半年が過ぎて。 | 在日朝鮮人

半年が過ぎて。

自分が自身の出自を知ってから早半年が経過。う~ん、時間の経過の速さを改めて実感w                 振り返るとまあ、それなりに過ごせたな、というカンジかなw                                      今までは関心すらなかった、日・韓朝のことを沢山勉強したり、異文化に触れたり、言葉を勉強したり、etcとそれなりに密度の濃い半年だった。自分の気持ちが端~端に触れて情緒不安定になってみたりしたこともあったな。今を思えばホント色々あった。とても語りつくせるものじゃあない。今日は自分がこの半年様々に感じた=出自における様々事=について小さな節目として総括してみたい。                                     自分はこの年まで出自が分からなかったから、当然何の疑いも抱く事などなく、日本人として生きてきた。また、いちいち、オレって日本人だよなあ、などと特別意識したこともなかった。周囲の人達だってわざわざ自分が日本人だよなあ、などと常に意識して生きているとは思えない。それと一緒。いくら半島の血、半島のDNAが自分の体に存在していても、オギャーと生まれてこのかた日本の国土で育ち、日本の風土に触れて生きてきたワケだから、当然日本人に違いない。国籍だって当然日本だしw                                        出自を知る以前、ボクが韓国・朝鮮というものをどのように見ていたか、ということについて述べてみる。          正直、興味なし!関心なし!の一言。(韓国と朝鮮が同じ民族と知ったのも多分中学校の社会科で始めて知った。)しいて抱いていた感想はといえば、よくはわからないが、=差別されていてかわいそうな人々=、=世界で一番差別されている人々=、=アメリカで言う昔の黒人=、=朝鮮人、ユダヤ人、黒人は汚い・下等劣等民族である。=etcといったように何かよくはわからないが、後ろ暗くてタブーな存在だった。=朝鮮=という言葉自体、なんかタブーを秘めていたので、正直、頭で思っても口にしてはいけないな、と漠然とだが感じていた。イギリス人、アメリカ人、エジプト人、日本人、と末尾に=人=を付けて読んで、声に出して読んでも何ら違和感はないが、=朝鮮人=だけは何か口にできなかった。どこかぎこちなく=朝鮮の方=などと何かよくわからないけど、つぃ余計な意識をしてしまっていた。とにかく頭の片隅に=朝鮮人・朝鮮=という言葉自体が差別用語だ、という意識はあったかな。多分、ぼくと同世代くらいの日本人もみな正直こんなカンジを抱いてると思う。ぼくも一番付き合いの長い友人以外には友人達には打ち明けてはいないが、友人達にそれとなく朝鮮についてきいてみると、みな一様に多少の差異は存在するものの、上記のような意識を抱いていた。悲しいことにハッキリと朝鮮人はイヤだ!といったヤツもいた。                                              関心なんぞ全くないんだけど、意識の中に上記のように潜在的意識としてこのような思想に囚われている原因はやはり日本の環境が大きいと思う。自分らの親世代にはとにかく朝鮮人を意味もなくバカにしている人が未だに多い。差別用語も飛び交いまくるし、悪口いいまくりだった。ぼくは正直そういうのがとても不愉快に感じてはいたが、日本で普通に生きてきて別に自分からそういう事に触れようとせずとも、周りで勝手に口にしてる人達がいた。家でも、職場でも、TVでも町を歩いていても、それは向こうからやってきて自然と耳に入ってくるのだ。小さいころからこのような環境に身を置くと、自然と潜在意識的に上記のような考え方になると思う。ぼくらの世代はこういうことを仮に潜在意識に持っていたとしても、無関心層だから、親世代とはちがって=宣伝・放送=をすることは一部を除いてほとんどないから、ぼくらの下の世代になればなるほど薄まっているハズだが。                   ぼくが出自を親から聞かされた時、自殺をしたくなるくらいに=イヤだ!=と感じたのが上記の理由によることからだった。正直、人生最大のショックだった、といってもいいくらいにヘコみまくった。自分が=朝鮮人=だと思うと、仕事は手に着かないわ、メシもノドを通らないわ、夜に一人で泣いちゃうわ、とそれはもうショックだった。黙っていれば分からないんだから、考えるな!