• 24Apr
    • 試論:一神教アラビア起源説(5)

       聖書にも、ヘブライ人が砂漠で過ごした原風景が、ふんだんに描かれている。多数の登場人物がヘブライ人なのか、アラブ人なのか区別がつかない。例えば、アブラハムの息子の、イサクの双子の息子の、ヤコブの兄エサウの息子たちのほとんどは、アラブ人だ(『創世記』三六章一〇―一四節、歴代誌上一章三五―三七節)。 同胞に乱暴を働いていたエジプト人を殺したモーセは、アラビア半島の北西部に逃れ、そこの祭司の娘と結婚した。祭司の羊の群れを追っていたモーセはある時、神の山ホレブに登って主であるヤハウェと契約した。すなわち、モーセを召命したのはミディアン人、北アラビア人の部族神だった(『出エジプト記』三章一節)。 『ヨブ記』の主人公ヨブは、明らかにアラブ人のアイユーブ(ヨブのアラビア語名)だった。神はサタンに唆されて、ヨブに信仰を試す試練を課した。主は最初の試練で、シェバ人、カルデア人にヨブを襲わせてラクダ、羊、ロバほかの全財産を奪った。カルデア人は、前十一世紀ころ北東アラビアから南メソポタミアに侵入したセム族である。シェバは、南アラビア語を話したイエメンのサバ人で、彼らの王の一人は、知恵者ソロモンを試そうとしてエルサレムにやって来たシェバの女王である。 義の人ヨブは、アラビアの砂漠にいて、北と南の部族によって略奪されたのだ。 中世ユダヤ人聖書学者イブン・エズラと、近世ユダヤ人哲学者スピノザは、『ヨブ記』はヘブライ語以外の言葉から翻訳されたもの、と考えている。

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  • 21Apr
    • 試論:一神教アラビア起源説(4)

       セム族の諸言語は原セム語の方言である。一つのセム語に精通すれば、ほかのセム語を理解するのは容易なことだ。また天幕の住人が定住する過程は、すべてが敵対的であったわけではない。定住民は周辺の半遊牧民と血縁関係、あるいは同盟関係にあった。半遊牧民はさらに深奥の砂漠の民と同じ関係にあった。この関係をさかのぼっていくと、ヘブライ人とアラブ人は、いつかどこかで、セム族の故郷に近い地で、隣人のような関係にあったと考えられる。 テマン(タイマー)、デダン(ダーダン、ウラー)は、聖書の各所に言及されている。「ヨバブが死んで、代わりに王となったのは、テマンびとの土地から出たフシャムである」(創世記37章35節)。「アラビアについての託宣。荒れ地の茂みで夜を明かせ、デダンの隊商よ」(イザヤ書22章13節)。「デダンとテマとブズと、もみ上げの毛を切っているすべての人」(エレミヤ書25章23節)。「テマンには、もはや知恵がないのか」(エレミヤ書49章7節)。「デダンの住民たちよ。逃げよ、退け、深い谷に隠れよ」(同書49章8節)。「私はエドムに向かって手を伸ばし、その中から人と獣を断って荒れ地とする。彼らはテマンからデダンに至るまで剣で倒れる」(エゼキエル書26章13節)。「デダンは乗馬用の粗い布地で、お前と取引を行った」(同書27節20節)。 カルヤト・アルファ―ウは近年の発掘調査で、太古の昔、緑の楽園だったことが明らかになっている。創世記に語られるエデンの園は、ヘブライ人が遠い祖先の記憶をたどって記したもの、との推測もあながち空想とは言い切れない。 ディルムンがエデンの園との説もある。

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    • 試論:一神教アラビア起源説(3)

       セム族は凶暴な侵入者ではあったが、文明の破壊者ではなかった。最初のセム族の王朝を創設したのは、羊飼いの息子、宮廷酌夫から身を起こしたアッカドのサルゴン王だった。前十八世紀、バビロンのハンムラビ王は、世界最古の立法者の一人となった。「目には目を、歯には歯を」、ハンムラビ法典は、復讐法ではなく制限法だった。砂漠を突き抜け、肥沃な三日月地帯を縦断、約束の地に定住したアブラムの子孫ダビデとソロモンは、イスラエル王国を建設した。 彼らは文明人のシュメール人から、家を建てて定住すること、灌漑用水路を掘って農業に従事すること、とりわけ文字を書くことを学んだ。フェニキア人はアルファベットを考案、文字の使用を簡素化した。イスラエル人はヘブライ語聖書を編纂、おそらく世界初の一神教徒となった。ユダヤ教の一派として出発したキリスト教の始祖は、一神教を世界宗教の一つとする礎となった。

