正視 | 陽炎の帯の上へちらりと逆まに映る鴉の影―どーすかΩ

陽炎の帯の上へちらりと逆まに映る鴉の影―どーすかΩ

この部屋の中にいるヤツに会いたいのなら もっと、寿命をのばしてからおいで


(僕たちは、我慢づよく待った。何も起こらない中、じっと、待った・・・。

そして僕は、僕の周りに漂う透明なベールに、指を、ふれる。)



□■Acephale■□


こんにちは。あなたはどちらまで行かれるんですか?

ちょっとそこまで?ははは、面白い人だな。

・・・ぇえ。僕はァ、とりあえずね、終点まで行こうと思ってるんですよ。

うん、これが、ぴかぴか青白くて、とてもいいところだそうです。

あの、あなたもお一人ですか?でしたら、ご一緒しませんか。

最近はどうも不景気でねえ・・・このあたりも、あんまり治安が

よくないみたいですよ。さっきも僕ね、危うくサギ売りに騙されるところ

でした。親切な人に助けてもらったんですけどね、その人はもう、

途中の駅で降りてしまったんですね。


旅は道連れ・・・って言いますよねえ、一つ、よろしくお願いしますよ。


□■BetaLevel...■□


別に、難しい話じゃない。ただ、ちょっと立ち止まってみれば

いいだけだ。みんなせわしく動き回っていて、気づいていないけれど、

ここは初めから、まっさらな宇宙だ。深遠な闇を湛えた、広大な宇宙。


僕は、あるいは君は。全身の力を、ふっと、抜く。


僕らの身体は、心は、すーっと、深くへと沈んでいく。

引き寄せられるような感覚に身を任せていく間、君はまだ、

周りのあんまりの静けさに馴染めずに、どこかよそよそしさを

感じているかもしれない。


まだ、あの余韻が残っている。


光は、遠くの方にゆらめく景色が見える。

音も、遠くの方にゆらめく雑踏が浮ぶ。

味が、遠くの方にゆらめく臓器の震え。

香る、遠くの方にゆらめいて、輪郭が翳る。

温もりで、リアルが、まざまざと立ち現れる。


君はそちらの方へと手を伸ばすだろうか。


□■Coward■□


僕たちは心配で心配で仕方がない。罪悪感と負債感。後ろめたくて、

何もかもを悪い方にばかり考えてしまう。だけど、こうして思い悩んで

いるようなポーズ自体が、もしかするとただ、恥ずかしいという思い、

失敗を水に流してしまいたいという自分勝手な想いから来ているように

考えられるのが腹立たしかったりする?うんうん、よくわかるよ。


わかって欲しくない?・・・でも言っちゃ悪いけど、すごく古典的な

悩みだよ、それ。君が現象に対して真摯であろうとすればするほど、

いよいよ君の個人的な体験は、人類永遠の原罪へと漸近していく。


パラドクサルだねぇ。青春だねぇ。いやいや、これでも君のことを

励ましているんだぜ。「であろうとする」とき、人間のオリジナリティ

なんて案外脆いものなのかもしれないよ。だって、こうして個人的な

問題をごく個人的に解決しようとするとき、主語を変えてもいくらでも

成立するシステマティックな対応にならざるを得ないんだもの。


結局僕たちは人間である限り、生物学的な物理的身体の呪縛から

逃れることが出来ないのだろうか。・・・まあいいや。


それじゃあ君、健闘を祈るよ。


□■Detouchment■□


僕は大きな柱時計のところにある、いつものベンチに座って、

誰かを待っていた。僕の正面の通路は多くの人々が行き交っていた

けれど、みな一様に急いでいた。僕なんか目に入らない。僕は

ちゃんとわかっていた。やっぱり、初めは怖いかもしれないけれど、

・・・だっていつも周りから与えられて、変わり続けてきたのだから。

だけどここはぐっとこらえて、きちんと見つめなければならない。

もうじきにその人がやってくるはずだということを、僕は知っていた。


でも、それでもやっぱり、僕は怖かった。本当にその人は来る

だろうかって。僕の身体は、虚空へと落ちていって、もうゆらめきも

届かない。本当に暗いところまで来てしまった。ここで急いでしまうと、

大切なものが損なわれてしまうから、じっと待たないといけない、

