蠶養國神社(福島県会津若松市) | ゴシュインデイズ

蠶養國神社(福島県会津若松市)

蠶養國神社。

延喜式内社で、社格は旧県社。

嵯峨天皇の時代、811年創建。

その後、兵火により社殿が炎上するが、会津藩主・保科正之公により再建される。


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やたら難しい漢字が並んでいるので字を直そう。


この神社は蚕養国神社。

これで、「こがいくにじんじゃ」と読む。

読めました?私は読めませんでした。


『蠶』という字は蚕の旧字なのだろうか。

やたら難しい。私には書ける気がしない。



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    【 鳥居には『蠶養宮』の文字。 】


御祭神は保食大神(うけもちのおおかみ)、稚産霊大神(わくむすびのおおかみ)、天照大御神(あまてらすおおみかみ)。

保食大神は日本書紀に登場する女神で、食べ物の神とされる。


同じ食べ物の神だからか、響きが近いからか、稲荷神社の御祭神の宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)と同一視されることもしばしば。

いや、そもそも同一の神様なのか別の神様なのかは不勉強でわからないのですが。



で、この保食大神。

ちょっと面白いエピソードのある神様だ。

まずはこちらをご覧いただこう。読む時は世界まる見え風なナレーションを意識しつつ。



【 恐怖!保食大神の悲劇 】


ここは葦原中國(あしはらなかつくに)。

高天原と黄泉の国の間にある、ちょうど良い国だ。

そこに一人の美しい女神がいた。

彼女の名前は、保食大神(うけもちのおおかみ)。

彼女は食物の神として名高い神で、その評判は遠く高天原までとどいていた。

彼女に興味を持った天照大御神は、当時をこう振り返る。



天照大御神(本人)「私はその神が気になって、弟で夜の神である月読命(つくよみのみこと)を送り込んだんです。でもまさか、あんなことになるなんて・・・・・・その時は想像もできませんでした。」



姉の命令にしたがい、はるばる葦原中國までやってきた月読命。

無事に保食神と出会うことができた。

しかもそれだけではない。保食神は彼をもてなしてくれるという。

はるばる遠いところをやってきた甲斐があった。喜ぶ月読命。



・・・と、次の瞬間!



なんと、保食神が食べ物を口から吐き出しはじめたではないか!

山を向けば獣を吐き、海を向けば魚を吐き、原っぱを向けば米を吐き出す!

どこまでも食べ物を吐き出す保食神。


吐き出したものを食べさせられるということなのか。

これには月読命もたまらない。

汚い!と激怒するやいなや、なんと保食神に手をあげた!



天照大御神(本人)「まさかこんなことになるなんて。私は驚いて、とても冷静ではいられませんでした。そこで私は天熊人(あめのくまひと)をすぐに現場へ向かわせたのです。」



月読命に攻撃されてしまった保食神はどうなっただろうか。

天熊人がおそるおそる現場を覗き込むと・・・・・・



なんとそこには、元気に走り回る保食神の姿が!

無かった!


月読命の攻撃をすんでのところでかわすような奇跡は起きずに、無残にも死体になっていたのだ。

天熊人の報告を受けた天照大御神はこう語る。



天照大御神(本人)「本当にありえないと思ったわ。だって、常識じゃ考えられないもの。もう絶対、月読命なんかと会ったりしないよ。」



この姉弟喧嘩の結果、昼と夜がはっきりと別れ、それは今もなお続いているという。





というわけで、長々と書きましたけど。

この神がきっかけで、この世界に「昼」と「夜」の概念が生まれたということらしい。



で、話はさらに続きがあって、保食神の死体からは様々な食物が生まれる。

頭から牛であるとか、額から栗であるとか。

その中で、眉から蚕が生まれている。


これは「眉=まゆ=繭」ということなのか、それとも眉毛から蚕のあの特徴的な触覚をイメージしたのか、いろいろ想像が膨らむところだ。

とにかく、そのような神話の上での因縁もあって、「蚕養国神社」に蚕とつながりのある保食神が。

そしてその保食神につながりのある天照大御神が祀られたのではないだろうか。



これは私の勝手な考えで、正解はどうなのか分らない。

こういう時は知識のなさが口惜しい。

しかしその分、想像する楽しさがあっていいのかもしれないが。




話が長くなったのでいい加減神社の紹介に戻ろう。


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【 鳥居と拝殿 】




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こちらの鳥居には『日本一社』『延喜式内社』『正一位 蠶養國大神』の文字がほどこされている。


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  【 社務所のあたりから見た拝殿 】



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   【 左右の狛犬 】


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    【 拝殿 】

拝殿にかかっている提灯には葵の御紋が。

これは保科正之公が再建したから、ということなのかなあ。

会津には来るくせに、詳しくは知らないのは自分でもどうかと思う。


この拝殿、写真ではまったく分らないが、実際に見ると結構奥行があるように見える。

再建する際にこれだけ大きいものを造営したということは、

会津にとってこの神社の存在がどれだけ大きいものであったかは想像に難くない。



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   【 神楽殿 】



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   【 神楽殿のあたりから見た拝殿 】

うん。どの神社でもそうだが、この角度が一番好きだ。

正面に立つよりも拝殿の風格を感じる。

ところで、右側にも社殿は続いているようだったが、こちらはすべての戸がしまっていた。

御祈祷の際に使用する建物なんだろうか。



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   【 今度は鳥居のあたりから見た拝殿 】


右手に見える古木は峰張桜という古い桜。

会津五桜のひとつに数えられるらしい。もちろん、今でも春にはきれいに花を咲かせるそうだ。

春風に誘われながら、花を愛でつつ古くから続く神社をお参りするのも楽しそう。

気に入った神社の風景は、ついつい四季を通して追ってみたくなる。



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これが峰張桜の案内板。

しかし注目は下に貼られている紙だ。

そう、この蚕養国神社は日本全国の中でただここだけ。

八幡神社や稲荷神社、熊野や鹿島や諏訪神社が多くの人に信奉され、全国に勧請されて広まったのはとてもすごい事だけど、日本でただ一つだけでこれだけの大きさのある神社というのもすごいことだなあと感じる。


さて、境内を一通り見させていただいたところで御朱印をいただく。



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御朱印の印影、四隅に蚕様が描かれているのね。

うちの何代前かの御先祖様は養蚕をやっていたそうで、そんな御縁を感じつつ御朱印を受け取った。

ちなみに初穂料は「お気持ちで」。

大変な文字を書いていただいたので、もちろんここは500円お納めしてきました。




最後に、次回からは文面は短くまとめていきたいです。反省。








■蚕養国神社(こがいくにじんじゃ)への地図




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