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  • 20Apr
    • 試論:一神教アラビア起源説(2)

      (フラッシュ、ストロボを使用しない限り、撮影は許可されている。) 前三千年紀後半からおよそ二千年の長きにわたって肥沃な三日月地帯のメソポタミアで興亡した諸民族の王朝は、一つの際だった特徴を共有していた。彼らが使っていた言語はすべて、三つの子音からなる三人称、単数、男性形の、動詞の過去形を、語根と呼ばれる基本形とする。動詞の人称変化は同一の形式をとり、人称代名詞、血縁を示す名詞、数詞、身体の部位を示す名称などが酷似している。 これらの民族はアッカド・バビロニア語、アッシリア語、カルデア語、ヘブライ語、アラム語(シリア語)、フェニキア語、アラビア語、エチオピア語を話すセム語族に属していた。彼らの祖先、単一の種族としての原セム語族は、太古のある時期、ある場所に居住しており、そこからセム語諸族が分かれていった、との推論が成り立つ。彼らの故郷がどこにあったのか諸説あるが、アラビア半島のどこか、あるいはアフリカ東部というのが一番もっともらしい。 人類が記憶にとどめない悠久の昔から彼らは天幕に住み、ラクダに乗り、羊を追い、牧草と水を求めて、西と南の砂漠を突き抜け、肥沃な三日月地帯に侵入を繰り返した。不毛の砂漠が養える人口には限りがある。三方を海に囲まれた過剰人口は、はけ口を求めて北へ、北へと移動せざるを得なかった。 第一次世界大戦の時、アラブの反乱を唆したアラビアのロレンスは、著書で次のように述懐している。ヒジャーズのマッカやターイフの周辺には、「イエメンから出てきた五十におよぶ部族たちに関係ある思い出や、地名がたくさん見られる。そしてそれらは、また今でもナジド(半島中央)やジャバル・シャンマルやハマド(北部中央)のみならず、シリアやメソポタミアの周辺地帯にさえ見いだされる」。広大ではあるが不毛の砂漠で、「押し合いへし合いの争い」が起きていたのだ。 これら遊牧部族の中から諸王朝が興亡した。アブラハムと改名する前のアブラムも、バビロンの街ウルを発ってカナンに向かう以前は、アラビア砂漠のどこかで天幕に住み、羊を追っていたに違いない。

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  • 18Apr
    • 試論:一神教アラビア起源説(1)

