朝起きると知らない名前が携帯電話に表示された。寝ぼけた頭を軽く振り、冷蔵庫からよく冷えたビールを取り出す。ソファに腰をかけてからビールの栓をあけると気持ちのいい音がした。一口飲んでから、もう一度携帯電話のメールを見てみると頭の中に一人の顔が浮かび上がった。そしてボクはメールをゆっくりと読み口元をシニカルに歪めた。
自分に正直に行動できたあの頃に言ったよね、キミガノコトガスキ。この言葉に嘘は無く、あの頃のボクはキミを心底求めていたんだよ。キミの好きなことを好きになろうと努力したり、キミと話したことを思い出しては独りでにやけたりしていたんだ。キミからさそわれれば、キミの空いた時間の暇つぶしであっても、ボクは尻尾を振って逢いにいったよ。
でもね。あれから何年経ったと思う?
わき目もふらずにキミだけを見るには、ボクは歳をとってしまったみたいだ。
勝手にスキになって、勝手に無関心になったボクが悪いのかい?
違うよね、誰も悪くないんだ。
キミは一度通り過ぎたら二度と戻ってはこれないことを知っていながらボクの前を通り過ぎて行ってしまったんだ。
キミのことを嫌いになったわけではないよ。ただキミにかける時間とお金をボクは持ち合わせてはいないだけ。
ボクは携帯電話のメモリーからその名前とメールを削除した。そして電話を置きテレビを付けた。
人と繋がることを合理的に考えて作られたツールを使って繋がりを切るのか、そう思うとなんだか可笑しかった。机を整理するように簡単に人間関係も整理できることは便利なことなのだろうか。きっとボクの携帯番号もどこかで整理されているのだろう。それでも誰かとの繋がりを求めることは矛盾しているように思えた。
ビールを飲みながらぼんやりとテレビを見ていると、携帯電話がメールの着信を教えてくれた。友達からの買い物の誘いのメールだった。ビールを飲み干すと僕はそれに返信をして出かける準備をした。
たとえ矛盾していてもボクは誰かと繋がっていくだろう。この携帯電話を使って。きちんと繋がれない人の方が多いかもしれないけれど、それでもかまわないと思う。その中で本当に大切な人がきちんと繋がっていれば。
準備ができるとボクはもう一度友達にメールをした。胸の前で両手を使って携帯を操作している姿はまるで祈っているようにも見える。きっと町中の人が繋がりに祈りながらメールをしているのだろう。ボクは自分のくだらない考えを鼻で笑い家を出た。