百瀬、こっちを向いて。 (祥伝社文庫)/中田 永一
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先日読んだ「くちびるに歌を」 がよかったので、中田永一さん(実は乙一さん)の本をもう一冊読んでみました。  今度は短編集です。
 
「人間レベル2」の僕は、教室の中でまるで薄暗い電球のような存在だった。 野良猫のような目つきの美少女・百瀬陽が、僕の彼女になるまでは――。 しかしその裏には、僕にとって残酷すぎる仕掛けがあった。
    
「こんなに苦しい気持ちは、最初から知らなければよかった・・・・・!」 恋愛の持つ切なさすべてが込められた、みずみずしい恋愛小説集。 (文庫裏紹介文)
 
恋愛小説というのは、私にとって少々苦手なジャンルなんですが、ここで描かれるのは恋愛以前の淡い恋心とでも言うべきものです。 切なくて、甘酸っぱくて、でもコミカルで爽やか。 こういうのは大好きです。 「翼はいつまでも」 の淡い初恋を思い出しました。
     
『百瀬、こっちを向いて』
二股かけて女の子と付き合っている先輩に頼まれ、カモフラージュのために、そのうちの一人である百瀬と付き合っているふりをすることに・・・・
     
『なみうちぎわ』
水難事故で5年間も意識を失っていた少女が目覚めた時、 家庭教師をしていた小学生は高校生になっていた。 しかしその事故にはある秘密が・・・・
    
『キャベツ畑に彼の声』
テープ起こしのバイトをしていた女子高生が、国語の先生の声が有名な覆面作家の声とそっくりであることに気付きます。 彼女は先生と秘密を共有するのですが・・・・・
    
『小梅が通る』
とびきりの美少女であるがゆえに数々の嫌な目にあい、今はブスメイクをして地味な高校生活を送っている主人公。 素顔を同級生の男に子に見られた時、とっさに「妹です」と言ってしまい・・・・
     
どの主人公も、人生に対して不器用で、目立たず地味に生きていこうとしています。 恋愛など及びもつかないと考えていた彼らが、初めて覚えた切ない恋心に、どのように向き合っていくかを描きます。
     
それぞれの短編の設定はかなり現実離れしていますが、トリッキーで楽しく、乙一さんらしいミステリ的謎解きもしっかり含まれています。
     
初めて覚えた切ない感情に対して、しり込みする主人公たちが、ラストでは少しだけ前向きになって歩みだす。 ハッピーエンド、大成功の恋愛物語ではなく、ちょっぴり切なくて爽やかなラストがいいですね。
    
主人公たちを後押しするのは、共に目立たず生きている友人であったり、意外な真実の行方であったり、このあたりのストーリーの運び方は心憎いほどです。
           
乙一さんが、こういう恋愛小説の名手だとは知りませんでした。 巧さでは「くちびるに歌を」よりも上かも。 お勧めです。