と自分を励ましているじぶん。一生自分にウソついて生きるのか?逃げるな!向き合え!と自分に叱咤激励してる自分。そういうような考えが毎日コロコロと入れ替わり立ち代わり自分を襲った。約1ヶ月近く悩んで悩んで悩みまくった。一生否定して生きてゆくか、それとも肯定してしまうか?変えられない事実を拒否するか受け入れるか、そういう事を毎日悩みまくっていた。誰にも相談できないで一人で悩みつづけていたが、親友や仕事の顧客先の在日の人に相談とかして、ようやっと受け入れる、肯定する方を取った。それから様々に付き合いを(とはいってもごくごくわずかではあるが。)開始して今がある。他の、物心ついてから自分の出自を知った在日にはできないことも自分にはできることがあるかも知れないし、彼らには持てない視点、感覚、思想を自分は持っているであろう、と=コリアンジャパニーズ=として生きてゆく決心をした。       冒頭で述べたように歴史の勉強を沢山したし、現在もしている。また、語学学習もしている。在日の様々なイベント等に招いてもらって文化を学んだり、在日達と触れ合ったり、様々学習できた。色々なものに触れることができて見聞も広まった。多分他の日本人が抱いているであろう誤解もかなり解けた。そこでだ、前置きがメチャ長かったが、日本人、朝鮮人の両方の観点に立つことのできる立場のボクから見た歴史観を述べてみたい。コレが今日のテーマだ。                                                                インターネットに代表されるような=嫌韓=、=嫌韓厨=に代表されるような書籍による韓・朝批判VS韓国の反日教育を代表する=嫌日=という構図があると思う。この両者の論争はもはや泥試合の様相を呈していて、水掛け論のぶつかり合いだし、正直手に負えない。正直、どっちもどっちといえるだろう。ぼくらの親世代、そのまた上の世代が次世代の幸福を第一に考えず、自分の気持ちを下の世代に植え付けるという行動に出ていることが両者とも大きい。今の世代を責める、というよりも、次世代の幸福よりも自分達が過去にあったことを蒸し返して未だに自分の子、孫世代にまでその思いを引きずらせようとなどするのが、良くないのだと思う。そりゃあ、植民地支配をされた当人の朝鮮人達にとってこんな事言われたらたまらないだろうが、ぼくは民団、総聯のトップなどよりももっと偉大な朝鮮人を知っているからこんな事が言えるわけだ。それは誰かといえば、ぼくの90を過ぎた=祖母=だ。ぼくがこんな年になるまで出自を知らなかったのはこの=祖母=の意志だった。=祖父=は生まれる前にとっくに死んでいたから。親から聞かされて、当然祖母にも噛み付いた。なぜ、こんな大事な事を今の今まで隠し続けたのかと。祖母はぼくに出自を明かした親にかなり憤ったが、すぐに事実を認め、決して多くを語らなかったが、過去のことを話してくれた。祖母や親兄弟はみなかなり早い段階で帰化をしていた。その理由は日本で生きてゆくという選択肢を取ったときに、つとに自分の子、孫の幸せを第一に考えた結果に他ならない。祖母達は大阪の人間だったから、言葉が大阪弁だったからというのもあり、ぼくも出自の兆しすら分からなかったが、孫達に出自を一切伏せさせたのも全てその理由の一点に尽きていた。おかげで本来だったら当たり前に受けていたであろう朝鮮差別にも遭う事無く生きてこられたわけだ。やはり、帰化に際してかなり周囲からの非難があって、愛国心がない、だの民族心をすてるのか、だのとさんざん在日達から浴びせられたそうだ。そして村八にされて大阪にいられなくなり、東京に縁者を頼って出てきたらしく、ぼくが今関東に住んでいるのもコレに起因してるらしい。日本の方、ぼくのバーサンは立派じゃあないか?うちのばあさんは豪快な大阪弁を駆使し、近所からも女丈夫だ、人物だ、と定評があった。ばあさんからもぼくがほじくって色々聞き出したが、他の在日達同様、日本には正直じくじたる気持ちを抱いているのがわかった。悲しい事も、悔しいことも、そしてまた恨みもあることが覗えた。言いたいことなんてそれこそ山ほどあっただろう。でも、ただただひとえに自分の子孫達の、自分の次世代のことを第一に考え続けた結果、グチの一言だってこぼさなかったんだぜ?それも少なくとも30年以上も。嫌韓が見たってウチのばーさんなら絶対に槍玉にあげないんじゃないか?そりゃあ、言ってしまえば自分らにばれちゃうから言いたくても言えなかったのかもしれないが。                                         