漫⑰ 「小鳥の名前」 | 獏井獏山のブログ

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 長男、長女が小学校低学年の頃、ハムスターや十姉妹を飼っていた。

犬猫の飼育は禁じたが小動物を籠に入れて飼う程度は仕方ないと思ってそれは許すことにしたのだ。小鳥や虫が好きな長男は畳の上に這ってきた大きな蜘蛛を鷲掴みにした事がある。小さな手の指と指の間から指の倍も長い足が蠢いているのを見て蜘蛛が苦手な私は「早く捨てろ」と怒鳴ったのを覚えている。子供はむしろ私の声に慌てて蜘蛛を縁側から庭に捨てた。時にはトカゲを捕まえてきた事もある。「そんなもの家に持って入るな。」と云うと子供が「大人しいし柔らかくて気持ちいいよ。」と云って頬ずりするのに呆れ返ったものだ。…

さて飼い始めて約1年経った或る日、可愛がっていたハムスターが相次いで死んだ。2度に亘って庭の土を掘って埋めてやったが、傍で見ていた兄と妹はその都度座り込んで泣いた。「どんなに大事に可愛がっても生き物はいつか死ぬ。その都度悲しまなければならない。もうハムスターは買ってやらないぞ。」と云うと2人は涙顔で肯いた。まだ2尾の十姉妹が元気だったから諦めが付いたのかも知れない。兄妹が1尾ずつの所有権を有していて、兄の十姉妹は「ピースケくん」、妹の十姉妹は「エレンちゃん」と名付けて、2人は朝な夕なに可愛がっていた。…しかし、然程の日時を措かずして事件は起こった。日曜日の朝だった。長女の十姉妹が、飲み水を取り替えるために籠の扉を開いた瞬間に逃げてしまったのだ。突如泣き出した長女の声に驚いて部屋に駆けつけて窓の開閉を確かめ部屋中を見渡したが、ガラス戸上部の小窓から逃げたらしく後の祭りだった。新たに買い求めないことを先日悟っている妹が泣き止まないのを見た兄が「僕の十姉妹を仲間してやるよ。」と云って一応、事は収まった。   (注:「仲間する」とは、「共有する」という意味である。)

しかし、その時点で新たな問題が発生していた。残った十姉妹の名前である。「ピースケくん」の儘では仲間して貰う意味がないと、長女が拗ね始めたのだ。これには弱った。親も一緒になって解決策を考え、一案として「隔日」に、「ピースケくん」と「エレンちゃん」と呼び替えるようにしたらどうか、という意見も出たが、それでは十姉妹が可愛そうだということで取り消しになった。 …そして2日後の夕食時、自室を出た兄妹がニコニコ顔で食卓の前に座った。「2人で相談して決めた。」と長男が云った。「何だ。そんなに良い名が見つかったのか。」と聞くと2人が口を揃えて云った名前は「ピースケ・エレン・くんちゃん」だった。聞くなり私と妻は込み上げてくる感動を抑えるのに苦労した。こんな名は大人の固い頭では思い付きもしない事だ。子供ならではの回転の柔軟さに感動させられた一幕だった。

 なお、後年2人が成人してから何度か笑い話として、当時を懐かしく思い返したものである。