「あなたは誰か。」 | 陽炎の帯の上へちらりと逆まに映る鴉の影―どーすかΩ

陽炎の帯の上へちらりと逆まに映る鴉の影―どーすかΩ

この部屋の中にいるヤツに会いたいのなら もっと、寿命をのばしてからおいで

昼には空に太陽が浮んでいる。

太陽はまぶしいから、僕らは視線を地面に落としている。

僕らは互いに相手の顔を見ない。まなざしは交叉しない。

だよね?


僕たちは相手の影を見ている、そうして互いを確認する。


でも、昼の只中であったとしても、街には光を遮る障害が点在

していて、ところどころ物陰ができている。


そういうところを歩いていると、僕や君は、あるいは、自分の影が

辺りの物陰に溶けてしまっていることに気がつくかもしれない。

そういうことって、あるよ。

きみはふと、気がつく。今きみは、君の影を見ていない。

一瞬頭がぐらっとする。でもまだそれは、一瞬のことだ。

だって、まだ太陽は空に浮んでいて、相変わらずまぶしいから。


でも、なんだかいやな気配が君の心にすっと入り込んだ。


たしかに物陰から出ればまだやっぱり君の影はそこにある

けれど、なんとなくやましい、なんとなくおちつかない。

世界が、ちょっとずれてしまったのだ。



夜が訪れた。

君はうなされて目が覚める。いやな夢をみていた気がする。

少し風にあたろう、君は外に出る。


夜にはもちろん、空に太陽が浮んでいない。

きみの目をふさぐまぶしいあの陽光は、どこにもない。


君はぶらぶらと、当て所なく散歩をする。


しばらくたって、街には何かが起こった。

あまりに脈絡がなく、僕らは当惑する。

でも、そういうものだろ。デインジャーはときに、前触れもなく

訪れる、ように見える。

いや、違うか。(@ものいい)

僕たちは見たくないものは見ない。だから遅れるんだ。


そして、今回もまた遅れた。致命的だったから、遅れた。

決して反対ではないね。


君は誰かに呼び止められる。

あ、振り返ってはいけないよ。

…止めたよ、覚悟しろよ。知らないからな。


* * *


ぼくは突然、誰かに呼び止められた。

「誰だ!そこで何をしている。」


誰で何をしているか、だって?

わお、ベタに「誰何」の言葉だ、とボクは思う。


今夜この街で殺人があった。

つまり、えーっと、たとえば、あのやさしい彼女が

殺されたらしい。

そして、これが大事なんだけど、この事件の嫌疑が

僕にかかっている、らしい。

それは、そうだろう?だっていかにも怪しいからだ。

でもたぶんぼくは身に覚えがないのだもの、弁明しなければならない。

さもなくば、死ぬだろう。



ならば、ぼくは答えよう。

「ぼくは、かくかくしかじかの人間である。

したがってぼくは彼女を殺してなど、いない。」


誰かさんは応える。

「そうか、では質問を変えよう。

君が犯人だ。なぜ彼女を殺したのか。」


「なるほど。」なるほどじゃないよ!ぼく。

「よし、あるいは僕が彼女を殺した。」よくないよ!ぼく。

「だが、なぜ彼女は死ななければならなかったのか。

ぼくにはわからない。」そりゃ知らないよ!ぼく。


誰かさんは続ける。

「彼女を殺したのであれば、君は死ななければならないだろう。

いや、なぜ君を生かさなければならないのか。」


ボクにはよくわからない。

「なぜ僕を生かさなければならないのか。ぼくは僕でなければ

ならないからだ。僕は殺されてはならない。」


「いいや、それはきみではない。」誰かさんは舌鋒鋭く断じた。


「それはぼくではない?」ボクに振られてもわかりっこないよ。

「『私によって私について語られた私が私でないのなら私は

私について知らない。』」ぼくの話はややこしいなぁ。


「きみはきみを知らない。それを一番知るのはきみだ。」

「きみはそこに立っているのが君でなければならない理由を

証していない。きみは死ななければならない。」


「ぼくは死ななければならない。」

「なるほどね。ぼくはぼくについて知らないから死ななければ

ならない。どうかな、そういうものかもしれない。」

「今ここは夜だ。確かに、影は見当たらないだろう。でもね、それと

同時に、ぼくらの目を射るべき太陽もまた、どこにもない。」

ボクには、つまり何が言いたいのか、よくわかんない。

ぼくは続ける。

「今、僕は知らないことを知っている。僕は見ていないことを見られている

ことを見ている。あるいは、見ていないことを見られていることを見ていない

ことを見ている…。」

「墓暴きにはうってつけの夜だ。もちろん、それもまたひとつのやり方だと

思う。だけど、もしかしたらもっと別のやり方もあるかもしれない。

ぼくにはそれを選べるのだろうか。」


君はわかった?ボクにはなにがなんだか。


* * *


ごほん、さて。

困ったね。死にそうだね。


でも、一手だけ、この隘路を打ち破る方法がある。たぶん。


じゃあややこしいから、中立性を期して、少し問いを変えとこう。

…よし。


「あなたは誰か。」と問われたとき、「私」は何とこたえればいいだろうか。

間違えたら死ぬから慎重にね。もち、一字一句合ってないとダメだよ。

まあ合っててもダメかもしれないけど、間違ってたらぜったいダメなわけ

だしさ。


んじゃ、「あなたは誰か。」


* * *


えっと、「私は…。」