ギリシャ文明の奇蹟(2)
 ギリシャの三大哲人、ソクラテス、プラトン、アリストテレスは、エッセンスをさらに凝縮すれば、次のように結論した。
 ▽フィロソフィアは、社会と行動の規範、生活様式の全体系を学ぶ学問の総体である。
 ▽人間の霊魂を救済するのは、フィロソフィアによる知性の練磨である。
 ▽知性の練磨によって霊魂は肉体(欲望)から解放、救済されるが、肉体は復活しない。
 ▽宇宙は無限の昔から存在し、神は無から天地を創造しなかった。
 ▽終点のない円運動を続ける宇宙は不滅であり、世界の終末は起こらない。
 ▽来世も、その至福の生活もない。
 ▽幸福と、不滅の霊魂は、現世で追究してこそ意味がある。
 ▽至聖の自己を観照する神は、世俗の個々の人間を認識しない。
 ギリシャの自然科学者らは、「民族宗教にはっきり敵対していた。そして彼らが法則と類推とをもって、これまで人々が神の全能から直接に生ずる結果であると思っていた多くの事柄について自然の諸原因を証明するに応じて、教養ある人々はこれまでに抱いていた信仰を疑うようにならざるをえなかった」(アルベルト・シュヴェーグラー)。
 希代の武人、アレクサンドロス大王が東征(前三三四―三二三年)すると、ギリシャ文明はヘレニズムとして、全中東を覆い尽くした。アリストテレスの講義を受けた大王であれば、啓蒙君主として学問を保護奨励したのは、自明のことだった。大王の街、アレクサンドリアが各地に建設され、アテネでのようなアカデメイア(学林、アカデミー、大学)があちこちに林立した。
 かくして東洋の諸民族は、ギリシャ文明を受容し、ギリシャ語が共通の文語、国際語となった。ヘレニズムの風俗、習慣が最先端の流行、ファッションだった。ヘレニズムかぶれの青年男子は、文明人を気どり、全裸でスポーツに興じた。
 とりわけ、エジプト・アレクサンドリアの繁栄は輝かしく、人びとは、「王冠の上に置かれた宝石」、と讃えた。大王の帝国を継承して王朝を興したプトレマイオス一世が、共にアリストテレスに学んだ啓蒙君主だったからだ。彼は巨費を投じて図書館を建設し、世界中から万巻の書物を収集した。歴代の王はしばしば、強欲なまでに、強制的手段によって書物をあさった、との逸話が残されている。
 学林には、アルキメデス、ユークリッド、アポロニオス、ガレノスらの俊英が集い、アレクサンドリア学派を形成した。裕福な患者は、ここで最先端の治療を受けようと、遠方からやってきた。エジプトとギリシャの宗教が融合したセラピス神信仰の下では、夜毎、厳かな儀式と称して、酒池肉林の宴が執り行われていた。魂の救済を求める教養人は、フィロソフィアによる知性の練磨に献身した。不滅の楽園を希求する民衆は、宗教に救いを求めるほかになかった。