      古代から現代に至るまで、アラビア半島とその北のパレスチナ、シリア、イラクで使われ、使われている言語はすべてセム語族の言語で、現在も使用されているのはアラビア語とヘブライ語、そして話されているのはエチオピアだが、そこのアムハラ語である。 そこで歴史学者カマール・サリービーは、ヘブライ語とアラビア語の固有名詞学、地名学を駆使して、ヘブライ人の約束の地はパレスチナのカナンではなく、現代のサウジアラビアの南西部アシールとヒジャーズ地方だったと考えた。 この本は1985年出版されて一大センセーションを巻き起こし、欧米でミリオンセラーとなった。私は今回、「アラビアの道」をつぶさに見学し、『聖書アラビア起源説』を『一神教アラビア起源説』に発展させることを試みた。本筋に入る前に、二つの基本的な論点をまとめてみた。セム語の語根 セム語族のすべての言語は、三つの子音から成り母音が表記されない語根から、その語根の意味に関連するすべての言葉が派生する、という共通の構造を持っている。これをアラビア語を例にとって説明してみよう。 「書く」という意味の語根は、ktb(كتب)と表記し、「カタバ」と発音し、三人称、単数、男性、過去形、すなわち「彼は書いた」を意味する。これを基本形として、ktbt(كتبت)、「カタブト、私は書いた」、「カタブタ、あなたは書いた」(男性形)、「カタブティ、あなたは書いた」(女性形)、「カタバト、彼女は書いた」、というように、語尾に子音のtを付加し、その子音の発音を区別するだけで人称を変化させる。 複数形には、二人の場合と、三人以上の場合があり、三人以上のときは、「ktbna(كتبنا)、カタブナー、私たちは書いた」、「ktbtm(كتبتم)、カタブトム、あなたたちは書いた」(男性形)、「ktbtn(كتبتن)、カタブトンナ、あなたたちは書いた」(女性形)、「ktbwu(كتبوا)、カタブー、彼らは書いた」、「ktbn(كتبن)、カタブナ、彼女たちは書いた」、というように変化する。 時制には過去形と半過去(未完了)形しかなく、半過去形は、「yktb(يكتب)、ヤクトブ、彼は書く」、「aktb(أكتب)、アクトブ、私は書く」、「tktb(تكتب)、タクトブ、あなたは書く」(男性形)、「tktbin(تكتبين)、タクトビーナ、あなたは書く」(女性形)、「tktb(تكتب)、タクトブ、彼女は書く」というように、語頭に子音を付加することによって人称を変化させる。 「書く」ことに関連するすべての名詞もこの語根から派生する。例えば、「ktab(كتاب)、キターブ、書物」、「ktab(كتاب)、クッターブ、コーランの学校」、「mktb(مكتب)、マクタブ、事務所、机」、「mktba(مكتبة)、マクタバ、図書館、書店」、「katb(كاتب)、カーティブ、書記、秘書、作家」などである。 しかも、セム語族の諸言語は、同じ意味、あるいは類似の語根を多数、共有している。例えば、yhwという語根の母音を変化させると、yahawe(ヤハウェ、ユダヤ教の神の名)、yehowa(エホヴァ、キリスト教の神の名)となる。またヘブライ語の「住む」という意味の語根は、hsrで、アラビア語では、hdr、である。一つのセム語に精通した人であれば、hsrも、hdrも、「住む」という意味の語根であろう、と容易に推測がつくのである。 音位転換はセム語だけの特徴ではないが、abcという語根が、bac、あるいはacb、cbaというように、位置が入れ替わることである。エジプトのカイロ方言のアラビア語で、zwgは、一対あるいは一組の一方を意味する。zawgy(カイロ方言ではザウギー、正則アラビア語の場合はザウジー)といえば「私の夫」、ザウガティー(ザウジャティー)といえば「私の妻」、つまり配偶者を意味する。これがレバノン方言のアラビア語では、gwzに音位転換する。配偶者は、gawzy(ジャウズィー、夫、妻はジャウザティー)になる。 アラブという言葉の語源は、特定の民族を意味するのではなく、定住生活者と対比して、砂漠の遊牧民を意味するセム語である。 アッシリアの年代記は、諸王たちが、都市や隊商を襲撃する野蛮な「アリビ」を懲らしめた、と繰り返し語っている。また古代メソポタミア、エジプトの書簡や碑文に「ハビル」、「アピル」と呼ばれ、セム語を話し、凶暴で、略奪を得意とする砂漠の部族が頻繁に登場する。彼らは人種、民族の違いに関係なく、定住せず、部外者のいかなる権威、権力にも服従しない、法もかまども持たないはみ出し者の集団だった。 つまり、このような音位転換によって、セム語では、ハビル(ヘブライ)、イブリ(ヘブライ)、アリビ(アラブ)、アピル(アラブ)は、「砂漠の遊牧民」という、同一の意味を持っているのである。するとヘブライ族もアラブ族も、アラビア砂漠のセム語を話す遊牧部族ということになる。ヘブライ語聖書 ユダヤ教の聖典、ヘブライ語聖書と、キリスト教の聖典、旧約聖書は、同一の聖書と理解され、そのように記述されているが、この二つの聖典は、全く同一のものではない。ユダヤ教では、聖典はヘブライ語聖書だけであり、旧約という概念もない。 ヘブライ語聖書は、「タナク(Tanakh)」とも言う。トーラー(T)と呼ばれるモーセの五書、すなわち「創世記」、「出エジプト記」、「レビ記」、「民数記」、「申命記」、ネビーム(N)と呼ばれる「ヨシュア記」、「士師記」、「サムエル記上・下」など二十一巻の預言書、ケトゥビーム(K)と呼ばれる「詩篇」、「箴言」、「ヨブ記」など十三巻の諸書から成り、頭文字のT、N、Kをとってそう名付けられた。 旧約聖書は、NとKが入れ替わり、おおむねトーラー、諸書、預言書の順に構成されている。この順序の入れ替わりは、キリスト教にとって重要な意味を持つ。預言書は、救世主の降臨を預言しており、旧約聖書に次ぐ新約聖書の最初の書、福音書は、イエスの誕生とその生涯は預言が成就するためである、と繰り返し語っている。T、N、K、福音書と続くより、T、K、N、福音書と続く方が、福音書は疑問の余地なく権威を確立できるからである。 ヘブライ語聖書と旧約聖書の違いは、イエスを救世主と認めないユダヤ教と、イエスを救世主と信じるキリスト教の教義の違いなのである。

