「気づき」と「人間力」の教育 一尾塾

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学校、塾、キャリア、子育て、家族、心理学、脳の活性化!全部やります!
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くら寿司にて「シャリカレーうどん」を食してきました。


「シャリカレー」は経験済み。

これはこれで甘みが増す、というか、コクが増す、というか、なんともいえないですが、これはこれでおいしいし、またいずれ食べたいなって思う味でした。

そして今回そこに「うどん」がプラスされる、という・・・どうなの、それ・・・

実際に手元にきたら、「シャリ」は揚げてあって、「シャリ玉」になっている・・・

カレーと天ぷら(ちくわ、ゆでたまご)とうどんとご飯を一度に。そんな一度にする必要あるかってところですが、それでもこれはこれでありな感じ。

こういうチャレンジ、大好きです(笑)

 

もう、そんなのあり?って思うところを、「とりあえずやってみよう」っていう姿勢。

「とにかく行動!」と言われているけれど、それでもやらない人はたくさん。

 

その影響因のひとつとして、新たな行動(新たな組み合わせ)をするときに、

「おもしろそう!」っていう感受性を磨いているかどうかは大きいと思う。

 

そしてその「おもしろそう!」という感覚をどれだけ大きくできるか。

これが大きくなると、新たな行動に対する不安や心配を乗り越えて行動移す原動力になる。

 

同じ事柄を目の前にしても、この「おもしろそう!」という感覚を磨いていないと、行動にまで移らない。

「漫画」と「喫茶店」・・・うーん、喫茶店やるなら回転数大事だから、漫画は置いちゃだめでしょ・・・

「脂肪燃焼」と「コーラ」・・・うん、まさに相反するものだしね・・・

それぞれの事柄はだれだってそれぞれは目にしたことがあるもの。

それをただ「難しい」とか「無理でしょう」としてしまっては、なにも生まれない。

やはりそこに、

「その組み合わせ、できたらおもしろそう!!」と感じられるかどうか。

そして、それを原動力として、「よし、やってみよう!」と行動に移せるかどうか。

 

もちろんそこにはたくさんの失敗はあると思う。

でも失敗なくして成功はない。

やり続けている限り、失敗とは呼ばず、それは次への糧になる。

それこそ「うまくいかない方法をまた一つ見つけた!!」ってな感じで。

 

ということで、「とにかく行動!」と言われて、分かっていてもなかなか行動に移せない人がまずすることは、

「おもしろそう!」という感受性を磨くことなんだと思う。

せと・しごと塾の仲間でもあり、自主学校 瀬戸ツクルスクールでいつもお世話になっているぼちぼちファームの森田さんがつくっているハチミツを購入。

ずっと購入したいと思っていたので、よかったです。

とりあえず味見ということで、少しだけ。

「う~~ん、おいしい!やっぱり違うわ~~」

で、何が違うんだ・・・(笑)

全部なんだけど、味も香りも違う。「the 自然!」って感じ。

で、家に帰って子どもといっしょに味わう。

「おいしい!」という言葉がでたけど、どちらかというと「あれ、なんか違う」というニュアンスもあったような。

たぶん今までの市販のハチミツでは感じたことのない香りや味。

自然がブレンドされている感じかな。

そんなような話をしたら、納得していた。

ハチミツのことはよく知らないけれど、自然に任せるってことは、そういういい意味での複雑性があるってことなのかもしれないな。

 

今の塾のバックボーンに「7つの習慣」で知った「農場の法則」というものがある。

私たちは自然の法則によって生かされているに過ぎない。種を蒔いて次に実がなることはない。人生や様々な活動も、その農場の法則を大切にして営むことが、長期的によい人生につながっていく。

 

今回はその「農場の法則」をちょっと違った視点で。

 

「農場の法則」 そこに「まったく同じものは育たない」ということもあるのだと思う。

それを自然に逆らうように「同じもの」を作ろうとするから、様々な「歪み」が生まれるのだと思う。

どれだけ同じやり方をしても、まったく同じものは絶対にできないのに、あたかも「これをやっておけば、絶対成果がでる!」というような感覚を持っている人が結構いるような気がするし、それを望んだり、すがったりする人も結構いる気がする。

 

