***本日、すっごく愚痴を言いたいので、愚痴を聞いて気分を害される方はこのまま読まず是非アクセサリーでも観て行って下さい☆***
Creemaにて出品中 7%solution
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9月半ばから我が家のリフォームを始めた。
リフォームというと聞こえが良いが、その実「修繕」・「改修」の言葉のが適切な状態です。
雨漏りがひどくなってきていて、大雨の日は何度も困ったことになっていた。
何が大変って、仏壇の真上が雨漏りしているもんだから我が家の自慢の古い仏壇の危機でもあった。
それに加え、祖母が再同居を始めたので築40年の家では段差が至る所にあって危ない。
ならばここで、思い切ってリフォームをしよう!と、なったわけだ。
本当は改築するのがベストだけれど、そんなお金は無いし、何処かに一時的に引っ越すことも現実的に難しく、取った方法は
「全部屋を改修する訳ではないから、やる場所は一部屋一部屋、順番に直していく」
だった。
順番はこうだ
1 父の書斎を造る為に、嫁いだ姉が使っていた部屋を改修し書斎に仕立て上げる
2 両親の部屋も雨漏りがして来ていたので、屋根の修繕と押し入れをクローゼットに変え、畳敷きからフローリングへ張り替え
3 仏間の雨漏りを修繕し、耐震補強をし、天井を直し昔ながらの砂壁をクロスに張り替え、畳を新調する。
4 床がすっかりぶかぶかになっている台所の床を張り替え、同じく耐震補強をし、新しいシステムキッチンに変える
これがまぁ~大変な事!
祖母がうちへ来た時点で、一階にある一部屋を明け渡さなければならないのでそこの部屋に有ったものを取り急ぎ全部移動しなければならない。
で、真っ先に私の部屋がつぶれた。。。物置として。
祖母に明け渡した部屋は父の書斎だった為、大量の書類から机からパソコンから二階の私の部屋に詰め込み、物置になって、ベットの上にも荷物が溢れ、寝床は失われ洋服の出し入れさえ困難だった。
ひとまず、私は母の部屋に居候させてもらい齢30にして母と並んで寝ていた。
家に大工さんが入るってだけで忙しないのだけれど、並行してあっちの部屋のものをこっちに、こっちが終わったらあっちにと荷物の移動だけでも辟易していた。
追い討ちをかける様に、雨漏りしている箇所の天井を開けてみたら「劇的ビフォーアフター」も真っ青なとんでもない欠陥住宅だったことが判明して「あぼーん」
みなさん、テレビだけのお話じゃないですよ!
築40年くらいのおうちは点検を強くお勧めします。
予想を斜め上行く状態の悪さだったので、そこを直すのに時間がかかり当初の予定からはどんどん工期が延びて行くわけです。。。
「年内には一部屋分手を付けず残して作業を一旦終わらせ、しっかり他の部屋を仕上げてから落ち着いて年を越し、年始から再開する。」なーんて段取りはうやむやになり、気がつけば二部屋同時進行になっていました。
それもこれも、依頼した建築家の段取りの悪さがすべてをダメにしたわけです。
怒ってますよ。カンカンぷんぷんです!
建築家のあまりのだらしなさに、イライラは募るばかりで、出会った最初の方からだいぶ不信感を抱いていたけれど、最後には目も合わせたくなかった。
作業を請け負ってくれている大工さんだけが、仕事のできる人だったので、それだけが安心できる事だった。「この人がやってくれるんだから大丈夫」そんな信頼の気持ちが湧いていた。
とはいえ、ベテラン大工さんであるその人さえも建築家の段取りの悪さとだらしなさに何度気を害していたかは側に居てよーく伝わったけれど、流石年の功。私は「怒って」いたけど、大工さんは「叱って」いた。この違いは大きい。
今年最後に手を付けた台所は、水場も全部入れ替えるから台所のものをぜーんぶリビングに移し、水回りは使えないから、洗面所で食器を荒い、紙皿・紙コップで過ごし、カセットコンロでなんとかお湯を沸かした。
毎日、キャンプ♪
なんて素敵なものじゃなかった。
台所の壁と天井を剥がしているから、外と同じ様な寒さ。ぴゅーぴゅー風が吹き込む。
身体的にも、精神的にも参っていて、あげく飯炊きが出来ないからあまり好きじゃない店屋物を取る日々だった。(それでもなんとかカセットコンロでちまちまお味噌汁を作って、移動して来た炊飯器でゴハンと大量に炊き冷凍保存に勤しんだ)
で、今夜あとすこしで今年分の作業が終わる。。。
まだまだ電源コンセントはむき出しだし、壁は建築用のボードを打ち付けたままで、クロスも貼ってなければ、穴が空いたままのところもある。
でもしょうがない。
最後にリビングと台所をつなぐ空間に木枠を作り、ホコリがリビングに流れない様にビニール養生をしていたものを解体していた建築家が、周りを見ないで声掛けもろくすっぽせず危なっかしい作業をしていた。