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  • 16Apr
    • チャーチルのスーダン戦争(65)

      第1章 マハディーの反乱(65) スーダンを征服する試みは途絶えた。スーダンの民衆は彼らの勇気、彼らの聖なる指導者の手腕と勇敢さによって自由を獲得したのだ。あとは街を明け渡し、守備隊を安全に撤退させるだけだった。しかし一つの物語の幕引きに見えたことは実は、もう一つのより長い、同様に残虐な話の始まり、屈辱と災難の開始、だが勝利に終わり、望むらくは平和的に終わる話の始まりだった。 私はしばらくの間、事実に基づく話が認める以上の、もっと一般的なマハディー運動の見方について検討したい。本来の原因は社会的、人種的なものだった。しかし民衆の惨状が極めて深刻だったため、彼らの士気は低く、単に物質的な根拠だけによっては武器をとらなかった。そしてマハディーが出現した。彼は部族に欠けていた熱狂を与えた。そして戦争が起きた。

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  • 15Apr
    • サイイド・クトゥブ三部作(362):未来はこの宗教のためにある

      分裂症を癒す処方箋(7) その結果、我われが物質の世界で発明することを見守り、奇蹟的な業績を達成することを知るようになると、我われはすぐにうぬぼれてしまった。そして我われは、航空機とミサイルを発明し、原子核を分裂させて核兵器の製造を可能とした人間の精神は、物理学の精密な法則を人間の創造性のために活用できる、という幻想を抱くようになった。そして我われは、この精神は生活の基本計画、概念と信条の原則、道徳と行動の規範の確立を信託するのにふさわしいものである、と勘違いしてしまった。 我われはこの精神は物質の法則を理解するのに適しており、物質の世界だけにしか通用しない、ということを忘れてしまったのだ。我われがこの精神を「人間の世界」に適用すると、この精神は本質的に人間の果てしない現実を理解するのに適切ではないために、我われは広大な荒野をさまよい混乱してしまう。 実に不可思議なことであるが、この事実を提唱し、それでもこの現実は「人間の科学」によって理解できると主張しているのは、卓越した国際的に著名な科学者、カレル博士なのである。

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  • 13Apr
    • 『使徒たちと諸王の歴史』第三巻(40)

      アルダシール・イブン・バーバクの後のペルシャの諸王サーブールッ・ジュヌード(軍勢のサーブール)と呼ばれたサーブール一世(20) ある詩人はこれについて詠んだ。 「城塞はアンナディーラのために荒廃した、 同様にアルミルバーウも彼女のために、そしてサルサール川の堤防も」。 詩人たちはこのアッダイザンについて広く詠み伝えている。アディーユ・イブン・ザイドも彼の詩でほのめかしている。 「アルハドルの支配者はどこにいる、かつてそこを建設した、 そしてティグリスとハーブールの税金がその人のために徴収された。 彼はそれを大理石で堅固に据え、漆喰で覆った、 それでも鳥がその尖塔に巣の場所を見つけた。 凶運にも彼は驚かなかった、それでも王権は、 彼から衰退し、彼の宮殿は見捨てられた」。

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  • 11Apr
    • 『預言者の生涯』第四巻(126)

