、お電話をいただきました。

 

快く、引き受けてくださる、とのこと。

とっても嬉しかったのと同時に、これは下手な事はできない。

ちゃんとやらないと!!(あたりまえだけど)

 

この曲の僕のキーは、F 宏美さんは C。

1番を僕が歌い、2番を宏美さん、サビをハモる。という構成にしてアレンジした。

 

どんな演奏になるのか?いつもと違うアレンジに戸惑いはしないか?

と、気を揉みましたが、宏美さんからメールをいただき、

 

「全く心配してません!」と。

さすがだなぁ、宏美さん。

 

一つ肩の荷が降りたよ。

 

(宏美さんのFBより写真、拝借しました。僕、めちゃ嬉しそう!)

 

そして、ツアーを回ってた徳永英明さん、大友康平さんにもビデオメッセージをいただける事になり、

彩りが豊かになる予感がしてきました。

 

そんな時、旧知のベーシストの先輩がライブをする、というので目黒ブルースアレイに行った時のことです。

 

バンドメンバーの中に、west coaster(僕がベーシスト)の織川くん、上野くんがいました。

そして昔、一緒に仕事してたキーボードの添田君(現在スターダストレビュー)がいました。

 

そしてお客さんの中にパーカッションのぼーさんがいらっしゃいました。

彼が、添田くんと一緒に僕のところに来てくれて、「池間くん久しぶり!」と声をかけて来てくれたのです。

 

これには驚きました。

 

母の葬儀は思っていたよりも大変だった。

 

僕は高校を卒業して、東京に出て42年。東京での葬儀はもちろん、北海道や長野でも参列した。

シンプルなこちらの風習に慣れていたため、実家での風習やしきたりは、わからない事だらけだった。

 

聞けば良い。と言われたが、どこをどう聞けば良いのか?さえわからないので聞き様もなかった。

母の気持ちを考え、ここは外せない。というところはちゃんとしたつもりだ。

 

東海地方の冠婚葬祭は、お金がかかる。と言われる意味がよく分かった。

それ自体、その地域の風習なので良いも悪いもないが、一体誰のための葬儀なんだろう?

と思う場面が多々あった。

 

母の遺骨と共に、東京に戻った僕は、やらなければならない事だらけだった。

 

コンサートの宣伝、告知、集客。

ストリングスのアレンジ。

 

ストリングスは、当初3人で決まったが、音楽的にはカルテットが良いに決まってる。

予算が足りない。このチケット料金では、赤字は必須だったが、覚悟を決めて4人にした。

 

ところが、アレンジする時間が圧倒的に足りない。

 

弦を入れる予定の曲は17曲。

もっと早く、アレンジに取り掛かっていればよかったのだが、母がこうなる、なんて予想は立たない。

 

焦って、クオリティの低いものは作れない。ただ和音作っただけの譜面は書きたくないし、

わざわざ4人も呼んでおいて、そんなことはしたくない。

 

ここは、仲間の力を借りよう。

映画音楽の作曲家であり、友人の寺嶋民哉くんと、仕事で一緒の古垣未来さんに2曲ずつお願いした。

残りの13曲は、自分で書いた。

 

集客のための宣伝や売券も、できる限りのことをした。

お金は後でいいから!と言って、チケットを渡したりもした。(みなさんありがとね)

 

母の四十九日法要の準備もあった。

 

母の遺影の前で、母に話しかけている時でも、頭のどこかに焦る気持ちがあった。

本当に悲しんでいる暇はなかった。

 

リハーサル日の(6/29.30)の1週間前には、奏者に譜面と音源を渡さねば。

5月、6月はそんな日々が何日も続いた。

悲しんでいる時間はない。

 

今日リハのSEIRIOSの音楽的リーダー、フランキーTさんに電話する。

流石に朝早いから、電話は失礼だった。気持ちが焦ってる。

 

メールを入れ、返信を待たずに、母が待つ磐田市まで車で向かった。

 

神奈川県から静岡県に入ると、富士山が現れた。

いつもの東名高速なのに、こんな綺麗な富士山は、久しぶりに見る。

なんだろう?キラキラしてるものを感じる。

 

母なのだろうか?

母が悲しむことはない。と言っているような気持ちになった。

 

施設に着いたのは、午前9時前。

母と対面した。

 

きっと、対面したらボロボロになってしまうんじゃないか?と思っていた。

でも、実際は違った。

「ありがとう。ごくろうさまでした。」という気持ち。

そして、キラキラした何かを感じる。

 

あぁ、これは母だ。楽になれたんだ。

そう思おう、としてるのか?いや、そんなことはない。

そう感じるんだ。

 

まだ、少し温度の残る、母の顔や腕を触り、最後に見舞ったときの事を思い出した。

 

ずっと手を握っていたのだけど、母は何度も僕の手を握り返した。

その時は僕は、最後だと思わなかったのだけど、母は悟っていたのかもしれない。

 

その時に「ありがとう」と言えて本当によかった。

 

SEIRIOSのフランキーさんからメールが入っていた。

リハは、ベース抜きでやるから心配しないでください。と。

でも、本番は穴を空けるわけには行かない。

 

順当に行くと、通夜は11日、葬儀は12日。本番と重なってしまう。

 

親戚に事情を話し、葬儀屋に調整してもらい、準備が整った時点で、

一旦、東京に戻った。

 

そして11日、天王洲KIWAでSEIRIOSのライブに出演し、そのまま磐田に戻った。

 

そして翌日通夜、翌々日告別式を終え、また東京に戻ってきた。

 

本当に悲しむ暇は、なかった。

 

今となれば、それでよかったのだと思う。

 

 

 

昨年の暮から、準備してやっと大枠が決まったのが、GW前あたり。

あとは集客、そして中身をどう充実させて行くか?

 

羽田TIATSKY HALLは、HPによると、キャパは246席。

246全部入れると、隙間がなくなってしまうから、実際は212。なのだそう。

 

212人集めるのかぁ。。って目の当たりにすると、「そんなたくさんの人に来てもらえんのか?」

いつも、50人集めるのにも苦労してんじゃん。て、悪い思いが頭をよぎる。

 

不安。ふあん。。。。

 

GWが終わった、5/9の早朝に、突然電話がなる。朝の4時半だった。

 

発信者は、母のいる介護施設。

 

嫌な予感がする。

 

母は数年前に怪我をし、入退院を繰り返していたが、自宅で再度転倒。

近所の介護施設にお世話になっていた。

 

担当医からは、いつその時が来ても、おかしくはない。と説明を受けていたものの、2週間に1度の見舞いでは

いつも調子が良さそうだったので、まだ先のことと勝手に思い込んでいた。

 

この時間の電話は、おそらく決定的なものかもしれない。

電話の内容は、危篤状態。

 

眠さをこらえて、とりあえずの準備をする。

しかし、

 

5時半前だったろうか、再び施設から電話が入る。

 

「残念ですが、、、」

 

僕は、母の死に目に会うことができなかったのか。。

 

GW に来れそうなら来るね。と母に告げたのに、あの日(4/22)が最期になってしまった。。。

なんで行かなかったんだろう?

GW中は混雑するから、という自分都合の言い訳をして、行かなかった自分を責める。

 

とにかく、行かなきゃ。

 

と準備を再開した時に、はっ!と気がついた。

 

今日は5/11にあるSERIOSのライブのリハーサルの日じゃないか!!

どうしたらいんだろう。。。

 

ごめん、ちょっと辛くなってきた。今日はここまでにさせてください。