「こっち持っててもらえますか?」の一言を掛ければ良いだけのところを、それをせず一人で自分を過信してやった結果。。。。
父の頭上に、角材が振り落ち、頭を強打した。
二間分(3m60cm)くらいの角材がヒューンと下で作業していた父にガツン。
ちなみに、作業している人の真下で別の人が作業する事は危険なので、そんな初歩的なことは父もさすがにしていなかった。
他人に責任転嫁を常時してきた建築家は、すでに家族にも大工さんにも信頼されていなかった。
そんな奴が凡ミスで父を怪我させた。
相当痛かったと思うけれど、私が見た限りケがは大した事は無いと思った。
それでも連日の家庭内移動生活、ごちゃごちゃで落ち着かない家の中、あっちもこっちもやる事満載の父は疲労が来るところまで来ていたから、頭強打は疲れ身にそうとう効いたと思う。
そしてなにより私が激怒したのは、人の頭に角材ぶつけた張本人の建築家が
「あっ。。。」
の一言で、へらへらした顔のまま作業を引き続き始めていた事だった。
「先に手を止めて謝るのが筋だろ!!!!」と、怒号を浴びせたのは私だった。
そんな私に萎縮して、一瞬顔が強ばったのを確認したが、申し訳ないとでも言ってくれたならまだ良かった。
でも、奴はこのまま作業を続けた。
父は結局、病院へ直行した。
家に残った私は台所を隅々まで磨き、ホコリを落としていた。
大工さん、建築家は片付けをせっせとし、帰り支度をしていた。
それが一段落着いた頃、まだなにも知らない祖母は
「いつもお世話になってますねぇ、まぁ台所のキレイになったこと☆」と能天気におトイレへ。(ギスギスした空間にちょっと花が咲いた)
その後しばらくして、現状を聞き今後の作業の流れをざっくり話していたところ両親から電話が。
「病院で検査してもらったけど、異常もなく何も問題ないですよ。もし今後何か有ったらいつでも来て下さいってお医者さんが言ってた。だから心配しないで」とのことだった。
とのことだった。
「帰りはタクシーで帰るから心配しないでね」と、母が言っていたが、
怪我させた張本人が「あ、ボクお迎え行きますよ~」と、へらへら言った。
側に居た大工さんは「お父さんの元気な声が聞こえてホッとしたよ」と、心配してくれたので私も笑顔になった次の瞬間
「いやぁ、ボクも最後の最後に事故が起こっちゃたら責任感じちゃいますよねぇ」などと軽薄にへらへら言うもんだから「当然だろ!」と、再度激怒しました。
まだ、改修は終わってないけど、いったんこれで一区切り。
リビングに移動させていた台所は元に戻し、なんとか年内には落ち着きを取り戻したいものです。
本当は祖母のお話を色々書きたかったのですが、あまりにも腹に据えかねる出来事が起こったので、ここの場で愚痴をこぼさせて下さい。
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何が大変って、仏壇の真上が雨漏りしているもんだから我が家の自慢の古い仏壇の危機でもあった。
それに加え、祖母が再同居を始めたので築40年の家では段差が至る所にあって危ない。
ならばここで、思い切ってリフォームをしよう!と、なったわけだ。
本当は改築するのがベストだけれど、そんなお金は無いし、何処かに一時的に引っ越すことも現実的に難しく、取った方法は
「全部屋を改修する訳ではないから、やる場所は一部屋一部屋、順番に直していく」
だった。
順番はこうだ
1 父の書斎を造る為に、嫁いだ姉が使っていた部屋を改修し書斎に仕立て上げる
2 両親の部屋も雨漏りがして来ていたので、屋根の修繕と押し入れをクローゼットに変え、畳敷きからフローリングへ張り替え
3 仏間の雨漏りを修繕し、耐震補強をし、天井を直し昔ながらの砂壁をクロスに張り替え、畳を新調する。
4 床がすっかりぶかぶかになっている台所の床を張り替え、同じく耐震補強をし、新しいシステムキッチンに変える
これがまぁ~大変な事!
祖母がうちへ来た時点で、一階にある一部屋を明け渡さなければならないのでそこの部屋に有ったものを取り急ぎ全部移動しなければならない。
で、真っ先に私の部屋がつぶれた。。。物置として。
祖母に明け渡した部屋は父の書斎だった為、大量の書類から机からパソコンから二階の私の部屋に詰め込み、物置になって、ベットの上にも荷物が溢れ、寝床は失われ洋服の出し入れさえ困難だった。
ひとまず、私は母の部屋に居候させてもらい齢30にして母と並んで寝ていた。
家に大工さんが入るってだけで忙しないのだけれど、並行してあっちの部屋のものをこっちに、こっちが終わったらあっちにと荷物の移動だけでも辟易していた。
追い討ちをかける様に、雨漏りしている箇所の天井を開けてみたら「劇的ビフォーアフター」も真っ青なとんでもない欠陥住宅だったことが判明して「あぼーん」
みなさん、テレビだけのお話じゃないですよ!
