長女は米のメシが大好きで、おにぎり、チャーハン、ふりかけ、お茶漬け、雑炊、ドリア、丼もの、寿司飯・・・・
とにかく、ゴハンがあればいいという、とっても楽なお子様だ。
実は私もそうだ。
ごはんが大好き。
出身地が米の産地なので、おいしいお米は意識しなくてもいつも身近にあった。
これがおいしいご飯の味だということは、マズイ米を食べたときにわかる。
もう25年も前になるが、大阪の、とある社員食堂で食べたゴハンはまずかった。
こんなごはんを食べたのはじめてだった。
マズ過ぎて忘れられない味だ。
後で気づいたのだが、米も悪いが水も悪い。
当時は飲み水を買っていた。
家でご飯を炊くときは、一度沸騰させた水道水を使った。
その後徐々に生活に慣れるにつれ、ごはんのマズさは気にならなくなった。
たぶん、良い米が流通するようになり、上水についても改善されてきたのかもしれない。
どこにいてもおいしいご飯が食べられるようになったのだ。
しかし、このおいしいごはんが外国産の米にとってかわるとしたら・・・・
安くて、おいしいくて、安全性が確保されていれば、米の産地はどこでもかまわないか?
現に大豆や野菜類はすでに輸入食材なしで、日本の食品産業は成り立たなくなっている。
米もそうなるのか?
http://video.google.com/videoplay?docid=8053530644837525848
↑これを観てとてもショックだった。
まさに、ライスショック。
食べ物は、いつでもどこでも手に入るようになりとても便利になった。
マズいごはんを食べてショックを受けた25年前にはコンビになどなかったし、お店も遅くまでは開いていなかった。
それが、簡単に食べ物が手に入るようになり、しかも安くておいしいものが豊富になった。
すごく便利になった。
しかし、その快適さと引き換えにしてきたものがあったのだ。
気がつけば、周りは全て外国製品。
食べ物だって。お米もそのうち・・・・
これって、しょうがないことなのでしょうか。
日本が鎖国を解いて、わずか150年ほどの間に、こんなふうなグローバル化が進んでいくなんて考えられないのと同じで、将来どうなるかなんて予測不能だ。
食糧の自給率の問題もそうだが、なんとなく見えない問題はわからないような気がして考えづらい。
安易に今の快適さを求めるというのは、もしかしたらすごく強欲なことなのかもしれない。
かといって不便な生活には戻れないし。
ちなみに次女はゴハンをあまり食べない。
おかずと、麺・パンを食う。小麦派である。
小麦はたぶんほとんどが外国製なのだろう。
長女は米の消費で国内自給、次女は小麦で海外製品輸入に貢献してくれたまえ。
願わくば2人とも、外貨を稼ぐような仕事につければ一番いいのだが。。
そんなんで国力はつかないか。