      ヒジュラ暦九年、アブー・バクル、巡礼を先導(2) 神は、「アッラーとその使徒から、あなた方が盟約を結んだ多神教徒に対して、解約が宣言された」(九章一節)、と啓示され、この多神教徒とは、使徒と包括的な協定を結んだ多神教徒である。「それにしても多神教徒は、四ヶ月の間は任意に国中を往来させなさい。あなた方は、アッラーのご計画を頓挫させられない、またアッラーは、不信者に屈辱を与えられることを知れ。これはアッラーとその使徒から、偉大な巡礼の日にあたり、人々に布告された宣言である。『本当にアッラーは、多神教徒との盟約を解約された、その使徒にしても同じこと』」(二、三節)、ということは、包括協定が破棄されるのは、この大巡礼以降のことである。 「『それであなた方が、もし悔悟するならば、あなた方のため最もよい。もし背き去るならば、アッラーのご計画をあなた方は頓挫させられないことを知れ』。信仰を拒否する者たちには、痛苦の懲罰を告げてやれ。しかしあなた方と盟約した多神教徒で、違反したことなく、またその後、あなた方に敵対する者を助けなかった者は別である。これらの者に対しては期間が満了するまで、彼らとの盟約を果たしなさい。本当にアッラーは、主を畏れる者を愛でられる。聖月が過ぎたならば、もしくは盟約の期間が満了したならば、多神教徒を見つけ次第、彼らを討ち、または捕虜にして拘禁し、またすべての計略を準備して彼らを包囲せよ。だが彼らが悔悟して、礼拝の務めを守り、定めの喜捨をするならば、彼らのために道を開け。本当にアッラーは寛容にして慈悲深い方であられる」(三―五節)。

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  • 08Apr
    • サイイド・クトゥブの少年時代:村の少年(169)

      (Ⅶ) 文化活動(19) アブー・マアシャル・アルファラキは、いくつかの章で構成する占星術の本だった。注目に値したのは人の誕生月、季節、日にちに基づく運勢占いを扱った章だった。また関心が高かったのが、人の名前の文字、その人の母親の名前の文字、その人が生まれた月の文字と、一つ一つのアルファベットが一定の数字に対応する、過去に何人かの数字占い師が使った有名な方式を組み合わせて、人の運命を判断する占いを扱った章だった。 アルファベットのアリフは数字の一に等しく、バーは二、ジームは三、こうしてアルファベットの順番に対応して、アバジャド、フッワズ、ハッティ、カラムン、サアーファス、クルシュトと続く。十番目の文字はターで十に等しく、ヤーは二十、カーフ(k)は三十。百はカーフ(q)で、ここから百の位が始まり、ラーは二百と続く。私の記憶が正しいとすれば、この計算方式は古代ヘブライ語からとられた。

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  • 07Apr
    • 『使徒たちと諸王の歴史』第三巻(39)

      アルダシール・イブン・バーバクの後のペルシャの諸王サーブールッ・ジュヌード(軍勢のサーブール)と呼ばれたサーブール一世(19) (イブヌル・カルビーは)続けた。彼女の肌が非常に繊細だったので、骨の髄まで透けて見えた。そこでサーブールは彼女に聞いた、「教えてくれ、お前の父はお前にどんな食べ物を与えたのか」。彼女は答えた、「クリーム、骨の髄、処女蜂の蜜、そして最高級のワインです」。彼は声を上げた、「お前の父にかけて、我はお前の父よりも後にお前を知ったのに、我はお前が言ったそのような食べ物を与えたお前の父よりお前にとって大切な人になった」(そのようなわがままな女は許せない)。彼は男に野生の暴れ馬に騎乗するように命じ、彼女の頭髪を馬の尻尾に結びつけ、馬を走らせて彼女を引き裂いた。

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  • 06Apr
    • チャーチルのスーダン戦争(64)

      第1章 マハディーの反乱(64) 翌朝、エジプト軍はアラブ軍の主力部隊に遭遇、さらに前進する試みは重大な損失を出して失敗した。軍は敗走を開始した。それでも完全に崩壊するまで、さらに一日を必要とした。かろうじて五百のエジプト兵が死を免れただけだった。アラブの損害はその数のほどもなかった。ヨーロッパ人将校は最後まで戦って戦死した。将軍は最後の主力部隊の先頭で刀を手にして最期を遂げた。彼の勇気、肉体の頑強さは恐れを知らぬ敵でさえ称賛し、彼らは将軍の騎士道魂に敬意を表して原始的な儀礼をもって遺体を埋葬した。ムハンマド・アハマッドは百発の礼砲を放ち、彼の勝利を祝った。スーダンは今や彼の物であり、神の恩寵と予言者の恩恵によって、彼が全土の支配者であるという誇りを武力によって勝ち取ったのだから、それはしごくもっともなことだった。

