文明の再生(9)
イスラームの万能人たち(4)
 ギリシャ文明には、化学、薬学という分科は存在しなかった。錬金術という、似たような魔術はあった。このうさんくさい魔術を、科学に深化させ、純金よりも貴重な物質を創造したのが、イスラームの科学者たちである。
 アラビア語で、量、規模、量的な、を意味する言葉を、「カンム(كم)」という。例えば「ナザリイヤトル・カンム(نظرية الكم)」と言えば、量子論を意味する。カンム(كم)が名詞形になると単数「カンミィーヤ(كمية)」、複数「カンミィーヤート(كميات)」と変化する。
 ジャービル・イブン・ハイヤーン(七二〇―八一五年頃)は、古代メソポタミアの時代から存在する錬金術を、定冠詞アルを付けて、「アルカンミィーヤ(الكمية)」と言った。なぜならそれは、ある化学物質と、別の化学物質を、どのような比率、分量で調合すれば、どのような化合物が生成するか、すなわち量を測定する学問であるからだ。
 彼が創った化学物質を一つだけ挙げておこう。数えればきりがない。塩酸と硝酸を三対一の割合で混合してできるオレンジ色の液体がある。永遠の光を放ち続ける純金をも溶かしてしまうため、王水という。こうしてアルカンミィーヤ(الكمياء)は、アルケミーから、ケミストリー(化学)に新化した。
 彼は魔法のランプも発明した。不純な液体から純粋な液体、たとえばアルコール、すなわち「アルコホール(الكحول)」を精製する蒸留装置を「アルアランビーク(الأنبيق)」と言い、現代に至るまで文明の利器として活用されている。日本には幕末の時代、オランダから、蘭引、として伝来した。つまり、ムスリムは、現代の化学工業、薬品産業、蒸留酒の父なのだ。