仕事ならまだしも、絶対同じ結果なんてでない子育てを、同じように考えてしまう人が結構いる気がする。

もしかしたら短期間は同じような結果がでるかもしれないけれど、長期的にみたら、きっとおかしくなると思う。

それにまったく同じ人間ができたら、それこそ気持ち悪い。

子ども(人間)こそ自然そのもの(赤ちゃんの次に老人、そして若者の順に成長しない)なのだから、たとえ同じように接していたとしても、必ずそこには「違い」が生まれる。

それが自然。

そして、その「自然」を謙虚に、真摯に受け止めながら、自分がコントロールできる自分の考え方、行動に集中することが関わる大人のできること。

それぞれの子どもにうまれる「違い」こそが自然の偉大さであり、その子が自分の人生を生きているという証拠なのだと尊敬の念を持って接することが、関わる人に大切なことなのだと思う。

今日の瀬戸ツクルスクールの昼食買い出し。

地元の商店街にある精肉店。今日のお昼はトンカツだったので、豚ロース肉を買う。

普通のスーパーに比べればやや高いけれど、おいしいと評判なので購入。

4人分だから4枚頼んだんだけど、お店の人が、

「ちょっと大きいけどいいかな?」と。

「大丈夫で~す。」

量り売りだから、そこで正確な料金が初めて分かる。

少し端数がでた。

「あら、じゃ、これはまけとくね。」

「ありがとうございます!」

 

帰りながら、スーパーじゃこういうやりとりがないよな~。ましてや、その場で安くなるってこともないよな。

 

ちょっとしたことだけれど、こういったちょっとした「余裕」って大事なんじゃないかと思った。(もちろんどんぶり勘定はお店の経営にとっては・・・でも今回はその話ではなく。)

 

普通は値段ってお店にとってはとても大切なことだから、おそらく

「店長に聞いてみないと。」とか「私では決められません。」ってなる。

良くも悪くも杓子定規というか。

そして、そういった何事もきちっきちっとした空気が窮屈な社会の空気を出し、そして、「余裕」のない社会につながっていく。

 

なんでもかんでも、まぁいいじゃんってのは違うとは思うけれど、バランスとして、こういう「余裕」がなくなってしまうのは、実は危うい気がする。

ハンドルでいうと、「遊び」がちょっとしかないってことと同じ。

だから、少しでもずれてしまうと、あっという間にゆれにゆれ、コントロール不能にまでなってしまう。

 

こういう「遊び」がないと、社会は窮屈になる気がするし、その中で子どもを育てているママたちも窮屈な子育てになってしまう気がする。

子育ては、仕事みたいに、ある程度予測や原因がつけられるものではない。

だからこそある程度「遊び」がないと、いつも慎重にハンドルを握りすぎて、緊張感が増す。

そして、疲れる。

きっと子どももそんな親は見たくないんじゃないかな~。

子どもと接していると、確かに予想を超えることを仕掛けてくることも多々あるけど(笑)、それでもほとんどの場合は犯罪にはならない程度のものだろうから、まさに「遊び」だと思って、ゆったりと構えられるといいなぁと思う。

そうすることで、きっと子どもは伸び伸び育てるのだと思う。そして、ママたちも子育てを楽しめるんじゃないかと思う。

探求の共同体 ─考えるための教室─

今回読んだところで、残ったところ

 

問題解決に向けての8つのステップ

1・自分は問題を抱えているという感情を表出する

2・その感情の原因を特定する(問題の定式化)

3・こうなりたいという最終段階、ゴールを選ぶ(目的の定式化)

4・そこに至る手段を特定する(仮説を考える)

5・その手段を取った場合どのような結果になるかを予想する。

6・複数の選択肢をたて、そこから選ぶ

7・実行するための計画を練る

8・結果を評価する。

 

まさにこれはクラス会議で行われていること。それを個人単位でやった感じ。

クラス会議のなかで、こういったことを学ぶこともできるけれど、個人でこういう思考をトレーニングすることもありだな、と思う。個人での実践と集団での実践。それによって思考が育っていくと思う。

 

橋渡し、転移、翻訳のための教育

橋渡し・・・一つの領域の知識から他の知識への橋渡しができるようになるための変数や中間項、ミッシングリンクを見つけられるようになる。

転移・・・別領域への知識の転移。低次の転移と高次の転移がある。低次の転移は、普通車に乗れて、大型車に乗れるようになるようなこと。高次はもっと領域が離れている。そのため、なんらかのメタファーを持ち出してくる必要がある。

翻訳・・・音楽的構造と詩的構造は、それぞれの事柄を翻訳することで比較可能

そして、この3つを教育するためには、アナロジーを用いた推論能力が必要。

 

