弦楽器の知識 超基礎編【第7回】 ビオラは大きいほど低音が出る? ビオラの大きさについて | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

ビオラがヴァイオリンやチェロと違ってややこしいのは大きさがいろいろあることです。
ビオラの大きさについてまとめてみますよ。

ビオラ奏者でない方にも、楽器の大きさについて理解を深めるのに役立つと思いますよ。

こんにちはガリッポです。

チェロは足元で弾くので弦の長さやストップの長ささえ正しければ胴体は多少大きくても影響しません。
ところがビオラの場合、胴体の大きさや弦の長さが演奏のしやすさに密接に関わっているため、少しの大きさの違いが体格によって大きな意味を成してしまいます。

もし理想的な大きさを定めたとしても、体格が理想通りでなければ「現実」を受け入れたうえでビオラを選ばなくてはいけません。

超基礎編ですからそのくらい知っているという方もいらっしゃるかもしれませんが、後半はあまり知られていないことやトラブル事例も上げますので、最後までご覧ください。

ビオラのサイズ

ビオラのサイズはきちっと定まっていはいません。
ましてや、オールドなど古い楽器に至っては規格などありませんでしたからとんでもない大きさのものがあります。
テノールビオラと呼ばれる巨大なビオラは、アマティ家やグァルネリ家、ストラディバリ等に作られましたが、実用品として機能しなかったため、その後の楽器編成から外れ、使われることもなく新品同様の状態で博物館に展示されているものもあります。

ヨーロッパで実際に使われているビオラを分類してみます。

XS,S,M,L、XLの5つに分けます。

サイズ  胴長   弦長
XS  380mm 352mm
S   395mm 367mm
M   405mm 377mm
L   415mm 381mm
XL  420mm 387mm

※ボディストップとネックの長さの割合は3:2になります。

さて胴長と弦長の二つの長さについて示しました。
腕の長さや指の長さによって演奏が難しくなります。

胴長とは、楽器の胴体(ネックを含まない)の長さで、弦長とは弦の振動する部分の長さです。
弦長が長いとファーストポジションが遠くなりかつ、押さえる間隔も広くなります。
胴体の長さも長いと第一ポジションが遠くなり、弓をいっぱいまで使うのが遠くなります。

このような規格は、製造者によって違っている場合も多いですが参考にしてください。



ここで問題になるのは「どの大きさを選べばよいか?」ということですね。

理想的なビオラのサイズ

理想のビオラはLかXLの大型のビオラだと信じている業者、製作者、演奏者もいます。
国際的な弦楽器製作コンクールでは大型のビオラでなければ参加できません。

しかし、私が働いているヨーロッパの弦楽器店では素晴らしい100年以上前の大型のビオラが何台か在庫がありますがずっと売れることがありません。
こちらでは使用する人が少ないのです。

アメリカでは大型が人気があると聞いていますし、大型でなければダメだという信念を持った演奏者のために特注で作ったこともあります。
例外的にコンクールのために作った大型のビオラは現在2m近い身長の人に愛用してもらっています。

このような例外を除けば、ヨーロッパでさえ大型のビオラがプロのオーケストラ奏者にしばしば敬遠されているという事実を日本の人には重く受け止めてほしいです。

なぜなら、ヨーロッパの人と日本人では体格が違い、服のサイズでも日本とは一段階かそれ以上違います。

日本では平均的な身長でMサイズの私も、こちらではSサイズを選ばなければいけません。
この前買ったジャケットはXSでピッタリでした。

身長だけでなく手足の長さもさらに長いわけですから、日本で大柄だと自信を持っていてもヨーロッパに来たら腕の長さは平均以下かもしれません。


そこでサイズですが、XSはヴァイオリン奏者がたまにビオラも弾くというケースにピッタリでしょう。
LとXLは日本人ならバレーボールの選手のようなよほどの長身の人のみということで、ほとんどはSかMと考えてよいでしょう。

日本人なら、女性や小柄な男性はS,大柄な男性でMサイズということになります。
小柄な女性にとってはSでも大きすぎるのを我慢して使うという感じでしょう。


特に楽器の製作者で「大型でなければビオラじゃない」と信じている人がいますが、私は、ワンサイズ小さなビオラで遜色のない音のビオラを作るのが私たち職人の責務だと考えています。

子供用のビオラ?

