金刀比羅神社(福島県いわき市)
金刀比羅神社(ことひらじんじゃ)。
福島県いわき市に鎮座。
御祭神は大物主大神(オオモノヌシノオオカミ)。
社伝によると、享徳二年(1453年)に水谷太郎平隆則が「威寶院(いほういん)」を興し、永正二年(1505年)にその孫にあたる威寶院三代目・弘榮が日頃から崇敬していた四国の金毘羅大権現の御分霊を祀ったのがはじまり。
それ以来、現在のいわき市内はもとより、茨城県の人々からも尊崇されるお社となった。
しかし、元和年間に落雷により社殿が全焼。
その後長い間再建されずにいたのだが、この沿岸で海難事故が激増。
――おお、なんてことだ。これは金毘羅大権現さまの祟りに違いない。
そう人々は恐れ始める。
時の威寶院第二十三代目・峯順はこれを深く嘆き、四国の金毘羅大権現へと三十三回にわたり詣でた。
するとどうしたことだろう、御神徳のあらわれからか、海難事故が激減したではないか。
これをきっかけに磐城藩主らや漁師などから寄進を受け、明和七年(1770年)に社殿の再建を果たすこととなった。
その後、明治二年の神仏判然令により社号を「金毘羅大権現」から「金刀比羅神社」に改称。
現在に至っている。
御祭神の大物主大神は大国主命の別名とも言われているが、金毘羅大権現の『金毘羅』というのはもともと、ヒンズー教のガンジス河の神。
ガンジスに棲むワニを神格化したものだといわれている。
それが仏教に取り入れられ、十二神将のひとり「金毘羅(クビラ)」となった。
さらにその金毘羅が神仏習合によって祀られることになったのが「金毘羅大権現」であり、もともとガンジス河の神であったことに由来してか、海上交通の神として崇敬されてきたそうだ。
しかし明治維新後の神仏分離によって御祭神は一斉に大物主神に改められた。
これは妙見さまが天之御中主神に改められたようなものだね。
そんなわけで、こちらの金刀比羅神社も例によって明治以降は御祭神が大物主神に改められたようだ。
さて、前回の温泉神社 からは車でまた10分ちょっとくらいだったかなあ。
結構すぐに着いた気がします。
……ああ。
でもおいらのバカーナビ様のゴリラさんは、思いっきり神社の裏側の住宅街に案内しやがりました(´∀`)アハハ
新興住宅街っぽかったので神社への抜け道は無いし、この時ばかりはゴリラさんを呼び捨てでふざけんなと罵りました(´・ω:.;,..;...【 手水舎 】
さて、そんなわけで境内へ。
例によって一の鳥居の画像は撮り逃していたようです(´・ω・`)
こちらは参道を進んでいった先の手水舎。
結構大きくて立派な造りなんですが、なぜかネットで囲まれて蚊帳状態。
鳥避けか何かなのかねえ。
【 参道の石段 】
手ごろな段数の石段。
やっぱり石段を登っていくと、御神域に入るんだなーって気がして良いよね。
木と木が注連縄で結ばれていて、ちょっとステキ。
【 鳥居 】
石段を登った先はちょっと広くなっていて、左手にはこの二の鳥居と社号標が。
右手には境内社が鎮座している。
太陽を背にする鳥居もなかなか風格が有って素敵じゃないですか。
逆光で松崎しげるばりの真っ黒画像になることも多いけどね。
んで、こちらの右手にある境内社というのが、次の二つ。
【 境内社 村社・諏訪神社 】
こちらの御祭神は建御名方大神。
社伝によると、延暦二十年(801年)に征夷大将軍・坂上田村麻呂が蝦夷征伐の折りに勧請、祈願したのが始まり。
延宝七年(1679年)、藩主・内藤政亮によって金毘羅大権現宮の境内(現在地)に遷座。
明治二年に村社に列格した。
境内社が村社ということは、金刀比羅神社の社格はもっと上だったんだろうけど、どうだったのかなあ。
