魂⑫「生命体の起源」 | 獏井獏山のブログ

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・人類はーいや、他の生物を含め「他は自であり、自は全生物の一部である」ということは40億年の生命の歴史が証明している。

 40億年前、1個の単細胞(ミトコンドリア)であった生命体は、永劫に亘って生命を引き継ぎ維持し続けるため、体を分割し、機能を分割し、結果として姿形の異なる多様な形と機能を備えた無数の生命体を創造し、それらの総合体を以て「あらゆる機能を備えた宇宙」を形成してきた。

つまり宇宙は元々1つの生命母体であり、宇宙に息づく全ての生命体は生命母体たる「宇宙」の細胞に過ぎないのである。

・従って、宇宙という生命母体の1つの細胞に過ぎない1個の人間は、親兄弟のみならず全ての他者と一筋の血管、一筋の神経系統で繋がっている。全ての細胞は宇宙という生命母体を支え合う同胞なのである。

・しかし人々は日々、他者と対峙しながら生きている。

 勝負事の好きな者は他者を負かすことに無上の喜びを味わっている。

 不幸な他者を見ても身を賭してまで助けようとはしない。時にはむしろ他を妬み恨み呪い、場合によっては他者の不幸を見てほくそ笑むことさえある。しかし、それは我と我が身を蝕むことに他ならない。

・人が他者を許すか許さないかは、「自身、神(の一部)たること」を自覚するかしないかに係っている。

 全ての生命体が同胞であるという明白な事実を、思考で認識するだけでなく、心底から理解できるか出来ないかに係っている。

・キリストが処刑される最中に「神よ、彼らを許し給え」と云った、と伝えられている。これこそ「他は自」を悟り且つ身をもって示した姿である。

・人類が猿から進化する過程で、『争いを好む種』と『協調を好む種』があったが、後者が絶え、前者が繁栄して今日の人類に進化した。

 このことは、もしその時代に、何らかの環境の変化によって『協調を好む種』の方が生き残っていたとしたら、人類は上記のキリストのような人ばかりで、まさに「自は他、他は自である」ことが当たり前の社会が出現していたに違いない。

 それにも拘らず「宇宙の支配者」は地球上に『争いを好む種』を残し繁栄させた。それなりの理由があったに違いない。人類が成長・進化する為に何故「争い」の本能を持たせる必要性があったのか。そこに人生の意味や生き甲斐の回答が潜んでいるような気がする。