IAS19「従業員給付」では、以下の通り定めています。


企業は、累積有給休暇の予想費用を、報告期間の末日現在で累積されている未使用の権利の結果として企業が支払うと見込まれる追加金額として、測定しなければならない。


この規定が意味することは、IFRSにおいては有給休暇引当金の計上が必要となるということです。



有給休暇に関する権利は、以下の2つの分類に分かれます。


・累積有給休暇:当期の権利を完全に消化しなかった場合に繰り越すことができ、将来の取得が可能な有給休暇


・非累積有給休暇:当期の権利を完全に消化しなかった場合に繰り越されない有給休暇


累積有給休暇には、退職時に未消化の有給休暇を企業が買取る場合と買い取らない場合がありますが、いずれの場合においても、IFRSでは費用及び負債を計上する必要があります。


余談ですが、日本における有給休暇の買取は労働基準法第39条に違反することとなり、原則は出来ません。尤も、結果として消化しきれずに残ってしまった有給休暇を、雇用主が恩恵的に買取ることは違法ではありません。労働基準法としては、有給休暇の買取自体を禁じたいのではなく、むしろ雇用主がその買取を前提に休暇取得を妨げることを防止したいようです(実際私の同業他社においても、有給休暇の買取制度があるという話を聞いたことがあります)。


有給休暇引当金に関しては、クライアントのどの経理担当の方に説明しても、「そもそもなぜ有給休暇引当金を計上する必要があるのか理解できない」と言われます。本記事では、そもそもなぜ有給休暇引当金を計上しなければいけないのかという点にフォーカスしてご説明し、詳細な会計処理に関しては次回に書くことに致します。


まず、有給休暇の買取が制度化されている場合に有給休暇引当金を計上しなければならないという点に関しては、どの経理担当の方もすぐにご納得いただけます。有給休暇を買取るということは追加で現金支出を伴うことを意味し、しいては引当計上が必要であるというような形で、比較的イメージがし易いからだと思います。



しかし、有給休暇の買取が制度化されていない場合(現在は大半の日本企業がそうだと思いますが…)は、そもそも現金支出を伴わないため、引当計上する理由がないのではないかと思われるようです。



以下、具体例を用いて説明します。


○20X0年度 
 ・給与3,000,000円

 ・就業日数200日(有給休暇含む)

 ・出勤日数200日

 ・有給休暇付与10日

 ・有給休暇取得0日


○20X1年度 
 ・給与3,000,000円

 ・就業日数200日(有給休暇含む)

 ・出勤日数180日

 ・有給休暇付与10日

 ・有給休暇取得20日(前年度繰越分含む)

 

上記は、20X0年度から20X1年度におけるある従業員の待遇及び勤務状況です。この企業においては有給休暇が累積するものとします。


上記例ですと、この従業員は会社から年間10日間の有給休暇を付与され他にも関わらず、20X0年度は有給休暇を1日も取得していませんが、各年度の給与支給額3,000,000円には影響せず、各々3,000,000円が損益計算書に人件費として計上される事になります。


この従業員の20X0年度における有給休暇の取得日数は0日です。就業日数は200日(有給休暇10日を含む)なので、実際にこの従業員は190日出勤すれば所定の給与を会社から貰えるわけです。それにも関わらず、この従業員は200日出勤しています。これは本来取得すべき10日分の有給休暇を消化せずに、来期に繰り越したからに他なりません。

つまり、この従業員が繰り越した20X0年度における10日分の役務提供は、来期の出勤分を当期に前倒しして役務提供したことと同義です。仮にこの状況で当期に未消化の有給休暇を費用計上しないとなると、当期と翌期とで給与額3,000,000円は変わらないにも関わらず、労働の提供量は異なるということになってしまいます。つまり、労働の提供量とそれに対する費用(給与)が不一致となってしまうのです。この不一致を解消するために、有給休暇引当金の計上が必要となるのです。


つまり結論としては、有給休暇引当金の目的は「費用の期間帰属適正化」にあるということになります。


また、仮にこの従業員が20X1年度に退職願いを会社に提出し、退職月は前年度繰越分も含めて20日の有給休暇を取得し、出社しないとしましょう。その場合、企業はその従業員から退職月においては一切の役務提供を受けていないにも関わらず、対価としての給与を当該従業員に支払わねばなりません。退職月においては、この企業は当該労働者から1ヶ月間一切の役務提供を受けていないにも関わらず、給与支払が発生することになります。退職月の処理において、この給与(人件費)は、支払期間の費用として処理してよいのでしょうか?この例から判断しても、有給休暇引当金の計上が必要となることをご理解いただけると思います。


この説明をすると、経理担当の方は「そんな退職月にすべての有給休暇を取得することなんて、日本の企業ではあり得ないでしょう?そもそもそれは人道的な問題であり、わが社にはにそんなことはする例はありませんよ。」と言われます。

道義的にと言われると日本においてはそうかもしれません。ちなみに私は今月転職に伴い会社を退職するのですが、すべての有給休暇を取得して退職する予定です…(笑)。



このトピックは、IFRSの中でも最も異国文化の違いを感じるものの一つです。


欧米においては、有給休暇を利用して1カ月バカンスに行くということはよくあることです。そのような国においては、長期有給休暇を取得している間の交代要員を確保する必要があり、その期間については交代要員の給与と当該有給休暇取得者の給与を2重に支払う必要が出てきます。このように、有給休暇の完全消化が当然とされている文化が浸透している国においては、有給休暇の権利が付与された時点で費用の発生を認識するという考え方に違和感を感じないのかもしれません。そしてIFRSは、そのような文化の国から発信された会計基準なのです。



有給休暇引当金については、「このような日本の文化に馴染まない会計基準は、受け入れてはいけない」という意見が国内には多いように思います。確かに日本の様な文化の国において、この引当金計上にいかほどの意味があるのかは疑問もあります。


しかしどうでしょう?


そもそも有給休暇は正当な従業員の権利です。そして有給休暇を通じてリフレッシュし、良好な健康状態で勤務することは、従業員の義務とも言えるかもしれません。

日本は、有給休暇を取ることに罪悪感を感じたり、有給休暇を申請する際に上司の顔色を伺ったりすることが当たり前の社会です。言わば、「自ら権利を行使する」というより、むしろ「権利を行使してもよろしいでしょうか?」という意識が強いと言えるでしょう。


私見ですが、この有給休暇引当金の適用を通じて、日本における有給休暇消化率が高まれば、それは素晴らしいことだと思います。むしろ、「有給休暇の取得促進が企業を一層強くする」という良き欧米の発想へ、日本企業が転換する一つの契機になればよいとすら私は思っています。

世界共通のモノサシである「IFRSの適用」に関しては、すべてを「日本文化に馴染まないから拒絶しよう」ではなく、むしろ「異国のよい面を受け入れる」という姿勢も時には必要なのではないでしょうか?(当然、悪い面は拒絶すべきですが…)


トモ