文明の再生(6)
イスラームの万能人たち(1)
 私たちは、常識を覆す驚天動地の発見や大事件を、「コペルニクス的転回」という。ドイツ系ポーランド人のコペルニクスが、叡知の学問を忘却して千年後の西洋で、アリスタルコスのように、地球が公転していることを発見したからだ。しかしこれは、西洋に不当に関心を集中しているためか、あるいは無知によるためかの、いずれかであろう。
 アリスタルコスの地動説にもかかわらず、最も有名な人である第一の師アリストテレスが、「宇宙は終点のない円運動を永遠に続ける」、と言ったので、地球は宇宙の「聖なるかまど」として、不動の地位を占めていた。
 だが、アッビールーニー(九七三―一〇四八年)は、第一の師を反駁した。彼は極めて正確に地球の半径を計算し、地球が軸を中心として自転しながら、太陽の周りを公転していることをつきとめた。「驚天動地的転回」は、西洋より五百年も早く、東洋のイスラーム世界で起きていたのだ。
もし彼が、「あなたの専攻は何ですか」、と問われたならば、彼は答えに窮したであろう。彼は、数学者、天文学者、哲学者、薬学者、歴史学者、言語学者にして、あやしげな占星術を操る魔術師でもあった。彼の体系的な著作の数は一二〇とも一三〇ともされ、正確には知られていない。彼はこうして、叡知の学問において先人たちを凌駕した。
 医療に携わっている人びとであれば、現代の医薬分業、処方箋薬局の制度が、ムスリムの制度であることを知っているに違いない。医師たちは、医師会という職能組合も組織していた。すなわち、現代の医学、薬学は、イスラーム文明の賜物なのだ。
 そのころ暗黒時代の西洋では、学問として研究を許されたのは、神学だけだった。病気は神の恩寵とされ、そうであれば、医療行為は涜神にほかならない。ましてや、人体にメスを入れる外科手術は、神が創造し給うたアダムの子孫、人間を虐待する行いだった。
 英語にbarber-surgeon(バーバー・サージョン)という言葉がある。床屋さんが治癒と称して外科まがいのことをしたからだ。その一つに瀉血(しゃけつ)という迷信があった。血液を体外に排出すること、すなわち輸血の反対である。現代ではヤブ医者のことを、バーバー・サージョンという。