酒①「酒との出会い」 | 獏井獏山のブログ

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 初めて酒と名の付く物を飲んだのは赤玉ポートワインだった。その時、コップに2杯飲んで「お前、強いな。」と云われた。自分では初飲みのこととて酒の強い弱いの基準が分からない。顔が少し火照ったがそれ以外は変った感じは無く、酔いが回るという感触は無かった。

それから少し経って村の青年団の会合があった。社会人になれば青年団に入るという不文律のようなものがあって入会した最初の飲み会であった。

「今日は新人の歓迎会や。飲め、飲め。」と先輩たちに勧められるままに湯飲み茶わんに10杯までは覚えているが、自分が注ぎに回った時に受けた返杯で何杯飲んだのか覚えていない。宴も(たけなわ)になった頃、「誰ぞ、歌でも唄えよ。」という声が聞こえた。隣に座っていた2年先輩の飯田が「唄うにはまだ飲みたらんな。」と私に向って云った。これを聞き咎めた青年団幹部の松川さんが「おいワレ。足らんとは何や、足らんとは。今夜の席にケチつける奴に飲ます訳にはいかん。去ね!」と怒り出し今にも飯田を殴らんばかりの剣幕だった。その時、間髪を入れず私が2人の中に入っていた。しかも口は身体を動かす前に開いていて、松川さんに向って発っせられていた。「違うがな、松川さん。こいつが云うのは、こんな美味い酒、楽しい酒飲んで唄うだけでは足らんわ、と云いよったんや。」すると松川さんは、飯田の胸倉を掴んでいた手を離して、「こいつ、うまいこと云いよんな。分かった。お前ええこと云うたさかい、お前に免じて見逃いさるわ。ま、一杯受けて呉れ。」と云って酒を注いでくれた。その後も人を捉まえては自力でコントロールできない口がどれだけ動いたか記憶に残っていない。

 翌日、頭が痛くて直ぐには起き上がれなかった。前日、初めての酒らしい酒をコップ10数杯も飲んだのがモロに堪えたようだった。起きてからも腹の具合がおかしいし。台所に置いてあった酒の一升瓶を見た途端あわや吐きそうになった。もう酒なんか2度と飲むものかと思った。食事がまともな味に戻るのに3日ぐらい掛った。しかし……

 それから4~5日絶ったある日の事、通勤で何時も通る道の途中にある酒屋に陳列された酒瓶を目にした時、不意に「酒を飲みたい。」と思った。今まで抱いたこともない感情が腹の底から煙のように湧き上がってきかと思うと、どうしようもなく身体全体に充満していった。私が酒に対して初めて抱いた積極的な感情だった。家に帰ってから水屋にあった酒をコップに注いで飲んだが、その時の酒の美味さは例えようもなかった。私が酒好きになった瞬間である。