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  • 04Apr
    • サイイド・クトゥブ三部作(361):未来はこの宗教のためにある

      分裂症を癒す処方箋(6) 小さな人体に関する我われの知識が最少限のものにしかすぎないのであれば、どうして我われは、生活の体系を再建することは言うに及ばず、それを修復するように信託されるというのであろうか。もし我われの無知が底知れないものであるならば、我われはそれが人類にいかなる災いをもたらすかを理解することなく、地上で最も大切で高貴な要素である生活の体系を、無知のままに確立してしまうであろう。 その結果、我われが物質の世界で発明することを見守り、奇蹟的な業績を達成することを知るようになると、我われはすぐにうぬぼれてしまった。そして我われは、航空機とミサイルを発明し、原子核を分裂させて核兵器の製造を可能とした人間の精神は、物理学の精密な法則を人間の創造性のために活用できる、という幻想を抱くようになった。そして我われは、この精神は生活の基本計画、概念と信条の原則、道徳と行動の規範の確立を信託するのにふさわしいものである、と勘違いしてしまった。

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  • 03Apr
    • 『預言者の生涯』第四巻(125)

      ヒジュラ暦九年、アブー・バクル、巡礼を先導(1) 使徒は、ラマダーンの残りの期間、シャッワール〔十〕月、ズル・カアダ〔十一〕月の間、マディーナに留まった。それから使徒は、ヒジュラ暦九年、ムスリムたちにハッジを遂行させるため、アブー・バクルをハッジの指揮官として派遣した。巡礼が滞在する場所には、多神教徒がいた。アブー・バクルとムスリムたちは、しかるべく出発した。 何人も、カアバに入る者を、カアバから排除してはならず、神聖月の期間中、何人も安全を脅かされてはならないとする、使徒と多神教徒の間の協定の破棄を命ずる、神の啓示が下された。それは使徒と多神教徒との間の包括的な協定であり、その一方で、使徒とアラブ諸部族の間に期間が限定された特定の協定が存在していた。そして、この協定破棄の啓示、タブークへの任務で使徒から離れ残留した偽善者についての啓示、偽善者らが心に隠している考えを神が明らかにされている、偽善者たちの言葉に関する啓示が下された。我々が名前を知っている偽善者もいるが、知らない偽善者もいる。

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  • 02Apr
    • 『使徒たちと諸王の歴史』第三巻(38)

      アルダシール・イブン・バーバクの後のペルシャの諸王サーブールッ・ジュヌード(軍勢のサーブール)と呼ばれたサーブール一世(18) サーブールは街を廃墟とし、アッダイザンの娘アンナディーラを伴って出立し、アイヌッ・タムルで彼女と結婚した。彼女のベッドは生糸を詰め込み繊細に織られた絹織物であったにもかかわらず、彼女は一晩中ベッドの硬さについて口やかましく不平を言ったと伝えられている。彼女を悩ませているものを探したところ、何と、織物の折り目の一つにからみついた(結婚式の花輪に使われた)銀梅花の葉っぱが、彼女の腹部を刺激していることが判明した。(イブヌル・カルビーは)続けた。彼女の肌が非常に繊細だったので、骨の髄まで透けて見えた。そこでサーブールは彼女に聞いた、「教えてくれ、お前の父はお前にどんな食べ物を与えたのか」。

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  • 01Apr
    • サイイド・クトゥブの少年時代:村の少年(168)

      (Ⅶ) 文化活動(18) だが少年は、ブハーリのハディース集を持っていなくても、彼の年齢にもかかわらず、とくに村の婦人だけでなく、若者のグループの間で、名声と人気を博する本を書架に持っていた。彼は二つの本、一つはアブー・マアシャル・アルファラキの、もう一つはシャムフーリシュの本を持っていた。二つともに彼の名声を広げるのに役立った。 アブー・マアシャル・アルファラキは、いくつかの章で構成する占星術の本だった。注目に値したのは人の誕生月、季節、日にちに基づく運勢占いを扱った章だった。また関心が高かったのが、人の名前の文字、その人の母親の名前の文字、その人が生まれた月の文字と、一つ一つのアルファベットが一定の数字に対応する、過去に何人かの数字占い師が使った有名な方式を組み合わせて、人の運命を判断する占いを扱った章だった。