選挙権をよこせ!と日本国籍を有してもいないクセに声高に叫ぶ在日達がいる。オレはこの連中は間違っていると思う。確かに日本社会を構成している構成員にはちがいないだろう。税金を納めている、とよく反論しているが、構成員なら納税は当たり前だ。全ての外国人もはらっているはずだ。しかし、日本国民ではないのだから、そんなものを要求しちゃあいかんよ。それが欲しくば帰化をすればいい。帰化したら民族心がなくなる、という反論があるが絶対にそんなことはない。オレだって、こんな遍歴を持つ人間だって半島に多少足りと帰属意識があるから、朝鮮学校に寄付とかしてる。オレの存在が実証してるよ。日本だって帰化を拒否などしていないし、権利面でも日本人並に認めてる事実さえある。日本に住み続けるなら、俺は帰化をするべきだと思う。確かに、過去のことはオレはどちらかといえば日本が間違っていた、と思う。でもだからといって何でもかんでもOKなんてことはない。そういう態度の在日は結構多い、というのも事実だと思う。こういう連中が健全に日本社会に融合している、多くの在日達をじゃましている、ともいえなくもない。                                           オレは戦前、戦時中に生まれたワケではないから、正直その当時の在日達が受けた屈辱なんてわからない。そうとうひどい目に遭わされたのも事実だろう。でも、自分達が受けた屈辱を次世代、次次世代にまで語り継いで反日思想を植えつけるような行動はやめてもらいたい。自分のカワイイ子や孫を逆に不幸にしてるのだと気付いてほしい。自分がされたことなのであって、そいつらがされたわけじゃあないんだぜ?ウチのばあさんをちょっとは見習ってほしい。アンタたちはもう先は長くないんだから、カワイイ子孫のことを第一に考えるべきだ。           あと、オレの言動は在日から見ても軽くみえる、と意見を寄せてくださった方がいた。コレに対し、オレは感情の赴くままに暴言を書き連ねてしまった。この方に対してはこの場を借りてお詫びしたい。申し訳ありませんでした。  コレについてのオレの感想だが、この頃、最初の方で述べた理由のように、出自を肯定しよう肯定しようと必死だった。正直、朝鮮側の悪い感想はなるべく書かないようにしていた。オレには2つ母国がある。それをワザワザ悪く言いたいヤツなんていないだろう?そんな折にまるでそれに水をさし、それを拒絶するかのような意見が書かれたんだ、と取ってしまったので、正直この野郎!と思った。おれは確かに物心ついた時から出自を知っている人の気持ちは分からないし、また、その人達がどういうつらい目に遭ってきたかはわからない。そんなオレがまるで =お前なんかに私達の何が分かるっていうんだ?私達みたいな目に遭った事があるのか?きいた風な口利くな!=と言われたように感じた。オレはその逆に=じゃあ、あんたらにオレみたいにこの年で宣告された人間の気持ちがわかんのか?最初から分かってるのがそんなにえらいのか?日本国籍を持ってるから、一緒になって朝鮮人死ね、朝鮮に帰れ、日本から出て行け!とか書いた方がいいのか?=とつい感情論になってしまったのだ。あそこに書いた暴言はそのときのオレの素直な気持ちだ。自分がついこの前まで正統な日本人として生きていて、まだ真相意識の中に少し残っていた=劣等民族朝鮮人=に言われたのがくやしかったのだ。自分はただ様々な理由から日本籍を有し、そして日本人の身分を持っているだけなのに。しかも権利権利、戦後補償、賠償しか叫んでいない朝鮮人達とは違い、ここ半年で百万以上の教育義援金を出しているのに、上層部と付き合いしてるのに、テメーごとき不逞鮮人に言われるスジアイはねえ!!と人間として一番醜い部分を出してしまったのだ。これについてはとても反省している。もし、意見を寄せてくださった方がコレを見る事があったら、あなたもコレを読んでよく考えてほしい。私の取り方もあるのだが、もし仮にそんなつもりがなかったとしても、どう取るかは相手だ。しかも顔も見えない。また、あれでは正直言葉が足りない。                                                                     このようにオレは今をもってしても非常に複雑な気持ちで一杯だ。誰しも生まれは選べないのだから、運命は素直に受け入れる以外結局はないんだろうな。