以前はヴァイオリンを習っていた人が成長してからビオラに転向するというのが普通でしたが、近年では子供のうちからビオラから始める人も増えてきています。
3/4のビオラでほぼ4/4のヴァイオリンとおなじ大きさですが、ビオラ専用に作られているものもあります。
ビオラの大きさは大人用でも決まっていませんからその辺はメーカーによってばらつきがあります。

分数ビオラ専用の弦を張ります。

1/2くらいまでならなんとか実用に足るでしょうが、それ以下だと弦の張りがゆるすぎて難しいところがあります。

西欧では子どもの自発性を尊重し、お子さんがビオラの音が好きだというならそれも「やる気」につながるとして本人の意思によって決定するべきだという考えが広まっています。

この辺りは、賛否が分かれるところですね。
徹底的に鍛えられた東欧の人のほうが技術が高いとも言える一方で、自発性を尊重したほうが生涯の楽しみとして音楽を続けていくことにつながるかもしれません。

ペグボックスにはヴァイオリンタイプとチェロタイプがある

ビオラのペグボックスには2種類あってヴァイオリンのものと同じ形のものとチェロと同じ形のものがあります。

小型のビオラについてはたいていヴァイオリン型がついています。
大型のビオラになるとチェロ型のペグボックスもあります。

チェロ型というのはネックよりもペグボックスの幅がずっと広いので一段段差があります。
見た目は立派ですが演奏上メリットはないばかりか左手の邪魔をする可能性があります。

使えないことはないですが、メリットはないのでヴァイオリン型のほうが無難だと思います。

大きいほど低音がよく出るのか?

前置きが長くなりましたが、いよいよタイトルの疑問に迫ってみたいと思うわけです。

チェロやコントラバスのように低音を担当する楽器ほど大きく、またほかの様々なアコースティックの楽器でも低音楽器ほど大きいのが普通ですし、スピーカーでも大きいほうが低音の再生能力に有利だというのは間違いないでしょう。

大きいほうが低音が出やすいのではないかと思うのも無理はありません。


結論から言えば、1センチや2センチの胴体の大きさは低音の出方にそれほど大きな差にはならない代わりに、演奏には大きなハンディキャップになるということです。
つまり、音響的にはたいして大きくないのに、持った印象ではとても大きく感じられるということです。

職人がうまく作りさえすれば1センチや2センチの大きさの差は十分カバーできます。
この後詳しく説明します。



低音以外についてはどうでしょうか?

すべての大型のビオラが同じ音というわけではないので大型のビオラに特有の音があるかといわれてもはっきりそうとは言えません。
発音、音量、遠鳴りなども当然楽器の出来によって違いがあって、大きさだけで決まるわけではありません。

低音が良く出る技術的な要因

私は技術者なので、作者が有名だからとか値段が高いから低音が出るなどというバカげた話をする気はありません。
また、必ずしも低音が良く出ればよいというわけではなく、低音の出方については演奏者が自分の好みで判断すれば良いだけのことです。

ここで低音の話をするのは、「小さいビオラは低音が出にくいのでは?」という不安で演奏しやすいビオラを選ぶのをためらうことはないと言いたいからです。


1.低音が出るということは?
まず低音が出るとはどういうことか考えてみます。

これは絶対的な低音の音量ではなく、他の音域の音に比べた低音の割合で低音が勝っている状態を低音が出るとします。
弦楽器は倍音といって楽音だけでなくそれより高い音も同時に鳴ります。
したがって、割合として低音が良く出れば深々とした豊かな低音になります。

割合ということですから、たとえば1/8のチェロでもうまく作られていれば、4/4のチェロと同じように低音が出るものがあります。
逆に4/4のチェロでも全然低音が出ないものもあります。
ただし、弦の張力が全然違い振動面積も違うために全体の音量は圧倒的に違います。

ビオラの1センチや2センチは大した差ではありません。

2.低音が出にくくなる技術的な要因
低音が出にくいビオラの技術的なもっとも重要な要因は「板の厚さ」です。

一般に弦楽器は板が薄いほうが低音が出やすく厚いほうが出にくいのは以前にも説明しました。

チェロやコントラバスはヴァイオリンよりも板は厚いですが、その大きさから比べると相対的には薄くなります。

したがって厚く作られたビオラは低音が出にくいのです。


なぜ厚板のビオラがよく作られるかというと、第一に100年くらい前からヴァイオリンについて厚めに作るのが流行し主流の考えになったため、ビオラに限らず今日では厚い板の楽器が多い。
第二に、音について研究していない職人は単純な計算でビオラはヴァイオリンとチェロの中間だからと、板厚も中間にしてしまう。