と、僕は自分に言い聞かせた。


□■Enlightenment■□


ただじっと待つだけなんて、どう考えたって馬鹿げてる。まるで

無駄なことじゃないか。


右へ、左へ。

自分の行くべきところへ急ぐ人々は、まるで大きな、一匹の

生き物のように思えた。彼らは明らかに、僕のことを非難していた。

彼らのいよいよ遠ざかっていく無言の背中は、僕に向かって

するどい痛みの、つるつるとした抗議を投げかけていた。


そして、僕もまた、黙っていられなかった。僕だって怒るときは怒るし、

反論するときは反論する。待ち人は、来る。僕は自分に言い聞かせる

みたいに、彼らに向って言葉を投げつける。


□■Fraud■□


いいですか、あなたがたは待つことがだめだって言うけれど、

自分たちはどうなんです?バンクに時間を切り売りして、それで

カカシの頭にわらを詰めるのが有意義だって言うんですか?

リスクの分散?優良化操作?馬鹿馬鹿しい!

そりゃあいくらかは意味があるかもしれないけど、でもそんなのは

スズメの涙だと思いますよ。


あなたがたは、発展だ!成長だ!進歩だ!革新だ!止揚だ!

ってせかせかするけれど、本当にそんなものがあるんですか?


「全知無能」。

そこに近づいていっているだけなのではないでしょうか。

情報のアクセシビリティの向上と、それに伴う人間の並列化の進行は

やがて不確実性の消滅をもたらします。そこでついに資本主義は

完成し、貨幣は本当のマナになるでしょうね。


・・・でも代償は大きい。見えざる手と似姿による他者なき普遍な

社会システム、ユートピアの完成です。

わらを詰めたって詰めなくたって、カラスなんか来やしない・・・。

地獄めぐりから逃げだすこともできずに、道の途中で消えてしまう

のだから。


□■Ghost■□


僕はそんなことを言わなくても、よくわかっている。彼らとは話が合う

わけがない。僕が想像力という言葉を履き違えているのだから。

でもそんなことは瑣末な問題だ。僕にとって最大の問題は、誰とも

待ち合わせの約束なんかしていないという事実に他ならない。


しんとした静寂が宙に張り詰めて、僕のこころは寒くて、

押しつぶされそうになる。


僕は、ただただ、悲しい。


□■Honesty■□


僕は気がつくと、人ごみの中、スクランブルの横断歩道の

真ん中を歩いていた。

僕は逃げおおせたのか?

大きな生き物から、カカシから、あるいは腐った社会システムから。


No. それはまちがい。

僕の半身はやっぱりベンチに残ったまま。何も変わっちゃいない。


僕は、じっと、待っていた。死んだように、まるで動かない。

彼の瞳はにごりなく、大きな生き物を映していた。


それはまるで、オーロラみたいに。

舞い降りるひとひらの雪片のように。


ゆらゆらと、きらめいていた。


□■Innocence■□


僕は、ただただ、立ち尽くしていた。


色彩を欠いた目の前の現象に、

ひとつの神の死が、オーヴァーラップする。


静寂、無色。


画面がちらつく。


ノイズが酷くなっていって、

暴力の、色の洪水が、重なる。


張り詰めた糸が、切れる音。


他でもありえた可能性を全部掬って、

リアルが、現前する。



僕は、他の事を、考える。知らない。

見ない。聞こえない。感じない。


そんなことはなかった。

そんなことは知らない。他人事。


僕は、今度も、立ち去ろうとした。

しかし、


・・・あれ、何か、引っかかる。


つたない刃の切っ先の、鈍い光が、

ぽっと、頭の中に灯って、


それが僕のこころへ、深々と突き刺さった。


この円環を終らせるべくして、

この痛みは眠っていたはずだった。


引き戻される。


今度は、逃げられない。

生々しく、汚く、醜いリアルと、向き合い、構える。



幻滅、落胆、後悔、圧迫、痛み。


吐き気がこみ上げてくる。

僕はうんざりするけれども、どうしようもない。


因果、あらゆるトレードオフな主体的選択の帰結。

これこそが、リアルで、希少性に満ちた人生なのだから。