エキドナがアジト去った後、レマはまた心を閉ざした。以前よりも強固に。
 あの子の考えは分かっている。でも、それは同時に、妖術に揺れ動いた心を捨ててはいないという証拠。
 ならばまた引き出してみせよう。次に打つ手のきっかけは、蛇がきっと見つけてくるだろう。

 「人を惹きつけ、呼び寄せる力……。それは物語の立役者となる力。あの子自身に深い過去はないけれど、あの子の力は深い過去を持った強者を必ず集める……」

 どんなに閉ざしても、本心は決して隠せはしない。
 レマ、貴女は今夢の中で、こう考えているのでしょう?
 だから私がそっと……夢で答えてあげましょう。


 『私が関わった人は私の前から必ず消える』【あらあら、私がいるじゃない】
 『やっぱり、関わらない方がいいんだ』  【貴女の真の才能は関わることなのに】
 『この子も早めに私の手から放して……』 【そうね、その子じゃ貴女の心は開けない】
 『私は1人で仕事をしていく』      【本当に困った子】
 『それが蝶のためにも、なるはず』    【その逆よ……】
 『だから仕事は出来るだけ遠くで……』  【でもその考えは悪くはないわ】


 【貴女が世界を回っていれば……私の探し物に出会って、惹きつけてきてくれるかも知れないし、ね?】



「……っ!」
 私は上半身を起こして、荒くなっている息を整えた。
 妙にリアルに私に語り掛けてくるような声。それを夢で聞いて思わず飛び起きた。
 夢とは人の脳が情報の処理を行っている結果、見るものだとかいう話を聞いたことがあるけれど……。
「確かに……私はそう思ってる」
 だったらあの声は……誰なのだろう。
「それに……起きたら何を言われていたのか忘れた…………あ」
 必死に探った記憶の中で、ぼんやりと覚えていた言葉を見つけて、私ははっとなる。
「私の、真の才能……」
 今、もしあの声の人物に会えたなら、迷わず「それは何?」と聞きたい。それくらい、私には何の才能もないと感じている。
 両親が見出してくれた情報系の力、そして蝶に入って定評を得つつある変装術。でも、それだってまだまだ。

「私の、才能……」

 それが人を不幸にするものだなんて……本当は信じたくなんかない。
 せめて、こんな闇の中でも、私は大切な何かを守れる存在になりたい。

「でも……私に一体……」
「あぁ……ぁぁ」
「……そろそろミルクの時間、ね」

 最近は、少しだけこの赤ん坊に感謝することがある。
 私がネガティブな方に思考を持っていくと、決まってこう泣くのだ。
 用件は毎回違うけど、それでもタイミングだけは本当にぴったりで、小さいのに妙に聞き分けがいい。

「まぁ、助かるけど」
「あ……うぅ」
「……用意する。待ってて」


 私が、本当の意味で変わるのはこれよりずっと先。とある少女の出会うまで。
 彼女の言葉が私の世界を全て変えることになる。
 彼女は私を慕い、恩人だと言ってくれる子だけれど、それは私も同じで。
 彼女と出会うことで、私は闇の世界の光を見つけ、仲間を見つけることになる。

 そう、そんな彼女との出会いはこの後……9年も先のお話。