築40年くらいのおうちは点検を強くお勧めします。
予想を斜め上行く状態の悪さだったので、そこを直すのに時間がかかり当初の予定からはどんどん工期が延びて行くわけです。。。
「年内には一部屋分手を付けず残して作業を一旦終わらせ、しっかり他の部屋を仕上げてから落ち着いて年を越し、年始から再開する。」なーんて段取りはうやむやになり、気がつけば二部屋同時進行になっていました。
それもこれも、依頼した建築家の段取りの悪さがすべてをダメにしたわけです。
怒ってますよ。カンカンぷんぷんです!
建築家のあまりのだらしなさに、イライラは募るばかりで、出会った最初の方からだいぶ不信感を抱いていたけれど、最後には目も合わせたくなかった。
作業を請け負ってくれている大工さんだけが、仕事のできる人だったので、それだけが安心できる事だった。「この人がやってくれるんだから大丈夫」そんな信頼の気持ちが湧いていた。
とはいえ、ベテラン大工さんであるその人さえも建築家の段取りの悪さとだらしなさに何度気を害していたかは側に居てよーく伝わったけれど、流石年の功。私は「怒って」いたけど、大工さんは「叱って」いた。この違いは大きい。
今年最後に手を付けた台所は、水場も全部入れ替えるから台所のものをぜーんぶリビングに移し、水回りは使えないから、洗面所で食器を荒い、紙皿・紙コップで過ごし、カセットコンロでなんとかお湯を沸かした。
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身体的にも、精神的にも参っていて、あげく飯炊きが出来ないからあまり好きじゃない店屋物を取る日々だった。(それでもなんとかカセットコンロでちまちまお味噌汁を作って、移動して来た炊飯器でゴハンと大量に炊き冷凍保存に勤しんだ)
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まだまだ電源コンセントはむき出しだし、壁は建築用のボードを打ち付けたままで、クロスも貼ってなければ、穴が空いたままのところもある。
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最後にリビングと台所をつなぐ空間に木枠を作り、ホコリがリビングに流れない様にビニール養生をしていたものを解体していた建築家が、周りを見ないで声掛けもろくすっぽせず危なっかしい作業をしていた。
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二間分(3m60cm)くらいの角材がヒューンと下で作業していた父にガツン。
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他人に責任転嫁を常時してきた建築家は、すでに家族にも大工さんにも信頼されていなかった。
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相当痛かったと思うけれど、私が見た限りケがは大した事は無いと思った。
それでも連日の家庭内移動生活、ごちゃごちゃで落ち着かない家の中、あっちもこっちもやる事満載の父は疲労が来るところまで来ていたから、頭強打は疲れ身にそうとう効いたと思う。
そしてなにより私が激怒したのは、人の頭に角材ぶつけた張本人の建築家が
「あっ。。。」
の一言で、へらへらした顔のまま作業を引き続き始めていた事だった。
「先に手を止めて謝るのが筋だろ!!!!」と、怒号を浴びせたのは私だった。
そんな私に萎縮して、一瞬顔が強ばったのを確認したが、申し訳ないとでも言ってくれたならまだ良かった。
でも、奴はこのまま作業を続けた。
父は結局、病院へ直行した。
家に残った私は台所を隅々まで磨き、ホコリを落としていた。
大工さん、建築家は片付けをせっせとし、帰り支度をしていた。
それが一段落着いた頃、まだなにも知らない祖母は
「いつもお世話になってますねぇ、まぁ台所のキレイになったこと☆」と能天気におトイレへ。(ギスギスした空間にちょっと花が咲いた)
その後しばらくして、現状を聞き今後の作業の流れをざっくり話していたところ両親から電話が。
「病院で検査してもらったけど、異常もなく何も問題ないですよ。もし今後何か有ったらいつでも来て下さいってお医者さんが言ってた。だから心配しないで」とのことだった。
とのことだった。
「帰りはタクシーで帰るから心配しないでね」と、母が言っていたが、
怪我させた張本人が「あ、ボクお迎え行きますよ~」と、へらへら言った。
側に居た大工さんは「お父さんの元気な声が聞こえてホッとしたよ」と、心配してくれたので私も笑顔になった次の瞬間
「いやぁ、ボクも最後の最後に事故が起こっちゃたら責任感じちゃいますよねぇ」などと軽薄にへらへら言うもんだから「当然だろ!」と、再度激怒しました。
まだ、改修は終わってないけど、いったんこれで一区切り。
リビングに移動させていた台所は元に戻し、なんとか年内には落ち着きを取り戻したいものです。
本当は祖母のお話を色々書きたかったのですが、あまりにも腹に据えかねる出来事が起こったので、ここの場で愚痴をこぼさせて下さい。