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  • 31Mar
    • チャーチルのスーダン戦争(63)

      第1章 マハディーの反乱(63) 遠征軍がラハドに到着するまでに、ごくわずかの騎兵偵察隊が軍の緩慢な行進を警告しただけだった。マハディーは十一月一日、エルオベイドを離れ、全軍を伴って敵に遭遇するために進軍した。衝突は十一月三日に起きた。その日一日をかけてエジプト軍は、深刻な水不足のなかを苦闘しながらゆっくりと前進を試み、スーダン兵の銃撃で損害を出し続け、数門の火砲を放棄した。翌朝、エジプト軍はアラブ軍の主力部隊に遭遇、さらに前進する試みは重大な損失を出して失敗した。軍は敗走を開始した。それでも完全に崩壊するまで、さらに一日を必要とした。かろうじて五百のエジプト兵が死を免れただけだった。アラブの損害はその数のほどもなかった。

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  • 30Mar
    • 『使徒たちと諸王の歴史』第三巻(37)

      アルダシール・イブン・バーバクの後のペルシャの諸王サーブールッ・ジュヌード(軍勢のサーブール)と呼ばれたサーブール一世(17) アッダイザンと共にいたアムル・イブン・イラーフは詠んだ。 「お前たちは悲嘆に満たされなかったか、その知らせを受け取ったとき、 アビード族の指導者の身に起きたことについて、 アッダイザンと彼の兄弟の殺害について、 そしてタズィードの男たちについて、 よく騎兵の一団と共に出撃していた。 シャープールッ・ジュヌードは、戦闘象と共に彼らを攻撃した、 飾り立てられた、そして英雄的な戦士と共に、 そして彼は要塞の柱の石のブロックを破壊した、 その土台の石は鉄のブロックのような」。

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  • 27Mar
    • サイイド・クトゥブ三部作(360):未来はこの宗教のためにある

      分裂症を癒す処方箋(5) そのためには、生活と自然の法則を調和させ、人間に不可欠の現実と普遍の存在の事実にしたがって生活を向上させながら、我われの生活の根本的な特性を形成する絶対的で完全な、新しい概念が存在しなければならない。この普遍が存在するという事実は、現実のものであり、西洋文明の敵対的でゆがめられた実験室の中で製造された汚れたレンズを通して見ても、それは毀損されることがないからである。 我われのわずかばかりの限られた人間の知識は、あるいは我われの卓越した科学者カレル博士が適切に表現した「我われの完全な無知」は、新しい生活様式の基本的な計画のほんのわずかでも我われに始めさせることを許さない。 小さな人体に関する我われの知識が最少限のものにしかすぎないのであれば、どうして我われは、生活の体系を再建することは言うに及ばず、それを修復するように信託されるというのであろうか。もし我われの無知が底知れないものであるならば、我われはそれが人類にいかなる災いをもたらすかを理解することなく、地上で最も大切で高貴な要素である生活の体系を、無知のままに確立してしまうであろう。

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  • 25Mar
    • 『預言者の生涯』第四巻(124)

      ヒジュラ暦九年、サキーフの使節、イスラームを受容(10) 使徒がサキーフたちのために送った文書には、次のように記されている。「慈悲あまねく、慈愛深きアッラーの御名において。神の使徒、預言者ムハンマドから、信仰者たちへ。ワッジのアカシアの樹木と猟の獲物は、傷つけてはならない。この行為を発見された者は誰でも、神罰を受け、彼の衣服は没収される。違反を繰り返す者は捕らえられ、預言者ムハンマドに引き渡される。これは神の使徒、預言者ムハンマドの命令である」。ハーリド・イブン・サイードが、神の使徒ムハンマド・イブン・アブドッラーの命令によってこの文書を書いた。ゆえに何人も、神の使徒ムハンマドが命じたことで、違反をして不義、逸脱を働いてはいけない。

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プロフィール

アラジン3世こと岡島稔

性別:
男性
誕生日:
1944年9月4日
お住まいの地域:
千葉県
自己紹介:
本名:岡島稔 1969年北九州市立大学米英学科卒業、日本経済新聞社入社。1974-75年エジプト・カ...

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