キリスト教の興隆(5)
 破壊されたのは神殿だけではなかった。万巻の書物を収蔵していたアレクサンドリア図書館の、「貴重な図書も略奪あるいは破毀され、ほぼ二十年後の空の書棚の出現が、宗教的偏見によって完全に蒙昧にはなっていないすべての目撃者の落胆と憤慨を呼び起こした。古代の天才たちの書き残した文献の非常に多くが取り返しのつかない死滅の憂き目に逢ったわけで、これらは偶像崇拝打倒の巻き添えなどに供さずに、後代の楽しみなり研究なりのために保存されて然るべきだったろう」(ギボン)。
 教会はギリシャの世俗の学問にも敵意を向けた。聖使徒パウロは、『コロサイの信徒への手紙』で、哲学に惑わされないように警告している。「知恵と知識の宝はすべて、キリストの内に隠れています。わたしがこう言うのは、あなたがたが巧みな議論にだまされないようにするためです」(二章三、四節)。「人間の言い伝えにすぎない哲学、つまり、むなしいだまし事によって人のとりこにされないように気をつけなさい」(八節)。
 ユダヤ教の聖書をラテン語のウルガータ聖書に翻訳した聖ヒエロニムスは、修道院に図書館ができるほどの書物を持ちこんだ。キケロの哲学書を読んでいたころ、「キケロの生徒にしてキリストの生徒にあらず」、と叱責される夢を見た。彼は涙を流し、いたく恥じ入った、という。