これを読んだ皆さんは、「低音を出やすくするには薄く作ればよい」とすぐに納得していただけると思いますが、「厚い板厚が良い」と頑なに信じている偉い職人や上司、上級の演奏者などは激怒してしまい受け入れていただくのは大変に難しいことで、弟子が指摘したなら破門され追い出されてしまうほどの修羅場になりかねません。

笑ってしまうかもしれませんが、低音が出ないビオラが多く作られるのは、そんなつまらない理由なんですよ。

職人というのは「自分は正しい」と思いたいために、弟子がちょっとでも違うことをしていると気に入らないものなんです。


3.薄い板厚にする時の注意点
当然薄くすればするほど良いということはなく、薄くしすぎれば故障などの原因になります。
特にチェロやコントラバスで薄すぎるものは100年を超えると損傷がひどくなり修理が困難になることがあります。

したがって、しっかりと耐久性に配慮したうえでこれだけ薄くしても大丈夫という線をみつけなくてはいけません。

私も、ビオラを何台も作るごとに徐々に薄くしていき、これで低音は十分だという厚さを見つけました。
これは現代の常識からすれば薄いですが、それでも1600年~1700年代のクレモナ派のビオラを調べるとさらにびっくりするほど薄くて今でも演奏に使われています。

またオールド楽器のように薄く作った楽器は、広いホールで遠くまで音が届く傾向があるように思います。


以前、新しいマスターメード(職人のハンドメイド)のビオラを購入し7年くらいたって音が悪くなったので直してほしいとプロのオーケストラのビオラ奏者から依頼を受けたことがありました。
そのビオラを見てみると表板の高音側の中央が弦の圧力で変形して大きくへこんでいました。
板の厚さを調べると、現在の標準よりは薄めに作られていました。
しかし、400~300年前の銘器はそれより薄くてもびくともしていないのに対し、そのビオラは10年もしないうちに陥没してしまいました。

この原因は板の厚さにはなく、アーチと呼ばれる表板のふくらみに原因があります。
弦の力がうまく全体にかかるように作られていればびくともしないのに、駒のすぐ下に力が集中する弱い構造になっていました。
また楽器の横幅も異常に広いものでこれも強度の不足に影響したと考えていますし、幅の広さは運弓の邪魔になり弓がぶつかって傷もたくさんついていました。

こうなると、多少の補強などではどうしようもありませんので、修理のしようがありませんでした。

もし誠実な職人なら、欠陥を認め無償で新しい表板を作るかもしれません。
しかし、人柄が誠実でも職人として能力がなく構造の問題を理解できていなければまた同じ過ちを犯すだけです。

会話をして感じがよく人がよさそうでも職人としての能力とは関係がないことも知っておいていただきたいです。

ビオラには定まったモデルもない


ヴァイオリンではストラディバリをもとにした「ストラディバリモデル」が改良の余地のない表板や裏板の輪郭の形とされています。
現代の作者の多くはストラディバリをもとにしたものか、グァルネリ・デル・ジェズをもとにしたもの、またそれらを基礎に自分流のものを作ったものがほとんどです。

それに比べるとビオラの場合、ストラディバリはビオラをあまり作っておらず、作ったのも若い時に実験的に細長いモデルのヴァイオリンを作っていた時期の型を生涯使い続けたので、ビオラも細長いものになっています。

ビオラにとって細長いのは、先ほども触れたように体格が十分でなければ演奏に不利になります。
どちらかというと幅が広くて短いほうが演奏しやすさと音の点で有利といえます。

製法が確立していないので、職人は誰でも一定の教育を受ければ良いビオラが作れるというわけにはいきません。

まとめ

大きなビオラが理想だとしても、自分の体格という現実を無視するわけにはいきません。

ビオラは過去において作られた本数が少ないうえに、サイズがいろいろなので自分の求めるサイズとなると古くて良いものはさらに少なくなります。

また、ビオラの製法はヴァイオリンに比べて確立していないのでビオラの製作に精通した職人は限られています。

私はカルテットで楽器を作ったことがありますが、ビオラが最も評判が良かったです。
今もビオラを作っていますが、さらにビオラの評判が良くなると皆さんにビオラしか作らせてもらえなくなるかもしれません・・・



この流れからすると次回はチェロということになりますね。
ブログというものは毎日更新して15分で書けと言われますが、無駄にページ数が増えるだけです。
閲覧数なんて増えなくても完成度の高い記事を目指してテーマ決めだけでもいつもは何時間もかけています。

次回はチェロの構造上の特徴や製造の事情、起きやすい故障など、そのあたりをこっそりと紹介してしまいます。
よろしくお願いします。