文明の再生(7)
イスラームの万能人たち(2)
 現代医学をもたらし、人類の福祉に貢献した一人に、フナイン・イブン・イスハーク(八〇九―八七七年頃)という人がいる。彼は「知恵の館」の翻訳官長であり、カリフの侍医でもあった。彼はそれまで前代未聞の、途方もない業績を残した。
 彼は、どのような書物であっても、叡知の学問の各分科に精通しない限り、完璧に翻訳することはできない、という哲学をもっていた。また旅行そのものが難行苦行であった時代、文献を求めて、イラク、シリア、パレスチナ、エジプトに出かけて行った。
 彼は十代からひたすら勉学に励み、すでに翻訳者、医師である以前に、万能の科学者であった。自然科学、形而上学、数学、天文学ほかの翻訳だけでなく、諸著作にも献身した。ヘブライ語聖書(キリスト教徒の言う旧約聖書)のギリシャ語訳『七十人訳聖書』までも、アラビア語に翻訳している。著訳書の数は数えきれないので、知られていない。
 彼はとりわけ、その時点での医学の最高峰、ガレノスに傾倒した。彼が翻訳したガレノスの医学全集のギリシャ語原典は現存しない。このようにしてフナインは、ガレノスをイスラーム医学の王座に据え、そして西洋医学の根幹とした。しかし、西洋医学の進歩のためには、ガレノス全集の原典そのものはもはや必要としなかったであろう。
 今から六百年前の十五世紀、パリの医学校には、わずか一冊の教科書しかなかった。その著者はアッラーズィー(八五〇―九二五年頃)、西洋人はラーゼスと呼んだ。彼はフナインの下で諸分科を学び、ガレノスを含む先人を凌駕した。著書、大小の学術論文は二三〇を超えたという。