いただいた御由緒書きには記載が無いんですよねえ (´・ω・`)
【 境内社 磐城天満宮 】
こちらの御祭神は菅原道真公。
案内板によると、平成十年十月に京都・北野天満宮から御分霊を勧請して祀ったのだとか。
ずいぶん最近になってからの勧請なので、意図がちょっと見えないというか、由緒ある御本社があるから別に勧請しなくても問題無いのでは……と思うんですが(;´・ω・)
何かしら理由があったのかもしれないねえ。
さて、そんなわけで先ほどの鳥居をくぐって坂道を上っていくと、また参道の右手に境内社があります。
【 境内社 ゑびす神社 】
こちらの御祭神は事代主神、少彦名神、大国主神。
案内板によると、こちらも平成十年十月に京都東山のゑびす神社から勧請したのだそうだ。
磐城天満宮といっしょに勧請されてるんですねえ。
併せて勧請という形になったのは、やっぱり何か理由があるのかな。
案内板にはそのあたりのことは書かれてなかったですけども。
【 参道の左右の狛犬 】
なんだかすごーくモコモコした質感の狛犬。
それにしてもビッグなお鼻じゃないですか。
顔文字にするならこんな感じの比率の鼻のサイズ。
(´し_`U) < ワンワン
……うん、でかいね。
【 湯立神事の大釜 】
こちらは湯立神事で使われる大釜。
湯立(クガタチ)というのは、古来の裁判や神判のこと。
古来は神に誓いを立てて、身の潔白を証明するために、熱湯に手を入れさせて火傷するか否かで罪を判定したのだという。
火傷が無ければ神に潔白を認められ、火傷をすると神に認められなかったということで罪となる。
なんだか魔女裁判みたいだね (;´・ω・`)
ただ、こちらのクガタチはそういった怖いものではなく、大釜に沸かした湯に神職が笹の葉を入れてかき混ぜ、周囲にしぶきを散らして、そのしぶきによって厄難から逃れる、といったものらしい。
【 さざれ石 】
『君が代』の歌詞にも出てくる、さざれ石。
こちらのさざれ石は岐阜県春日村で産出されたものなんだとか。
【 拝殿 】
大きくて立派な拝殿。
かなり新しいな……と思って御由緒書きを見たら、御鎮座五百年記念事業で平成八年に完成した新社殿らしい。
秋だったからか、それとも明治節だったからか、拝殿の前には綺麗な花が飾られておりました。
ちなみに、御本殿は見えないようだったので画像は撮ってません (´・ω・`)
さてさてさて。
無事にお参りも済ませ、社務所へ。
御朱印をお願いします。
で、いただいた御朱印がこちら。
御神紋の印なのか、なんだか素敵な紋様の印ですねえ。
こちらの御朱印を頂くとき、御朱印帳がいわきの神社ばかりだったんで、
「いわきにお住まいの方なんですか」
と聞かれてしまったり (;´・ω・`)
結構地域ごとに御朱印帳を分けたりしてると、よその土地の人だと思われなかったりするんですよねえ。
他県の神社にお参りしても、他県用の御朱印帳だと地元の人だと勘違いされてたりしてたのかも。うーむ。
さて、ここ1週間ほどちょっと仕事が忙しい時期になtったり、ネット関連の古い友人と連絡がつかなくなって落ち着かなかったりと、いろいろと厳しい環境なので相変わらず更新が遅くなるかもしれません (´・ω・`)
というか、ヴァイアラス(仮称)さん、ここを見てたら連絡をくだされ (´;ω;`)
■ 金刀比羅神社への地図
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◆ 神社の情報
金刀比羅神社 ことひらじんじゃ
御祭神 : 大物主大神
社格等 : ?
鎮座地 : 福島県いわき市常磐関船町諏訪下6-3