アラジン3世のバイトルヒクマ(知恵の館)

アラブ・イスラエル紛争、イラク・アフガニスタン戦争、イスラームと西洋、核兵器開発、アメリカの人権侵害、国際テロ、石油供給、そのほかの国際問題について、一般に流布している見解にとらわれず、またマスメディアの報道とは一味違った、新たな視点から発信するブログ。

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(Ⅲ) 聖なる学校(20)

 先生の一人が船に乗っていれば、それで万事問題なし。全生徒の秩序は確立する。しかし先生が乗っていないとなると、また振り出しに戻り、騒動はいっそうやかましさを増す。彼らはまた窓から水に飛び込んだり、校庭を走り騒ぎまわる。それは我らが尊師アブドッラーの奮闘にもかかわらず終わらない。

  我らが尊師アブドッラーは、用務員イブラヒームの後任だった。彼は村の住人で、用務員に採用された。それまで彼はクッターブのアーリフだった。彼は月に五ピアストルを超えることがない、クッターブの授業料を上回る、九十ピアストルの固定給を受け取っていたので、学校の仕事を喜んでいた。彼は小使いとして働いていたが、昔の敬称、「我らが尊師」アブドッラーを引き継いでいた。

 

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聖と俗は分離できない(2)

 我われは、イスラームを精神と儀礼の領域に封じ込め、それが日常生活に参画することを妨害し、人間の世俗生活のすべてに対する優位性と、その特性と機能に基づく卓越性を阻害しようとする、たゆみない努力が続けられたことを認識している。

  イスラームの包括性、現実主義、優位性という特性こそが、イスラーム世界のムスリム国家に対する、キリスト教徒による国際的なたゆみない攻勢努力の背景にある原因である。これらはまた、長年にわたるシオニズムの国際的な陰謀がもたらした困難の原因である。  
 
パレスチナにイスラエル国家を建設したユダヤ民族独立運動。 
 
 二つの勢力は、この宗教を心情と儀礼の信仰に封じ込めようと試み、その第一段階として、あるいは最終的な破壊のための戦闘の第一段階として、現実の生活体系におけるイスラームの介入と優越性に終止符を打つために、彼らの巨大な力を一致させることを余儀なくされた。

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アメリカの民主政治の深層(15)

 このため、純粋の民主主義国家では、最大多数者の支配は常に極めて専制的であり、世論への信仰は多数者を預言者とする宗教になる。「平等には次のような二つの傾向が、明らかに看取できるのである。第一の傾向は、各人の精神を新しい思想に向かわせるのであり、第二の傾向は、各人の精神に何も考えさせないようにするのである。そして民主政治はある法律の支配下では、民主的社会状態が促進させる知的自由を消滅させることにもなるのである」(同三五、三六ページ)。

  知的自由の消滅、リチャード・ホーフスタッターは、これを「アメリカの反知性主義」という。  
 トクヴィルは、そのゆえにアメリカは本気で、風変わりで軽率な行動をとり、過ちを繰り返す、と警告した。「そこには極端な公開、宣伝から生まれる、一種の無知が存在している。民主的国家では、人々はどのように行動すべきかということについては、誰も彼等に何も言っていないために、知っていないのである。民主的国家では、人々は、しばしば行き当たりばったりに行動するが、それは誰も彼らに、何も言ってきかそうとはしないからである。そこでは初めに行動する人々は何も知っていないが、また後で行動する他の人々も、初めの人々の行動の経験を忘れてしまっている」(同下三九五、三九六ページ)。

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ヒジュラ暦八年、フナインの戦い(13)

 使徒は、「神はその必要をお示しにならなかった、おお、ウンム・スライムよ」、と答えた。彼女は短刀を持っており、アブー・タルハが何のためかと尋ねると、「もし多神教徒が私に近づいたならば、短刀で敵を引き裂くことができるように携えているのです」、と彼女は答えた。彼は、「ウンム・スライムッ・ルマイサーアが、今、言ったことをお聞きになりましたか、おお、使徒よ」、と言った。

 使徒がフナインに向かって出発したとき、スライム族をアッダフハーク・イブン・スフヤーヌル・キラービと合流させ、スライム族は彼と共に進軍した。男たちが逃走を始めた時、マーリク・イブン・アウフは、彼の馬に呼びかけて詩を詠んだ。

 「進め、ムハージ。今日は苦難の日だ、

 我のような者が、汝のような馬に乗っていつも戦闘に向かう。

 前衛と後衛が抜けても、

 集団が相次いで繰り出してくる、

 我が目が数えるのに疲れるほどの敵の集団が。

 我は血が滴る槍で貫いた。

 隠れている臆病者が責められるとき、

 我は、音をたてて血が吹きだす大きな裂け目を敵に与える、

 その裂け目の真ん中から血があふれ出る、

 血は、時には激しく噴出し、時には静かに流れ、

 槍の柄はその中で砕かれ散る。

 おお、ザイドよ、おお、イブン・ハムハムよ、どこに逃げて行く。

 今や歯が抜けた、老人がやって来た。

 白く長いベールの女は知っている、

 我は戦闘の素人ではない、

 貞淑な妻が天幕から出されるとき」。

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聖と俗は分離できない(1)

  実際に、イスラームの体系は非常に包括的で、相互に依存し織り交じり合っているため、人間の生活のすべての局面、人間のさまざまで誠実な必要性と活動を含んでいる。  
 この宗教はしたがって、どのような啓示宗教にもありがちな純粋に心情的、非世俗的な宗教のように、人間の生活の実際的な領域から切り離された、単なる精神的な信仰ではない。それは信仰者が信仰のひとかけらを達成するために集団で、あるいは個人で実践する、最小限度の崇拝儀礼ではない。世俗の福祉を実現するために、宗教を迂回する手段がないわけではないが、イスラームは来世で楽園に至る道の導きであることにとどまらない。 
   イスラームの体系はあまりに多岐にわたることが明瞭、かつ深遠であるため、それを現実の組織体、機構から分離された心情的な信仰と叙述する試みは、失敗するであろう。またそれは、日常の生活で明らかに比類の無い組織、法律、方法論を適用することなく、ただ儀礼を実践するだけで来世の楽園を約束する宗教とも見なすことはできない。  
 聖と俗の二分法はイスラームの歴史で仮定されたことはないし、決してそのように考えられることもないであろう。ほかのいわゆる宗教を名乗る信仰は、そのような仮説を主張するかも知れないが、イスラームでは絶対にそのようなことはあり得ない。

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