このあたりを意識しながら学習を取り組ませるのと、そうでないのでは、方向性がまったく違ってくるような気がする。

ただただ教科学習をしているのではなく、そういった教科ごとの知識をいずれはつなげていくという意識。

そうすることで豊かで幅広い思考が可能になっていくような気がする。

これは大人も子どもも同様だな。

 

 

創造的思考

「創造的思考にとって重要なのは、経験と想像力が相互に浸透し合うことではないかと私は考えている。経験との結びつきなしには、想像力は簡単に見当違いの方向にいってしまうし、想像力との結びつきなしには、経験は容易に退屈で、平凡なものになる。しかし、両者がメタファーやアナロジーという形で結びつく場合には、思いがけない幅で存在している新しい可能性の扉を開けることができる。」

きっとこの創造的思考をしたとき、すごく楽しい気持ちになるような気がする。

楽しい・・・もっと気分が湧き上がる感じかな。

これからこの辺りは講座をやるときは意識してみようかな。

メタファーという力強く汎用性の聞く道具を使いこなせるように日々トレーニングしてみよう。

探求の共同体 ─考えるための教室─

  • 著者マシュー・リップマン
  • 価格¥ 4,320(2016/07/07 17:59時点)
  • 出版日2014/06/30
  • 商品ランキング179,823位
  • 単行本(ソフトカバー)460ページ
  • ISBN-104472404885
  • ISBN-139784472404887
  • 出版社玉川大学出版部

こちらの講座に参加してきました。

ハートマッスルトレーニングジム主催の

~うまくいかない本当の理由が分かる! コミュニケーション徹底改善ワークショップ~

を受講してきました。

最近は講座をやる方ばかりで、なかなか受講する機会がなかったので、久しぶり。

講師の桑原先生とは、渡邉尚久先生のメーリングリストで知り合い、その後何回か講座を受講しています。

最近はこちらの超使えるカードたちにお世話になっています

桑原先生は、元養護教員で、退職されたあとは、NLPや脳科学に基づいた様々な講座やセミナーを開催されています。

また、理論だけではなく、実践を大事にされていること、また、保健室という現場の視点を大切にされています。

 

今回はコミュニケーション徹底改善ワークショップ、ということで、考え方、捉え方もたくさん教えていただきましたが、たくさんのワークもしました。 タイトル通りですね!

 

講座のなかでおっしゃれていましたが、何事も突き詰めれば、それほど違いはないわけで。

今回もそんな基本の基本を体に落としていくということが一番大切だったと思います。

 

頭、心、体。

それぞれをいかにバランスよくするか。

そのためにすることはなんなのか。

今までの桑原先生の実践のなかから積み上げたスキル、考え方、あり方などをふんだんに含まれていたと思います。

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自己受容

本来の自分としての対話

課題とその自分における役割

コミュニケーションに影響を出すものはなにか

孤独と孤立の違いがどのようにコミュニケーションに影響を及ぼすのか

などなど。

 

今回の講座で一番強く私に残ったことは、

「人間の意志(意識)の力強さと大きな可能性」

 

いろいろなところで顕在意識・潜在意識、意識・無意識についての記事を見かけることが多い私。

そして、あんまり潜在意識とか無意識を気にしない私。だって、見えないものどうしようもないじゃん思考(笑)

アドラーも私の知る範囲では、そこにあまり焦点を当てない。(だから好きというのはあります。)

今回もその考えを確かなものにしてくれました。

 

もう一つは、体感覚に落とし込むことの大切さ。

今までの講座でも、ロープレしたり、ワークをすることは必ずやってきましたが、今後もこのあたりを意識してやっていこうと思いました。

 

最後は、これは講座とは関係ないのですが、瀬戸市で養護教員をされている先生方と知り合えたこと。

地元瀬戸でセミナーをやっていますが、なかなか瀬戸市の先生と出会う機会がなかったりするので、とてもありがたかったです!

これからもこうやってコツコツといろんな先生方とお話出来たらいいなと思います。

 

いろいろな保護者の方、いろいろな子どもと出会うことの多い私。

そのなかの関わりの質を上げられるなと感じた内容でした。

今後のこの内容の講座はないかも?と桑原先生はおっしゃっていましたが、どうなんですかね~

熱いラブコールがあれば開催されるかも。

桑原先生、参加された皆様、ありがとうございました!